22話目 灰髪の鎮魂歌
今回の戦い、アーデvs第2章ラスボスとの戦闘よりも熱いかもしれません。主人公とは一体……。
まあ、アーデもようやく自重した本気を出せますから、きっと満足するでしょう。
では、どうぞ!
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文官や使用人達の誰もが消え去ったことによって静寂が広がるベイレーン城。
しかしその城の一角からは、その静寂を破るかの如く激しい武技の応酬による金属音が絶えず響き渡っていた。
城に飾られた絵画や壺を犠牲にする激しい戦闘を繰り広げているのは、たったの二人。
一人は灰色の髪に枯れ草色のコートを着込み、二本の短剣を得物とする若い男、ケイ。
もう一人は藍色の髪と紺色の上等な衣装に身を包み、これまた蒼い槍を振るう青ずくめの男、ゾルト=ベイレーン。
両者の戦いは数十合にも及びながらも、決着が付かない膠着状態に陥っていた。今もまた、ケイの心臓を槍が貫く代わりに城の備品の壺が犠牲となり、暗い廊下に汚い花を咲かせた。
(くそっ、強いな……。全くオレの間合いに入れない)
左腕から流れる血を拭い、込み上げてくる血反吐を吐き捨てる。ケイの肉体には、至る所に切り傷や石突の殴打による打撲痕が刻まれ、これが激戦であることを物語っていた。
「どうした、よもやその程度で力を出し切ったなどと言うのではなかろう?」
こちらが満身創痍なのに対し、ゾルトには傷といえるような痕は見当たらない。多少服に切り裂かれた跡が見えるだけだ。
「どうせ貴様はもう後戻り出来ないだろう? たかが辺境の領主とはいえ、貴族に刃を向けたのだ。ここで私を殺さなくては貴様の復讐とやらは永遠に叶わなくなる」
「っ、言われなくても!!」
口元から流れる血を拭い、床に触れるか触れないかのギリギリまで身を屈めて駆ける。
短剣による下から掬い上げる一撃は槍の柄で逸らされ、手首を狙った刺突も軽々と弾かれた。
「はあぁっ!!」
ギンギン、ギィンッ!!
「ぐっ!」
返す刀の三連撃を、半ば勘だけで短剣の軌道に合わせて切り抜ける。槍の穂先を見ていては防御が間に合わない。斥候だった頃の目を活かしてゾルトの筋肉の動きを読み取り、そこから槍の軌道を見切って体を動かすが、僅かに対処の遅れた三撃目を脇腹に貰ってしまう。
「がはっ、く……」
追撃から逃れる為に後退し、腰に差した小瓶の中身を血に染まった脇腹にぶっ掛ける。
白い煙が噴き出す脇腹はみるみるうちに修復されていく。中級ポーションのお陰で抉られた肉の分まで完全に再生し、すぐに痛みも引いていった。
自前で用意した虎の子の中級ポーションだが、これで最低限持ち出していたストックが空になった。残りはーーー
(アーデに貰った効能の不明なポーションが一つだけ、か……。どうにかしてやつから隙を作り出さなきゃ、負ける)
たった一つの判断に生死が掛かっている戦いに、不確定要素を勘定に入れるわけにはいかない。となると、ここからは死を覚悟して戦わなくてはゾルトに短剣を突き立てることなど到底出来なくなるわけだ。
「……解せんな」
強者の余裕からか、これまでゾルトは傷が完治するまで穂先を降ろして待っていたのだが、ここにきて初めて少しだけ眉を顰め口を開いた。
「何がだよ?」
「お前ーーーいや、先に聞いておくべきであったな。名前は何と言う?」
蒼槍を肩に担いで構えを解いたゾルトだが、未だに殺気が漂っている。仮にオレが一歩でも前に踏み出せば、ゾルトはすぐさま戦闘態勢に移れるのだろう。
「……ケイだ」
質問に答える義理も必要もなかったが、荒くなった呼吸を整える時間を作れるのはありがたい。ゾルトの挙動を見逃さないよう気を配りつつも口を開く。
「ならばケイよ、一つ問おう。貴様にとっての家族とは、……自身の命を賭して救うほどの価値があるものなのか?」
何を言っているんだ、目の前の男は。眉間に皺が寄るのを自覚しつつも、肯定する為に口を開く。
