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02 拭い去りたい(過去+現実)

タイトルは色々と実験中です。



「グッモーニンボーイズエンドガールズ! 私のマジカルブートキャンプへようこそ! 歓迎するよ! ウェルカムだ!」


 朝。日が昇ってすぐに叩き起こされて朝食を詰め込まれた俺達を待っていたのは、そんな胡散臭いほど爽やかな笑顔とだだっ広い訓練場だった。

 帰りたい。


「今回は私、ヘリオルスティード・バンガロンが君達のトレーニングをサポートするぜ! 気軽にヘリーと呼んでくれ!

 そして説明の前に大切な事をレクチャーするからよーくヒアリングしてくれ。魔法を使う時に重要なのは信じる事、だ。ビリーヴ、トラスト、ハヴフェイスだね。

 良いかい? 重要な、インポータントな事だからわざわざ言ってるんだ。ちゃーんと聞かないとロクに発動しないぜ? ……オーケィ?」

「「「OK!」」」


 まるで銃でも撃ちそうなぐらい勢いの良い返事をするクラスメート達。自己紹介からノンストップで注意事項を言った教官も満足そうだ。

 あー、超帰りたい。


「君達みたいな異世界の住人はたまに魔法が使えないって事があるが、その理由の殆どは『信じきれてない』ってのが原因だ。

 無意識に魔法なんてある訳無い、出る訳無いと思ってしまっているんだね。そういう時はあるがままに受け入れる気持ちが大切だよ。ドントシンクフィール、だ」


 さして文化レベルが高くないような世界で過去の事例についてさらっと言及できる辺り、実はこの人って結構頭が良い人なのかという考えが頭をよぎる。

 まあ、それにしたってオーバーな身振り手振りとこの胡散臭い喋り方はどうにかならないかと思うけど。わざとか?


「さて、この魔法というものだが実はあんまりよく解ってない。森羅万象に宿る魔力を使い、望んだ現象を発生させる方法……とでも言えば良いかな? まあ、そんな感じだ。

 基本的には飲食や呼吸で魔力を体内に蓄え、一定の術式を使う事で魔力を変質させる。どのような種類や規模の結果になろうとこれは基本的には変わらないよ」


 ヘリー教官の講義は続く。

 曰く、魔法は火・雷・風・土・木・水・光・闇・命の九属性に大別されるらしい。

 曰く、それ以外の属性は無くは無いがほぼ確実に個人が感覚的に使っている物なので人に教えられないらしい。

 曰く、系統だって伝わるのは魔法陣等を使った理論的に使われる魔法らしい。

 曰く、理論的な魔法は使い手が受け入れられれば即座に使えるが一定の能力しか持たないらしい。

 等々……まあ、大体解ってるか予想がついていた事ばかりだ。所で最初の胡散臭い喋りはもう良いのか?


「まあ、一度に沢山言っても理解しきれないか! ならば次は習うより慣れろ、だ。早速魔法を使ってみよう!

 えっと……ああ、あったあった。この魔法陣に手を触れれば後は勝手にやってくれるよ。魔力の流れさえ覚えてしまえば魔法陣は要らないから、ドンドン練習してみようか!」


 ヘリー教官はひとしきり説明し終えると、掌大のコースターのような薄い板を取り出す。表面に刻まれた複雑な文様からそれが魔法陣だと解るが、初心者相手にやたらと複雑な物を使うな……。


「さ、最初にやるのはちょっと怖いかも……」

「よっしゃ、じゃあ最初は俺がやるよ!」

「いやアタシが先!」

「何だとテメェ? やんのか?」

「アァ? ナマ言ってんじゃねぇぞ?」

「二人とも喧嘩しないで! じゃあ僕がやるよ!」

「「どうぞどうぞ」」


 アホな事をやってる連中を他所に皆次々と魔法を発動させていく。先程の魔法陣は一定の大きさの水の球を空中に浮かべる物だったらしく、そこらじゅうに水球が出来上がった。

 人によって魔力量も適正もバラバラの筈だが、出来ている水球が一定の大きさと位置を保っている事から魔法陣に制御方法が書き込まれている事が解る。そう言えばアイツはこういうの得意だったな……。


