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03 新たな:最後の=始まり:終わり

…プロットより一話減っただと!?



「ぐ、ぁ……っ!」

「かふ―――」

「弱い……」


 地面に転がった二人に対し、百邪は頭を振る。その姿は今までの肥え太っていたり無駄な筋肉が付いていた百邪とは違い、スラリと手足が伸びていた。

 それもその筈、二人を見下すソレは上位百邪。我が強く同格の者にすら従わない百邪を従える事のできる存在。その強さは他の百邪とは格が違って当然であった。


「弱いな、マジカルフォース! 四人揃わねばその程度か!」


 失望した、とでも言いたげに百邪は倒れ伏す二人を見つめる。元々四人がかりで辛うじて撃退した相手であり、幾ら腕を上げたとしても相手も同条件である。

 人員―――特に前衛二人を欠いたままでは勝てる相手ではない。せめて一人居なければコレを圧倒する事は出来ない。


「しかし、態々貴重な戦力をすり減らし召喚などと言う不確定極まりない手段を取るとは……フン、所詮人は群れねば何も出来ぬという事か」

「な、にさ……自分だって、ゾロゾロ……手下、引き連れて……かほっ!?」


 倒れ伏したブロウの呟きを百邪は聞き逃さず、言い切る前に爪先を脇腹にめり込ませた。ブロウは蹴られた衝撃で息が詰まり、蹴られた反動で仰向けに転がる。

 ―――うん、駄目だ。殺す。


「効率の問題だ。貴様らの能力は下位百邪よりは高いからな、一度に複数ぶつけてやれば制圧できる……まあ、俺が直々に手を下す事になったのは計算違いだったが」

「ゴホッ、ゴホ……」

「前衛が居ない中でよく戦った……と一応褒めておいてやろう。全員揃った状況で戦えないのが片手落ちではあるが、今は確実に貴様らを仕留められるこの好機を喜ぼ―――ッ!」


 咳き込むブロウとまともに動けないフリーズに対し、百邪が魔力を込めた腕を振り上げる。しかし、その腕は横合いから飛んできたブラストスピアを防ぐのに使われた。

 俺は肩を掴んでいた副団長さんを振り払い、扉を開け放つ。重厚で数百キロはありそうな扉だったが、今の俺には関係ない。それほどまでに怒りで魔力が高まっている。


「ほぉう? その恰好、異世界の者か。しかし今の槍は中々堂に入っていたぞ? ……まるで、アイツのようだ」

「よせ、ヨースケ君! 駄目だ! 彼女達二人がかりで勝てない相手に君が勝てる訳はない! 下がるんだ!」

「……うるせぇよ」

「「は?」」


 言葉遣いが荒れているのが解る。礼を尽くすべしと昔から爺ちゃんに言われてきたが、それもできないくらい苛立っている。目の前のコイツに、そして何より自分自身に。

 あんな恰好は人に見せられない? 知った事か。目の前で仲間が、アイツらが苦しんでいる。なのにどうして俺はアイツらの横に居ない? どうして傷の一つも負っていない?

 ……あの日手にした燃える心は、もっと熱かった。


「おいアンタ、『まるで』じゃねぇぞ。『アレ』は『俺』だ。それからアンタ、ちっと黙って見てろ」


 学ランとワイシャツの第一ボタンを開け、首にかかったネックレスを引っ張り出す。二度と使わないと言っている癖に、肌身離さず持っているソレを。

 赤いビー玉のような玉が、揺れているソレを。


「な―――」

「まさか、貴様―――!」

「……変ッ身ッ!」



 その声と共に、洋介の体が炎に包まれる。その炎は白く、そして青く色を変えるとまた赤々と燃え、球体へと姿を変えた。

 その炎の球は数秒もしない内に内側から破られる。見えるのは二本の腕。燃えるような赤を基調とし、金属を打ち付けたグローブに包まれた物々しい腕だ。


 その腕が左右に分かれ、炎の球が完全に掻き消える。よく見ればグローブは二重になっており、肩口までピッタリとした生地で覆われていた。

 脚も同様に重装備のブーツとソックスであり、その手足で格闘戦をするのならば真っ先に気を付けなければいけない部分であろう。


 ……しかし、それよりも。人が目にするのはその胴体。


 ギリギリ乳首が隠れるだけのサイズのチューブトップブラと、何のために付いているのか解らない付け襟。上半身に身に着けている物は、これだけ。否、グローブはしている。

 更に酷いのは下半身であり、腰骨から10センチも無い丈のプリーツスカートは臍から5センチ以上下がっている超ローライズだ。臍毛はおろか陰毛がはみ出ている。

 そして何より、下着が無い。シールで固定されている状態―――所謂前貼りである。やはり陰毛がはみ出している。と言うかシールが小さ過ぎて出てはいけない物すら顔を出している。


