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怠惰な魔本使いの見聞  作者: 炬燵天秤
第2章 白髪緋眼の魔本使いと呪いの狂宴
15/64

15話目 尾行と脅迫

遊んでいるゲームの内二つが同時にイベントを始めるという鬼畜スケジュール。お陰で執筆に割く時間が激減するという……。


更新速度が遅くなってしまった場合は申し訳ありません。何とか早めに更新出来るよう努めて参ります。



ではどうぞ。

__________________



「しかし、なかなか貰えたな。流石は秘密文書配達の口止め料、という訳か」


受付の女性に半泣きで喜ばれながら渡された硬貨袋を暫く眺めていたが、やがてそれも飽きて百枚は入っているであろうそれをストレージに仕舞い込む。


「これだけあれば借家くらい分割払いで購入出来るよな? 昼飯を食べたら一度何でも屋のところに行くか」


ーーー実際は軽く新築の家を4戸ほど建てても余裕で余る資産なのだが、こちらの相場を知らないアーデにそれを知る由もなかったーーー


「レージなら旨い飯屋くらい幾つも知ってるだろうし、もし無かったら今の宿で食べれば良いか」


ふふん♪ と鼻歌交じりに城の廊下を進んで行くが、その途中でふと奇妙な感覚を覚え、振り返る。


「……気の所為、か」


しかし特に誰かが俺の事を見ているわけでもない。昼休憩だからか、中央通路は人の通りが若干増えたものの、皆同僚と話していたり書類に目を通しながら通り過ぎていくだけだ。


勿論、俺の飛び抜けた容姿に惹かれて目を奪われる人は多くいるが、今の奇妙な感覚はそれとはまた違うものだ。


(もしやこれが人の視線を感じる、というやつか……?)


元の世界では人に狙われるような事を経験した事がなかったので、殺気などを感じ取ることなど出来ないはずだった。


しかし、体に突き刺さるような視線に本能的に不快感を覚えたのは確かだ。嫌な感覚から逃れる為に、少し小走りで城の正面玄関を抜けてレージの元へと辿り着いた。


「お、もう終わったのかいお嬢様。どうですかい? 俺の知ってる美味い店でランチで


「悪いけどすぐに馬車を出して。行き先は馬車を走らせてから決めさせて」


「うん? ……訳ありってことですか。いいぜ、乗りな」


少しだけ強張ってしまった俺の声に首を傾げたレージだが、何かに勘付いたのかそれ以上は何も聞かずに馬車へとエスコートしてくれた。


「助かる」


礼を言ってから馬車に乗り込むと、レージも続いて素早く乗り込み馬に鞭を一当てさせる。こういう場合に顔色一つ変えずに素早い判断を行える目の前の青年は、守衛隊の中でもかなり優秀な部類に入っている気がした。


__________________



暫く外壁の正門まで続く大通りをレージが操縦する馬車で進んでいると、不意にレージが囁くように口を開いた。


「お嬢様、背後を振り返らないでくださいね。……尾行られてます。心当たりは?」


その言葉を聞いて、背後に振り返りたい衝動に駆られたが、息を呑んでその衝動を抑え込みレージの問い掛けに対する答えを頭に思い浮かべる。


「ゴープ男爵とは昨日すれ違った程度。後は、ついさっき話し掛けてきたローズリンデって貴族みたいな少女」


俺のその言葉であちゃー、と天を仰いだレージは、少し顔を強張らせながらもこちらを振り向くこと無く馬車を走らせる。


「あー、そりゃあもう後者でビンゴですよ。ゴープ男爵の好みの女は熟女ですからね。奴隷商を営んでいるとはいえ、城に出入りする許可を得た女性を狙うほどアホな男じゃないです」


うわお、あいつの好みから外れてて本当に良かった……。てか熟女好きなのかあいつ。


「ローズリンデ様はアレな噂が絶えませんからね。彼女の元で働くメイドは交代の周期が早い割に、辞めた筈のメイドの行方を知る者はいないって話ですし。地下に拷問部屋を作って夜な夜な奴隷やメイドを虐めているという噂話までありますからね」