「さて、皆できたかな? 今度は魔法陣なしでやってみようか! 魔法陣を使った時に感じた感覚を再現すれば良い! アレンジを加えても良いがやり過ぎは注意だぞ!」


 と、物思いに耽っていると今度はバラバラの魔法が発動し始める。その多くは水球だが、大きさが異なっていたり天井スレスレを飛んでいる物や床を転がっている物もあった。

 そして水球以外では土や光、雷や木といった各種属性に挑戦しているようだ。しかし流石に手本が無いと難しいのか、中々上手くいかないらしい。

 ……あー、アレは駄目だな。中心温度が低い。あっちのは実際に燃焼してる訳じゃないんだから無理に重力に逆らわせる必要もないだろうに。


「おや? 君はどうかしたのかい? さっきから動いていないみたいだぞ? ハハーン、さてはビッグウェーブに乗り遅れたな?

 OKOK、そんなシャイボーイな君には積極的に行くよ? さあ、向こうにある的を狙って魔法を使ってみるんだ!」

「え、あ、えと……はい」


 ……しまった。さっきから観察ばかりで動いていないのを気付かれた。えっと、とりあえず向こうの的に向かって撃てばいいんだよな?

 と、慌てて魔法を発動させたのがまずかったのか、現れたのは円錐状の炎の塊―――ブラストスピアだった。やばい、これじゃ周りに被害が出る!


「っと……危ない危ない」

「形状変化に術式の安全な解除!? それに構成に使った魔力も回収している……凄いぞ! どれも高度なテクニックだ!」

「……あ」


 し、しまったぁ!? まだ皆魔法作る所までしかやってないじゃないか! け、けどブラストスピアを無理に構成解いたら大爆発するし……あー糞、やっちまった!

 身に付いた技は体が覚えていたのか、まだ皆がやっていない技法をこなしてしまった。それも複数も。それにヘリー教官は純粋に驚いているが、早速厄介事が横からやって来てしまった。


「感覚型の成長は早いと言うが、まさかここまでとはな……これならば戦い方を覚えて貰った方が良いだろう」

「副団長! どうしてここに!?」


 昨日お姫様に付き添っていた……ランドゲイルさん? が俺達に話しかけながら歩いてきた。どれぐらいの規模かは知らないが、副団長でお姫様に付き添えるという事は相当偉い人なんだろう。