 その姿を見た者の脳裏に浮かぶ言葉。それは、一つ。


「「「へ、変態だぁぁぁぁぁっ!?」」」


 着ている事は着ているが、女物であるとか。

 手足の露出が無いのに、胴体は丸見えであるとか。

 乳首が隠れていて逆に変態度が上がっているとか。

 意外と毛深く、腹筋も見事に割れているとか。

 南天朱玉は、襟にちゃんと輝いているとか。

 見る者の感想はそれぞれであったが、それでも第一印象は先の一言に帰結する。変態である、と。


「……やっぱり、こうなったんだ」

「………。」

「何ガン見してんの」

「……そっちこそ」


 事情を知っている筈の仲間も、当てにはならない。そう判断して静かに空を仰いだ洋介―――否、


「メルティメギド……メルトダウン・ショウダウン」


 『魔法少女メルティメギド』は静かに変身の締めの台詞を口にし、魔力を爆発的に高める。理由は簡単。今は戦闘中であるからだ。


「おぉぉぁああああああっ!」

「ッ! しまっ!?」


 駆けだしたメルティメギドの足元で爆発が起こる。百邪の攻撃ではない。爆風に乗ってメルティメギドが加速し、即座に間合いを詰めていた。

 振りかぶったその右手には、燃えるような色合いのハート形のアイテムが握られている。中空になっているそれを握り、魔力射出口がある先端を相手に向けているとまるでメリケンサックのようだった。


「バーニングブロォーッ!」

「ぐぉあぁっ!」


 ズン、と重低音が響く。吹き飛ぶでもなく、爆発するでもない。魔法少女としては非常に地味な攻撃だが、ダメージはこれが一番大きい。

 更にメルティメギドの攻撃は止まらない。先の副団長との模擬戦でも使った火球―――バーストボムが空中に現れる。その数、24。間髪入れずに百邪の全身へと降り注いだ。


「ガァァァッ!」

「シッ!」


 しかし、相手はメルティメギドよりも格上の魔法少女二人を圧倒した上位百邪。如何に変身して強化されようと牽制目的の初歩的な魔法など屁でもないと反撃をしてくる。

 それを予測していたのか、メルティメギドは上体を逸らし捻る事で攻撃を回避する。能力の進化が中途半端であろうと、伊達に最前線で戦っていた訳ではない。


「シャアッ!」

「っと……やっぱ遅いな。ヒートアップッ!」


 次いで行われた百邪の攻撃をもバックステップでかわし、メルティメギドの全身が炎で包まれた。その身を魔力で包む事で攻防速全てを上昇させ、更に炎の追加ダメージを与える魔法である。


「腕一本っ!」

「ガッ!」


 先程以上のスピードで踏み込み、二度目の攻撃で伸び切った肘に外側からブレイジングハート――右手に握ったハート形の武器だ――を叩き込む。そうはさせじと三度百邪の爪が迫るが、難なく左手で払い除けていた。


「もう一丁!」

「グバゥッ!?」


 更に相手の間合いの内側にある左手からブラストスピアが伸び、百邪の顔面を焼く。相対的な魔力は百邪の方が高いためダメージ自体は大した事が無いが、百邪は大きく仰け反り隙が出来た。


「せーの……オラララララァ!」

「ゴブガッ!?」


 今度は体ごと間合いの内に入り、両手にバーニングブローを発生させる。巻き舌気味の気合いと共に放たれたラッシュは百邪の全身を強かに打ち付けた。

 大口を叩いていた割にはこの百邪は遠距離戦タイプだとメルティメギドは当たりを付ける。肉体そのものが細い事もあるが、近接戦タイプなら先程砕いた肘が治っていてもおかしくない。


「スゲェ! 洋介のやつ、あんな強かった奴を圧倒してやがる! 変態だけど!」

「身体強化と格闘戦の練度が尋常ではない……変態だが」

「すごい……」

「アイツ、あんなに強かったっけ……」


 砦から歓声が上がる中、間近で戦いを見ている二人もメルティメギドの強烈な攻めに茫然としている。有利な状況に持ち込めたという事もあるが、それだけでは説明がつかない強さだった。


「……そうか! 魔力が溜まってたんだ!」

「あっ!」


 やがて、ブロウとフリーズはメルティメギドの強さの秘密へと辿り着く。答えは単純であり、五年以上ロクに魔力を使わなかったがための魔力圧縮だった。

 本来ならば有限な保有魔力量の節約のために行われる技術だが、普通は数年も溜め込まずに適当に発散してしまう。しかし洋介は変身を嫌っていた事もあり、日常生活で発生する魔力さえも無意識的に溜め込んでいたのだった。

 加えて言えば彼は魔力圧縮の天才であり、変身しなければ解放できないほどの圧縮率で圧縮する事ができていた。もし今変身しなければいつかこれが原因で体調を崩していただろう。


 そしてそれが今、圧倒的に格上である相手に優勢を保てるほどの勢いで放出されているのだった。


「っと……久々に変身するとやっぱキツいな。そろそろ決めるぜ?」

「ぐ……戯言ヲッ!?」


 余りの勢いで放出していた魔力の影響か、メルティメギドは肉体の痛みを覚えてラッシュを中断する。そのままブレーンクローで百邪を持ち上げ、掴んだ左手に魔力を集中させる。

