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怠惰な魔本使いの見聞  作者: 炬燵天秤
第2章 白髪緋眼の魔本使いと呪いの狂宴
28/64

28話目 胎動と帰還

いつもの謎サブタイトル。


遅くなりましたが、これで第2章は終わりです。事後処理は第3章にまでもつれ込み、話の取っ掛かりになりました。


やっぱり異世界ファンタジーといったらダンジョンだよね! (次章の盛大なネタバレ)



では、どうぞ。

__________________



大陸最大の国家、サベレージ王国。大陸の半分を席巻するこの王国は人族が7割を占め、残りを様々な種族によって構成された多種族国家である。


そのサベレージ王国最大の都市にして、大陸の栄華を凝縮した王都・トリエナーレ。計画的に造り上げられた美しい街並みの中央には、100年に渡り改造築を繰り返された壮麗な王城が聳え立っている。


王国中から集められた工匠が己の心血を注いで作り上げた豪奢な一室の一つに、二つの主従の人影があった。


「ーーー以上が、ベイレーンでの顚末の仔細になります。因みに、殿下の作製した『呪水晶』は木っ端微塵に破壊されたそうですよ」


冷たい無機質な声で報告書を読み上げていた文官風の男は、目の前の上司がソファーに寝っ転がっているのを冷めた目で見つめながら、整然と整えられた執務机の上に報告書を置いた。


「ええー。折角3ヶ月掛けて創り上げた傑作だったのに? あー、また一から作り直しとか悲しいなぁ……」


男の目の前に相対しているのは、まだあどけなさの残る整った顔立ちの少年。主として配下を持つには些か早過ぎる気がしないでもないが、4年以上側近として少年に仕えている男に不満はほとんどなかった。


……強いて不満を挙げるのならば、だらしない格好で寝そべるのと手当たり次第に女を口説いて親兄弟に折檻されるのと姉離れ出来ないのと妹贔屓なのさえ直してくれれば、主として申し分ない存在なのだが。


「君、失礼な事を考えていないかい?」


「いえ、我が主の為を思えば、主の至らぬ点を家臣が指摘するのは当然の事でございます。殿下」


寝そべりながらこちらの心を読んできた主に対して、涼しい顔で美辞麗句いいわけを並べ立てる。いつものやり取りに主従は笑みを浮かべ、同時に机の上の茶菓子に手を伸ばした。


「しっかし、ローズの作戦が失敗するなんて夢にも思ってなかったよ。それに彼女の墓を建てることが許されないのも悔しいかな」


砂糖が贅沢に使われているクッキーを口にした少年は、少しだけ目を細めて男の持ち込んだ報告書を一瞥した。その瞳に僅かばかりの揺らぎの存在を目敏く見つけ、男は己の疑問を解消すべく少し躊躇い気味に口を開く。


「殿下は……ベイレーン伯爵令嬢殿を本当に愛しておられたのですか?」


「………、ああ」


ほんの少しだけ沈黙した少年は、口に含んでいた菓子を呑み込むのと同時に短く頷いた。


「彼女ほどの理解者はこれまでも、これからも君以外には存在し得ないだろうね。彼女は自身の欲を満たすと同時に、精一杯の献身をこの僕に捧げてくれたのだから」


胸に手を当て、相思相愛であった少女の為に黙祷を捧げる少年。その中性的な顔立ちと、気品溢れる立ち振る舞いに惑わされる者は少なくない。


「ローズは何れ僕の妃として迎え入れるつもりだったよ。最初からあれだけ狂えている存在なんて、滅多に見つからないだろうから」


少年は静かに笑みを浮かべて紅茶を飲み干すと、徐ろに報告書を拾い上げて指を鳴らした。


パチパチパチ……


たったそれだけの事で紙の束に黒い火が点き、灰も残さずその存在を消し去った。少年の持つ特異な魔法による力だが、男は何度か見掛けたことのある光景の為特に触れる事なく目を閉じた。


「殿下の心中、お察しします」


「うん。今回だけは真面目に受け取っておくよ。それじゃあ、事後処理は全部任せて良いかな? 叔父さんの事だから誰の仕業か気が付いているだろうし、しっかりと証拠とかは消しておいてね。……僕はそこにある、ちょっとした山を片付けなければいけないから」


少年は執務机の上に積み上げられた書類の塔を遠い目で眺める。これでも上の二人の兄よりは少なかったりする。机仕事が得意な次兄は兎も角、軍の指揮も任されている長兄には同情の念を禁じ得ない。


「心中、お察しします……。それでは失礼します」


この国の王族の多忙さに同情しつつ、従者は部屋を後にした。残ったのは殿下と呼びている少年一人。


「……さて、『呪水晶』は兎も角、ローズを失ったのは大きな痛手だ。ここからどうする、僕」


静寂を取り戻した執務室の中で、少年は小さく独りごちると視線を机の上の紙に落とした。


それは一枚の契約書だった。モンスターブックの紙の魔力を蓄えるという特性を活かし、少年の契約魔法を編み込んだ特別な契約書。


滅多に遭遇しないモンスターブックの紙が素材であり、製作可能な者が少年しかいない為、これを購入するとなれば小さな領地を一つ買えるほどの金額が必要になる。だが、その破格な効果は他国の王族すら求める程の価値を持っていた。