……ヤバい。彼女に捕まってしまえば、三角木馬に乗せられてひたすら鞭で打擲される未来しか見えないのだが。


「撒くのは厳しいので、一度守衛所で匿います。その間にこちらから警告を出しておきますから、その隙に逃げてください」


落ち着かない体を頻りに揺らしているとレージがそんな提案をしてきた。……そうか、撒けば良いのか。


「なら、気付かれないように途中下車する。あなたはそのまま停留所まで戻ってくれると助かる」


「はあ。しかしどうやって気付かれないように降りるんですか……って、いない⁉︎」


思わず振り向いたレージが目にしたものは、忽然と姿を消してしまった白髪の少女の残り香と、彼女が座っていた椅子に置かれた、三枚の銀貨だけだった。



__________________



「ふう、あれが俺のことを尾行てた馬車か」


東区画のちょっとした裏路地に身を潜めていた俺は、御者には到底思えない風体の男の操る馬車が目の前を通り過ぎていくのを見て、ようやく一息つく事が出来た。


馬車が完全に見えなくなるのを待って、『透身』を解除する。体を透明にしてモンスターなどから身を隠すスキルなのだが、どうやら人間相手でも十分通用するらしいな。


残念な事に箱馬車に乗っている者の姿を覗き見る事は叶わなかった。だがまあ、暫く宿屋の辺りで大人しくしていればきっと俺の事を忘れてくれるだろ。


「……さて、ここは一体何処なのかっと」


嗜虐に対する恐怖に焦り、『透身』を展開して慌てて飛び降りてしまった所為で、ここがいまいち大通りのどの辺りなのか分からない。


一応俺が取っている宿の前を通り過ぎたのは確認出来たので、今来た道を遡れば問題無く帰ることは可能だろう。


しかし、それではこの街にどんな美味しい店があるのか、分からないままではないか。そんなことを考えてしまえば腹の虫が鳴ってしまうのも致し方あるまい。


かといって当てもなく街を彷徨うのはNGだ。先程のように迷路のような道に囚われて迷子になるのがオチである。


「……鍛冶屋?」


取り敢えず現在地の確認をしようと辺りを見回せば、つい先程シャイナに教えてもらった目印の鍛冶屋がすぐ側に建っていた。


中では数人の背の低い髭もじゃ……ドワーフと思われる職人が炉で金属を熱したり、カンカンカン! と槌を振るって鋼鉄の武器を鍛えていたりしている。


「わあぁ……って、いかん。早くここから離れないと」


渇望していたファンタジーな光景の一つに暫く見惚れてしまっていたが、自分が追われていることを思い出し慌てて鍛冶屋の側の道に駆け込む。


(確か、この道を真っ直ぐ進めば『オーガルスト娼館』に辿り着くって言ってたし、ケイに会うには都合が良かったな)


古びた木造の住宅街が並ぶ道を歩く。永く整備されていないように見える石畳は所々欠けており、道行く人々もボロボロの服を着て、血色の悪そうな肌を晒し歩いているのが大半を占めている。


稀にいる清潔な服を着ている者は、剣や槍などの武器を背負った冒険者風の男達か、羽振りの良さそうな男達を建物の中に連れ込もうと際どい服に身を包む呼び子だけだ。


(俺にはあんな服、到底着れそうにないな……)


少女や女性達が体を揺らしただけで、フリルが捲れてちらりと際どい箇所が見えそうになる。


俺の視線に気が付いたその女性は、艶然とした微笑みを浮かべて豊満な上半身を見せつけるように揺らして誘って来たので、慌てて目を逸らした。


(生きる為で、尚且つ不満がある様には見えないしなぁ……。何の縁もない俺が口を出す事でもない、か)


そもそも、自分自身安定した住処を持っているわけではないのだ。そんな不安定な者に手を差し出されたとしても、迷惑以外の何物でもないだろう。


「……ん?」


ようやく見覚えのある裸婦の看板を掲げている、この区画ではかなり大きい部類に入っていそうな建物を見つけた。


しかし、俺がそこまで足を運ぶ途中で5人ほどの少年に道を遮られた。服と言えるのか怪しいボロ着を身に纏い、泥で汚している痩せこけた顔は、皆険しい。


「………………あ、さっきの」


どこかで見覚えがあると思ったら、朝方シャイナに絡んでいた男達から全てを剥ぎ取っていった少年達だ。錆び付いたナイフや小さな棍棒を手にして、俺の事を睨み付けている。


「おっ、…と」


何か恨みでも買ったかな……? と首を傾げていると、突然腰の辺りにドンッ、と鈍い衝撃が走る。首だけ振り返れば、2人の少年が俺の腰に抱きついているのが見えた。


そしてわーっ、と道を塞いでいた少年達が一斉に駆け寄って来るが、飢えた狼のような目をした彼らはどう見ても歓迎している風には見えない。


(……あー、つまり今度は俺を標的にしたって訳か。まあ、こんな姿ならカモと思われても仕方ないか)


武器や護衛をつけていない少女がこんな所にいれば、寧ろ襲われない方がおかしいか。


しかしどうするか。力任せに振り払ってしまえば、Lv.5に満たない彼らの腕は容易く千切れてしまうだろう。かと言って大人しく追剝ぎに遭うつもりもさらさらない。


「仕方ないか。『回避』っと」


「なっ⁉︎」


スキルを使い、掴み掛かって来た少年達の後方に転移する。一瞬だけ体が四散する感触に驚きはしたが、狙った場所に問題なく転移することが出来ていた。


「うそだろ、魔法使いだったのかよ……」


動きを封じていた筈の俺が突然姿を消し、自分達の背後に回り込んだ事に気が付いた少年が、呆然と呟く。全く、外見に惑わされてはいけないのはどの世界でも当然だろう?