 これはブロウのエアロメイデンやフリーズの魔剣・霧雪と同じ滅邪魔法。相手の動きを抑え、確実に致命傷を与えるための文字通り『必殺技』である。


「メギドォ……ブレイカァーッ!」

「ガパ―――」


 バーストボムにして数百か数千、下手をすれば数万発分の魔力が左手から百邪の顔面に注ぎ込まれる。そう、『叩き込まれる』のではなく『注ぎ込まれる』。

 この技はブロウやフリーズの必殺技と違い肉体的な接触が必要なためリスクは大きいが、逃がさない事と同時に『自身の魔力を相手に浸透させる』事が可能になっている。


 無論、相手も自身の魔力を持っており、浸透してきた魔力は肉体にとって異物である。通常ならば皮膚から先に到達する事は無いが、ここで洋介自身の魔力圧縮の才能が活かされる。

 超高濃度に圧縮された魔力は対象の魔力と干渉しながらも皮膚を超え、筋肉や神経も押し通り、骨の内側まで辿り着き―――限界を迎える。


「ゴボァッ!?」


 百邪の体内でメルティメギドの魔力が自身の魔力と干渉し、ギリギリ保たれていた圧縮魔力が解放された。

 ……繰り返すが、圧縮されている魔力はバーストボム換算で万に届く数である。他人の魔力は極稀な例外を除けば毒も同然であり、特にメルティメギドの魔力は強力な火属性を持っている。


 まず頭蓋、次に延髄。更に背骨に沿うように百邪の肉体が内側から爆発する。特に今回は溜め込んでいた魔力が多く、手足も指の一本に至るまで残らず弾け飛んだ。

 尚、本来ならば頭蓋が吹き飛んだ時点で残った圧縮魔力は空中に残る筈なのだが、何故かこのように残った肉体も連鎖的に爆発する。

 理由は解っていないが、再生対策には丁度良いのでメルティメギドや仲間達は特に気にしていない。



 で、現在。


「………。」

「………。」


 なんとなく食堂の隅っこに居るんですがめっちゃ視線感じます。いやまあ、俺の両隣に座ってる晶子とヘルマのせいかもしれないけど。

 と言うかヘルマ、お前地下牢に居るんじゃなかったの? こんな堂々と外出てて良いの? いや、副団長さんは喜んでるみたいだったけど……。


「ちょっと……なんでアンタ外出てんの。折角陰気な誰かさんにお似合いの部屋に居たんだから戻っときなさいよ」

「さっきは地下に居たせいで出撃が遅れたから。それに広域がカバーできる私が近接担当のヨースケと居れば対処効率が上がる」

「ハァ? それ言ったら最大射程が長い私の方が適任でしょうが。っつーかアンタやっぱり風呂入ってないでしょ。臭うから離れてくんない?」

「せっ、戦闘が終わってから汗は流したし来る前に全身丸ごと洗ってある! 下品な香水でしか体臭が隠せない誰かさんとは違う! それにそんなに射程が自慢なら屋根にでも上って百邪の警戒でもしてなさい!」

「……やる気?」

「上等っ……!」


 わー、胃が超痛い。ホント何でこいつらこんな仲悪いんだろう。いざ戦闘になったら息ピッタリなのに……少なくとも俺が居る所では喧嘩以外のシーンまず見た事ないよ。

 ……せめて佐倉が居ればなぁ。普段は宥めてくれるし、いざとなったら威圧か何かで黙らせられるし。でもアイツ今イギリスなんだよなぁ。


「オウ何遠い目してんだ女装野郎」

「焼かれるか潰されるか破裂するか選べ」

「……冗談だよ目がこえーよこっちくんなよ!」

「全く……で、何の用だ?」


 下手に弄ると面倒な状態の二人をどうしようかと頭を悩ませていると、男子連中が数人こっちにやって来ていた。

 え、何? ハイライトが消えてる? ハハハ知るかよとりあえず焦熱地獄を体験してみようぜ。全力で協力するぞ?


「いや、何してんのかなーって」

「何って言われてもな……まあ、休憩かな?」


 魔法少女と言っても中身は普通の人間。休める時に休まないといつか倒れてしまうし、次にいつ百邪が来るか解らないので今は休む時だ。

 まあ、そう言う割には俺の膝の上には火球が形成されているのだが。これは今後必要な物だし、大した負担でもないので今は休憩中と言って良いだろう。


「何それ」

「魔法の卵。何が出るかはお楽しみ、ってね」


 そう。今俺が膝の上で両手を翳して作っているのはただの火球ではなく上が窄まった楕円球、つまり卵型だ。

 鶏の卵をそのままスケールアップしたかのような炎の卵は形こそ変えないが、瞬きの間に幾度も模様を変えている。

 暫くそれを眺めていると、卵がカタリと揺れる。やれやれ、変身してないとこんなに遅いのか。


「「「動いた!?」」」

「よし、起きろヴィド。仕事の時間だ」

「コケ」

「「「いきなり鶏!?」」」


 何か随分と息ピッタリだが、その反応の正体は花弁が開くように幾重にも重なった卵が開き、中から一匹の雄鶏が出てきたからだった。

 まあ、確かに卵からいきなり鶏が出てくるとか、そもそも鶏の肉体が火でできてるとか、卵の殻だと思ったのが羽だったとか常識に喧嘩売ってるのは認める。


 けど、それが魔法少女ってもんだ。己と大切な物のためなら常識や物理法則にすら喧嘩を売る大馬鹿野郎達。いや、女だから女郎達、かな?

