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怠惰な魔本使いの見聞  作者: 炬燵天秤
第2章 白髪緋眼の魔本使いと呪いの狂宴
21/64

21話目 地下牢での一幕

主人公が戦うのは、もう少しだけ先になりそうです。


アーデの実力が十二分に発揮出来るよう場面を整えている状況です。



ではどうぞ!

__________________



「……ん、ここは…………?」


背中から伝わってくる冷たい感触で、俺は目を覚ました。まだぼんやりとした視界に映るのは、薄暗い石造りの部屋と、仄かに輝く魔石の照明が嵌め込まれた部屋とを隔離する無機質な鉄格子だった。


つまりは牢屋。ジャラリという頭の上から聞こえてきた音に顔を上げると、俺の両手首に青い刻印が刻み込まれた腕輪が嵌められ、鎖によって壁と繋げられているのが見えた。この腕輪、どこかで見たことがあるような気が……。


「ううっ、寒い……」


どうやら俺は鎖で壁から吊り下げられた状態らしい。ふと体を見下ろすと、胸部と秘部を隠すランジェリーを残し服は全て剥ぎ取られてしまっていた。道理で寒いわけだ。


「痛っ、頭がガンガンする……」


頭に襲い掛かった鈍い痛みに思わず呻く。そして何故自分がここにいるのか首を傾げーーーようやく直前に起きた出来事を思い出した。


「っ、あの時眠らされて……。まさかここ、ベイレーン城?」


「ああ正解だぜ。くそったれな魔導師さんよぉ」


突然聞こえてきた声に顔を上げると、シャイナを連れ去ろうとしていた大男が鉄格子を挟んだ向こう側に立っていた。俺の体を気味の悪い視線で舐めるように眺める盗賊まがいの身なりの男は、その手に持っていた鍵を使って牢屋の中にまで入ってくる。


「街の女の子を攫ってたのは、お前たち?」


「あん? ……ああそうだぜ。テメェもその攫われた女たちの一人なわけだ。状況、理解したか?」


下品な笑みを浮かべ顔に浮かべ、チャラチャラと掌で鍵を弄ぶ大男。どことなく三下臭がするのは気の所為か?


「テメェには腕をやられた恨みと上級ポーションの代金を支払ってもらわなきゃならないんでな。お嬢には生きてさえいればどんな状態になってても構わないとも言われてるし……壊してやるよ?」


「冗談、お断りだよ」


そう宣言すると同時に大男は勢い良く掴み掛かって来る。流石にここまで汚い男は俺もノーサンキューなので、膝立ちの姿勢で前蹴りを繰り返して近寄らせないように迎撃する。


シュッシュッと膝立ちから放っているとは思えない速度で前蹴りを繰り返して男を牽制する。


「ちっ、なんで女が魔法を使わずにこんな鋭い蹴りを放てるんだよ。お前、本当に人間族か?」


先ほど腕をへし折られたのが効いたのか、慎重に俺の脚を掴もうとする男との攻防が暫く続いたが、不利を悟った男が仕切り直すために一旦後方に退いてそんな事を言ってきた。


「失礼だな。盗賊みたいなお前が言うセリフじゃあないな」


他の人よりちょっとレベルが高いだけの、普通の人間だぞ。勇者パーティーと一人で戦って、互角以上に持ち込む普通の魔導師だ。


「まあ良いさ。遠くから鞭で適当に痛めつけりゃあ、いつかは根を上げるだろうよ」


む、美しいこの肢体に傷を付けようとするのは流石に見逃せない。大男が鞭を取り出したのを見計らって魔導書を呼び出す為の魔力を集めるが、……上手くいかない。


「……?」


「へっ、お嬢が魔法使い相手に何の対策もなく監禁すると思うか? お前の腕に着いてる腕輪は魔封じの腕輪だ。魔法を使おうとしても無駄だぜ」


ああ成程。道理で見覚えがあると思ったら勇者に取り付けられた物と同じ類のアイテムだったか。そうなると魔力を体の中で巡回させるイメージを浮かべれば、すぐにでも壊れるだろう。だがその前に、一つ確かめておきたい事がある。


