13話目 白と灰
長年の経験と事例から練り上げた規則をガン無視されて、あっさりと主人公にSランク以上に到達されてしまう悲しい冒険者ギルド。
設定を練るのは楽しいんですけどね……
では、どうぞ。
「うっ、……胃が、重い……」
ベイレーンの街の、大通りに面していた宿から東区画を目指して歩いている途中、俺は街に向けていた視線を下に向け、ローブの下で柔らかいお腹を密かに押さえていた。
少女の体で肉料理をお代わりした所為か、胃がもたれている。朝からあんなもの食べるんじゃなかった……。
「っと、ここか」
元の体と今の体のギャップに苦しんでいる内に、宿の女将に教えてもらった目的の建物ーーギルドに辿り着いた。
外観は木造の四階建て。思っていたよりも、大きい。
(この分だと建築魔法とかもありそうだな。余裕が出来たら調べてみるか?)
知らない魔法なので、一から学び直す事になる。だが、それはそれで面白そうだ。
今使う事が出来る魔法についても新たな発見があるかもしれない。『熱風』をドライヤー代わりに使えたように。
(しかし、テンプレの同じ冒険者に絡まれることとかあるんだろうか? ……ないか。ここ、薬剤師ギルドだし)
俺が来たのは冒険者ギルドではなく薬剤師ギルド。何故このギルドに来たかというと、……単にこっちの方が楽そうだったから。
「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか?」
扉を開けると、ビスマ村の集会所と同じような造りの内装が目に入ってきた。すなわち、手前に椅子などの休憩スーペースや紙が貼られた掲示板があり、奥の方にカウンターが設置された内装。
広い室内だが、思ったよりも人は多くない。たまたまなのか、それとも人気がないのか。
想像通りの内装に少しわくわくしつつ、無表情を装って声を掛けてきた受付の前まで歩み出る。
「ギルドに登録したい。問題はない?」
「薬剤師ギルドに登録ですね。はい、登録手数料は1銀貨です。それでは此方の書類にーー
「代筆で」
言葉は通じても、書けないものは書けないのです。文字を学ぶにしても、そもそもその為のお金が必要だし。
「ええっと……、薬剤師ギルドで身分を登録した場合、3ヶ月間最低ランクから昇級しなかった場合は資格を永久に剥奪されます。なので最低でも最下級ポーションを作製出来る技量が必要なのですが……」
ふむ? ……つまりは文字も読めないのにポーションを作れるわけがないだろう、といったところか?
失礼な、これでも消費系アイテム製作スキルは全てカンストしているというのに。
「遠い場所からここまで来た。文字に違いはあるが、ポーションの質は基準と異なっていないのは確認済み」
「そうでしたか……。では、先にギルドについての説明をさせて頂きますね。この薬剤師ギルドでは、薬剤師に対しての依頼の斡旋や、優秀な薬剤師には指名依頼を行うことがあります。
上級ポーションを作製可能な一人前の薬剤師になれば、商会などと専属契約して個人で活動する事も多くなりますね」
ふむふむ、つまり今の俺でも商会と契約してポーションを作っても全然構わないと。
「なのでギルドに張り出される依頼は基本的に初心者向けのものが多いですね。駆け出しの冒険者達に格安のポーションを提供する為、当ギルドでは初心者の薬剤師から定価よりも少し高い値段で買い取っております」
「それ、赤字……それでは成り立たないのでは?」
売値より高い値段で買ってしまっては、転売で丸儲け出来てしまいそうな気がする。
「勿論、定価よりも高い値段で買い取るのは、最下級ポーションだけです。ギルドが一番安くなるよう売値を調節しているので、ランクの低い薬剤師の成長を促す事が出来ると考えれば、大きな出費ではありませんから。
それに、各ギルドでの繋がりは多くありますからね。更に言うと、冒険者ギルドと薬剤師ギルドは需要と供給の関係から、特に結びつきが強いです」
駆け出しの薬剤師が作ったポーションを買って戦いに赴く駆け出しの冒険者。
そしてその冒険者が持ち帰った薬草やら色々な素材をギルドに納め、その納めた素材を買ってポーションを作る薬剤師。確かに綺麗に嵌っているな。
「少し脱線してしまったので戻しますね。薬剤師ギルドに登録した方には、最初はこのようにして依頼をこなしてもらい、独立して活動できるようになったら指名依頼を通して、質の高いポーションをギルドに提供してもらっています。
