34話目 お茶ぁ!
サブタイトルは気にしないでください。本文との関連性はほぼありません。そして短い。
……日常を捻り出すのって、難しい。
ではどうぞ。
「余計なこと……というわけでもないし、まあいっか」
ガーゴイルを『武器射出』でサクッと片付けた俺は、展開していた魔導書を懐にしまい、再び車椅子を持ち上げた。結局抱えて階段を降りなくてはいけないから大変だ。
「アーデ。結局あの2人は、何がしたかったのかしら?」
「ああいうのは、『リア充爆発しろ』とでも言っておけば良い。気にしてはいけない」
幾分か騒がしくなった冒険者ギルド内を、人とぶつからないよう慎重に降りる。途中でリリィが不思議そうな表情で尋ねてきたが、首を横に振って返答を控えた。
……いやまあ、何故あのタイミングで桃色空間が出来上がったのか何て俺に分かるはずもない。お陰で介入するつもりなんて無かったのに、結局魔導書を使わなくてはいけなくなった。
魔導書のページを土煙に紛れ込ませ、ガーゴイルの真下で『風槌』を発動。空中に打ち上げたタイミングでランク2の長剣による『武器射出』の粗撃。
5、6発ほど試し射ちした結果、一応どれもが狙った箇所を正確に射抜いていた。どうやら魔導書には狙撃管制システムまで搭載されているらしい。これ、本当に万能だな……。
__________________
ゴーン、ゴーン、ゴーン…………
冒険者ギルドの玄関前で騒いでいる野次馬達を苦労して掻き分け、ようやく大通りまで戻れた時には既に、正午を報せる教会の鐘が街中に響き渡っていた。
「ちょっと遅くなったし、今日は先に家で昼食を済ませてから行ってくる」
孫バカ? お爺ちゃんやギルドマスターと話していた所為で随分と時間を食ってしまった。行き交う人も心なしか露店や飯屋をチラチラと覗いている気がする。
かくいう俺も、いつもならゴブリンの肉串を咥えている時間なので人の事を言えないが。
「そうなの? じゃあお兄ちゃんとオウビお婆ちゃんも呼んで、みんなで食べましょう」
こちらを振り返ったリリィは嬉しそうな表情を浮かべ、そんな事を言ってきた。リリィは大勢の人と食卓を囲んで食べることが好きで、人の集まりやすい夕食では彼女が一番口数が多い。
我が家で振舞われるサクの料理にたかり……相伴に預かりに来ようとするのは、大家兼リリィ達の後見人でもあるオウビ婆さん。近場の娼館で働いていて、ケイの幼馴染でもあるシャイナ。その娼館のオーナーであるオーガルストなどなど……。
俺の家なのに、何故かリリィの知己の方が多く訪ねて来ている不思議な現象が起きてたりする。解せない。
……まあ俺がこっちに来てからの知り合いなんて、サク達を除けば勇者パーティーくらいしかいないけどなっ!
……………。
ま、まあそんな訳なので、人が最も集まる夕食時はリリィにとって大事な時間の一つだ。ケイとシャイナによる肉の奪い合いから、オウビ婆さんとオーガルストの間の妙な緊張感まで、彼女は心底から楽しそうに眺めて笑っている。
「ねえ、アーデ」
「うん、どうかした?」
宝石のような、翠色の透き通った瞳を見つめ返すと、リリィはそっと瞼を閉じて首を振った。
「やっぱり、何でもない」
「……はて?」
車椅子を押す位置からでは、彼女の表情を窺い知ることは出来ない。けれど楽しそうに笑っているのだけは何となく察する事が出来る。
「(……ありがとね)」
「やっぱり何か言ってない?」
「なーんにも!」
彼女が小声で何か呟いた気がするのだが、如何せん声が小さ過ぎて聞こえなかった。むむむ、すぐ側で内緒だと言われると、気になって仕方がない。夜、眠れなくなったらどうしてくれようか。
結局、ご機嫌なリリィとは対照的に、俺は悶々とした気分のまま自宅までの帰路に着いたのだった。
__________________
俺、リリィ、サク、ケイ、そしてオウビ婆さんが集まった今日の昼食は、オーク肉のミートスパゲティだった。
俺の倉庫から取り出したのはスパゲティの麺だけで、他はサクが自作したそうだ。トマト、この世界にも有るんだな。肉についてはもう触れない。みんな普通に口にしてるし。
「ご馳走様、サク。まさかスパゲティまで完璧に作れるようになるなんて……。教え方が良かったかな?」
「アーデのあれは、どう見ても料理には見えなかったんだが……。何をどうしたら、熱湯に浸した麺が焦げる事態に陥るんだ……?」
謎だ。
「アーデ様。食後のお茶は紅茶か緑茶、どちらにしますか?」
