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1話 始まりの朝

 妙な違和感で目が覚めた。

 いつも通りの私の部屋の天井が見えて、気のせいかとも思ったけれど、違和感は消えてくれない。

 頭がすっきりしない。体がだるい。寝不足かな。

 あれ……なんだかTシャツがキツイ?

 パジャマ代わりにしている大きめのTシャツがぴったりというか、ピチピチだった。プリントされているクマが伸びて可哀相な事になっている。

 慌ててベッドから起きて、立ち上がった。いつもより天井が近くて、床が遠い……気がする。

 というか、ズボンの裾も短いし。

 まるで急に身長が伸びたみたいだ。

 やっぱりおかしい。考え事をすべく、腕を組む。癖と言ってもいいほどいつも通りの行為だったのだけど、いつも通りの感覚が返ってくる事はなかった。

 そう……なかった、胸が。


「はぁ!?」


 確かめるように触ってみても、真平らで硬い。

 私だって一応は女。確かに仰向けで寝たらあるかないかわからないくらいの大きさではあったけど、あるにはあったはずの胸がない。


「なにこれ?」


 さっきは気づかなかったけれど、出てきた声はいつもの私の声より低かった。喉元を触ってみると、なにかが手に当たる。多分……喉仏。

 嫌な予感がする。

 身長が伸びて、胸がなくなって、喉仏が出来た。

 そんなのまるで――


「男になったみたいじゃない」


 自分で言った言葉なのに、いつもと違う声のせいか現実味がない。

 でも、おそらくその答えが正解なんだろう。股の間になにかあるという感覚が気持ち悪かった。

 ああ、誰か嘘だって言ってくれたらいいのに。もう違和感の正体は寝不足でいいからさ。

 気づいてしまったら、後戻りは出来ない。

 なんで? どうして?

 冷静にならなきゃと思えば思うほど、疑問符ばかりが押し寄せる。それが更なる焦りになって、思考は堂々巡り。良い案なんて出てきやしない。

 もうそれなら、寝てしまえ。

 夢なんじゃないかという希望半分、現実逃避半分。幸い今日は土曜日だ。学校の心配はない。

 考える事に疲れた私は、気絶するように眠った。





 ……結果から言えば、男のままだった。

 私の体は寝る前と何も変わらない。伸びた身長も、平たい胸も、低くなった声も、下半身のなにかだって変わらない。

 良くなったことなんて、体のだるさがなくなって、頭もすっきりしたことくらいだ。多分、本当に寝不足だったんだろう。

 これが現実だと理解した上で、少し冷静を取り戻した頭で考えたのは、とりあえず、お母さん達に話すことだった。

 数日ならともかく、もし何日も続くようなら隠して置ける事ではないし、子供の一大事をほっとく親もそうそういない。

 そう決心をつけて、いつもはお母さんがいるはずのリビングの前までやって来たが、人のいる気配がない。ドアを開けてみても、やはり誰もいない。

 はぁ、と自分で吐いた溜め息が、誰もいない部屋に大きく響いた。

 部屋を見回すと、テーブルの上にメモ用紙があった。書き置きのようだ。


『寝ぼすけさんなつむぎちゃんへ』


 ちょっと読みにくい丸字。お母さんの字だ。


『ママとパパはお隣りの直くんのママさん達と一泊二日の温泉旅行に行って来ます。』


 そういえば、そんな事言ってたっけ。

すっかり忘れてたけど。


『前にも言ってあったんだけど、きっと紬ちゃんは覚えてないと思ったので、書き置きしておきました。』


 うん、よく分かってらっしゃる。


『そういえば、まといくんは友達と遊びに行くと言っていましたが、女の子とデートです。きっと、今夜はお泊りなので、しっかり戸締まりお願いね。』


 この『纏くん』は兄さんの事だ。

 妹の目から見ても、そこそこ整った顔の兄のことだ。彼女の一人くらいいるだろう。

 それにしても、なんでお母さんが兄さんの交際事情にそんな詳しいんだろう。怖くて聞けない。


『あと、ご飯は三食しっかり食べなさい。紬ちゃんは面倒臭がって食べないんじゃないかって、ママは心配です。』


 確かに。もう既に朝食からして食べてないし。むしろ、食べる余裕なかったし。


『なので、直くんを我が家に呼んじゃいました。

 一人での食事は味気ないものだし、二人なら食事は抜かないでしょ? 涼子さんも同じ事考えてたみたいで丁度良かったです。』


 ちょっ、良くない、良くないよ? 直が家に来る? この状況で?


『多分、お昼頃には直くん来るんじゃないかしら。

 ママ達は明日の夕方には帰る予定だから、それまで二人でお留守番お願いね。』


 今の時間は11時を過ぎたとこ。少なくとも、あと1時間以内で直が来る。

 なんで二度寝しちゃったのかな、なんて後悔しても遅すぎる。


『紬ちゃん想いのママより』


 おかげさまでめっちゃピンチだよ、お母さん。

 さぁ、どうする?

 とりあえず、お母さんに電話かメール? でも、面と向かってじゃないと、信憑性が薄い。

 あー、もう。考えてる時間が惜しい。このままだと直と顔を合わせる事になる。それだけは嫌だ。

 とりあえず、外に出よう。

 一秒でも早く家を出たい。けれど、寝癖ボサボサのピチピチパジャマ姿で出歩くなんて、そんな勇気はないので、準備を急いだ。





「あっ」


 顔を洗おうと洗面台の前に立って気付く。

 そういえば、男になった自分の顔を見てなかった。

 恐る恐る鏡を覗くと、何となく女の私の面影がある男の子がいた。というか、数年前の兄さんにそっくりだった。

 元々、兄妹だと言われれば似てるぐらいの顔だったのが、男になったことで更に似たところが出てきたらしい。

 多分、髪が元のままで、男にしては長めだというのもあるのだろう。中性的な、いわゆるイケメンだと言ってもいいくらいの顔だった。

 正直、女の時より、顔面偏差値と色気は上がってる。

 鏡の前でちょっぴり凹んだ。

 着替えは今までの私の服が着れなかったから、兄さんのを借りる。ついでに下着も兄さんの未使用の物を勝手に借りた。

 兄さんの服は私の趣味と微妙に合わないのだけど、文句は言えない。シンプルなカットソーと黒のボトムを拝借した。

 変なところがないか、もう一度鏡で確認してみる。

 感想は「これが自分とかマジありえない。誰だろうね、これ」だ。

 時間は11時半。準備に手間取ってしまった。もうすぐ、直が来てしまう。

 適当に財布と携帯をポケットに突っ込み、兄さんのスニーカーを履く。

 急いで玄関のドアを開けた。


「あれ、誰?」


 聞き覚えのありすぎる声。今は一番会いたくなかった直がドアの向こうにいた。

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