「『召喚・ケンタウロスナイト』」


俺の呟きとともに輝く魔法陣が地面に描かれ、その光の中から半人半馬の黒騎士が馬上槍を掲げて現れた。


「……は? 召喚獣だと? いや待て! お前魔導師じゃなかったのか!? それに魔封じの腕輪を嵌めてんのに何で召喚魔法を使える!!?」


突然出現した漆黒の騎士を呆然と見上げる大男は、手にしていた鞭を取り落として腰を抜かす。しかし俺としては予想通りの結果で満足だ。


やはり騎乗用ペットの召喚する際は魔封じの腕輪の影響を受けない。元々スキルとしては扱われていなかったものだし、ピー子を召喚した時も魔力を消費した感覚は無かった。


「それをお前が知っても、意味がないな」


魔力の流れを読み取ってみたのだが、召喚には俺の魔力は使っておらず、起句コマンドワードさえ唱えれば勝手にあっちが自身の魔力を使って召喚に馳せ参じる仕組みらしい。


「ウルスザ、死なない程度にボコりなさい」


ケンタウロス族の黒騎士に与えた名を呼び、取り敢えず目の前の男を無力化するよう指示を出す。すると黒騎士はわざわざこちらに向き直り、優雅に一礼してきた。


「御意。しかしその前に、マスターを封じている鎖をお先に断たせていただきます」


えっ、お前喋れたの? ピー子が喋れなかったから、てっきり騎乗用ペットはこっちでも喋れないんだと思ってたんだが……。


ガキンッ!


「失礼いたします」


「わわっ! ……と」


ダンディな声音のウルスザは馬上槍の一突きで俺を吊るしていた手枷を破壊し、戒めから解放された俺をもう片方の腕で抱え上げた。


「そのような姿でいてはお身体に障ります。これを」


「あ、ありがとう……」


肌に直接触れる騎士甲冑の冷たさに思わず身震いしてしまったが、そのまま黒騎士の背中の鞍に移されウルスザが纏っていたマントを手渡される。


(で、デカい……)


俺の小さな体をすっぽりと覆う分厚いマント。確かにありがたいが、ストレージから替えの服を取り出せば良いだけだからあんまり……。


「さて、改めてマスターの命令を遂行させていただきます」


「ひっ! た、助けてグボァッ……!?」


うわぁ、痛そう。背を向けて逃げ出そうとした大男の背中に、ウルスザの馬の脚による前蹴りが決まる。確か馬の足蹴は後脚の方が強かったと思うが、そんなこと関係ないとでもいうかのように鈍い音を立てて男は吹っ飛んで動かなくなった。


「片が付きました。マスター」


「ご、ご苦労様……」


ウルスザが着けている黒い兜がこちらに向き直る。確かに男を殺さずに無力化してはいるから……いっか。


「マスター、現在の状況の説明を求めても宜しいでしょうか? 私には心当たりのない場所でございます。それに何やら死人の気配が多く漂っているように思われるのですが」


うーん、この場合どのように説明すれば良いのだろうか。異世界に来たと正直に言うのもアリかもしれないが、何せゲームの中でのアーデは騎乗用ペット? としてウルスザと触れ合っていたかもしれないけれど、俺自身はウルスザの性格も何も全く知らないのだ。詳しい説明をしてしまえばおかしい点が出てきてしまうかもしれない。


「……まだこっちも詳しい状況は把握出来ていないから、それについては触れないで欲しい。ただ、今いる場所といままで居た場所は繋がっていない可能性が高いから、それだけは心に留めておいて」


「御意に、マスター。……して、これからどうなさいますか?」


「うん。取り敢えずここから出よう。ここはベイレーン城のどこからしいから、出口くらいある筈だしね。……っと、今の揺れは……?」


ウルスザの鞍の上で暫くこれからの方針を纏めていると、ズゥン……という地鳴りと共に微弱な揺れがここまで伝わってきた。それも一度だけではなく、二度、三度と続いている。


「どうやら魔法の着弾音のようです。この程度で崩れるほど脆くはないでしょうが、早めの脱出を進言します」


そう言ったウルスザは、目の前の障害である鉄格子を馬上槍の一閃で全て薙ぎ払った。その威力を見て、俺はウルスザのステータスを見ていないことに気がつき彼の背中を凝視する。