「我々の都合で召喚してしまったのだ、時間ぐらいは作るさ。それで、ええと……」

「洋介。遠藤洋介です」


 そう言えばこっちの世界の人に名乗るのは初めてだったな、と今更になって思う。一度に何人も来た中で埋没していたから仕方ないけど。


「そうか、ではヨースケ殿。私を相手に魔法戦の練習をしてみないかね?」

「え……」

「おお、凄いぞヨースケ君! 副団長は滅多に我々の相手はしてくれないし、国内でも有数の使い手だ。これを逃す手は無いぞ!」

「いや、えっと、あの……」


 有無を言わせぬヘリー教官に背中を押され、訓練所の一角へと連れて来られる。20メートル四方には何もなく、ガランとした場所だ。

 しかし、残留魔力は非常に濃密でここが戦闘用の場所だと言うのは一発で解った。壁際で休んでいた兵士や魔法で遊んでいたクラスの連中もこちらへ視線を向けている。


「時間を作ったと言ってもそう長くは居られなくてね……済まないが、少し付き合って貰おうか」

「……わかりました」


 これはもうゴチャゴチャ言っても仕方ないだろう、と覚悟を決めて自然体の副団長さんと向かい合う。MGSでも似たような経験あるしな……。


「好きに攻撃したまえ。悪い点が有ったら言おう」

「じゃあ遠慮なく……フッ!」


 掌へ魔力を集中させ、火球を作る。基本技のバーストボムだ。流石に久々だったせいか構成が安定するまで半テンポ遅いが、まあ仕方ないか。

 腕を振る動作だけで作って投げたバーストボムだが、5メートル以上離れている副団長さんには簡単に切り払われてしまった。


「凄いな……素人とは思えないほどの速度だ。それに構成もしっかりしている」

「そりゃどう……も!」


 バーストボムを投げたまま左肩のそばにあった右手を右へと振る。当然バーストボムは構成済みであり、副団長さんの左右スレスレと直撃するコースに一発ずつ発射している。

 火属性の怖い所はその熱量であり、直撃しなくともダメージが発生する事だ。副団長さんは立派な全身鎧を着ているが、焼けた鉄板になればそれも着ていられないだろう。

 が、右手に持ったままの長剣に切り払われてノーダメージ。


「数を増やしても威力の減退は無いか……君の上限が見たくなってきたな」

「へぇ……ならこれで!」


 余裕たっぷりの副団長さんに対し、俺の頭の横に発生させた火球を発射する。またしても副団長さんには当たらなかったが、その顔は驚愕に包まれていた。

 副団長さんの剣に触れた火球は今までにない高速回転と質量を持っている。一瞬剣の切っ先が揺れるが、甲高い音と共にこれも弾かれてしまった。


「火属性が切れない……!? いや、これは―――成程、君は土属性も得意なようだね。驚いたよ」


 ご明察。今のはバーストボムに土を混ぜ、更に回転させて貫通力を持たせたラヴァバレットという魔法だ。熱があるとは言え、バーストボムには破壊力が殆ど無いから作った魔法である。

 しかし即座に発動させられるバーストボムとは違い、発動まで三十秒はかかるのが難点だ。と言うか、これってこんな発動遅かったんだな……変身してりゃ一瞬なんだが。


「あんまり驚いてるようには見えませんよ。それに切り払う時に両手持ちに切り替えてましたし……第一、切り払われるとは思いませんでした」

「体が勝手に動いたのさ。それにこの剣は魔断の魔剣でね、我が家に代々伝わる家宝なんだよ」


 ……マジかよ。まあ、それぐらい無きゃ練習相手とか怖くてやってられないか。魔断って事は魔力の流れとかも切るだけで壊せそうだな。


「おっそろしいもん持ってるなぁ……なら、まあ遠慮なく! ブラストスピア!」

「ふんっ!」


 右手を突き出し、渦巻く炎の槍を作る。構成が完成した瞬間には先端が副団長さんの間合いに入っており、早速ぶった切られていた。

 魔法の構成を丸ごと破壊する訳ではないのか、切られた瞬間にブラストスピアがキャンセルされる事は無い。

 それは願ったり叶ったりと根元まで両断されたブラストスピアの下でニヤリと笑う。油断し過ぎだ、胴体ががら空きだぜ?


「むぅっ!?」

「バーニングブロォー!」


 手に炎を纏い、肩から肘にかけて爆発を発生させて腕を加速する。やはり俺の本領は近接戦だ、と再認識した瞬間、


 ゴン


 と嫌な音が響いた。


「―――ってぇぇぇぇぇ!?」

「っ……まあ、プレートメイルを素手で殴ればそうなるだろうな。しかしこれほどとは……」


 おごぁああああああああああああ!? て、手が!? 手がぁぁぁぁぁ! ノォォォォォォォ!?


「多少ツメが甘いが、私も油断し過ぎたか……あー、大丈夫かい?」

「あぐごぉ……だ、大丈夫ですだよ?」

「そうは見えんが……全く、我が隊に勧誘したいぐらいだ」


 ハッハッハ、と副団長さんが笑う。それに合わせて笑っている声の主を見れば、周りで見ていた兵士の皆さんだった。よくやったな、なんて言ってる人も居る。


「さて、もう少し時間もあるし……ん?」


 ―――と、ついさっきまで魔力を使っていたせいか鋭敏になっている感覚に何かが引っ掛かる。魔力の質が変わった? それも嫌な方に。

 その答えはすぐに現れた。訓練所の入り口に兵士が一人駆け込んできたのだった。


「てっ、敵襲! 敵襲ぅぅぅ! 百邪だぁ!」

「何!? くっ、総員戦闘配置! バンガロン、召喚者はお前に任せる!」

「りょ、了解!」


 連日の敵襲の報。いきなり俺達の予想が外れてしまったようだ。俺は痛む拳を摩りながらヘリー教官の指示に従い、砦の銃眼の一つに貼り付く。

 ……ああ、そうだ。敵と一週間に一度しか会わないのはMGSの守護概念の一つだった! 異世界じゃ効かないのか!


