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怠惰な魔本使いの見聞  作者: 炬燵天秤
第3章 黒衣の探索者と転移者の迷宮水路
35/64

35話目 地の底の骸

遅くなりました。難産な執筆中の短編の煽りを受けました。ナンテコッタイ。


そしていつも通り、サブタイに深い意味は存在しません。


では、どうぞ。

__________________



「おーい、君たち。いるなら返事ー」


ベイレーンの東地区に乱立する娼館街。そこから程近い裏路地に、俺の鈴のような声が風に乗って散っていく。肥溜めのような悪臭が酷いので、俺は路地には入り込まず、路地と通りを結ぶ境目の辺りで麻袋に入れた果物を手に暫く黄昏る。


暫く様子を窺っていると、ところどころ擦り切れた服に身を包んだ少年と少女の二人組が、廃屋の陰からひょっこりと姿を見せた。


「……またおまえかよ」


赤い髪を短く雑に切っている少年の方は警戒心はまだ解いておらず、腰に括り付けている錆び付いたナイフに、手が掛かったままだ。


「ルージ、そんな失礼なこと言わないの。……アーデさん。いつもありがとうございます」


艶のない乱れた髪を、ボロボロの紐で後ろで纏めた少女がルージと呼んだ少年のことを窘める。


少年はルージ、少女の方はマロルという名前だ。


ここ一週間で俺に顔を見せたのはこの2人だけだ。少し前に俺のことを襲った他の少年組は、未だに俺に顔を見せてくれない。


そう、オーガルストと出会う少し前に俺の事を襲ったのが、目の前の少年達のグループだった。そんな彼らの元に果物を届けるのが日課になったのは、大した理由があったわけではない。



_________



事の始まりはベイレーン城が半壊する事件が発生してから2日後。リリィとケイが知り合いのところへ挨拶回りに向かうというので、それに付き添った時のことだ。


知り合いがいるという『オーガルスト娼館』に向かう際、ふと裏路地に目を向けた俺は、チラチラとこちらの様子を窺っている少年達と目が合ってしまったのだ。


「「あ」」


一呼吸の間俺と少年達は見つめ合いーー同時に駆け出した。即ち、少年達は入り組んだ裏路地の向こう側へ、俺はその背中を追いかける為に裏路地へと。


「待てぃ!」


「アーデ! どこ行くの!?」


リリィの呼び止める声が聞こえた気がしないでもなかったが、俺は兎を追い掛けるアリスよろしく路地裏の奥へと飛び込んだ。決してオーガルストとあまり顔を合わせたくなかったわけではない。


「よっ、よっ、よっ…と!」


「ぐえっ!」


雑然と積まれた木箱を踏み越え、汚臭の漂う麻袋を避け、浮浪者のおっさんの頭を踏み付けて他人の家のベランダに着地。……おっさんすまん。


こっちに来てから上がった視力を利用し、十分な高さの木造二階建家屋のベランダから、障害物の多い裏路地を見渡せばーーいた。粗末なボロ屋へと駆け込む少年を、洗濯物の隙間越しに見つけた。


「あんた、何やってんだい?」


「へ?」


だが木の柵を足場から跳躍する寸前、全身のバネを縮こませたタイミングでベランダから出てきたオバさんに声を掛けられた。


「良い跳躍だったけど、洗濯物とかは絶対に落とさないでおくれよ? 見ての通り、下は肥溜めなんだからね」


「え、その……うわっ!?」


突然の事に動揺した俺は、バランスを崩して手すりから足を滑らせてしまった。足場の突然の消失による一瞬の浮遊感に、背筋が凍る。


ガシッ!


「だ、大丈夫かい?」


「……な、なんとか」


片手で柵を掴み、身に纏っていた黒ローブをオバさんに襟元で掴まれたお陰で、落下の難だけは逃れた。


(ふ、風呂場送りになるところだった……)


今の俺なら、この程度の高さは傷一つ負うことなく着地出来るだろう。だがしかし、眼下には肥溜めというか、うん。ここまで届くような悪臭を放つドブが、真下を流れてるんだよ。


「ふう、助かりました」


オバさんの助けを借りてベランダに上がった俺は、一息ついてからオバさんに頭を下げる。異世界に来てまでドボンとか、絶対にしたくなかったから本当に感謝だ。


「どういたしまして。……あんた、あの子達の事を追い掛けてたのかい?」


「え? まあ、そうです」


俺よりもひと回りもふた回りもデカい人族のオバさんは、濡れたままの洗濯物を小脇に抱えてやれやれと頭を振る。


「あの子達に何されたか知らないけど、少しは勘弁してやっておくれ。あれでも生きていくのに精一杯なのさ」


彼らが生きていく為に俺が強盗されては堪らないんだが。


俺はそんなことを思わずにはいられなかったのだが、不思議とそれを口にする気にはなれなかった。


「……善処しとく」


それだけをオバさんに告げ、少年達を最後に見たボロ屋までベランダ伝いに近づく。真下を流れるドブの悪臭がキツいので、ストレージからナプキンぽい布を取り出して口と鼻を覆う。これで多少はマシになった。


「よくこんな所にいられる……」


こんな悪環境下に長時間居座っていたら、吐き気と頭痛で酷いことになりそうだ。子供達の様子を確認し終えたら、とっとと退散しよう。


(あれ、何で追い掛けてたんだっけ……?)


条件反射的に追い掛けていた所為か、少しだけ冷静になった頭は今更ながらそんなことを考えていた。


ようやく辿り着いたボロ屋からは、複数の人の声が漏れ出している。1人や2人といった少人数ではなさそうだ。どうやらアタリらしい。


襲われたから?