ウルスザ、?歳

Lv.150

飼い主・アーデフェルト

称号・黒騎士、人馬族の賢者


ふむ、召喚出来るペットはレベルにばらつきがあるようだ。これは一度全員召喚してみておいた方が良いかもしれない。


「分かった」


「では、空気の流れがある方に向かいます。お掴まりください」


ウルスザの言葉に頷き、鞍に備え付けられた取っ手を握り締める。乗馬の経験は幼少の頃以来なので不安だったのだが、ウルスザは馬上の揺れを最低限に抑えて石造りの通路を進んでくれている。


(っと、予備の魔導書を取り出しておくか。魔導書とのリンクが切れてるから封印とか都合の良い方法で使えなくされてるんだろうが……あのお嬢様さんに聞けば分かるか)


ストレージから新しめの装丁が施された魔導書を取り出す。あの古ぼけた魔導書とは用途が異なる為、状況に応じて使い分けていた装備の一つである。


「『魔導書起動』」


起句を唱えれば、問題なく魔力の回路が繋がって魔導書が俺のすぐ側に浮かび上がる。これで後は防具というか服を着ることさえ出来れば満足なのだが……


「マスター、この先にある牢の二つ目から人の気配がします」


壁代わりの牢屋が続く通路を徐行していたウルスザがゆっくりと停止してそんな事を言ってきた。普通に考えてローズリンデに誘拐された少女が監禁されているのだろうが、ーーーだとしたら他の少女は何処に行ったのだろう?


この付近の牢屋では人影を見掛けなかったし(見ていたら助けている)、他に監禁出来そうな場所でもあるのだろうか? ……それとも、


(それとも、既に監禁する必要がない、とかか? ……止めておこう。これ以上考えても虫酸が走るだけだ)


首を振って最悪の想像を振り払う。あくまで精神を壊す程度に留めていると思いたい。なるべく被害者を生き返らせるような事態に陥って欲しくはない。


未だに蘇生スキルやアイテムが通用するのかどうか試していないのもあるが、ローズリンデがどれ程の数の犠牲者を作り上げたか分からないとはいえ、不特定多数の人に蘇生スキルを見せたくはないのが一番の理由だ。


蘇生術がこの世界に溢れているのなら構わないが、そんな様子もない。まず存在していないと考えるべきだろう。


「こちらです、マスター」


「ありがとう。ウルスザ、ここの扉を破壊して」


「御意」


ドゴォン!!


ウルスザの槍が閃き、鋼鉄の扉が牢屋の中へと吹き飛んでいく。本当にアホみたいな威力だ。俺が食らう事がないように心掛けておこう。


「……誰ですか?」


扉だったものを潜り牢屋の中に入り込むと、埃の舞っている部屋の奥から声が聞こえてきた。本当だったら綺麗な声なんだろうが、その声には生気がなく、嗄れたものになってしまっている。


「誰かと訊ねられたら……通りすがりの魔導師としかいいようがないな。あなたは?」


スキルを使って風を起こし、部屋の中で舞っている埃を吹き飛ばす。すると明瞭になった俺の視界に入ってきた光景は、俺よりも厳重に四肢を鎖で縛り付けられて壁に縫い付けられた女性の姿だった。


「私は……マヌケにもあの女に捕らえられた他国の密偵です。魔導師の少女。ここは危険ですから、すぐに逃げなさい」


歳はローズリンデと同じくらいだろうか? 萌葱色の髪を肩に掛かる程度に切り揃え、微かに開いている両の瞳はコバルトブルー。そして髪の隙間から見える耳は少し尖っている。


見惚れてしまうような美貌の少女ではあるが、今は憔悴して今にも気を失ってしまいそうなほど呼吸が浅い。


かつては美しかったのであろう白い肌は痣やミミズ腫れで黒々と染まり、見ているこちらも痛くなるような暴力の痕がありありと残っていた。


見るに堪えない惨状から目を逸らしたくなるのを堪え、少女のウィンドウを確認する。


サク、17歳

Lv.27

職業・密偵

称号・ハーフ、エルフィーン連合首長国所属の密偵


どうやら嘘は言っていないらしい。密偵がこんなに素直で良いのかは分からないが、レベルもそこそこ高いし実力はあるのかもしれない。


「分かった。あなたを助けた後に逃げるよ」


鎖で縛り付けられた少女のすぐ側に寄り、痣だらけの腕に嵌められた腕輪を握り魔力を注いでいく。


「なっ、何を言っているんです! ここにはあの化け物が……。それに魔封じの腕輪の鍵を持っているのはあのローズリンデという女狐だけ! この腕輪を破壊するのはアイアンゴーレムの拳ですら不可能なんで……す、から?」