冒険者ギルドと異なり強制依頼もありませんので、最低ランクさえ抜け出してしまえば比較的自由度は高いですね。定期的なギルドカードの更新はありますが」
ーーつまり、定期的にポーション納品してくれれば、後は自由にして良いということだな。
成程、面倒臭そうな強制依頼がないのは魅力的だ。それに指名依頼を受けたとしても、作れば良いだけの話であるからして特に問題も起きないだろう。
「素材の調達は、自腹?」
「はい。基本的にポーション作製に必要な素材はギルドで販売しておりますし、大量の素材もしくは特別な素材が必要な場合は、冒険者ギルドに依頼を発注する事も出来ます。
また、腕に自信があれば、冒険者ギルドにも登録して自分で取りに行くのも良いかもしれませんね」
薬草なら街から出てすぐの森で取れますしね〜、と付け足す受付のお姉さん。
……ま、加入するデメリットもなさそうだし、このギルドに登録しよう。面倒なことになったら雲隠れする事にして。
「大体理解した。改めて登録、する」
「はい。では代筆しますので、お名前と職業、未記入でも構いませんがレベルと出身地をお教えください」
ふむ。やはりLvという概念は此方にもあるようだな。まあ、強い戦士でも100いけば良いくらいなのだろうが。
ーーアーデは知らない。Lv60いけば人外と呼ばれる事に。人間族より長く生きるエルフ族や魔族ですら、Lv100に到達すれば歴史に名が刻まれる偉業である事にーーー
「なら、名前はアーデフェルト。職業は魔導師。出身地は未記入。レベルはーー250で」
冗談交じりの口調でそう告げると、受付のお姉さんは苦笑して口元を綻ばせた。
「試すような事を言ってしまい申し訳ありません。ギルドも登録者の情報は厳守しますが、自身の情報は自分で守ってくださいね? ではお名前がアーデフェルト、職業を魔導師で登録します。カードを作製してきますので、そちらの席でお待ちください」
(嘘は言ってないんだけどね)
そう言って俺の情報を書き込んだ書類を持って奥の部屋へと去っていく受付の女性。言われた通りに木製の椅子に座り薬剤師ギルドの室内を見渡す。
(……あ、人来た。あれはポーション入れた木箱なのかな? 結構重そうだし、ストレージないと持ち運びが辛そうだな)
ぼんやりとギルドカードの発行を待っている時にギルドに入って来たのは、メガネを掛けた年の若い男性だった。
重そうな木箱をもう人の受付の前に置き、掲示板に貼られたものと同じ書類を手渡している。
「……はい。最下級ポーション50個の納品、確認しました。それでは5銀貨、ご確認ください」
最下級ポーションは一個10銅貨で買取か。
「大丈夫です。……今日の依頼で適当なものはありますか?」
「そうですね……シンズさんのランクですと、こちらの依頼が……
ほう、ランクとな?
「アーデフェルトさん、お待たせしました」
何となく受付と若者の話に聞き耳を立てていると、先ほどの女性が奥の部屋から帰ってきていた。目の前まで行くと、金属製のカードを差し出された。
「こちらがアーデフェルトさんのギルドカードとなっております。ランクはEからのスタートですね」
「ランクとは?」
まだ聞いてない情報を尋ねると、受付の女性はしまったという顔をして頭を下げた。
「申し訳ありません。説明を忘れていました。ランクとはギルドに対する貢献度の指標です。Eが最低ランクで、Aが最高ランクとなっております。
冒険者ギルドとは異なり、特別な優遇措置を受けられるわけではありませんが、ランクAともなれば安定して上級ポーションを作れることになりますから、商人と契約する際に有利に働くことでしょう。
簡単に言ってしまえば、どの程度のランクのポーションが作れるか、どれくらいの種類のポーションを作製出来るかの目安になっております」
成程、良い就職先を見つける為の資格みたいなものか。……嫌な事を思い出した。
「確認が出来ましたら、この小皿に血を一滴垂らしてください。紛失した際、再発行する時に必要となりますので。こちらがナイフと消毒用の薬液を染み込ませた布です」
「分かった」
ピッ、プシャッ
手渡されたナイフを使い、料理をしてる際の感覚で指先を切り、ダラダラと一滴以上溢れ出す血を小皿の上にボトボトと垂らした。
「これでいい?」
「は、はい」