「当然だ。オレにとってリリィは、守るべき大切な家族だったんだ。そのリリィの手掛かりが、あと一歩のところにあるのなら、……炎の中にだって飛び込むさ」
「そうか……。私には分からない感情だ」
オレの答えを聞いたゾルトは、どこか遠い目をして在らぬ方向に視線を向けた。つけ込めたはずの、初めて生まれた隙だったというのに、オレは動く事が出来ずにいた。
ドォォ……ン………
「な、今の揺れは……?」
石造りのベイレーン城の外から、かすかに爆発音が聞こえてくる。他の誰かがこの付近で戦っているのか。
「ローズが事を始めたのだろう。他の貴族と結託して不穏な動きをしていたのは知っていたが……。まさか剣帝相手に刃を向けるとはとんだドラ娘だったな」
「……助けに行かなくても良いのか?」
遠くを見つめたままのゾルトに問い掛ける。仮にも血の繋がった肉親に対して、情の一つも湧かないのかと糾弾するつもりで。
ほんの僅かな時間、ゾルトは目を閉じて沈黙する。しかし、特に言葉を交わす事なく担いでいた槍を静かに構え、その穂先に殺気を籠めていく。それが答えなのだろう。
「……例え血の繋がった娘だろうと、私をも殺そうとする輩は私の跡継ぎには相応しくない。貴様を殺した後、すぐにでもこの私の手で誅するつもりだ」
その答えを聞いたオレはもう、心の中に秘めていた激情を抑えられなかった。歯を強く食い縛り、短剣を強く握り締める。
「ああ、そうかよ。貴族様の家庭の事情なんて知らないが、ーーー間違ってるのだけは分かる。自分の娘の過ちを正さなかったお前にっ、そのツケが回ってきたってのもな!」
せめて一撃。目の前に立ち塞がる、お互い相容れることの決してない男に刃を届かせる為、地を駆ける。
ギンッ!
刺突による迎撃を短剣で払い退け、一歩。
「ふんっ!」
一呼吸で引き戻された槍の薙ぎ払いを避けられないと判断し、右腕を翳して受け止める。
ガスッ!!
「ぐっ……ぉおお!!」
腕の骨が砕ける激痛を意志の力だけで捩じ伏せ、脚に力を籠めて更に一歩踏み出す。
「覚悟を決めたか! なればこれで終わらせる!!」
ゾルトの握る蒼い槍が一際強く輝き出し、槍を蒼い華のような光が包み込んだ。
「『秘技解放』……」
武器に魔力を纏わせることで様々な効果を発揮する、使い手の限られる秘技。
(……ああ、それを使えることも考えていたさ)
秘技という名が付いてはいるが、二つ名持ちならば誰もが使える技である。いや、むしろ秘技を扱う事が出来るようになって初めて、二つ名を名付けられるとも言われている。
盗賊ギルドの頭領や、『鬼』のパーティーにいた仲間達と接している間に何度もそれを見てきた。つまりその弱点も、自然と知ることになる。
(だがオレは知っている。それの発動には、致命的に時間が掛かることを!!)
秘技にはタメがいる。最小にして最大の間隙を突く為に、全身をバネにして最後の距離を詰めようとしてーーー視界が蒼に染まった。
「ーーー『閃撃・蒼』」
「…………な」
一瞬の衝撃の後、全身を蒼く輝く光に貫かれた。
槍の穂先を向けただけの筈のゾルトは、その結果を理解していたかのように頷き、構えを解いた。
「……読みが甘かったな。秘技の発動に掛かる時間は鍛錬で短縮出来る。勇ましき反逆者よ、お前はそれを狙ったのだろうが……私の方が一枚上手だったようだ」
「がはっ……!?」
喉から込み上げてきたそれを堪えきれず、吐血する。致死量に至りかねない血を吐きながらも、辛うじて今の状況を探ろうと意識を体に向ける。
右腕、左腕上腕及び肩部、右胸部、左脇腹、そして両腿。その全てが焦げ付いたような臭いを放ち、穴が穿たれていた。
……駄目だ。特に右胸部を貫かれた所為で上手く呼吸が出来ない。両脚を動かせなければ、立ち上がれない。両腕が使えなければ、……あいつに短剣を突き立てられない。
「そのままでは辛かろう。せめてもの情けだ。ひと思いに殺ってやる」
「………」
仰向けに倒れたオレに、ゾルトが語り掛けている気もするが、もう何を言っているのか聞き取れない。心の臓の鼓動が小さくなっているのが自分でも分かる。
(すまない、リリィ。それに、……アーデ)
