たてがみをあげたライオン
とある所の、静かで平和な小さい森に
一頭のライオンがふらりとやってきました。
ライオンはずっと、ひとりぼっちでした。
群れからはぐれてしまったライオンは、友達がほしかったのです。
「森に行けば、きっと他の動物に会えるだろう。そしたら、友達もできるかな。」
けれども、くる日もくる日も
森の動物たちが集まる広場に、ライオンがひょっこり顔を出すと
みんなは慌てて一斉に隠れてしまいます。
ぽつんと残されたライオンは、いつも寂しい気持ちになりました。
「どうしてみんな、すぐに逃げてしまうんだろう」
ライオンはいつも、ひとりで森にうずくまっていました。
ある時そこへ、キツネがやってきて言いました。
「キミには立派なたてがみがあるだろう?それは強さのしるしだよ。
みんな、それを見て怖くなって逃げるんだ。」
「たてがみが、怖い?」
ライオンには分かりませんでした。
この、立派なたてがみがどうして怖いのか。
ライオンにとっては自慢のたてがみです。
大きく素敵なたてがみで、強さを見せるのは誇らしく、素晴らしい事なのに。
それから、ライオンは考えました。
友達が欲しくて、どうしたら森の動物たちと仲良くできるのか
毎日、毎日考えました。
そして、ライオンは気付きました。
たてがみはこの森で友達を作るには必要ないモノなのだと。
「……これがなかったら、みんな仲良くしてくれるのかな。」
けれども結局、どうすればいいのか分からず
ライオンは毎日、溜息をついてばかりいました。
そんなある日、いつものようにトボトボと森を歩いていると
木の上で鳥が困っているのを見かけました。
ライオンが静かに近づくと、小鳥は少し驚いて
「どうか、私を食べないで」
と、泣きそうな声で言いました。
ライオンは大きなたてがみを左右にゆすり
「食べやしないよ。ところでいったいどうしたの?」
ライオンは優しくそっと、訪ねます。
小鳥は悲しそうに、話しました。
「もうすぐ卵が生まれるのに、この辺は良い枝がなくて暖かい巣が作れないのです。」
すると、ライオンはいいことを思いつきました。
「それなら僕のたてがみを使うといい。きっと暖かくなるよ。」
ライオンは自分のたてがみを、鳥に分けてやりました。
「あぁこれで安心して卵を産める。ありがとう」
鳥は喜んで巣を作りました。
「ぼくのたてがみが、森の仲間の役に立った。」
ライオンはその事が嬉しくてたまりませんでした。
またある日、森を歩いていると
大きな木の根元でネズミが困っているのを見かけました。
ライオンが静かに近づくと、ネズミは少し驚いて
「どうか、僕を食べないで」
と、泣きそうな声で言いました。
ライオンは大きなたてがみを左右にゆすり
「食べやしないよ。ところでいったいどうしたの?」
ライオンは優しくそっと、訪ねます。
ネズミは悲しそうに、話しました。
「大事な家をイタチに取られてしまって、今夜は寝る所がないんだよ。」
話をきいて、またライオンはひらめきました。
「それなら僕のたてがみを使うといい。きっと暖かく過ごせるよ。」
ライオンは自分のたてがみを、ネズミに分けてやりました。
「あぁこれで安心して今夜は寝れる。ありがとう」
ネズミは喜んで寝床を作りました。
「いいぞ、今日も誰かの役に立てた。」
ライオンは心があったかくなるのを感じました。
またべつのある日、森を歩いていると
大きな岩のそばでウサギが困っているのを見かけました。
ライオンが静かに近づくと、ウサギは少し驚いて
「どうか、私を食べないで」
と、泣きそうな声で言いました。
ライオンは大きなたてがみを左右にゆすり
「食べやしないよ。ところでいったいどうしたの?」
ライオンは優しくそっと、訪ねます。
ウサギは悲しそうに、話しました。
「今夜は寒くなりそうなのに、マフラーをなくしてしまったの。」