 とは言え、俺はそう強い方では無いので事前準備は欠かせない。火の羽を羽ばたかせて窓から飛び出していったヴィドもその一環だ。


「何アレ」

「ファイアファミリアって魔法だよ。魔力で肉体が作られてる使い魔で、多少衝撃に弱い所があるけど何体でも作れるのが利点」

「何で出したの?」

「周辺警戒。索敵能力が高い訳じゃないから気休めだけどね」


 俺の魔法は基本的に戦闘用の物であり、ヴィドも戦闘能力は高いがそれ以外はお察しと言ったレベルだ。燃え盛ってるから隠れてもすぐバレるし、別に追跡能力が高い訳でも無いし。

 本当なら風の龍を出せる晶子か水の蛇を出せるヘルマが適任なんだけどな。こいつらは戦闘よりサポート用の能力だし。

 で、そいつらを出せる二人はと言えば。


「大体アンタの洗うってアレでしょ? でっかい水の球に全裸で入って洗濯機みたいに洗うやつ。公園に住んでた頃から進歩してないじゃない」

「今は温水で角度や速度に変化をつけた水流で全身むらなく洗えてる。それにアレは仮住まいが見つかるまでの一時的な処置」


 まだやってる。よくもまあネタ切れもせずに話してられるもんだ……呼吸はピッタリなんだよなぁ、この二人。

 俺が最初に合流した頃はここまで仲悪くなかったと思うんだけど……ホームレス幼女だったヘルマを俺ん家に泊めるようになってから、だったと思う。


 と、思い至った所で食堂のドアが勢いよく開かれた。


「……何を、していますの」

「アプロ……」


 現れたのはちみっこいヘルマ、もとい妹姫様だった。そういや俺このお姫様の名前知らないんだけど。しかしそっくりだなこの二人。


「朝にあのような失態を見せておいて、よくもまあ人前に顔が出せたものですね」

「………。」

「その上今度はみっともなく言い争いですか。もう少し公主としての自覚を……ああ、もうその気はないんでしたか?」

「……そう、だね。もう公主として振舞う気は無い」


 お姫様の剣幕に周囲は急に静かになる。その中で険しい顔のお姫様は穏やかな表情のヘルマへ一方的に言い募っていた。


「そもそも何故あそこから出てきたのですか。自ら入ったと聞いて多少は罪の自覚があると思っていたのですが……」

「……もう、必要ないと思ったから」

「まあそもそもどれだけ殊勝な態度を見せて、も……何ですって?」

「もう私が貴女を守る必要はない。そう思ったから」


 ピシリ、とお姫様の動きが止まる。予想外の言葉を聞いて頭が混乱しているんだろうか。隣で聞いてる俺達も次の展開にドキドキで動けそうにない。


「元々どこかのタイミングで出るつもりだったけど、二人も来たし良い機会だと思った。国の為に召喚を使う決断もできるようになったから……もう、良いと思った」

「ッ―――! 貴女は私の苦労も知らないでっ……! そうやっていつも上から目線で! 何よ! アンタが全部悪いんじゃない!

 宝物庫に忍び込んで! 天元黄玉を壊して! 百邪が溢れ出して! 折角異世界に追い出したと思ったら力をつけて戻って来て! 全部、全部アンタのせいじゃないのよ!」


 違う。戻って来たのは俺達全員の責任だ。佐倉が殺したくないって言ったのを止められたのは俺達だけだ。だから戻って来た事に関しては俺達四人の責任だ。

 思わず立ち上がって反論しそうになるが、ヘルマに遮られる。机の下で思いの外強く手を握られた俺は、動きを止めてヘルマへ視線を向けた。

 優しげな表情を絶やさない、ヘルマに。


「……それで良い。私を恨めば良い。私を憎めば良い。私を蔑めば良い。私へ怒れば良い。それが貴女の力になる」

「ああもう! その人を小馬鹿にしたような態度はやめろって言ったでしょ!? ええ恨んでやるわよ憎んでやるわよ! それで満足なんでしょ!」

「ええ……満足」

「ッ!」


 目尻を吊り上げて喚き散らすお姫様に対し、ヘルマは何を考えているのか僅かな笑みを浮かべたままだ。

 やがてお姫様は肩を怒らせて踵を返す。後ろに付いていたらしい副団長さんを押し退け、ズカズカと食堂から出て行った。


「姫様……」

「ランドゲイル、アレにはまだ言っていませんね?」

「はい……ですが、その」

「ならば良いのです。今後も秘めておくように他の者にも徹底しなさい」

「……畏まりました」


 副団長さんは何を知っているのか、ヘルマに踵を合わせほぼ直角に腰を折る。恐らく最敬礼なのだろうそれは、手のかかるお姫様ではなく上位の者への敬意が含まれているように見えた。

 やがて頭を上げた副団長さんは、俺の方へと視線を動かす。え、何。今度俺?


