23話目 呪祭
もう三月ですか……。地元でも梅が咲いていました。
感想ありがとうございます。ネタバレを避ける為、返信が遅れる事がありますが、遅くても章の終わりには返したいと思っています。
では、どうぞ!
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ベイレーン城別館・迎賓館前で行われていた戦闘も、既に佳境に入っていた。
「あはは! あはははは!! どうされましたか剣帝様ぁ? もう終わりですのぉ!!?」
その戦闘時間のほとんどが、魔導書を手にしたローズリンデによる一方的な攻撃ではあったが。
「……ふん」
騎士達の死体が散乱する広場では、死を運ぶ炎の鳥が舞う中を、整然と隊列を組んだ騎士達が突き進んでいる激闘が繰り広げられていた。
剣帝を先頭に、「↑」の形をした隊列で騎士達はゆっくりと進む。後方に位置する騎士が防御魔法で結界を張り、前衛が盾を構え炎の鳥の脅威から身を守るのを援護する。
依然として幾つも生まれては襲い掛かってくる『紅炎の翡翠』を退けつつの行進であるが故に、その歩みは遅い。しかし誰もが傷一つ負うことなくこの場を生き残っていた。
この6名の騎士は、イルデイン自ら鍛え上げた熟練の古参兵である。次々と周りの騎士見習いが脱落していく中、どんなに厳しい試練が身に降り掛かろうとも決して諦めない狂じ……強靭な精神の持ち主達だ。
時が流れ、それぞれが部下を持つことになったことで自然と背中を預けて戦うことは減ってしまっていたが、たかが温室育ちの小娘一人に列を乱されるほどヤワな鍛え方はされていなかった。
それに加え、後輩である騎士達の仇を取る為に士気はかなり高い。上級魔法を連発されている現状でも戦線が瓦解していないのは、これのお陰でもあった。
「ふふっ、返事をする余裕も無いのかしらぁ? ほら、早くここまで辿り着けなければ、騎士様達の魔力が先に尽きてしまいますわよ?」
しかし現状を打開することが出来ないのも、また事実だった。ただでさえ火力の高い上級魔法一つでも脅威だというのに、それをローズリンデは連発している。常人が見れば悪夢の光景だっただろう。
(やはり何か絡繰があるのだろう。でなければ、とうに魔力が尽きていなければおかしい)
騎士達の先頭で大剣を振り翳して炎の鳥を斬り裂き、イルデインは冷静に目の前の脅威度を測る。彼は格上の敵とならば幾らでも戦ってきたが、今相対しているローズリンデはそれらとは毛色が違った。
(無詠唱で上級魔法を放つことを可能にしているのは、恐らくあの魔導書。今まで見てきた代物を遥かに超える力を内包している……。最上級、いや、伝説級にすら辿り着いているか?)
魔導書は魔法使いの魔法行使を補助する為に作られる。だが稀にその魔導書自体が脅威的な力を内包している場合が存在する。
例えば低ランクの魔法使いによる上級魔法の行使や、稀有な体質である無詠唱による魔法発動、正規の手続きでは実現不可能な攻性魔法の連続投射。
これらの内どれか一つでも魔導書が保有しているのならば、それだけで最上級ランクの魔本として周知されるだろう。
だが目の前のそれは三つ全てを保有している。おとぎ話に出てくるような伝説的な魔導書を、どうやって一地方の貴族の娘が手にしたのか不明だが……放置して良い代物では決してない。
(魔導書を確保することも考慮するべきなのだろうが……、その前にあれを動かす魔力を探らなくてはな)
だが、魔導書の存在以上に不可解なのが、絶えることなく上級魔法を行使し続ける膨大な魔力の存在だった。
上級魔法を連続投射すれば、サベレージ王国最高の魔法使いだったとしてもすぐに魔力が枯渇する事は必然である。
それをただの地方領主の娘が行い、それでいて魔力切れを起こした様子がない事を鑑みるならば、何らかの魔力源を手中に収めているということに自然と行き着く。
(魔力源を見つけ出し、破壊する。でなければ我々が死ぬだけだ。幾ら私の部下達であっても一日中は戦い続けることなど出来ん)
15体目の炎の鳥を消滅させたイルデインは、大きく息を吐いてチラリと背後を見遣る。隊列の乱れこそ無いが、若干息の荒い者が数名出始めている。彼らもそう長くは保たないだろう。
「うふふふ、亀さんを苛めるのはもう飽きてしまいましたわ。そろそろ食べてしまいましょうか」
「……何だ、地揺れか?」
瞳に狂気を宿すローズリンデは、血石の指輪が嵌められた手を振り上げると同時にそう告げ、『紅炎の翡翠』を使役するのを止めた。だが、イルデイン達がその行為を訝しむ間も無く彼らの踏みしめている大地が揺れ始める。
「警戒を厳に。陣形、散!」
「「「はっ!!」」」
(この付近に火山は存在しない。土竜の目撃報告もなかった筈。となれば、この揺れは一体?)
