2話目 横取り……?
実際に自分の名前を思い出せなくなった時、人は何を以て自分の存在を認識するのでしょうかね?
……ナニげふんげふん。
ではどうぞ。
――きゃあぁぁぁあああ……
「………………………あれっ、どこだここ!?」
唐突に森を切り裂くような悲鳴が耳に入り、ぼうっとしていた意識が戻った。
そして見覚えのない風景が周りに広がっていることに再度慌て、ようやく自分が何をしていたのか思い出した。
(そうか、俺は名前が思い出せなくて……。まったく、自分を表現する方法を失っただけで茫然自失してたのか。情けない)
割と危険な状況であった事に思わず肝が冷えた。このまま無防備に魔物に出会っていたらと思うと……止めておこう。今は目下の状況を確かめるべきだ。
「テンプレ……、敵は魔物か盗賊か。味方、になりそうなのは冒険者か騎士か商人か。その逆も考えておくか」
知らぬ間に変な称号を貰っていて、同じ種族の人間からも強制的に敵対状態になります! だったら洒落にならない。まずは状況を確かめ、冷静に判断しなくては。
……苦手なんだけどなぁ。
取り敢えず声のした方向に進む。悲鳴は途切れ途切れに響いているので、流石に小走りで駆けつける事にした。間に合わず猟奇的な死体を見る羽目になるのは避けておきたい。
「っと。……これは、また」
木々の間に悲鳴の主の姿を見つけた。妖しく蠢く樹の根に絡みつかれ、今にも樹の洞に引きずり込まれそうになっている若い村人風の女性。おそらくあの樹は魔物か何かなのだろう。牙とかが生えた魔物じゃなくて良かった。グロは非歓迎だし。
「と、そんな事を考えてる場合じゃなかった。いま助け、ま……す?」
「大丈夫ですか? リルさん」
女性を助ける為に一歩踏み出した瞬間、俺のいる場所の反対側から疾風のように男が飛び出し、樹の魔物をバラバラに斬り捨ててしまった。あ、あれ……?
「あっ、アステリオ様。お手を煩わせてしまい申し訳ありません。しかしどうしても娘の為に薬草を摘まなくてはいけなくて……」
そう言って男に抱き抱えられた女性は顔を赤らめて俯けた。まあ、アステリオと呼ばれた青年はイケメンだししかたないね。うん、しかたない。そんな事より、問題があるとすれば――
「それで、君は一体どこの誰だい? 村で見かけた記憶はないんだけどね」
「あー、えぇっと……」
女性を助ける為に飛び出したのが、完全に悪手になってしまっている事だ。何の目的で飛び出したか分からなくなった以上、どうやってこの状況を打破すればいいのか……誰か教えてくれ。
「「……………………」」
奇妙な沈黙が三人しかいない空間に流れる。アステリオと呼ばれていた青年は、抱えていた女性を地面に降ろして背後に庇い、手に握っている長剣を持ち直した。拙いな、剣先こそだらりと下げてはいるが、下手に動くとそのまま斬りかかって来るかもしれない。
「…………っ」
視認できない距離から一瞬で女性の下へ距離を詰めた移動方法が自然と脳裏に浮かぶ。スキルか別の何かかは分からないが、あれを今使われると非常に不利な状況に追い込まれかねない。
(魔導書を使えば攻撃は防いでくれる、はず。なら今は、この状況を打破する方策を考えないと)
思考を高速で巡らせつつ、青年の挙動を見逃さないように凝視していると、突然青年の頭の上辺りに小さな枠が出現した。突然の事に困惑してその吹きだしの内容を確認する。
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アステリオ、21歳
Lv.68
職業・勇者/剣士
称号・神の愛子
■
「ゆう……しゃ?」
相手の名前とレベルを覗き見る事の出来る事も驚きだが、……目の前のイケメンが勇者だったのか。何というか、天は二物を与えるもんなんだな……。
「うん、そうだけど。僕から自己紹介した方が良いかい? 僕はアステリオ。サベレージ王国の勇者をやっているよ」
ふむふむ、おそらくこの辺りはサベレージ王国という名の国の領地なのだろう。そして他の国も似たような存在を持っている可能性もあると。
「それで可愛い君は一体誰なんだい? 出来れば名乗ってくれると嬉しいかな」
イケメン勇者のナチュナルナンパ!
だが残念、中身は男だった! 俺にはさっぱり効いていない!
そんなアホみたいな空想をしつつ、勇者の質問にどうやって答えれば良いか悩む。だってさ、今まさに俺がその事で悩んでるっていうのに、そんなの答えられるわけないだろう!
「ええっと……。俺は――
「おーい、アステリオぉー。そっちは見つけられたんか!」
(……っ、今だ‼︎)
「アーニャ。……あっ、待ってくれ! そっちは今――
勇者が後ろから掛けられた声に反応した隙を突き、思いっきり後ろに跳躍する。これでもまだ距離を取れたとは言い難いが、詠唱する時間くらいは稼げる。
「『召喚・グリフォン』‼︎」
キュアアアァァァァ――‼︎!