すると、ライオンはまたひらめきました。
「それなら僕のたてがみを使うといい。きっとキミの首もとを暖めることができるよ。」
ライオンは自分のたてがみを、ウサギに分けてやりました。
「あぁこれで安心して夜を過ごせる。ありがとう」
ウサギは喜んで、たてがみを首に巻いて巣穴へと帰っていきました。
「いいぞ、いいぞ、今日も誰かの役に立てた。」
ライオンは自分にできる事があるのを嬉しく思いました。
こうして、ライオンは森を歩くたびに
困っている動物に出会うと、話をそっと優しく聞いてやり
自分のたてがみを分けてやりました。
皆は喜んでそれを受け取りました。
その度に、ライオンのたてがみは短くなり、少なくなり。
やがていつの間にか、影も形もなくなりました。
後に残るのは、ひょろりとした首の細い、小さな頭のライオンの姿。
あのライオンの猛々しさはどこにいったのでしょう。
けれども、森のみんなは少しずつ
ライオンが本当は優しい心の持ち主だと気付いていました。
しばらくして、森に別のライオンがやってきました。
「今日からここは俺の森だ。」
新しくやってきたライオンは森を好き放題に荒らしました。
「皆が困っているから止めてくれ」
たてがみのないライオンは頼みました。
けれども、新しいライオンは
「たてがみの無いライオンなんて怖くも何ともない。そんな奴の言う事なんてきくもんか。」
と、目の前にいる相手をバカにしました。
たてがみのないライオンは悲しくなりました。
「それがどうしたというのだ。たてがみなんて群れから離れると何の役にも立たないじゃいか。」
すると、目の前のライオンはたてがみを振りかざして言いました。
「これは強さのしるしだ。弱いものが強いものの言う事を聞くのは当たり前だろう?」
たてがみのないライオンは、静かに睨み返します。
「僕は、たてがみなんか無くてもこの森を守る。ここにはたくさんの命があるんだ。」
「それじゃぁ勝負しよう。負けた方が森を出る。」
二頭は睨み合いました。
グルルルル……と低いうなり声が聞こえてきました。
円を描くように、一歩ずつ、足を進めます。
ふいに、森の奥から何かが飛んできました。
パチン、とライオンのたてがみに当たります。
「何だ?」
それを合図に、木々の間から一斉に小石や木の実が飛んできました。
「ここはみんなの森だ!出て行け!」
「ライオンの好きにはさせないぞ!」
コツンコツンとけたたましく身体にあたる攻撃に、ライオンは顔をしかめ大きな声で叫びました。
「ウオォォォォォー!」
その時、たてがみのないライオンは目の前のライオンに飛びかかりました。
がぶり、と背中に噛み付きます。
たてがみを振りかざし、相手のライオンもそれをふりほどこうともがきます。
ライオンの鋭い爪は、たてがみのないライオンの首に深々と突き刺さりました。
そのまま二人で丸くなって揉み合い、転げ回り、激しく木々にぶつかります。
「頑張れ!負けるな!」
森の動物たちは、たてがみのないライオンを応援します。
降り止まない木の実の攻撃と、背中にささる牙の痛みに堪え兼ねて
ライオンは逃げて行きました。
「やったー!」
森のみんなは手を取り合って喜びました。
そして、たてがみのないライオンの前に出てくると言いました。
「今まで、たくさん助けてくれてありがとう。」
たてがみのないライオンの目の前に、たくさんの木の実が並べられました。
けれども。
ライオンは静かに目を閉じてうずくまるだけでした。
森に来てから、動物達を食べずに
ただ、皆にたてがみを分け続けたライオンには
もう、立ち上がる力もありませんでした。
それから。その場所にはいつも
たくさんの木の実が集められるようになりました。
小高い丘を囲むように飾られたそれは
立派なライオンのたてがみのようでした。