「フヌホホホホ……魔力が増えていますねぇ。戦力が補充されましたか」


 居た。丸々と太って手足が埋もれかけている百邪が砦の上空に浮いている……転がってる? ともかく、あれも前に見た事がある。

 が、いかんせん場所が悪い。俺の魔法は漏れなく射程が短いのだ。一番射程が長いブラストスピアでも50メートルも届かない。空中に居る百邪にはここからでは届かないだろう。

 まあ、届かないなら移動するまでだ。俺はその場から駆け出す。


「フヌホホホ……どれ、放って置いては面倒ですし、少し減らしておきますか」

「―――させない」

「ヌホ?」

「「変身っ!」」


 攻撃地点を探して移動していると、遠くから聞き慣れた声が聞こえてきた。途中で外を見てみると、そこには昨日も見たブロウ。そして、もう一人。

 ……最後に見たのは何年も前だけど、それでも少しやつれているように見える。それだけ大変な思いをしてきたんだろう。


「……よっしゃ!」


 ブロウが居るとは言え、負担は決して軽くない筈だ。ならばせめて、俺には俺のできる事をしよう。そう決めると、気合いを一つ入れて駆け出した。



 砦の上空には、三つの影があった。

 一つは、百邪。丸々と太ったそのシルエットは真円にほど近い。人を小馬鹿にしたような笑みをその顔に貼り付けている。

 一つは、フォースターコイズ・ブロウ。鱗のような意匠の装束に包まれた肢体は程よく肉付き、肌の張りは水をも弾く。吹きすさぶ風にその髪が揺れていた。


 そしてもう一つは、新たなる影。

 長く伸びた髪は艶やかに風に靡き、フリルがふんだんにあしらわれたフープスカートがダイナミックにその風の動きを教えてくれる。全体的にフリルやリボンの多いそれは、正に物語の中のお姫様といった姿であった。

 が、そのドレスを覆い隠すような鎧を彼女は纏っている。亀の甲羅のように六角形で作られた装甲が肩や腰、胸を守り、その手に一振りの剣を握った様は堂に入っていた。それは戦装束。彼女なりの戦う姿であった。

 彼女の名は、ヘルマオン・カクタン。しかし今はこう名乗る。


「フォースコバルト・フリーズ……! 荒天を仰ぎ見ろ、嵐天に跪け!」


 名乗りと共に全身から魔力が迸る。それは極限の冷気。純粋な魔力の放出のみで周囲に六花が舞い散る世界を作り出していた。

 彼女は今、昂っていた。連日の百邪の襲撃という事もあるが、それよりも彼女にとって大切な理由のため。その背に守る人々の中に、『彼』が居るから。


「フヌホホホホ……何時になく猛っていますねぇ? 長年焦がれていた仲間が現れたからでしょうかね」

「さぁ、どうかな? ……フリーズ、ちょっと魔力抑えて。寒いんだけど」

「……解った」


 百邪の呟きにブロウが当然のように返し、挙句の果てにフリーズの魔力放出を止めさせる。これから戦う間柄として尋常ではない会話だが、これが彼女達の普通なのだから仕方がない。