誰も助けられなかった事がどうしようもなく悔しかったが、これ以上抗うことは出来そうになかった。
『……ちゃん、……お兄ちゃん。ケイお兄ちゃん』
しかし、薄れ行き消えていく僅かな意識の中に、始めは小さく、しかしはっきりとそれは語り掛けてきた。
ぼんやりと霞掛かった視界に、一人の少女の姿だけが明瞭に映る。それは見覚えのある姿。ーーー新雪のように白く長い髪に、淡い翠の瞳。5年前、オレが諦めてしまった少女の姿。
見たくとも叶わなかった少女の姿に、オレは自然と手を伸ばしていた。
「リリィ……。オレは……」
微笑みを浮かべ、その小さな両手で血塗れのオレの頬を押さえたリリィは、瞳を閉じて小さく首を横に振った。
『ううん、大好きなケイお兄ちゃんから、そんな謝罪なんて聞きたくなんかないよ』
小さな拒絶。だがそれは幾千もの糾弾となってオレを打ちのめした。思えば生前は、一度もリリィに拒絶された事が無かったかもしれない。
「っ、だけど!!」
『違うの。今は私の為じゃなくて、あの子の為に戦ってあげて。私と良く似たあの子の為に』
リリィしかまともに見る事の出来なかった視界に、もう一つだけ不思議な鏡が映る。貴族のコネと資金がなければ買う事が出来ないという『幻影像』とそっくりのそれは、黒馬に跨る少女の姿を映し出した。
『あの子はこれからローズの事を止める。その時にローズの父親があそこに行けば、きっと一番の障害になると思うの。だから、彼を行かせないで』
アーデが無事脱出していたという安堵と、リリィの語った脅威に、自然と意識が冴え始める。元より既に死に体なのだ。これ以上死力を振り絞ったところで、誰かに咎められることもない。
「分かった。リリィ、また後で、逢おう」
リリィの目を真っ直ぐに見つめ返し、オレは頷く。泣きそうな顔を隠し、笑顔を浮かべていた妹の頭を撫でながら。
『うんっ。またね! ケイお兄ちゃん!』
光の粒となって消えていくリリィの姿が、手を乗せていた頭を最後に全て消え去る。
(ああ、妹の頼みなんだ。兄として、最後の意地を見せてやるさ!!)
パキリ、と。しかし決定的な音を最後にオレの意識は浮上していったーーー
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パキッ。
「……何だ?」
ゾルトは槍でケイの胸部を貫く感触に違和感を覚えた。ガラスを割った時のような、凡そ人体からは出てこない筈の音に眉を顰める。
_________カッ!
「何だと!?」
しかし次の瞬間、貫いた筈の胸部から溢れ出だす紅い閃光に目を灼かれ、思わず跳び退った。
(自爆……いや、それにしては痛みが無いのは妙だ。早く視界の確保をーー)
自爆の可能性を考慮して槍を前面に押し出して視力の回復を待つが、それ以上の衝撃は襲って来ない。
「一体何が起き……何だと?」
やがて回復した目で原因を探ろうとしてーー目の前で平然と立ち上がった男の姿に思考が止まった。
「悪いな。死の淵は満員だと言われて、追い出されたよ」
門外不出の秘技を態々持ち出して仕留めた筈の男が、傷の消えた姿で立っていた。夢かまやかしか、死地を幾度となく乗り越えてきたゾルトでさえも動揺を隠せない。
囮とすり替えて自身は『閃撃・蒼』を躱したのか。いや、防具やコートには間違いなく焦げ付いた穴が開いている。本人に直撃したのは間違いない。
となれば、つまるところーーー
「馬鹿な。魔力と血を回す炉心である、心の臓を破壊されて尚、全ての傷を癒したというのか!? そんな奇跡があるとするならばっ、神話級の秘薬か魔法でなければ道理が通じないのだぞ!!」
「詳しいことは知らない。だけどな、オレは約束したんだ。ーーお前を倒すまで、くたばるわけにはいかないってな!!」
ケイと名乗っていた灰色の髪の男は、取り落としていた短剣を素早く拾い上げ真っ直ぐに突き込んで来た。戦闘開始時並みの速さーーいや、それ以上に加速した短剣の切り払いを辛うじて柄で弾き、牽制する為に槍を突いて後退させるーー筈だった。
ドスッ!
