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「君とは結婚するつもりはない」


今目の前にいる人は突然何を言い出すのだろう。

思わず青いドレスの裾を握り締めた。

普段は、ドレスを嫌いズボンばかりを好んで着用していた。

だけど今日は彼に逢えると思って、うんとおめかしをした。

金色の髪もいつもは雑に一つ結びするところを丁寧に結い上げた。

薄っすら粉をはたいて、背伸びするように紅を引いた。しかし、今その唇は震えている。



「どういうことですか、ルーク様」

目の前にいる彼は私の婚約者だ。

あくまで親同士が決めた、貴族の利害が絡んだ政略結婚であったが、私は一目見たその時から彼に恋をしていた。


彼は五歳上の17歳で今年、騎士を育てる寄宿学校を卒業し第三騎士団に所属してる。

今もその第三騎士特有の青い隊服を着用し、その身体は騎士に似合わずやや細身に見えた。

少し癖のある茶色い髪に瞳は緑色で目尻が少し下がっていた。

微笑めば大抵の女性はウットリし、私もその中の一人だった。

初対面の時は恥ずかしさで口もきけず、それから二年間、会う機会がないまま、今日こそは少しでも話そうと挑んだ矢先だった。



彼は開口一番「結婚はしない」とそう告げたのだ。

「私は騎士としての道を歩みます。貴族として跡を継ぐつもりもありません。わかっていただけますね、アリア嬢」

とすまなそうに彼は微笑んだ。


視界が歪む、今日の今まで彼の元へ嫁げると夢見てきたのに。

苦手だったお稽古ごとや淑女としての所作も今日まで努力してきた。

貴族として跡を継がない彼に、利害関係のなくなった私は、ただの幼い子どもにすぎないのだ。

俯き零れ落ちそうな涙を拭う。

もし会えるのがこれが最後だとするならば、レディとして毅然な態度を見せたい。泣き顔など見せれるものか。


「ルーク様、ではすぐにでも婚約を破棄されますか?」

「ーーああ、しかしそう直ぐにはできないみたいだ。婚約の契約書に【破棄は成人したのち可能とする】と明記されていた。つまりわたしが成人するまで、あと3年間は不可能ということだ」

「そんな・・・・」

「政略結婚ではよくある話さ。だから、アリア嬢しばらくは君に仮初めの婚約者でいてもらう必要がある」

「迷惑かけてすまない」と彼は言う。

私の頭は上手く働かず、小さな声で「はい」と言うのが精一杯だった。


彼が帰った後、ドレスを脱ぎ捨てて部屋に篭り大声で泣いた。

私はただ彼の王子様のような姿に惹かれ恋に恋しただけだ。

婚約者として以上彼のことは何も知らなかった。

これが失恋とよんでいいのかわからない。声が枯れるまで一人涙をこぼした。



そしてある日突然、この国の王が発した王制廃止宣言により、トリエント王国は王を象徴とし議会を中心とした民主制に生まれ変わる。

反対派の暴動はやはり起こる。

収入が減少し生活が立ち行かなくなった貴族が中心となり起こされたものだった。

かくいう私の家も緩やかに傾き、すると父はあっさり貴族の名を廃して商売を始めた。

数年は貧乏で食べるのもギリギリだったが、そのお陰で私は特待生として寄宿学校へ進むことを許された。

私も騎士を志したのだ。

そして、ルークとの婚約は私が貴族でなくなった時点で白紙となった。



寄宿学校の生活はどれも刺激的で身体を鍛えることは楽しかったし、魔術も多少使えると、そこで初めて知った。

唯一の美しいと褒められた、金色の長い髪もバッサリと短く切りそろえ、ただ強くなることだけを考え毎日が過ぎて行った。


卒業後、皮肉にも第三騎士団の見習いとしての配属が決まる。






そして月日は流れーーー。




「団長代理、この書類は午前中までの提出だったはずですが?」

私は淡々とルークに告げた。

「すまない。明日までにはーーー」

「駄目です。今日中に終わらせてください」

冷たく言い放つとルークはへたりと書類の山に倒れこんだ。


ここは第三騎士団団長室。ルークは現在団長代理でそして、私は団長秘書として彼をサポートしていた。

これは最近知ったことだが、彼は単調な作業がどうも不得意らしい。策を巡らしたり外を飛び回る時は生き生きしているが、机に座り書類を渡した途端その動作は緩慢になる。

「団長代理、私は在庫管理をしてまいりますので・・・逃げようとなさらないで下さいね」

声を低めて伝えると、ルークは顔を引きつらせ何度も頷いた。


騎士となった私はますます女らしさの欠片も無くなってしまった。

金色の髪は短いまま、身長は同世代の女性を見下ろせるぐらい伸び、鍛えられた身体はおよそ女性らしさは感じられ無かった。

影でよく「堅物」だの「男女」だの「生まれる性別を間違えた」との声をよく聞く。

気にならないと言ったら嘘になるが、精一杯女らしくした所で好きな男性に振り向いてもらえる筈もないし、ならば仕事のパートナーとして支えることが今の私に唯一できることなのだろう。


