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怠惰な魔本使いの見聞  作者: 炬燵天秤
第3章 黒衣の探索者と転移者の迷宮水路
29/64

29話目 紅と翠

第3章、開幕(更新が一定とは言っていない)。


今章はダンジョンの攻略、そして転生者vs転生者が物語の鍵になるかと思います(戦力差が互角とは言っていない)。



……では、どうぞ!

__________________



ピチャ、ピチャ………


そこはベイレーンの街の地下。豊富な地下水を汲み上げる為に幾つも造られた井戸を繋げる地下水路。


辛うじて人が濡れずに通ることの可能な石畳が、水路の脇に拵えてはあるものの、基本人の立ち入りを考慮していないが故、疎らに生えるヒカリゴケの微かな光源しか存在しない。


浮浪者ですら住み着かない劣悪な環境は、魔物を蔓延らせる原因にもなっている。スライムやラットなどの低級とはいえモンスターが棲息している為に、人の目の届かない空間と化していた。


「はぁ…、はぁ……」


そんな暗闇の中を、一つの人影が駆けていた。地味な服装と粗末な革鎧で急所を覆い、腰には頼りない剣が提げられている。見た目からして駆け出しの冒険者といったところか。


「はぁ、そんな……。ダン、ラッジ……」


必死な様子で何度か暗闇に包まれた背後を見返す少女だったが、走り疲れた為に大きく息を吐いて足を止めた。


「ここまで来れば、水路の出口はもっ……んんん!?」


息を整えていた少女の口を何かが塞ぐ。そして少女の華奢な体は再び暗黒の闇の底へと引きずり込まれていった。


「ん"ー! ん"ー!?」


外の明かりが見えていた水路に残ったのは、悲鳴だけを残して攫われた少女を呆然と見送る小さなスライムやラットだけだった_________



_________



早朝とは、本来なら惰眠を貪る時間である。無理に稼ぐ必要がないなら尚更だ。


「〜〜〜♪」


雲のように柔らかいベッドの上で心地良い微睡みを享受し、薄い絹の掛け布団で暖かな温もりに包まれる。これ以上は存在しないであろう睡眠環境が有りながら、惰眠を貪らないという選択肢を取るわけがなかった。


(今日もまた、昼過ぎまで……)


『起きなさいアーデ。もう昼になるよ』


微睡みの底へと沈み込もうとした俺の脳裏に、俺と良く似た少女の声が直接届いた。それはこの家……『マイルーム』の同居人であり、短い付き合いでありながら歯に衣着せぬ物言いの出来る、無二の親友の魔法によって届けられたものだった。


「あと3時間……」


こちらからあちらに声を届ける事が出来るわけではないので、これはただの独り言だ。しかし、これはお約束というものーー


「幾ら何でも寝過ぎよ。さっさと起きなさい」


パコッ!


「あ痛っ」


羽毛たっぷりの枕に埋めていた頭部に、何か柔らかいもので叩かれる鈍い衝撃が走った。突然襲い掛かった衝撃で微睡んでいた意識が一気に覚醒してしまった。


「何、リリィ? まだお昼前だからもう少し寝かせ……zzZ」


「駄目だからね。もうサクさんが昼ご飯を作り終えて待ってるんだから。それに……いつもの日課を忘れるつもり?」


すぐ側から聞こえてくる声に目を開ければ、俺とそっくりの姿をした少女・リリィが、いつの間にか天蓋付きのベッドの上まで侵入してきていた。


その手にはおたまが握られている……って、料理道具で人の頭を叩かないでくれ。


「ふわぁ……、休日なんだから休ませてくれても」


仕方なく上半身だけを起こし、両腕を突き上げて伸びをする。丁度良い体の張り具合は、はっきりとしない頭を心地良く解してくれる。


「安息日は一昨日よ。それにアーデはこの一週間、ずっと昼過ぎまで寝てたじゃない。折角サクさんが美味しい料理を作ってくれるんだから、1日3食しっかり食べないと」


俺が体を真っ直ぐに伸ばしたのを見計らったリリィは、ネグリジェを器用に剥ぎ取るのと同時にベッドの外へと放り投げてしまった。


一応俺は元男なので、初めの頃は剥かれまいと抵抗していたが、ここ最近はどうでも良くなってしまった。


「まあ、それはそれとして。リリィ、それにサクもおはよう」


「うん、おはよう」


「おはようございます、アーデ様」


俺は素っ裸のままベッドから這い出して、ふかふかのベッドからリリィが抜け出すのを手伝いつつ、ベッドのすぐ側で控えていた従者ーーサクに声を掛けた。


「今朝は大通りのパン屋から出来たての物を頂けましたので、朝食は牛乳をたっぷりと使ったスープとなっております。今温め直しているところですから、少々お待ちくださいね?」


「ん、ありがとう」


藍色に染め抜かれた服を身に纏い、萌葱色の髪に白いカチューシャを身に着けたハーフエルフの少女は小さく一礼して部屋を去った。


「アーデ、いつも悪いけど降りるの手伝ってくれる?」


「勿論。……って、先に着替えるから少し待って」


脚の動かないリリィの介護をする前に、桐箪笥からいつもの下着とシャツとズボンを取り出して手際良く身に着けていく。……ああ、女物の服を着ることへの抵抗感も、さっぱり無くなってしまったなぁ……。


