3話 呪い?
私達が急いで帰ると、家の前に兄さんの車が止まっていた。丁度、帰って来たところだったみたいで、玄関口に兄さんが見える。
「おう、おかえり、紬。昔の俺にそっくりだな」
「兄さん、ただいま。それ、私も思ったよ」
「とりあえず、家ん中入れ。話しはそれからだ。直人も上がってけよ」
「あ、はい、お邪魔します」
兄さんに促され、家に入る事にした。兄さんがダイニングのテーブルに座ったので、私も兄さんの向かいの席に座る。直は私の右隣に座った。
「さぁ、座ったところで、話そうか。つっても、俺もどこから話したらいいのか、よく分からんが」
「じゃあ、電話の続きから。なんで、私が男になってるって分かったの?」
「あぁ、俺もなった事があるんだよ」
「何に?」
「女にだよ」
…………ぽかーん。なにそれ? いつの話だ。知らないぞ。
思っていた事が全て、顔に出ていたらしく、兄さんが吹き出した。
「ぷっ、アホ面になってんぞ」
「だって、私知らないよ?」
「そりゃあ、そうだろうよ。お前、居なかったもんよ」
「居なかった?」
「4年前の夏休み覚えてるか? お前、田舎のばあちゃん家に行ったろ? あの時だよ」
そう言われて思い出した。中一の夏、直と一緒に母さんの実家へ遊びに行った事があった。あの時か。
あの1ヶ月の間に兄さんは女になって、男に戻った。
という事は、私も元に戻れる?
直も同じ事を考えたらしい。
「纏さんが男に戻ったって事は、紬も元に戻れるんですね?」
「そういう事になるな。ただし、いつ戻れるかは俺にも分からん」
「どういう事ですか?」
「原因は母さんの家系にかかった呪いなんだがな……」
兄さんの話をまとめると、こうだった。何百年も昔、お母さんの家系では、性別が変わってしまう人間が多くいたらしい。それを御先祖様達は呪いだと言った。その呪いは血が薄まっている事に関係があるのか、最近では忘れてた頃に現れるくらいの確率になったらしい。兄さんの前の人も80年くらい前で、しばらくは現れないだろうと言われていた矢先の私だ。
そんな低確率にあたるなんて、兄妹共々運がない。
「で? なんで、いつ戻れるか分かんないの?」
「個人差があるんだ。俺の場合は大体1ヶ月だったが、戻るのに数年かかった御先祖もいるらしい。戻れなかったって事はなかったらしいから、安心しろ」
いや、安心出来ねぇし。つまり、なにか? 私は年単位で男のままって事もありえるってか?
「ちょっと待て。じゃあさ、学校どうなるの? ずっと休むなんて出来ないし、私、来年は受験生なんだけど」
「その事なんだけどな。母さんに連絡したら解決した。お前の学校の理事長が母さんの同級生らしくてな、事情を説明したんだと。そしたら、女のお前が突然の病で海外に治療の為に行った事にして、男のお前を俺達の従兄弟として転入させるって話になった。月曜から行けるってさ」
「なにそれ? 怪しすぎる。というか、よく理事長もそれで了承したね」
「母さん曰く、おねだりしてみたの、だそうだ」
知ってる? ねだる、たかる、ゆするは漢字で書くと、同じ『強請る』と書くんだよ。
理事長、ご愁傷様です。
「で、お母さん達は?」
「予定通り、明日帰宅」
我が親ながら、フリーダム過ぎる。
「絶対、バレるよ。男として、なんてさ」
「男装じゃあるまいし、普通は想像すらしねぇよ」
「まぁ、普通は、ね」
横にいるじゃないか、その普通が通じない奴が。
直の方を見ると、直も私の顔をじっと見ていた。ん、なんだ?
「直? 私の顔がどうかした?」
「あのさ、髪型変えたらどうかな? 眼鏡とかもいいかも。印象変わると思うよ」
なるほど、その案には賛成だ。
印象が変われば、バレにくい。それに、変装みたいで面白そうだし。
「じゃあ、明日は髪を切りに行って、眼鏡も買ってこよう。直、付き合ってくれる?」
「オレが言い出したんだし、勿論付き合うよ。」
「ついでに、これから要りそうなものも買って来いよ。お金は母さんが出してくれるらしいから」
「お小遣ピンチだったし、助かるー」
「無駄遣いはするなよ。あと、お前、外見も大事かもしれないが、口調もどうにかしろよ。その見た目で女言葉とか痛い。俺に似てイケメンだから、なお痛い」
「うっさいわ、バカ兄」
最後のは無視するとして、確かに高校生男子が女言葉は痛い。
私、という一人称の男の子も珍しいし。
「やっぱり、おれ、がいいかな?」
「まぁ、妥当だろうな」
じゃあ、おれで決定。
おれ、おれと口に馴染ますように何度か呟く。
「よしっ、オッケー。おれ、ね」
「今から変えるの?」
「だって、ボロが出たら困るしさ。今から慣れておこうと思って。」
ポロッと女言葉を使っちゃって、オネェキャラだと思われても嫌だしね。
「そういえば、兄さん。デートじゃなかったの?」
「なんで知ってんだよ?」
「お母さんの書き置きに書いてあった。夜はお泊りだからって」
「俺、世界で一番母さんが怖い」
「うん、私、じゃなかった、おれも」
兄さんも私も顔色が悪い。
「今日は帰らないぞって電話するつもりだったんだが、お前、男になってるし、デートやめて帰ってきたんだよ」
「彼女さん、ほっといていいの?」
「大丈夫だよ。アイツ、そういうの気にしない奴だから」
「今からでも行って来たら?」
今の時間が5時だ。話してる内に結構時間が経っていたけれど、今からデートに戻っても問題ないだろう。
「でも、お前ほっとく訳にもいかないだろ」
「別に大丈夫だよ。直もいるし」
「紬もこう言ってる事ですし、行って来たらどうですか?」
「そうは言ってもなぁ……」
ぶつぶつ言ってる兄さんを玄関まで押す。男になったおかげか、いつもより力が要らない。
「いってらっしゃい、兄さん。明日まで帰って来ないでね」
言って、兄さんを送り出す。私のせいでデートを台無しにしたくなかった。
「さて、直は泊まってくよね?」
「母さん達はそのつもりだと思うよ。紬と留守番してって言われてるし」
年頃の男女に二人っきりで留守番させる親ってどうなんだと思いつつも、お互い、母親には勝てないのでしょうがない。
「じゃあ、夕飯の準備しよっか」
「そうだね、何作るの? オレ、簡単な事しか出来ないよ」
「冷蔵庫にあるもので簡単にオムライスにしようかと。申し訳ないが、手の込んだ物を作れる気力もないし」
「オレ、紬のオムライス好きだよ。でも、紬は昼も食べてたのに、まだオムライス食べるの?」
「毎食オムライスでもいいくらい好き」
「ホントーに好きだよね、オムライス……」
直が若干引いてるけど、気にしない。
夕飯のオムライスも美味しく頂きました。