2話 ファミレスにて
家からの脱出失敗から30分。
何故か、私と直は歩いて10分程の場所にあるファミレスでご飯を食べています。
もぐもぐ。オムライス、うまい。
「オムライス、美味しい?」
「へぁ? あ、うん」
向かいの席に座っている綺麗な顔立ちの少年が、久遠 直人。私が直と呼ぶ彼はお隣りに住む、物心つく前からの幼なじみだ。
お母さんの書き置きにあった『涼子さん』は直のお母さんの事で、名前で呼び合うくらい親同士が仲が良くて、家族ぐるみで旅行にも行ったり、家を行き来する事も多い。
私にとっての直は、幼稚園から小中高と一緒の、所謂腐れ縁で、兄弟のような関係だ。
幼なじみの贔屓目に見ても、顔良し、性格良し、運動は出来るし、頭もいい。そして、女子からの人気も高い。良く出来た自慢の幼なじみである。
ウチのお母さんも、直くんみたいな息子が欲しいの、と常日頃から呟いている。兄さんじゃ不服らしい。
その直は、私がオムライスを食べているのを眺めている。なんだ、この状況?
そもそも、直は何が目的でファミレスまで私を連れて来たんだろう?
「お腹も一杯になったところでさ、聞いていい?」
直が話を切り出し始めたのは、私も直も食べ終わった頃だった。
来た。君は誰だと問われたら私はなんと答えたらいいだろう?
本当の事を言って否定されるのが怖かった。
幼なじみだからって信じてもらえる保証がある訳じゃない。お母さん達に話そうと思った時は考えないようにしていた事。
直は信じてくれる。そうは思っていても不安は消えてくれない。
だから、私は逃げ出したかったのに。
それを知ってか知らずか、次の直の言葉は意外だった。
「君は紬だよね? 何かあったの?」
は?
「え? なんで?」
「あれ? 紬だよね? 違った?」
不思議そうにしている幼なじみに、間違ってないと伝えると、ほっとしたように良かったと笑った。
「なんで、私だって分かったの?」
「最初は何となく、かな。髪型とか雰囲気はあんまり変わってないの気づいてる?」
そういえば、鏡で見た時も思ったが、髪型は変わってなかった。雰囲気は、自分ではあまり分からないけど。
「まぁ、確信したのはここに来てからだよ。紬、オムライス好きだよね。食べてる時の顔が同じだった。だから、何かあったのかなって」
伊達に十何年も幼なじみしてないでしょ、と笑う直に、私の肩の力が抜けるのが分かった。
その十何年幼なじみやってる奴が性別変わってる、なんて非常識を普通は思いつかないものだと思うのだけど、私の幼なじみは違ったらしい。
「じゃあ、なんでファミレスに連れて来たの?」
「なんか、あのまま逃げられそうだったから。場所はどこでもよかったんだけど、お腹も減ってたし、ちょうど良かったでしょ?」
流石、幼なじみ様です。
「で?なんで、紬は男になってるの?」
「私にもさっぱり」
私は朝起きてからの事を直に話す事にした。
あまり長くもない話を終えると、直は納得したように頷いた。
「つまり、夜もしくは朝に体は変化したって事か。紬、体大丈夫? どこか痛かったりしてない?」
「全然大丈夫。むしろ、精神的にキツイかな。……トイレとか」
「……あぁ……うん、……そうだよね」
私も直も、苦い顔しか出て来ない。
実は、一番大変だったのは、トイレだったりした。生理現象だと諦めて、用を足すまでに色々葛藤があったのだけど、ファミレスで話す内容ではないので割愛する。
「じゃあさ、心当たりとかないの? 昨日、変わった事があったとかさ」
「んー、ないかな。いつも通りの一日だった」
変わった事があったとしても思い出せないくらい小さな事だ。関係があるとは思えない。
結局、二人で約1時間唸りながら考えたが、これと言った手懸かりも見つからず、とりあえず、私の家まで帰ろうか、となった頃だった。
ポケットに入れっぱなしになっていた携帯が震えた。着信音からして電話みたいだ。名前を確認すると、兄さんからだった。
今の時間なら、デートの最中じゃないのだろうか? 何気なく、そのまま電話に出た。
「もしもし、兄さん?」
『もしも、……うん? ……あれ、紬の携帯、だよな?』
あ、まずった。いつもの調子で出てしまった。しかも、兄さんって言っちゃったから、変に思われてるかも。
『もしかして、紬? お前、男になったのか?』
あれ? デジャブ? 兄さんには朝から一度も会ってないよ。オムライスも食べてないよ。まさか、声だけで分かっちゃうの?
『おーい、紬? 大丈夫か?』
思考がぶっ飛びかけている私に、電話の向こうから兄さんの心配そうな声がする。
「兄さん、なんで分かったの?」
『そういえば、お前は知らないんだったな。お前、今何処にいるんだ?』
「え? 直と一緒にファミレス」
『あぁ、直人も一緒だったのか。お前ら、とりあえず、家に帰って来い。俺も帰るから』
「……うん、分かった」
『気をつけて帰れよ』
「うん、兄さんも気をつけて」
『おぅ、家でな』
兄さんとの電話を切って、会話が聞こえていたらしい直と顔を見合わせる。
兄さんは私が男になった事について、何か知っている。
手懸かりは意外と身近にあるものらしい。