「これで良し。ほら、手、貸すよ」


「いつもありがとう。これで朝起きるのさえ早くなれば、お兄ちゃんに負担を掛けることも無くなるんだけどなぁ?」


「惰眠を貪るのは得意だから仕方ない。それに、リリィは本当ならもっとケイに甘えて良いと思う」


リリィの脚は、毎日俺が治癒スキルを施したり適正ランクのポーションによる治療を試したのだが、未だ快癒の兆候が見られなかった。その為、彼女は普段、俺やサク、そして実の兄であるケイに抱えられるか、車椅子での移動になってしまっていた。


「ケイお兄ちゃんに甘えたいのも山々なんだけど……私はアーデのことも気に掛けなくちゃいけないからね」


リリィはゆったりとした白い服の懐から無機質な質感の鍵を取り出し、大事そうに両手で握りしめる。


俺がこの世界に来て初めて製作したアイテムにして、この世界にたった一つしか存在しない寝室用の鍵。自らの足で立つことの出来ないリリィは今、俺がこの部屋の鍵を預けた唯一の存在である。


現在、『マイルーム』への出入りの制限を緩めているが故に、寝室や各種作業部屋だけがプライバシーの保護された部屋となっている。


そんな中でリリィに寝室の鍵を託したのは……脚の動かないリリィ一人では、誰かの支援なしには二階に存在する此処まで辿り着く事が不可能であることと、彼女の連れてくる者ならまあ……良いかな?


当然リリィを脅迫して強引に押し通ろうとする輩も現れる可能性があるが……その時は木っ端微塵に粉砕する所存である。


「よっと。しっかり掴まってて」


腰まで届く白髪をいつものようにリボンで結び、ベッドの端で脚を垂らして待っていたリリィを抱え上げて寝室を出た。


「けれど相変わらず不便な構造してるね、ここ。階段とか取り付けるつもりはないの?」


「まあ、防犯も兼ねてるから。倉庫の道具とかは触れると危険な代物も沢山あるし」


マンドラゴラとかヒュドラの毒腺とか取り出したらどうなるのかさっぱり分からんし。


そんな会話をしつつ一階へとふわりと降り立ち、着地点の側に置かれた車椅子にリリィを下す。


「ありがとう。さ、行きましょう。今日は軽くしか食べてないから、お腹ぺこぺこなの」


「珍しい。いつもケイと一緒に食べてるのに?」


リリィは軽度のブラコンである。肉体関係を求めるほど依存しているわけではなく、ケイの仕事中を覗けば、一緒にいられる間は可能な限り一緒にいようとする。まるで、失った5年間の繋がりを取り戻すかのように。


「何か急な依頼が入ってきたみたいでね。確か……人探しとか言ってた気がするけど」


リリィが何でもないかのように言った言葉に、俺は思わず眉を顰め、一週間前に起きた事件を思い出していた。


「……また、人攫い?」




ゾルト=ベイレーン伯爵令嬢、ローズリンデ=ベイレーンによる子女誘拐及びイルデイン=ヨークスコーツ公爵暗殺未遂事件。ベイレーン城が半壊するほどの被害を被ったこの騒動を終わらせたのは、俺である。


城に仕官していた文官及び使用人の大半が犠牲となり、城の機能が麻痺した事で街が無法地帯と化してしまわないかと心配していたが、無事だったベイレーン守備隊及び各ギルドの連携によって凶悪犯罪の発生は未然に防がれている。


そして剣帝として民衆から絶対的な人気を誇っている、ヨークスコーツ公爵による臨時統治の手際の良さもあり、街の人々に広がっていた不安も次第に薄れてきていたのだった_________




「うーん、どうなんだろう。行方不明になってるのは冒険者の人が多いらしくて、しかもランクDの人まで行方不明になってるそうだから、多分違うんじゃないかな。Dランクの冒険者を誰にも気付かれずに誘拐なんて真似、それこそランクAくらいの実力が無ければ厳しいってお兄ちゃんが言ってたし」


何だかキナ臭い話になってきたなぁ。よし、これ以上話を聞いてフラグを立てたら困るし、この話は止めにしとこう。


「ま、薬剤師ギルドのメンバーには関係ないだろうし、後のことはケイに任せておこう。そんなことよりお腹減ったし」


「本当、アーデは食事に関しては譲らないよね。朝食の時間に間に合わなくてもお昼に朝食分まで食べちゃうし」


「サクの料理は美味しいからね」


いや本当、何故サクは密偵をやってたのかと聞きたいレベルの料理の腕前を誇っている。お陰様で食が進むこと進むこと。


(けど、サクが働いていたっていうエルフィーン何とかには話を付けとかなくちゃいけないよな。実質横取りしてるわけだし)


情報戦で重宝するであろう密偵を一人持って行かれて、国が黙っているだろうか?


「面倒なのはまあ、しょうがないか。出るだけ穏便に済めば良いけど」


「どうかしたの、アーデ?」


いかん、憂鬱すぎて口をついて出てしまっていたらしい。リリィには関係ない話だし、適当に誤魔化しておくか。


「いや、何でもない。さ、行こう。ご飯が待ってるしね」


「待ちくたびれてると思うのだけれど?」


「きっと気の所為」


お互いに笑顔で軽口を叩き、車椅子を押してサクの待つダイニングテーブルへと向かうのだった。

(●ω●)「暫くは日常回かな」


アーデ「平穏が一番」


剣帝「働け……、働け……(亡者のような形相)」


(●ω|&ア「断る!」(全力ダッシュ)

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