 戦いの中で日常を忘れず、争いの中で宝を失わない。その心と力の全てを以って、奇跡を起こし願いを叶える。

 それが、魔法少女。それが、御都合主義の権化。それが、機械仕掛けの神の化身。その力は、願いの為に。


「それにしても……随分と早い」

「フヌホホ。本腰を入れたという事です。いい加減目障りなのでね」

「全く……タイミングが良いんだか悪いんだか」


 連日の襲撃という前例のない事に対し、フリーズが百邪に問い掛ける。その返答にブロウが頭を振った。

 全てが真実でないにしても、現にこうして仕掛けてきている。理由を考えるよりもするべき事がある。


「やらせない……これ以上お前達の好きにはさせない!」

「ま、結局それなんだよね。アンタ個人に恨みはないけど、誰かを害そうってんなら容赦はしないよ」

「フヌホホホホホホホホッ! やれるものならやってみなさい! 私は貴女達にたっぷりと恨みつらみがあるのですよ! 粉微塵にして差し上ブポァッ!?」


 互いに気炎を吐き、いざ戦闘が始まるという瞬間に百邪が爆発する。否、高熱量の塊が直撃したのだ。これは彼女達には見慣れた光景。数多くの戦いで戦端を開いた一撃だった。


「今だ! やれっ!」


 響いた声は下から。尖塔の一つから身を乗り出した男の右手には濃密な魔力の残滓。間違いない、今の一撃は『彼』の物だ。

 思わず二人の口角が吊り上がる。戦えないと言っていた筈の彼が不意を突き、形勢が一気に優位に傾いた。ならばこそ、それを見逃す彼女達ではない。


「私がやる! ブロウは備えて!」

「オッケー! バッチリ決めなさい!」

「ぐっ、ぬぅぅぅ! おのれ、ヒトの分際で―――」


 先の百邪はブロウが仕留めたからか、彼女達にしては珍しく一度のやり取りで順番が決まる。フリーズは眼前に剣――フリージングスペード――を掲げ、その身の魔力を一気に高めた。

 この段になると百邪も動き始めるが、もう遅い。フリージングスペードの刀身に無数の露が生じ、瞬時に霧へと変わっていく。それもただの霧ではない。その一つ一つが彼女の魔力で編まれた極小の氷の結晶なのだ。


「邪を退け、妖を治めん……魔剣・霧雪!」


 一閃。無数の氷の結晶で作られた霧が百邪の動きを封じ、同じように結晶を纏ったフリージングスペードが敵を断つ。余程の相手でなければ捕らえ切り伏せる事のできるフリーズの必殺技だった。

 ……この技を編み出す前、南総里見八犬伝を読んでいたのは彼女と『彼』だけの秘密である。



「ハハ……まともにやり合ったら勝てないかもな」


 乗り出していた身を戻し、一息つく。俺が戦いの場から離れていた間、ヘルマ……フリーズはずっと戦い続けていたのだ。実力にはかなりの差が出来ているだろう。

 とは言え、そんな機会は無いに限る。差し当たり、怒られないように早く戻ろうと持ち上げるタイプの扉に手をかけ持ち上げた。

 そこで、止まった。


「ここならば良いでしょう……それで、話とは?」


 何か、ヘルマによく似たちっこいのが居る。いや、お姫様だアレ。あ、副団長さんも居るし。

 尖塔の下の階の部屋は槍や弓矢等の武器や木箱、樽といった如何にもな物が置かれている……一言で言えば物置だった。こんな所に来るような二人ではない。

 なら、逢引きか後ろ暗い話のどちらかだろう。雰囲気は圧倒的に後者である。


「……姉君の事に御座います」

「……ハァ」


 重苦しく口を開いた副団長さんに対し、お姫様はうんざりとした様子で溜息をつく。ピンと伸びていた背筋も丸まり、急に脱力したようだった。


「東天の君も面会を希望されておりましたし、これ以上姫様をあのような場所で寝起きさせるのは如何なものかと―――」

「くどい。貴方は何度その話をすれば気が済むのですか? ……第一、私がこのような砦に居なければいけないのも全てはあの女のせいなのですよ?

 それに、アレが地下牢に居るのは本人の希望もあっての事です。自分の立場が解っているようで何よりではないですか」


 ……はい? 地下牢? え、何、アイツ今牢屋で寝起きしてんの? しかも自分の意思で? 馬鹿じゃねぇの!?