周辺を見回して警戒するが、先の戦いによる爪痕を除けば、異常は特に見当たらない。その間にも揺れは強まりーーイルデインは、ローズリンデが不気味に微笑むのが目に入り、彼女の足場がほとんど揺れていない事に気が付く。
「全員、散開! 急げ!!」
「なっ……ぐっ、ぐああっ!?」
隊列の真下から襲い掛かってきた脅威に対し、イルデインは前方に転がる事で逃れる事が出来た。しかし、騎士の内の一人がそれに捕まり、空中へと持ち上げられていく。
(な、海魔の触腕か? いや、違う。これは一体何だ……?)
それは大木の幹ほどの太さの巨大な触手だった。青白い皮膚を纏ったそれは生々しく、不気味な蠕動を繰り返している。海を活動場所としているクラーケンの触手とは違い、吸盤はない。滑りを伴った粘液が凹凸の無い表面を覆っている。
「やめ…、やめろぉ……! 団長……た、助け、てくださ……」
ガキッ、バキッバキッ!!
触腕に持ち上げられて締め付けられていた騎士が悲鳴を上げる。見れば、胴体を縛り付ける触手が騎士鎧をミシミシと凹ませ始めている光景が目に入ってくる。
「ガレル! この……ぬうっ!!」
イルデインは渾身の力で大剣を薙ぎ、触手を斬り裂こうと試みる。本気の一振りは触腕の幅の5割程度を切断し、醜悪なピンク色の肉片が辺りに飛び散る。
が、触手の切断面がボコッ、ボコボコッ! と泡立ち、大きく開いていた傷痕を一瞬で塞いでしまった。尋常ではない速度の修復力にイルデインは目を見開く。
「団長、新たな触腕です! 数は……5!?」
更に悪い報告が部下から齎される。顔を上げれば目の前の物と同じ触腕が新たに地面から現れ、次々と騎士達に襲い掛かり、その内の一本が自身にも迫って来ている。
「ぬうぅ……ゥォォオオオ!!」
巨大な触腕の叩き付けを、大剣を翳すことで受け止める。想像以上の重い一撃に金属製のブーツが地面に埋まり、全身が悲鳴を上げる。だがイルデインは雄叫びと共にそれを弾き飛ばすことに成功した。
「あはははっ! 流石は剣帝様! けれどまだまだ出せるんですよぉ?」
ローズリンデの狂気を宿した瞳が不気味に赤く光る。それが合図だったのか、地響きと共に更に5本の触腕が地面を突き破ってその姿を現した。
「ぎゃああぁぁぁあああ!!?」
騎士鎧を完全に砕かれたガレルが絶叫する。砕けた鎧の破片が鍛え上げられた肉体に突き刺さり、滑りと鈍く光る触腕の白い外皮を朱に染めた。
「ガレルーーーっ!!?」
触腕の締め付けから逃れた腕が空を掻くように動いていることから、ガレルは辛うじて生きてはいるようだ。だが、今の状態ではそう遠くない未来に力尽きるだろう。
(だが自身の身すら危うい状況では、下手に動く事すら出来ん……! 何か、何か状況を立て直す手段はないのか!?)