多少なりとも害意を持って襲われたのは確かだが、所詮は子供。守備隊やらに引き渡すつもりもない。というか相手にされないだろう。


なにせ今の守備隊は先の事件でとても忙しそうに駆けずり回っている。そんなタイミングで子供を「犯罪者です」と突き出したところで、「知らん! 後にしろ!!」と言われて無視されるのがオチだ。


だからといって俺の家に住まわせる予定もない。マイルームの拡張機能(課金要素)は使い切ってしまったので、部屋の増築は不可能なのだ。よくて三、四しか部屋を用意出来ない。


(まあ、出たとこ勝負か。予定を立てても思い通りにならないのはいつものことだし)


扉代わりのボロ布に手を掛け、そっと中を覗き込む。


ボロ屋の中はは薄暗いが、全く見えないわけではない。路地裏に射し込むほんの僅かな陽光が微かに屋内を照らし、小さな人影を浮かび上がらせた。


「……あれっ?」


浮かび上がってきたその光景に、俺は思わず声を上げて首を傾げた。予想外の光景を目にした俺は、この一週間このボロ屋へと足を通わせることになったのだった。



_________



「アーデさん、どうかしましたか?」


突然マロルに声を掛けられ、ハッと我に返る。フードで隠した視線を上げれば、既に子供達の拠点であるボロ屋の前に辿り着いていた。


「え? いや、何でもない。それで、の調子はどう?」


現在俺はいつものローブに付属されたフードを被り、全身を隠している。正体が云々というよりは、悪臭対策である。


ランク15ーー激レアなドロップアイテムから作製した黒ローブやら魔導服は、魔法の装備なだけあって悪臭が染み着いたりはしなかった。しかしいくらカンストステータスといえど、生身の肉体には消臭効果は付属しないらしい。



ーーーあの日、挨拶回りをすっぽ抜かしてしまった俺は、ボロ屋から自宅へとまっすぐ帰宅した。


しかしその際、出迎えに来たサクにドブの臭いが髪に付いてしまっていると言われて一緒に風呂へ入る羽目になってしまった。


サクの発展途上の肢体を鑑賞できたのは幸いだが、それ以上に人に少女としての体を洗われたことで、精神がゴッソリと削られた気がする。何か、大切なものを失ってしまったかのようにーーー



そんな訳で、臭いが染み付かないようローブの内側に髪を仕舞っているのだが、頭を動かそうとすると髪が少しだけ引っ張られて中々動き難い。


「とても元気ですよ。といっても私達では、見ただけでは分からないんですけどね」


扉代わりの布を潜るマロルに続き、ボロ屋の中にお邪魔する。8畳半あるかないかの小屋の床には3人ほどの子供達が横たわり、穏やかな寝息を立てて眠っていた。


「この子達も大丈夫?」


「はい。ここにいない2人はもう元気に走り回ってます。これもアーデさんの治療のお陰です。ありがとうございます」


最初に訪れた時は、七、八人がすし詰めになって床を占領していたので足の踏み場がなかったが、自宅から持ち込んだ最下級ポーション(リリィが練習で作製したもの。許可は貰ってある)が役に立ったようだ。まだ寝ている子供達の血色も良い。


彼らを起こさないよう果物入りの麻袋を部屋の隅に置き、壊れた家具の残骸の陰に隠されていた階段・・を降りる。


階段といっても便宜的にそう呼称しているだけであり、地下へと降りる為の足場を強引に作り上げただけのものだ。


段差の高さも違えば稀に角が欠けて崩れ掛けたりするので結構怖い。今度補修するよう言っておくか。土魔法は得意ではないと言ってた地下の主に。


「オリベルさん、いつもの人が来たよ」


苦労して階段を降りきれば、ちょうど先行していた2人が終点の扉をノックしているところだった。


「ソウカ。チョウド休憩スルトコロダカラ、君タチモ入ッテ構ワナイヨ」


「ではお邪魔しますね」


2人が粗末な扉を開けて中へと入っていくのに追従する。ランプの明かりが仄暗く照らすその部屋は、土が剥き出しでどちらかといえば洞穴のような雰囲気を醸し出している。


人が生活する空間だと思える家具は机と椅子、そしてーー人の骨格標本のみだ。


「……いや、何やってんの?」


思わず素でツッコミを入れてしまった。だってこれ(骨格標本)、この部屋の主なんだもん。


「ハハハ。ドウダ、少シハ理科室ラシクナッタダロウ?」


「せめてアルコールランプは欲しいところ」


「火ノ玉ナラ、下水道ニ浮イテルンダガナ」


尾てい骨の辺りに棒を突き刺して人体模型のフリをしていた骸骨が、ケタケタと真っ白な歯を鳴らして楽しそうに笑っている。こいつが、俺がここに毎日通う理由の一つである。


オリベル・スケルスター、年齢不詳。

Lv.41

職業・元騎士

称号・異世界からの落とし子、偽骸剣、爵位剥奪者、理科室の主。


オリベル・スケルスター。元ベイレーン在住貴族にして、スケルトンという骸骨族の魔物。そして転生? 者?。


こちらの世界で俺が出会った、2人目の転生者だった。……死んでるけど。あと理科室の主ってなにさ。

(●ω●)「新キャラ登場のお陰でツバキくんに死亡フラグが立ちました」


ツバキ「なんでや! 俺とあいつになんの因果関係があるってんだ!!」


(●ω|「転生者がたくさんいると、持て余してしまうだろ?(執筆的な意味で)」


勇者「出番かい? (ブンブン)」(素振り中)


ツ「うわああぁぁあああ!!?」


アーデ「豪運とはいったい……」


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