「しかし……」

「全く……貴方は何かあればすぐそればかり。貴方や他の騎士達がそんな体たらくだから召喚まで行う羽目になったのですよ?」

「―――ッ。姫様は我々を信頼して頂けていない、と? 人の心を惑わす魔法まで使う程なのですか!?」

「英雄願望を加速させただけです。それが薄い者には効果が有りません……それも一時的な物ですしね。アレのように強力な魔法が使えるのなら、このような苦労はしていません」


 ……あのお姫様、やっぱり命属性使えるのか。確か百邪にも似たような魔法使う奴が居たな。アイツは普通に倒したんだったか?


「……ともかく、これ以上の問答は無駄ですね。あまり無用な事を口にしては騎士を続けられなくなりますよ。貴方はただ自分の為すべき事を為せばいいのです」

「……畏まりました」

「解ればよろしい。後の処理は頼みましたよ」


 軽い足音が物置に響き、扉の音と共に足音が去っていく。今の話は何度もされた内容らしく、話自体はあっという間に終わってしまったようだ。

 視点を動かすと、拳を握りしめている副団長さんが見えた。


「……姫様、私はどうすれば良いのですか? 何故貴女が全てを背負わなくてはならないのですか? 幾ら貴女が庇ったとて、今回の大規模召喚が召喚条約調印国に知られるのは時間の問題……私は、どうすれば……!」


 今にも奥歯を噛み砕きそうな副団長さんだが、とりあえずさっさと出てってくれないかな……?



 その日の夜。フォースターコイズ・ブロウこと木角晶子は牢の中に居た。捕まった訳ではないし、彼女を捕まえられる存在などこの砦には二人しか居ない。

 その内の一人が、彼女の目の前に居る女性だった。


「相変わらず髪はボサボサ、肌もガッサガサ……爪もボロボロだし、ちょっと臭うよ? ちゃんとお風呂入ってる?」

「……そっちはケバくなった。それに少し丸い。香水は臭い消し?」


 寝台に腰掛け、眼前で仁王立ちする晶子と向かい合うのはヘルマオン。この国の第一公主であり、晶子とはかつて共に百邪と戦った間柄だった。

 お互いに半眼で気になる点を指摘し合う。傍から見れば一触即発の状態だが、そのまま数十秒見つめ合うとどちらからともなく目を逸らした。


「……水出しなさい、梳いてあげるから」

「……ん」


 横座りになったヘルマオンは差し出した掌に水球を作る。その構成速度や術式の安定感は、朝に晶子のクラスメートが出した物とは桁違いであった。

 水球の温度はぬるま湯であり、ヘルマオンの後ろに腰掛けた晶子はそれに指先を突き入れると静かに眼前の長髪へ手櫛を入れ始めた。


「………。」

「………。」


 長い間手入れの一つもされていなかった髪は絡まり、少し手を動かすだけでギチリと止まる。更に垢やフケが大量に出るが、それを気にせずに指先を濡らし髪を梳く。

 ……それを何度繰り返したか、やがてヘルマオンの頭髪が変身した時のような艶やかさを取り戻した頃、不意に彼女が口を開いた。


「……ごめんね、巻き込んじゃって」

「ホントよ。まあ、ブライトリィが来なかっただけマシでしょ」


 ヘルマオンの謝罪に対し、晶子が軽く答える。決して仲が良いとは言えない二人であるが、それでもチームの仲間として戦ってきた仲なのである。

 結果、二人の間には独特の空気が流れる。口では悪し様に言おうとも、心の奥底では互いに信頼し合っているのだ。これは『彼』であろうと立ち入れない領域であった。


「だよね……メルティは、どうするって?」

「悩んでるみたい。結構真面目だからね、アイツも……まあ、可能な限りアイツは戦わせない方向で、ね」

「ん、了解」

  

 小さく笑みが零れ、流れるような指通りとなっても尚髪梳きは続く。するり、するりと小さな音が月夜へと溶けていく。

 その音は、晶子が牢へ忍び込んだのと同じように抜け出し帰る直前まで続いていた。するり、するりと。月夜に、溶けるように。


なんかちょっと百合っぽくなった。

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