いつの間に準備していたのか、急須とポッドをどちらもお盆に乗せたサクが背後に控えていた。
「今日は……緑茶でよろしく」
「あたしも緑茶でよろしく頼むよ。まさかエルフィーンのお茶の味がタダで味わえるなんて、人生長く生きるもんだねぇ」
ちなみにこの世界の茶葉の産地は、サクの故郷でもあるエルフィーン連合首長国。
隣同士のサベレージ王国とエルフィーンだが、その国境には危険な魔物が跋扈する山岳地帯が存在しており、陸路での輸送は大きなリスクを伴う。
その為国家間の交易は主に海路で行われており、長時間の船旅によって運ばれた茶葉は云々……らしい。元の世界の■■から■■■■■よりは距離的には近いと思うのだが、まあ、安定して供給されてるなら別に良いか。
つまるところ、緑茶としての茶葉を手に入れるには危険な山岳地帯を踏破する行商人達から、高く買わされる羽目になるのだ。量も大して供給できる訳ではなく、金を持ってるからといって確実に買えるわけじゃない。……というのをサクに教えてもらった。
「別に在庫は有り余ってるから、みんなも遠慮せずに飲んでいい」
アイテムとしてストレージに入っていた『茶葉』の在庫、99。
ふと気になってその内の一つを取り出してみたのだが、およそ10キロ分の茶葉袋が魔導書から出現した。
約990キロ分の茶葉。五人くらいの人数で飲むとして、一体どれだけの年月が掛かるんだろうか。物が物なだけに、下手に売買すると出処を怪しまれかねないから売れないし。
「有り余ってる、ねえ……。あたしは永く生きてるけど、あんたみたいな変な小娘を見るのは初めてだよ」
変なとは失礼な婆さんだ。俺なんて見た目からして、どこにでもいそうな普通の魔導師だろうに。
「婆さん、詮索は無しって言っただろ? サク、俺は紅茶で頼む」
「じゃあ私もお兄ちゃんと一緒で」
「かしこまりました」
眉を顰めてオウビ婆さんを窘めたケイは紅茶を頼み、お兄ちゃん子のリリィも同じ物を……といっても、毎日緑茶を頼むのはオウビ婆さんくらいなもので、皆気分によって食後のお茶の選択は変わる。
……コーヒーを選択するのは、俺以外誰もいないけど。
みんな、みんな泥水だって避けるんだよ……。リリィが一度試しに飲んでくれたけど、ブラックだった所為か二口目でギブアップしてしまった。先にココアを試していれば、結果は違ったかもしれない。
_________
「アーデや。午後は何処かに行く予定でもあるのかい?」
出掛ける為の準備をしていると、ふと湯呑みの茶を啜ったオウビ婆さんがそんな事を尋ねてきた。
既にケイは元々住んでいた何でも屋の借家に仕事で戻り、サクは洗い物の最中なので、リビングには俺とリリィ、そしてオウビ婆さんしかいない。
「……いつもの散歩。午前中に行けなかったから」
特に隠している訳でもないので、正直に話す。……正直だからといって、いい顔をされるとは限らないのだが。
「うーむ、特に問題を起こしてるわけでもないし、ギルドも文句は言わないとは思うがの。このままでは何れ、お前さんの小さな手では助けられなくなる者が現れるぞ? その覚悟は出来ているのさね?」
竜人族特有の、蛇のような細い瞳が俺の体を射抜く。俺のやっていることが自己満足であることや、そしてオウビ婆さんの話す懸念も、理解はしている。
「分かってる。けど、助けられるのなら、助けているだけだから」
そうだとしても、俺の手が届く範囲で必死に生きようとしている子供達がいるなら、その子達は助ける。それが俺のーー
「……そうかい。なら散歩が終わったら一度薬剤師ギルドに行きな。あそこの婆さんがあんたの事を探してたよ」
ギルドからの呼び出し? 婆さん?
「? 分かった」
受注した依頼の納品は済ませたばかりだし、特にギルド内で問題を起こした記憶もない。そういえば、あと少しでランクが上がるみたいな事を言われた気もするし、そのことかもしれないな。
「じゃ、行ってきます。サク、リリィと留守番頼んだよ」
「行ってらっしゃいませ、アーデ様」
いつの間にか玄関前に控えていたサクに手を振り、俺は木製の扉を潜り抜けていつもの場所へ向かった。
(●ω●)「ちなみに招待客がいる時はマイルームを使わずに、一階のリビングで食事を摂っているぞ」
アーデ「それ、本文で説明すれば良かったんじゃ? それに我が家の詳細な描写、ほとんどしてないじゃん」
(●ω|「家の説明を挿入する隙間が、無かったんや」
ちなみに筆者は安物のコーヒー飲むと腹を壊します。専用のコーヒーメーカーで淹れたものなら大丈夫なんですけどね……。