第三騎士団の仕事は主に金銭の管理、物品の発注、治癒隊の各地手配、または有事の際は後方支援など、雑に言えば騎士団全体の雑用が舞い込んでくる所であった。

今も第二騎士団から新たな隊服の発注がきている。

先月も発送したはずだがーーー、第二騎士団は血の気の多い戦闘に秀でた物が多く、出生や出身を問わず強さのみを至上としていた。

そのためよく衣服だけに関わらず物の破損が多く、こちらにくる依頼の数も多い。

反対に第一騎士団は貴族出身者が多く、城を中心に警備していることから、身なりを正す為、洗濯代または交際費などの出費の申請が多い。

倉庫に向かい第二騎士団の黒い隊服を探す。

どうやらまた仕立て屋に発注しなければならないらい。

特注の騎士団の隊服はそれぞれカラーも違い、第一が白。第二が黒、そして第三が青色に決められていた。

そして、金額もバカにはできない価格で、今月の出費を思うとため息が漏れた。

これは一度、第二の服を集めて修繕しなければ。第三の女の子達に声をかけて協力してもらおう。

元貴族でありながら染みついた節約根性は、没落した時に味わった明日をも知れぬ生活の不安からであった。



「リリィ、エリザ!すまないが、今度第二の隊服を繕いたい。出来れば、裁縫が得意な子たちに声をかけて欲しい」

青い隊服に身を包んだ少女達に声をかければ、彼女達は色めき立ち答えた。

「はい!私得意です。是非やります!!」

「ズルい、リリィ!!抜け駆けしないでよね!!あと数名もアリアさんからだと伝えればすぐ集まると思います!!」

「・・・・そうか、ありがとう。助かるよ」

そう言って微笑めば、彼女達は頬を染めて歓声をあげた。

頬を染める彼女達を純粋に可愛いと思う。

十数年前は私にもできたはずだが、いったい何処に置き忘れてしまったのだろう。

最近はさらに、女性らしさがどんどん遠のいていくように感じられた。





「ヘイル通り2203より、女性が襲撃されたと報告がありました。なお犯人は確保済み、治癒班の手配をお願いします。繰り返しますーーー」


水晶体を通じて第三騎士団に通達があったのは、午後九時ごろであった。

夜勤を含め残っている女性隊員は私だけだったので、向かうことをすぐ伝える。


「ご苦労様でした。団長代理、私はこのまま現場に向かいますので、失礼します」


「・・・・例の件よろしく頼むよ」


例の件・・・極秘裏に進められている鼠についての話だ。


「ーーーはい」

早足で出口に進む私に、ルーク力なくはひらひらと手を振るう。

朝から休憩なく、団長室に缶詰めだったことが堪えたらしい、彼は終えた書類を前に干からびていた。



駆け足で第二騎士団の分署に向かうと一人の少女が保護されていた。

黒い髪に白い肌、瞳はこぼれ落ちるほど大きくどこか庇護欲を誘う容姿だ。

移民がこの国に受け入れ始められたのは改革後の10年前と浅く、この少女の様な容姿はついぞ見たことが無かった。

淡々と調書を受ける彼女の前を通り過ぎ、処置室に向かう。


「アリア、お疲れ。」

中には寄宿学校時代から友人のコーデリアが居た。

彼女は第二騎士団にいる数少ない女性の一人だ。

攻撃魔法に長け、剣術もかなりのものだった。


「見て、ただの暴行犯ではないわね」

ベットに横たわる女性はおそらく20代。しかし、元の美しさや若さが失われ、頬はこけ目は暗く淀み、絶望が宿っていた。生きているのが不思議なくらいだ。

外傷の手当てを済ませ、腕に点滴を通す。

元に戻れるかは彼女の気力次第だ。

「外の女の子が現場を見たらしいの。怪我をしてるみたいだから、手当をお願い」

「わかったーーー」

コーデリアに女性を任せ、処置室を後にする。


少女は力無くソファに腰掛けていた。

手と足は小刻みに震え、犯人に対する怒りがフツフツと湧いてくる。

こんな幼い子を!!


「じっとして」

なるべく優しい声で話しかけると、少女はピクリと身じろぎしをした。

右足は何かに引き裂かれたように傷が走り、彼女の白い足に血が伝う。

足に触れ治癒魔法をかけた。

「痛みは無くなるが傷口が治るわけじゃないから」

包帯を巻き、殴られたのだろう、赤く腫れた両頬も治癒する。


「質問が重複すると思うが、犯人とは面識はあるか?」

「ーーーありません」

「では、あなたを助けた男性というのは?」

少女はふるふると首を振るった。

「すみません。知らない方で、騎士団の方が来てくれたときにいなくなってしまいました」

「容姿に何か特徴は?」

少女は思案するような顔をしてからゆっくりと話始めた。

「男性の方でした。黒いローブを羽織っていて・・・おそらく国立魔術研究所の制服だと思います。長身で赤褐色の肌に青い瞳をしていましたーーー」


彼女の紡ぎ出す人物像に心当たりがあった。

明日、訪ねてみるべきか・・・それにしても、この少女は見た目に反して受け答えが大人びている。

異国で暮らす苦労ゆえか・・・・。



「送ろう」

そう言って私は立ち上がった。

この弱々しい少女を一人で帰らせるのは到底できそうになかった。







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