そう言い放つと同時に地面に魔法陣が出現し、その中から獅子の軀に頭と翼が鷲の幻獣、鷲獅子が雄叫びと共に飛び出す。良かった、こっちでも騎乗用の召喚獣は問題なく使えるようだ。
「兎に角飛んで!」
キュアッ!
既に用意されていた鞍に跨りながら指示を出す。ゲーム内だと目的地の指定がなければ自由に飛び回る事は出来なかったが、鷲獅子は俺の声に応えるように鳴き声を上げると、一瞬で中空へと飛び立った。
「うぁっ……!」
突然の急上昇に振り落とされないようしっかりと手綱を握り締めていたが、次の指示を待ってくれている鷲獅子がホバリングしてくれているお陰で幾分か余裕が出来、地上を慎重に見下ろしてみる。
「おお、あんなに小さく見えるのか……」
勇者達の驚いた表情が辛うじて見える高さまで、鷲獅子は一気に上昇していた。ビルや飛行機から地上を見下ろす感覚とは違う感動が胸に去来するが、長く感動に浸っているわけにもいかない。
取り敢えず適当に当たりを付け、山脈が途切れている方角に向かって指を指して鷲獅子に指示を出す。
「あっちの……湖がある方まで飛んで行って!」
キュアッ!
鷲獅子は再度頷くかのように鳴き、巨大な翼を大きく広げて森の中にぽっかりと空いた空間にある湖に向かって滑空を始めた。
(ふう……。困ったら兎に角逃げて考え直す。やっぱりゆっくり考える時間がないと、突然の事には対処出来ないな)
風を切って空を飛ぶ感触をもう少し楽しんでおきたい気持ちもあるにはあったが、それは後に回しても問題ない事柄だ。今は勇者との遭遇について考えを巡らせなくてはいけない。
少し風が冷たくはあるが、頭を使うのにはちょうど良い寒さでもある。俺はこれからの事を考える為に、勇壮に飛ぶグリフォンが湖に到着するまでうんうんと唸りながら思索を重ねたのだった。
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「グリフォンを従えてるなんて、あの子、一体何者なんだ?」
彼方へと飛び去っていく鷲獅子をじっと見上げていた勇者――アステリオは、後ろから声を掛けてきた猫人族の拳闘士、アーニャに改めて向き直った。褐色の肌に燃えるような赤髪の同い年の美少女は、猫人族特有の細い目を興味津々といった風に輝かせていた。
「さあね。問答無用で襲い掛かってくる魔物とは、絶対違うだろうけど」
握っていたミスリルの長剣を鞘に納め、いつの間にか掌に滲んでいた汗をこっそりと拭いておく。感情の起伏が少ない白髪の少女から放たれていた、言い様のない威圧感で自然と緊張してしまっていたらしい。
「ホッホッホ。旅の途中の獣使いが勇者の威圧に驚いて逃げてしまったのではないかのう?」
「誰か分からないまま勇者様の『威圧』を受けると、少し怖いですからね」
そう言いながらレヴィと同じ方向から現れたのは、魔法使い然としたダボダボの緑ローブに身を包んだ老エルフと、聖女のような笑み――実際に聖女なのだが――を浮かべた神官服の美女だった。
今は村で待機している王女を含めた五人が、勇者としてのパーティーメンバーであり、かけがえのない大切な仲間だ。
「言わないでくれ、これでも抑えてる方なんだからさ」
確かに先に『威圧』を放ったのはこちらだが、少女が若干怯えたような表情を見せた直後に放った重圧は、――結構な数の死地を潜り抜けた自分が一瞬硬直してしまうほどの圧力を放っていた。幾つか聞きたいことがあっただけに、選択を間違えてしまったのではないかと後悔しているのだ。
「それでどうするんだ? あの鳥、街の方角に向かって行ったみたいだけど?」
「……勿論行こう。どちらにしろリルさんを街に返さなくちゃいけないし、進路上の湖には荷物を置いてる訳だしね」
「すいません。アステリオ様たちの旅の迷惑を掛けてしまって……」
そう言って村長の娘であるリルが平謝りしてくるが、そこまで手間だった訳でもないし、可愛い子を助けられるならそれはそれで役得なのだ。むしろ利益の方が多い気さえしてくる。
「そんなことはありませんよ、皆さんの為に戦えるのなら僕はそれで満足ですから。さ、暗くならない内に村に戻りましょう」
リルの事を慰め、自ら先頭を進んみながら周囲を警戒する。といってもこの辺りの魔物ではパーティーの脅威とは成り得ないのだが。
(あの子も、可愛かったなぁ……ちょっと幼すぎるかもしれないけど、成長すれば……)
なので専ら美少女の顔を思い浮かべながら凛々しい顔で森の中を進んでいくのだった。それで良いのか、勇者。
Lv.68勇者の『威圧』を受けて尻尾を巻いて逃げるLv.250魔導師の図。
しかし作者がそんなネタになるような出会いから逃すと思うか?
まだ名前の出てこない主人公「うわあぁああ⁉︎」