「まさか、君も姫様の仲間だったとはね」

「……済みません。その、目にして楽しい物でも無いので」

「ああいや、責めているつもりは無いんだ。ただ、あれだけの技量に納得しただけさ」


 それでも、成せる力を持っていて何もしなかった事に変わりはない。今までもたまに晶子が怪我をして登校してきた時等に感じていたこの気持ちは、そう簡単には収まらない。

 ならばせめてこれからは、力の限り戦おう―――そう言おうと口を開いた瞬間、上空から爆音が響く。それと同時に砦の上空に居たヴィドからの感覚が途切れた。


「ッ!? 何事だ!」

「使い魔がやられた! 副団長さん、この辺に空飛んでそれなりに強い奴っているか!? 鳥とか!」

「い、いや、居ない。つまり―――」

「ああ、百邪だ!」


 俺が副団長さんに確認を取っていると、既に動いていたヘルマと晶子が窓を開け放って外を覗き込んでいた。角の反対側を同時に確認するとか、本当にこういう時は息ピッタリだよな。


「チッ! 居る居る、ウジャウジャ居るよ!」

「10……15? 隠れてるのも居るかも」

「総力戦ってか? ハッ、上等だ!」


 状況を確認しながら俺達は襟首に手を突っ込み、それぞれの玉を付けたネックレスを引っ張り出す。全快には遠いがそれなりに回復しているし、これぐらいの修羅場なら年度末には何回か経験している。

 そうやって僅かに震える足に力を入れて南天朱玉に意識を集中すると、指先で揺れる玉が強烈な光を放ち始めた。


「今度は何だ!?」

「まぶしっ……まさか、これって!」

「うん。多分、上位百邪との戦いで経験値が溜まったんだと思う」

「成程、確かに前もこんな感じに光ったっけな。さぁて……今度こそスカートじゃなくなりますように!」


「「「変身!」」」



 瞬時にフォースターコイズ・ブロウとフォースコバルト・フリーズとなった晶子とヘルマオンは即座に窓から飛び出し、百邪の群れへと相対する。

 そして最後の一人、眩い輝きを放つ洋介はその光が収まるのを待たずに手近な窓から飛び出していた。目も眩むほどの光源が移動した事で動けるようになった兵士や学生達は。思わず窓の外を覗き込んだ。


「おぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 洋介の叫びと共に全身が炎で包まれる。赤く、白く、青く、そしてまた赤く。実際の温度の変化の概念を超越した心の炎が赤く燃え上がる。

 炎は球から天を焦がす火柱へと。その溢れ出す力に百邪が一体飲まれ、消える。そして一際強い熱風が迸った後に残っていたのは、一つの人影だった。


 まず目に入るのは、胸元から肩口にかけて燃え盛る炎。ゆらりゆらりと微風を受けてその舌先で空を舐めている。その炎に包まれるようにある顔には紅の羽根が二枚、こめかみに触れるように乗っていた。

 白く上体を包む上着は鳩尾から下腹までを曝け出すように丈が短いが、見る者が見れば濃密な魔力が全身をガードしているのが解る。手甲は無くなっているが炎が手筒のように手首から手の甲まで覆っており、纏う魔力量は以前の比ではない。


 肝心の下半身はと言えば、相変わらず鼠蹊部や腸骨稜は丸見えであるが下方向には布地が伸びている。形状も両脚に沿って筒型になっており、遂にスカート型ではなくなっていた。

 クリムゾンレッドのそれはピッタリと足首まで体に張り付き、また足首で燃える炎へと繋がっている。爪先までを覆うブーツも以前より簡単な構造の物だったが、その分だけ魔力は凝縮されていた。


「燃えろっ! ブレイジングハート!」


 洋介の声と共に右手に中心が空洞になったハート形の炎が現れる。彼がそれを掴むと炎の中からハート形のリングが現れ、腕の尺側に沿って燃える炎のような形状へと形を変えた。

 否、それだけではない。燃え上がった部分は更に大きく、肘を超える長さまで伸びる。以前のよりも力強く、それでいて取り回しに影響が出ない形状へと進化していた。


「フォースクリムゾン・メルトッ! メルトダウン・ショウダウンッ!」


 それは、炎の化身。赤々と燃え上がる力の権化。情熱と熱情を燃え盛る胸に秘めた、狂熱の魔法少女。魔法少女戦隊マジカルフォースが一人、フォースクリムゾン・メルト。ここに爆誕。