「やっぱり、可能ならカースキマイラを倒したっていう黒騎士が良いかな? 代償は大きそうだけど……得られる利益も大きそうだ。ふふっ」


妖しげな笑みを浮かべた少年は、暫くの間誰もいない執務室に笑い声を響かせていた。



__________________




夢を見た。


それを夢と言って良いのかは定かでは無いが、体が勝手に動くのだからきっと夢なのだろう。


まあ、自由落下に体の自由も何も無いのだが。


己以外何も見えない漆黒の闇の中で、新雪のように白い髪が上に靡くのを見上げていた。本来なら、比較するものが無い中で、上下感覚など分かるはずもないが、頭は落下であるという事を当然であるかのように受け入れていた。


「………………?」


だが、その落下速度は緩慢なものだ。紙のように、綿のようにゆっくりと深淵の奥底へと沈んでいく。


ーーまるで海の底のようだーー


ふとそんなイメージが頭の中に浮かび上がってくる。そう思うと何となく肌寒くなってきた気がして、熱を逃がさないように体を縮こめる。


……oo……、ooo…………


何かこれ以上のことが起こるでもなく、時間の感覚が麻痺してきた頃。悲嘆のような、祈りのような口調の声が耳に届く。そしてそれと同時に緩やかな落下は止まり、底冷えする冷たい床に身を横たえることになった。


体の芯を冷やそうとする寒さから逃れる為、身を起こして周囲を見回しーー小さな灯火が幾つも灯された空間が目に入った。


灯りの大きさは蝋燭くらいだろうか? 今にも消えそうなそれの奥から、言葉として理解出来ない声が聞こえている。


ooo……、aa………


「………………」


灯火の元まで辿り着き、そのすぐ奥に、見上げなくては全身を目に映せないほどの巨体が、跪いていることに気がついた。


それは牛頭の怪物、ミノタウロス。ビスマ村近くのダンジョンにいた個体よりも、ひと回り大きな巨軀を壮麗な鎧に包んだ怪物が、こちらのことをじっと見つめていた。


「………………ぁ」


どこか悲しげな色を湛えた視線を一身に浴びていると、不意に足下の冷たい床の感触が消え、再び体を浮遊感が包み込んだ。


ミノタウロスの姿が小さく、見えなくなっていくのをぼんやりと眺めていると、視界が白く眩く染まっていく。


目を開けられないほどの光量に目を閉じて、不思議な浮遊感に身を預けるのと同時に頭部に鈍い衝撃が走り、ぼんやりとした意識は急速に薄れていった_________



__________________



……………ドサッ。


「……痛い」


突然頭に走った衝撃によって目が覚めた。ぼんやりと瞳を開けば、目の前には上になくてはいけない筈の天井が正面に見えていた。


……昨日も見た光景な気がする。


「あー、眠い」


雲のように柔らかいベッドからずり落ちた体を起こし、乱れた白髪を手で梳いて背中に流す。


(なんか夢を見た気がするが……思い出せないな)


俺は夢の中の出来事を覚えている、ということは滅多に無い。「夢を見た」というのは覚えているので、実にもどかしい気分にさせられることも多々ある。


「と、急がないと間に合わなくなるか」


ちらりと座卓の上の時計を覗き込めば、八時半を指している。朝に弱い俺にしては早く起きた方だ。約束がなければおそらく二度寝していてもおかしくない。


パジャマ代わりのネグリジェを脱ぎ捨て、いつもの黒を基調とした魔導師っぽい服を身に着ける。といっても材質以外は何の変哲もないカーディガンにズボンなので、小金持ちが着る服として見れば、何らおかしい点はないと思う。


「服よし、髪よし、靴下は……後で履くか」


背中に纏めた白髪をリボンで適当に結び、天蓋付きベッドの枕元に放り投げられている古びた魔導書を手に取る。……良い枕になるかと思ったのだが、やっぱり綿のふかふか枕の方が良かったとさ。


最低限の身嗜みを整えて寝室を後にする。すると、扉を開けるのと同時に、肉の焼ける良い匂いが鼻腔を擽り、昨日の昼から何も食べていない腹の虫が空腹を訴えだした。


「よっ……と」


「おはようございます、アーデ様。もうすぐ朝食が出来上がりますから、席に着いていてもらえますか?」


二階からフワリと飛び降りて一階に着地すれば、簡素なシャツとスカートの上にエプロンを着込んだハーフエルフの少女、サクが器用に長箸とフライパンを振るう光景が目に入ってきた。


「あれ、箸使える?」


昨夜、いつの間にかこの家に住む流れになっていたサクに食材は自由に扱って良いと言ったので、朝食を作っていること自体は別に驚くことでもない。


しかし疲れていた俺は、その後すぐに寝室で床に着いたから当然箸の使い方など教えていない。だというのに、萌葱色の髪の少女は手本のような持ち方で、まるで舞うようにして箸を扱いこなしている。