「ふふふふあはははははっ!! そろそろこの前夜祭は終わりかしらぁ。剣帝様の首を吊り下げて街路を練り歩けば、市井のゴミどもは一体どんな楽しい顔をしてくれるのかしら!!」
ローズリンデの狂気的な叫び声に呼応するように、触腕達はその長大な腕をしならせ、タメを作る。
高質量かつ慣性の乗ったそれの威力を思い出し、イルデインは覚悟を決めた。両手に握る大剣の柄を誰にも悟られないよう密かに捻り、隠された機構を開こうとしてーーー
「確かに。こんな馬鹿みたいなお祭り騒ぎは、終わりにしよう。夜も更けたし」
そんな鈴のような声がイルデインの耳に届いた瞬間、イルデインは横殴りの衝撃を受けて強く吹き飛ばされた。
「ぬうっ、な、何が起きた!?」
かなり勢いよく吹き飛ばされ、触腕達の包囲の外まで転がったイルデインはすぐに立ち上がると、状況の判断の為に辺りを見回した。
すぐ近くには、触腕の脅威に晒されていた直属の騎士達が同じように吹き飛ばされて転がっている。そして、彼らが先ほどいた触腕の群れの中に、暴風の如き猛威を体現する漆黒の騎馬の姿が現れていた。
「アーデ様の第一の騎士、ウルスザ。マスターの命に従いこの戦に馳せ参じた! 怪奇なる魔物を討ち果たさんとする勇士は、何処にいるか!」
馬上槍の一閃で3本の触腕を屠った黒騎士は拘束が解かれ墜落するガレルを受け止めると、軽々と肩に担いでその場を悠々と離脱した。
勿論その間にも進撃を阻もうとする触腕が黒騎士の前に立ち塞がったのだが、蚊を振り払うかの如く、ウルスザと名乗った黒騎士が軽くランスを払っただけでそれらは消し飛んだ。
部下達が茫然自失となり座り込む中、イルデインだけは武人としての気概から毅然と立ち続けた。
それはサベレージ王国騎士団団長として、目の前の者に屈することをプライドが許さなかったからでもあり、―――同じ騎士としての誇りが、彼と自身とを対等であると囁いてきたからでもあった。
「ほう、見事な面構えだ、若き武士よ。この身体故、見下ろす形になって悪いが、名はなんと申す?」
50近いイルデインの事を若輩と呼んだ黒騎士だが、不思議と怒りは湧いてこない。それは黒騎士から発せられる凄まじい闘気もさる事ながら、その姿も遠因の一つだった。
上半身は漆黒の金属鎧に身を包む騎士風の出で立ちだが、身体を支えるはずの下半身が――ない。いや、騎馬と一体化している。
ケンタウロス。人族の間では魔物として扱われているが、長い年月を生きたケンタウロスは人語を介し、時に明晰な頭脳を以て人を導くこともある。その知能の高さは、『森の賢者』という二つ名を冠する個体がいることからも分かり、文献によっては「人馬族」という名で亜人に分類する書籍もある。
「サベレージ王国騎士団団長、イルデイン=ヨークスコーツ」
普段ならば公爵であることも告げるのだが、イルデイン自身はそれをウルスザに伝えるのを何故か躊躇した。
「ではイルデイン騎士団長殿。こちらの二人の保護を任せてもよいか? 私は今から、向かう場所がある」
ウルスザはその背中の鞍に乗せていた、マントだけで身を隠した少女と脇に抱えていたガレルをその場に降ろすと、馬蹄を嵌めた踵を返しイルデイン達に背を向けた。
「……引き受けよう。ウルスザ殿はどちらへ?」
イルデインの問いに対し、ウルスザは馬上槍でその先を指し示す。魔本を傍らに浮かべた、白髪緋眼の少女が立つその先を。
「我が主が望む、戦場へと」
(●ω●)「触手? 残念だったな。アーデと戦うには役不足だ」
ケイ「自分で言うのか……」
(●ω|「ローズの奥の手がこれだけならば、アーデは瞬く間に殲滅してしまうぜ。はっはっは」
ケ「アーデが言わなくても著者がフラグを立てたらそれもう回避不可能だろ。無茶苦茶だ」