「……ッ―――! よっしゃあああああああっ!」


 洋介―――メルトは変身後、恐る恐る自身の恰好を確かめる。その数秒後、感極まったかのように喝采の雄叫びを上げていた。


「……えっと、メルト? どうしたの?」

「どうしたもこうしたもねぇよ! なぁ、見てくれ! 俺、遂にスカートじゃなくなったんだぜ!」

「あ、うん……それは見れば解るけど」

「だろ? だろ? しかもこの燃えてるのとか超カッコ良くないか!? ホラホラ! キックも躊躇なくできるぜ!」


 見かねたフリーズが声をかけると、メルトは宙を駆けて接近し自身の姿を見せびらかす。呆気にとられている彼女を余所に彼のテンションは最高潮まで上がっていた。


「いや、それにしたってはしゃぎ過ぎでしょ……第一変態っぽさは大して変わってないし」

「いやまあ腹とケツが出てるのは今更だしな。やっぱ腹毛は剃るなり抜くなりした方が良いかな?」

「女子にそんな事聞くなっつーの」

「それもそうだな、悪い……うひひ」


 今度はブロウが呆れたようにツッコミを入れるが、メルトにとってはスカートか否か以外は大した事ではないらしく平然としている。

 挙句の果てにセクハラギリギリの発言をして自分の恰好を再確認すると一人でニヤケていた。完全に危ない人である。


「………。」

「……可愛い」


 まあ、こんな状態のメルトを見て頬を染めているブロウとフリーズも大概なのだが。恋は盲目、とはよく言ったものである。

 しかし今は緊迫した状態であり、彼らもそれ自体を忘れている訳ではない。その証拠に、不意打ち気味に放たれた魔力弾を三者とも見向きもせずに回避していた。


「貴様ら……相変わらずふざけた連中だな。このような奴らに一度とは言え遅れを取ったとはな」

「ん? ああ、お前か。久しぶりだな」


 額に青筋を立てている百邪に対し、余裕を持ってメルトが答える。かつて激闘の果てに制したその相手は上位百邪の一体であり、この集団のリーダーであると一目で彼らは見抜いていた。


「また大量に引き連れて来たもんだけど……どうした? 観光ツアーでもやってんのか? それとも野球の試合とか?」

「舐めた口を……! その喉笛を噛み千切り、二度とそのような口が利けんようにしてやるわ!」

「相変わらず冗談が通じない事で……コイツは俺がやる! 雑魚は任せた!」

「オッケー! 休んでた分、キリキリ働きなさい!」

「任せて……!」


 メルトが軽く煽れば簡単に百邪に火が付き、気炎を吐く。眼前の相手が百邪の中でも特に短気だったと思い出しつつ、一騎打ちが得意なメルトが上位百邪を相手取る。残りはブロウとフリーズが担当する事となった。


「ガァァァァッ!」

「チッ!」


 空中を蹴るように飛び出してきた上位百邪の噛み付きを横に跳ねるようにかわす。それを皮切りに他の百邪とブロウ、フリーズも飛び出していた。

 先の上位百邪とは異なり、今回の個体は接近戦に特化した能力を持っている。メルトも接近戦主体のスタイルであり、そこに明確な優劣は存在しない。

 純粋な身体能力であれば百邪が勝るが、即座にヒートアップを発動させたメルトはそれに追随し、更に接近するだけで身を焦がす熱を纏っている。


「ガグルァァッ!」

「セイッ! グッ!」


 猛る獣のような爪撃をブレイジングハートで殴り軌道を変える。もう一本の腕は尺側に伸びた炎状の部分が受け止めていた。

 しかし受け止めたとは言え、その力は人外のそれである。強烈な衝撃がメルトの体を走り、顔が歪む。更にそれで終わりではなく、猛攻は続いていく。


「グァウッ! ガアッ! グォアッ!」

「んのっ!」


 刃のように鋭い炎状のパーツで手が切り裂かれるも百邪はそれを物ともせず、パンチやキックを繰り出してゆく。

 ヒートアップの恩恵でそれに対応してメルトはガードするが、その一撃は重く確実にダメージとして残る。ガードした手足が痛みを訴える程の威力であった。


「はぁっ!」

「ぬるいわぁ!」


 形勢を変えようとメルトは以前より威力も個数も増えたバーストボムを百邪にぶつけるが、近接型の百邪は防御力も高く怯みもしない。

 やがて百邪の猛攻とその合間を縫ったメルトの攻撃というパターンが出来上がり、完全に流れは百邪へと傾いていた。


「はぁ……はぁ、はぁ……ぐっ」

「フッ、もう終いか? 前と言い今回と言い、一人で私を引き受けたのは称賛に値するが……所詮は知恵の足らぬ人間か」

「まあ、人間辞めたつもりはないんでね……」

「そうか。では力無き只人のまま死んでいけ!」


 息も荒く、特に傷ついた左腕を守るようにメルトが身構える。それに余裕を見せたままの百邪がトドメを刺そうと一際大きな振りで殴りかかった。

 それを見逃す程、彼は甘くない。


「ヒュッ―――」


 庇う演技をしていた左腕を跳ね上げ、顔面を狙う拳を下から掬い上げる。踏み込みは一歩分。飛び込んでくる百邪の懐へ、ブレイジングハートにバーニングブローを装填して構える。


「な―――させるかっ!」


 しかし、百邪も伊達に近接戦に特化している訳ではない。右が駄目なら左の拳を振り上げる。しかしそれも振り切る前に防がれた。燃え上がる心を握った右手に。


「ガァッ!」

「ニーブラスター!」


 互いに両手を使えない状態。間合いは腕の中。二人が選択したのは脚。しかし、それが届いたのは一人だけだった。

 百邪は蹴り飛ばすように足を振り上げ、メルトは飛び込むように膝を突き出す。百邪の鳩尾に深々とメルトの右膝が突き刺さった。


 振り上げる円の動きと突き出す線の動き、どちらが早いかと言えば後者に軍配が上がる。勿論、勝敗を決めたのはそれだけではない。

 ニーブラスター。足首の炎が魔力と共に吹き出し、その脚を加速させる。言わば蹴撃版バーニングブローである。


「ガフ―――」

「喰らいなっ!」


 息を詰まらせる百邪の右腕を掴み、メルトはブレイジングハートを振りかぶる。そこに収束する魔力はバーニングブローの比ではない。


「ゲヘナイラプション!」

「ギッ!」


 メギドブレイカーを超える魔力が百邪へと撃ち込まれる。殴りつけたまま二人は真下の地面へと落ち―――否、加速していく。

 衝撃。大地へと超高速で叩きつけられた百邪は砦の中庭ほぼ全てを覆う程の亀裂を作り、自身もその中へとめり込んでいく。


 しかし、この技はこれだけではない。むしろここからが本番である。

 ブレイジングハートから百邪を通して魔力が地中深くへと撃ち込まれた。メギドブレイカー以上の魔力が一気に全身を貫き、百邪の身を焦がす。それでも気を失わないのは流石上位百邪と言うべきか。