「……ふふ」


「ひぃっ⁉︎」


怯えている子供達にちょっとだけ悪戯心が芽生え、彼らに向かって一歩踏み出す。しかし、始めに逃げようとした最後尾の少年が転び、それに躓くようにして将棋倒しに全員転んでしまった。何やってんだか。そしてそこまで怯えられると逆に凹む。


「あ、あ……」


「ほら、逃げなくていいから」


怯えて口をパクパク開けるだけになってしまった少年達の側でしゃがみ込み、彼らと目線を合わせる。そして懐ーーーストレージから蜜林檎がたくさん入った麻袋を押し付ける。


「え……これって、林檎?」


袋を押し付けられたリーダー格の少年が、困惑したように林檎の入った袋と俺を見返す。この世界の魔法使いはユグリース爺さんしか知らないから分からないが、こんな事をする人はほとんどいないのだろう。


「お腹減ってるなら、食べるといい」


この蜜林檎はビスマ村の近くの森で群生している木から村人が収穫したのを買い取ったものだ。


味は元の世界と同じだが、種の周りに貯まった蜜が蜂蜜のように粘性を帯びた液体になっていて、非常に甘い。


蜜の占める割合だけ普通の林檎よりも果肉が少なく、そして常温では非常に腐り易い為に村から出荷する事が難しかったのか、たった銀貨1枚で一袋分もらえた。


本来砂糖や蜂蜜などの甘味は歴史にすら影響を与え得る重要な存在なのだが、今は関係無いので後にしよう。


「あげる」


「なっ、お、俺達はあんたの事を……襲おうとしたんだぞ……」


無償の施しが気に障ったのか、リーダーの少年は悔しそうに俯いてそう呟くが、その直後にぐうぅ…と腹の虫が鳴り、気まずそうに顔を背けた。


「お腹減ってたから。なら、あげるよ」


甘いという事はカロリーも高いだろう。デザートとして食べられるよりも、幾つもの命を救える方が蜜林檎も本望だろう。……関係無いか。


「腐り易いから、早めに食べてね」


ビスマ村で購入した食材は、ストレージでの保存を考えて新鮮な野菜や果物、肉しか買っていない。腐らないこと前提だったので干物のような保存の効く食材は後回しにしていた。


暫く口を小さく動かしていた少年は、意を決したように顔を上げた。


「あ、ありが……あっ!」


………上げたのだが、ふと何かに気が付いたように顔を強張らせ、顔に恐怖を浮かべながら立ち上がって逃げてしまった。しっかり林檎の袋は手に握ったままだが。


「?」


他の少年達も蜘蛛の子を散らすかの如く逃げていく光景に首を傾げる。はて、脅すような何かを口走ってしまっただろうか?


首を傾げても理由は思いつかない。お礼は言われていないが、まあ良いか。当初の目的であるケイの所に向かうとするかーーー


「ふぅ……、っ⁉︎」


「………………」


『オーガルスト娼館』の方へ向かう為に振り向くと、真後ろに背の高い男が直立していて思わず上体を仰け反らせてしまった。


「な、何か………?」


身長は180cmはあるだろうか? その男は俺よりも頭2つ以上高い位置から俺の事を見下ろしていた。これでは相手に見下す意思があろうと無かろうと必要以上に威圧感を与えてしまいかねないだろうに。


顔の彫りは浅く、真顔。感情を隠す為の無表情ポーカーフェイスではなく、実際に感情が無いのでは無いかと思えてしまう真顔の所為で余計に逃げ出したくなる。


紫の長髪を何の特徴も無い紐で一つに結んで背中に流し、スーツを少しだけ派手にしたような服装で細く引き締まった体を包み込んでいる。


派手な暮らしをする貴族ではないが、不便な生活をしていない小金持ち。それが外見から受けた印象だった。仕事の中身は想像したくない。


既にどこにも見当たらない少年達に思わず薄情者と文句を言いたくなるが、この威圧感では仕方が無かった気もする。俺だってガン見されてなければこの場から一目散に逃げ出したい気分だ。


「あ、あのー?」


「私はオーガルスト。少しだけ話がしたい、私の店に来てくれないか? 無理なら別に構わないが」



動いたらその首を刎ねるぞ、みたいな表情をしたあなたが断れと言うか。明らかに無理があるだろう!



そんなセリフが咽喉元まで出かけたが、そんな事を言った瞬間この世からさよならしてしまう気がする。


「なに、そこまで気張らなくても良い。これでもあの娼館の支配人をしていてね。客人の為に良いお茶は常に用意してあるのだよ」


「わ、分かった」


俺はこくこくと頷いて、オーガルストの誘いに乗ることしか出来なかったのだった。

尾行 (されるアーデ)と脅迫 (されるアーデ)。はい、最強系主人公にしては逃げ回っている気がしてきましたね……。


おそらく章の終わりには活躍するんでしょうけど。

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