受付の女性が顔を引き攣らせているのを横目に、布で指先を拭うと、傷痕は綺麗さっぱり無くなっていた。小さな傷とはいえ、かなり劇的な効果をもたらすんだな。
女性は、小皿に一滴以上溜まった血からピンのような物で一滴掬い、ギルドカードの一区画と先ほど記入してもらった書類に染み込ませていた。
「そ、それでは登録は完了です。分からないことがありましたら、私ーーナーミアや他の受付の職員に聞いていただければ可能な限り答えさせていただきます。文字が読めないのであれば、受けたい依頼を言っていただければそれに近いものを探しますので」
何とサービスが充実した職員なんだ。これはありがたい。
「ありがとう。なら、明日また来ます」
「はい。頑張って下さいね」
ナーミアさんに見送られながら薬剤師ギルドを後にする。これで明日から日銭を稼ぐことが出来そうだな。
建物を出て空を見上げると、まだ日は完全には昇っておらず、腹の虫もそこまで文句を言ってこない。……10時くらいか。
「あ、身分証も作ったんだし、城に報酬を受け取りに行くか」
昨日のベイレーン領主とのやり取りを思い出し、振込みの事を忘れていたことに気がつく。幾ら貰えるんだろうか? ゾルトは城の経理係に行けば渡せるとは言っていたが。
出来れば借家が借りれられる程度には貰えると嬉しい。あの宿も中々居心地は良いし食事も美味しかったのだが、『マイルーム』を設置するには少し隠蔽性が低すぎる。
(それに、一々追加料金に配慮せず定住出来る場所は必要だ。旅に出るにしても、引きこもるにしても)
そんな事を考えながら元来た道を歩いていると、眼下に馬車が多く屯っている一角がある事に気がついた。
「発見。あれが馬車の停留所か。……近道出来そうだな」
扇状の街の外縁部にほど近い薬剤師ギルドからでは、流石に城まで徒歩で行くと時間が掛かるし、何よりも億劫だ。
一瞬、『飛翔』を使って空を飛ぶことも考えたが、他に誰も空を飛んでいるところを見たことがないので止めておこう。悪目立ちは嫌すぎる。
そんな事を考えた俺は、堅実に元来た道を進む事をせず、最短距離を進もうと知らない路地へと入り込んでいったのだった……
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「やはり迷ったか……。何やってんだ俺は」
一時間後、案の定初めての街で盛大に迷子になった俺は、全く見覚えのない道で呆然と立ち尽くしていた。
ガラスが嵌め込まれていない家と、所々ひび割れた石畳の道から、ここがアーデという少女にとってあまりよろしくない場所なのがなんとなく分かる。
おかしい、薬剤師ギルドの辺りから見えた馬車の停留所が、さっきより遠くに見えているんだが。
「くっ、仕方ない。ここは恥を忍んで道を尋ねるしか……」
屈辱だ。■■迷宮の構造を完璧に記憶して迷うことなく最短距離で抜けることの出来る俺が、まさか異世界の街で迷子になるとは……!
しかしこのままだと複雑に入り組んだ道に翻弄され、日が暮れるまで大通りに出れそうにもない。仕方なく辺りに割といる通行人や店の呼び子に道を尋ねようとした時、男の怒鳴り声が聞こえてきた。
「おい、てめぇ何よそ見してやがんだ!」
「きゃっ、ご、ごめんなさい!」
見れば、露出度の高い服を着た少女が転んでいて、それを取り囲むようにチンピラ風の男三人が取り囲んでいた。ああ、ーー分かりやすい。
「けっ、娼婦風情が俺様たちの邪魔してんじゃねぇよ!」
「はは、良いじゃねえか兄弟。相手はガキだが、女だ。迷惑代はその体でーーぐはぁ⁉︎」
「馬鹿だな。自分からフラグを立てるなんて」
テンプレキタコレ! と心の中で喜びながらも、表では平静を装って冷たい口調で告げてやる。
といっても、一人は俺の手加減なしのドロップキックにより、石畳の道のかなり遠くで変な風に体を曲げながら気絶してしまったが。
だが大丈夫。ちゃんとPVPポーションは飲んでいるから死にはしない。
「てめぇ……、このアマ! 何しやがる‼︎」
流石に仲間の吹き飛ばされた距離にビビってしまったのか、顔を引き攣らせた男二人は懐からナイフを取り出し、油断なく俺の動きを警戒してしまった。
つまり、二人の後ろに現れた男には全くの無警戒。
「な、何なんだこの女はオゲェ⁉︎」
「な、てめぇは用心棒のけぎゃあっ⁉︎」
一人は男の鉄拳に沈み、もう一人は俺の素人回転蹴りによって最初の男と同じ運命を辿った。
(あ、……子供?)