 そして訪れる一瞬の静寂。それを破ったのは大地から吹き荒れる怒りの象徴。メルトの変身時に巻き起こった火柱に引けを取らない高さまで吹き上がるマグマであった。


「なっ―――」

「またとんでもない技を……」


 あまりの衝撃に百邪の相手をしていたフリーズとブロウもその手を止め、吹き上がる溶岩の柱に目を奪われる。

 あまりにも隙だらけな状況であったが、百邪も百邪であまりの衝撃に身動きが取れなくなっていたので大丈夫であった。そしてまた一体巻き込まれて焼け死んだ。


「フゥゥ……」


 やがて溶岩の噴出が収まりかけた頃、メルトがゆっくりと歩いてその姿を現す。赤い世界を背景にゆらりと揺れるその姿は、悪鬼か羅刹か。

 周囲の下草は焼け、足元が溶岩溜まりになっているが、その姿には火傷の欠片も無い。彼は自身の技で傷付くほど未熟ではなかった。


 彼が完全に溶岩から離れると、やがてその噴出も収まる。その中に沈む百邪は完全に炭化し、僅かに煙を立てていた。

 明らかに噴き出した溶岩の量と足元に残った溶岩溜まりの量が見合っていないが、魔法で発生した現象にはよくある事である。


「おっと……フリーズ! チャンス!」

「っ! 了解!」


 放心からいち早く抜け出したブロウが風を、それに答えるようにフリーズが氷を生み出す。その声が届いた百邪も動き出そうとしたが、既に遅かった。


「「ブリザードトルネード!」」


 ゲヘナイラプションで発生した上昇気流に乗せ、ブロウが竜巻を発生させる。それにフリーズが氷の魔力を追加し、何人たりとも生存を許さない冷凍強風を作り出した。

 対応が遅れた百邪は全て巻き上げられ、豪風に乗った氷塊や氷刃にその身を晒す事となる。ブロウとフリーズ、二人の久しぶりの合体技である。

 少しずつではあるが確実に攻撃を受けていた百邪達は一気に消耗を強いられ、やがて構成を維持できなくなり空へと溶けて行った。


「ふぅ……残り、居る?」

「多分居ない……うん、居ない」

「おう、お疲れさん」


 流れに乗って畳みかける為に魔力を多めに使った二人は呼吸を整えつつ、それでいて周囲の警戒もしながらゆっくりと地面に降り立つ。

 そこには一足先に戦い終わったメルトがおり、軽い調子で二人を労った。戦っている時以外は基本的に緩いのが魔法少女の特徴である。


「あーしんど。何でこんな一気に来んの?」

「本格的に、とか何とか言ってたな。相変わらずタイミングの良い事で」

「まあ、こっちも戦力揃ったし……大丈夫」


 ぐったりと肩を落とすブロウ。やれやれとため息をつくメルト。大雑把ながら戦力分析を行うフリーズ。かつての光景が一人足りないながらも戻ってきていた。


 ガラリ、と何かが崩れる音がするまでは。


「「「ッ!?」」」

「ガ、ァ……Ahhhhhhhhhh!」


 炭化していた筈の百邪がゆっくりと、しかし確実に体を起こす。関節部はひび割れ、指先は崩れ落ちている。しかし、それでも人型のシルエットを残したまま、彼は立ち上がった。