「はい。エルフの里では幼少の頃より箸の使い方を親兄弟に習いますから。これをちゃんと扱えなければずっと赤ちゃん扱いされてしまいますしね」


へー、異世界にも箸はあるんだな。といっても、ベイレーンでは見なかったからエルフの里限定かもしれないが。


「アーデ様、飲み物は紅茶で宜しいですか? 『レイゾウコ』という物にあったものの中では、茶葉しか分からなかったのですが……」


朝食を作り終えたサクが、料理をダイニングテーブルの上に並べつつ尋ねてきた。まあ、知らない液体が多いのは仕方ないか。醤油とか出されても困るしな。


「構わない。後で飲み物の種類については教えるから。……それはそれとして、何故四人分の皿が?」


明るい色の木材で製作されたダイニングテーブルの上には、四人分の食器と大皿に山と盛られた料理が並んでいる。


どう考えたって二人では食べきれない量だ。


「? じきに二人とも帰って来ますよ。近くの知り合いに挨拶に回っているだけですから」


二人? 兄妹? ……あー、そういえばそうだったな。




「サクさん、今帰りました……って、アーデさんも起きたんですね」




ガチャリと『マイルーム』とベイレーンで購入した家とを繋ぐドアが開く。そこから入って来たのは、俺とそっくりでいて、どことなく違う雰囲気を纏った白髪の少女リリィ。そしてーー


「おはよう。リリィ、それに……ケイ。調子はどう?」


「ああ、オレの方はすこぶる元気だ。リリィの足はまだ動かないようだが」


リリィを両手で抱え上げた、灰色の髪に灰褐色のコートの青年、ケイ。どうやら蘇生させた体に後遺症も残った風はなさそうだ。


『廻天の請願』は問題なくその効果を発揮した。ケイの血色の良い顔を見るに、ゾンビとかモンスターになったりもしないと見て良さそうだった。


「それは良かった。リリィの方は……また後で『治癒』とか掛け直してみる」


「ありがとうございます。でも、もう一度兄と暮らせるようにしてくれたアーデさんには、これ以上ないくらい感謝しているんですから、気に病まないでくださいね?」


しかしリリィの足は未だに治らない。原因を探る為にそう申し出たが、彼女自身は幸せそうな顔で自らを抱き抱えている兄に擦り寄ってるし別に良いのかな?


「さ、リリィ様とケイさんも早く席に着いてください。出来立ての朝食が冷めてしまいますよ?」


二人だけの空間に入り込もうとした兄妹をサクが窘める。グッジョブ、サク。


「と、すまない。サクさん」


「サクと呼び捨てで構いませんよ? 私はアーデ様の従者。ケイさんとリリィ様はアーデ様のご友人なのですから、呼び捨てで呼んでいただいても」


従者になるの、まだ認めてないんだが……。


「そうなのか? まあ、そうならオレのことも呼び捨てで構わない」


リリィが席に座るのを助けたケイは、そう答えて席に着いた。手際良く大皿の料理を取り分けるサクと顔を見合わせて笑い合っているから、相性は良いのだろう……てか、ケイが笑うところ初めて見たな。


「アーデさん。その紅茶、私も貰って良いですか?」


「勿論。というか、リリィ。こっちも呼び捨てで呼ぼう。敬語もいらないから」


ティーポットを渡してそう告げれば、リリィは不思議そうな顔をしながらも頷いてくれた。別に彼らに張り合ったわけではないのだが、別に畏るような仲でもないだろう。ーーこの四人で同居する訳だしな。


「え? じゃあアーデ。これからも、よろしくね?」


翠色の瞳を瞬かせて首を傾げたリリィだったが、すぐに嬉しそうな笑みを浮かべて頷いてくれた。これで『マイルーム』も窮屈な空間にならずに済むだろう。


「よろしく。……じゃあ、手を合わせて」


取り分けを終えたサクが席に着いたのを確認して、俺は手を合わせる。サクは少し驚きながらも笑顔で、兄妹は首を傾げつつ俺の真似をして手を合わせる。やはり、食事の時は食材に感謝を捧げるべきだ。


後はーー


「えーと。今回の事が解決して、二人が無事に戻ってこれた事に乾杯、そしていただきます」


「「「いただきます」」」


拠点も手に入れたし料理の上手い従者も仲間になった。これでやっとーーゆっくり出来るだろう。


そんな思いとともに俺は小さな笑みを浮かべ、目の前の料理に箸を伸ばしたのだった。



__________________




「ええい! まだ白髪の少女と人馬族の騎士は見つけられんのか!?」


「申し訳ありません! 貴族街、西地区を中心に探しておりますが、未だにそれらしい人影は見当たりません! というか人員が全く足りません!!」


一方その頃、半壊したベイレーン城の練兵場に作られた仮の陣幕内では、目の周りが隈で真っ黒に染まった騎士達の慌ただしく動き回る光景が、暫くの間野次馬を賑わせたとさ。

(●ω●)「ダンジョンといったらゴブリン? スライム? ミノタウロス? 残念だったなG


アーデ「ふざけんなぁ!!?」




安心してください。黒い奴は物語に一切出す予定はありませんので。

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