そうなのか? 割と簡単に壊れてる気がするんだが。現に今も青かった腕輪の刻印が赤く染まり、最終的にパキリと砕け散ったわけだし。


「『風霊の癒し』。……これで痣の痕も無くなったかな? 残ってる箇所があったら言って」


魔封じの腕輪が壊れると同時に少女を縛り付けていた鎖も連鎖するように砕ける。


「え、あ……、え?」


ついでに彼女の肢体に刻まれていた傷痕も治癒スキルで治しておく。やはり女性の体に痣の赤黒い痕が残っているのは気分の良いものではない。


「マスター。魔法が行使される頻度が高くなっております。急いだ方が宜しいかと」


混乱している少女が落ち着くまで待とうと思っていたのだが、通路からウルスザの催促する声が聞こえてくる。俺にはいまいち把握出来ないが、あまり宜しくない状況なのか。


「ほら、行きましょう。私はアーデフェルト。あなたの名前は?」


「え、えっと。サク、です……」


やはり素直だ。正直に自分の名前を告げてくれるなんて。けど密偵としてはどうなんだろうか?


「なら、サク。詳しい話はウルスザの上ですることにして、今はここから出よう。私の事を疑うなら、これで納得して」


ストレージからユグリース爺さんに貰った書簡を取り出してサクに見せる。エルフィーンという国の名前なんだし、きっとエルフ族がたくさんいる国なんだろう。つまり大賢者だと名乗っていたユグリース爺さんの書簡ならば、かなり良い切り札になるんじゃないだろうか?


「こ、これはユグリース大首長様直々に書かれた書簡ですか!? ……分かりました。アーデフェルト様にお救い頂いたこの命果てるまで、貴女に尽くすことを誓いましょう」


「え?」


どうしてそうなった。俺は今後の方針について提案しただけで、恩を売ったつもりは全くないのに、どうしてサクは俺に対して跪いているのさ。


「ま、まあそういうのは後にしよう。ほら、ウルスザに乗って」


サクの手を引いてウルスザの元にまで戻り、その背の鞍に跨ってサクを引揚げようとしたのだが、彼女は少しだけその場に留まってウルスザに話し掛けた。


「ケンタウロス族の騎士ですか……宜しくお願い致します。私はサク。この度アーデフェルト様の従者として仕えさせて頂くことになりました」


「ふむ。サク殿か。我が名はウルスザ。敬愛するマスターに仕える騎士として、マスターには惜しみのない忠義を尽くしておりまする。ささ、早くお乗りなさい」


どうしてこうなった。まあ、考えるのは後にしよう。面倒なのは変わらないが、この場で揉めても良い結果は生まれないだろうしな。


「ほら。手、握って」


「ありがとうございます。アーデフェルト様」


サクが鞍に上がるのを手伝うが……様付けで呼ばれるのはこそばゆいな。これも後で訂正して貰うことにしよう。


「アーデと呼び捨てで良いから」


「分かりましたアーデ様」


「…………」


ダメだ。話を聞いてない。


鞍の後ろ側に乗ったサクは俺のジト目を意に介さずにこにこしている。なんだか訳のわからない内に従者が出来てしまったが……どうしよう。


(これが終わったら、メイド服でも着てもらうってことでいいやもう……)


面倒になった俺は、この件を先送りにすることにして、ウルスザに進むよう指示を出したのだった。

ユグリース「儂、役に立った」


(●ω●)「だが勇者御一行の次の出番はいつになるのかやら……」


勇者「ダンジョンマスター、殺すべし!!」


アーデ「駄目だこいつ。ダンジョンのことしか頭にないじゃないか」




因みに、アーデの性格や戦闘スタイルの原型は某金ぴかの人だったりします。弱点だけをそのままにして性格は柔らかく、戦い方はもう少し幅広く対応する形に。


原型を留められなくなるまで溶かして煮て煎って、抽出して炒めて盛り付けることで出来たのが、アーデという少女なのです。


……別人ですね。

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