「ちょっと! ちゃんとトドメ刺しなさいよ!」

「刺したっつの! 確実に死んでたよ!」

「……! 私達が倒した分の魔力を吸収してる!」


 ブロウとメルトが口論する中、ただ一人冷静に観察していたフリーズがカラクリに気付く。それは執念。強く勝ちたいと願う百邪の心が起こした一種の奇跡だった。

 本来ならばブリザードトルネードの最中に崩れ落ちる筈だった肉体を精神が繋ぎ止め、大気中に霧散していく魔力を反射的に吸収して復活したのだった。


 他者の魔力を体内に取り込んでも問題の無い形の一つ、魔力吸収。特に百邪間ではそれが容易である事もこの復活の一因であった。

 そして、死の淵から蘇った者は力を得る。これもまた、この世界に存在する奇跡の一つ。


「魔、じkaる……フォ、ズ!」

「二人とも下がれ! 突っ込んできた所を止めるから一気にぶち抜け!」

「「了解!」」


 肉体は未だ炭と化しているが、巻き起こる魔力は先程までの数倍に膨れ上がっている。間違いなく前衛でなければ止められない程に。

 故にメルトは自分を盾にする決断を下す。決して防御力が高い訳ではない自分に止められるかは解らない。それでも、二人を傷つけない為に。


「■■■■ッ――――!」

「ヒートアップ!」


 百邪が吠え、爆発的な魔力と共に飛び出してくる。その衝撃で片脚が根本から、もう片脚が膝から崩れ落ちた。

 片腕も耐え切れずに体から離れ、全身至る所から炭が零れ落ちる。しかし、それでも百邪は止まらない。崩れゆく腕を無理やり突き出し、メルトへと迫る。


 対するは、ただガードを固めただけのメルト。ヒートアップも防御面では気休め程度の能力しか無い。

 ―――筈だった。




「 見 ツ ケ タ 」




 百邪とメルトの中間。丁度百邪の伸ばした腕の真下。そこに、黒い罅が走っている。先程崩れた地面ではない。

 空中に、黒い、罅が。


「……?」


 極限まで圧縮された時間の中、最早理性の欠片も無い百邪の脳裏に疑問が浮かぶ。何だコレは。罅。何故空中に。不明。何故、


 何故、こうも恐ろしい。


「え……?」


 その時、メルトの視界には不可解な物が映っていた。眼前に迫る百邪の腕。その少し下から、腕が生えている。空中に黒い罅が走り、そこから細い腕が生えている。

 その腕はメルトに迫る腕を掴み、崩壊を進める。そして肘が、肩が黒い罅から少しずつ姿を現した。


 黒。


「「!?」」


 ずるり、と。ナニかが出てくる。ヒトだ。細く柔らかな腕、日の光を浴びて輝く髪は金。側頭部で二つに結った髪が流れる体はシミ一つなく、胸部には豊かな膨らみが見える。

 その肢体を包む衣装は白く、少女趣味的なフリルやヒラヒラとしたパーツが多い。多少形は違うが、見覚えのある形である。全体的な意匠は、メルトを含めたマジカルフォースと共通している。


 なのに何故だろう。悪寒が走るのは。

 なのに何故だろう。歪んだ口元が、笑みに見えないのは。

 なのに何故だろう。その瞳が、闇を湛えているのは。


「邪魔」


 百邪の眼前に一つの光球。そこから一筋の光が走り、縦にその体を両断する。元々崩壊寸前であった百邪の肉体は完全に崩れ落ち、今度こそ構成を維持できなくなる。

 ―――その表情は憤怒や悔恨ではなく、安堵であったが。


「「「………。」」」


 残された三人は、言葉を失う。知っている。彼らはソレを知っている。豊かな胸の間に輝く西天白玉を、重力に従って零れ落ちる金糸を、知っている。

 しかし、彼らの脳はソレとコレを結びつける事を躊躇っていた。仰け反っていた体が起きても、カクンと据わった顔がこちらを見ても。

 その黒々とした目を、こちらに向ける限り。


「……見つけた」

「ッ!」


 ゾクリ、とメルトの背に寒気が走る。狂気? それで済めばどれだけ良いか。これは闇。底なしの、深く暗い闇である。


「心配したんだよ? 急に見えなくなって、魔力反応から座標を割り出そうにもパターンが少なかったからそれにも時間掛かっちゃったし……でもメルティが、ううん、メルトが力を使ってくれたお陰で検知できて追跡できたの。

 でも良かった、開いた事のある世界に来てくれて。そうじゃなかったらもっと遅くなってたかもしれないから」

「え? あ、ああ……」


 ソレは早口で何かを捲し立てる。その内容の半分も理解できないメルトはただ頷くだけであった。


「ブライ、トリィ……?」

「ううん、今はブライト。フォースクリスタル・ブライト。久しぶり、フリーズ」

「う、うん……」


 フリーズの口から零れた呟きを拾い、改めてソレが、ブライトが名乗る。その姿に特段変化はない。彼らと同じように恰好が変わっているが、それも多少違う程度で印象は変わらない。

 しかし、それでも違和感は拭えない。


「ブロウも久しぶり。たまに見えてたから心配はしてなかったけど元気そうだね」

「……何? 見えてたって」

「たまに人目の無い所でメルトに話し掛けようとしてたでしょ? そういう時にね」

「っ……!」


 それはつまり、ずっと見ていたという事。彼を。メルトを。洋介を。ずっと。


「さて、と……まずはお尻の拭き残しからだね。そしたら帰ろ」

「え? ど、どこに?」

「どこって、私達の世界にだよ。早く帰らないと大騒ぎになっちゃうよ?」


 正確に言えばもうなっている。が、建前として言っているだけで彼女には本来関係なければ興味も無い事である。


「……因みに聞くけど、拭き残しって?」

「もう、ブロウったら解ってる癖に。百邪、居るんでしょ?」


 義理も興味も無いけど一応責任はあるしね、と言わんばかりの軽やかな口調でブライトが言う。根絶やしにする、と。

 これがあのブライトリィなのか、あの佐倉芽衣なのかと三人は戦慄する。百邪すらも殺したくないからと必死になってゲート魔法を習得していた姿と、今の彼女の姿が繋がらない。


「んーっと……こっちだね。じゃあ、 イ コ ?」


 かくん、と据わらない首が90度横に倒れながら尋ねてくる彼女に、逆らう術を三人は持っていなかった。



この後滅茶苦茶百邪殺した。

……え、急にホラーになった? そこはプロット通りですが何か?

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