離れた場所で気絶した二人は、どこからか現れたボロボロの服を着た少年達に群がられ、あっという間に身に付けている物を全て剥ぎ取られてしまった。
残ったのは、産まれた時の姿に戻った男2人。
……ローブ着ているとはいえ、スリには注意しとこう。
「け、ケイ! こ、怖かったよ〜」
「ゴロツキに絡まれるような誘い方してる方が悪いな」
「そんなっ、薄情者〜!」
少しだけ同情してしまった男達から視線を戻すと、チンピラを一撃で沈めた男に、先程の少女が泣きながら抱きついていた。
少女は今の俺と年が近いか? くらいの年齢で、髪は赤茶。胸元がはだけた扇情的な服に、膝上までしかないスカートを履いていた。
風が吹けば見えそうである。後で吹かそうかな?
チンピラが言っていたが、この少女は、それ、なのだろう。離れた場所で一連の騒ぎの様子を伺っている女性や少女も似たような服を着て客引きしていた。
そして男の方はまだ若い、だが枯れたような印象を受ける青年だった。灰褐色のコートに身を包み、面倒くさそうに灰色の髪をガリガリと掻いてからこちらに視線を向けた。
「悪いな。このおっちょこちょいが迷惑を掛けた」
「おっちょこちょいじゃない! その、ありがとう。私はシャイナ。このお店で働いてるから、お礼にどう?」
目の前の店ーー看板の文字は読めないから、ナニをする店なのか分からないなー。
……でかでかと板に裸婦の絵が描かれているが、良いのかそれで。
「一応、女」
魅力的な提案ではあったが、今の体ではお店で体験できることの十分の一も楽しめそうにない。
「大丈夫大丈夫! うちはそーゆーのも全然イケるお店だし、なんならこのケイが相手をしてくれあ痛⁉︎」
「馬鹿なこと言ってる暇があったら仕事に戻ったらどうだ?」
なん、だと……? 目の前の店は女の子同士でも対応していると、いう、のか? 少し、少しだけ心が惹かれてしまう。
「この馬鹿どもを片付けてくれて助かった。こういう奴らは幾らでも湧いて出てくるから、君も気をつけておけ。……ケイ、だ。この区画の店の用心棒と、何でも屋をしている」
ふむ、少しだけ目の前の白髪の男に興味が湧き、視線を向けて枠を覗く。
■
ケイ、25歳
Lv.35
職業・何でも屋/用心棒
称号・『鬼』の右腕、元冒険者
■
勇者や騎士達とは比べるべくもないが、そこそこレベルが高いな。しかも元冒険者。そりゃあチンピラぐらい片手で捻ることが出来るわけだ。
「アーデフェルト。たまたま見かけただけだから、気にしなくていい。それで、片付けはどうするの?」
裸の男2人と白目を剥いた髭面の男を見て尋ねる。流石にほっとくのは気の毒な気がする。……俺がやったけど。
「大丈夫! アーデちゃんが気にすることじゃないよ! どうせあいつら無一文だし、奴隷落ちするしかないから!」
うわお、金がないと奴隷落ちなのか。被害届けとかもあれじゃあ警邏隊かなんかは受理してくれないのかね?
「そんなことよりアーデちゃん! 助けてくれたお礼に何でもするよ? 何ならフルコースを今なら半額にしたって良いから!」
そこはタダじゃないのな。しかしまあ女の子同士も、それはそれで楽しそうだ。……そして何でもしてくれるのなら、一つして貰いたい事があるな。
「なら、お願い事がある」
頬が熱い。恥ずかし気に少しだけ視線を下げ、ちらりとシャイナに目を向ける。その仕草に彼女は何故か赤面して頷き、隣でケイが少しだけ眉を寄せた。
「な、なにかな?」
そう、今の俺に必要なこと。それは、
「道に迷った。大通りまで、道案内して欲しい」
羞恥心を押し殺し、俺はそう告げたのだった。
私は新宿よりも池袋の駅の方が良く迷います。高低差が無い為か、どの辺りを歩いているのか分からなくなるんですよ……。