「ぐっ……らあっ!!」
「貴様何をっ!?」
しかしあろう事か、灰髪の男は右手を槍に向けて思いっきり叩きつけた。当然折角回復した右手はぐちゃりと不快な音を立てて使い物にならなくなる。
だが男はそれに構う事なく短剣を突き込んだ。胸部を狙ったそれを、咄嗟に身を捩り躱したことで、右肩口を切られただけで済んだ。
(だがこれでは、碌に槍を振れん。……奴が不死身でないことを願うか。でなければ秘技をもう一度使う羽目になるな)
男の掌から引き抜かれた槍の傷痕が、勝手に修復されていく様を睨み、ゾルトは左腕のみで槍を構える。
(……頭だ。頭さえ吹き飛ばせば、幾ら化け物じみた回復力があろうと再生することは不可能になる筈だ。今はそれに賭ける)
ゾルトが体得した秘技は非常に燃費が悪い。魔法使いとしての適性値以下の魔力量では、後一発が限度である。
(ああ、これが私の求めていた戦いだ。久しく忘れていたこの空気。やはり私はこっちの方が性に合っているようだな……)
たったの一撃を外すだけで勝負が決まる。そんな極限の交錯の直前になり、ゾルトは思わず苦笑した。妻子を設けて以来、味わう事の出来なかった緊張感に精神が極限まで研ぎ澄まされる。
そしてかつてない程の魔力が愛槍に収束し、弾けようとするのを今か今かと待ち構えていた。
「『秘技解放』」
「行くぞ」
短剣を両手に握り締め、ただ純粋に、最速の突撃を仕掛けてきたケイの頭部に穂先を合わせる。片腕の所為で軌道修正の難しい今、躱されただけで負けは必至だった。
しかしケイは避けようとする素振りを見せず、ただ愚直に短剣を突き出すだけ。ゾルトは勝利を確信し、槍に籠めた魔力を解き放つ。
「『閃撃・蒼』!!」
「おおおぉぉぉおおおお!!!」
_________刹那、ゾルトの目に映る光景は、ゆっくりと流れ始める。
突き出した槍から一本の光条が放たれ、過たずケイの頭へと突き進んでいく。
だがケイの頭を吹き飛ばす直前、光条は何かに遮られるかの如く力を失い、霧散していく。
閃光が消え去ったゾルトの目の前には、無傷のケイが今まさにゾルトの胸元に突き立てようと、短剣の刃先を向けていた。
(……ああ、そうか)
ドスッ。
普段通りの速度に戻ったゾルトの目には、自身の胸元に短剣が突き刺さる光景が入ってくる。それと同時に、喉元に込み上げてきた液体が口元から溢れ出し、静かに体を伝っていく。
「オレの、勝ちだ」
口元を手で拭うことで赤く染まった掌を眺め、ゾルトも静かに頷いた。
「ああ、私の負けだ」
亡き妻と、たった一人の娘の顔を幻視したゾルトの意識は、深い闇の底へと暗転していった。
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「終わった、のか?」
ゾルトが斃れたのを確認したケイは、一気に体の力が抜けてその場にへたり込んだ。
そして、ゾルトの放った最後の一撃を防いだ事で砕けてしまい、辺りに散らばっていたそれを拾い上げる。
それはペンダント……妹との唯一残った繋がりである、ロケットの残骸だった。
如何なる現象か、胸元に隠していたペンダントが一人でに飛び出し、ゾルトの魔力を霧散させた。リリィに誕生日の時に贈られた代物だったが、ーー守ってくれたのだろうか?
「リリィ……ありが、と、う……。がはっ、かはっかはっ!」
オレを護って壊れたそれに祈りを捧げていると、突然鉄の苦さを伴ったものが込み上げ、容赦なく口元から吐き出された。
それは大量の血だった。先程までの吐血が生易しく見えるほど、絶え間なく口元から溢れ出す。
(……まあ、当然か。致命傷すら即座に癒す代物に、代償が無いわけなかったか。……だがそのお陰で半分だけでも復讐は果たせたんだ。感謝こそしても、恨みなんてないさ)
ゾルトが心臓ごと、アーデに貰ったポーションを偶然砕いたお陰で回復したことは自然と理解出来た。まさか貰い物が神話級の秘薬だとは夢にも思わなかったが。
しかし身に余る物を扱い、滅びるのは自然の理だ。今のオレの体では、神話級の秘薬の効能が効き過ぎて保たなかった。
つい先程死にかけた時と同じように、意識が段々と薄れていく。だが、今のオレには後悔など全くなかった。むしろ清々しい気分だ。
「けふっ……。ありが、とう。アーデ……」
ベイレーン城の通路の床に体を投げ出し、目を閉じる。
二人の少女の力添えで復讐を果たした男は、物言わぬ屍となって静かにこの世を去った。
(●ω●)「砕けたポーションの小瓶のガラスが、体の中に入ってそう(小並)」
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(●ω|「あれっ、アーデは何処に……?」




