外伝 父として、貴族として
この作品は、生成AIを使用して作成しています。
この作品は、「婚約破棄を宣言した王子、国家レベルで止められる」の外伝、公爵視点の物語です。
本編を必ず先にお読みください。
その報告を受けたとき、私はしばらく言葉を失った。
「……もう一度、言え」
ようやく絞り出した声は、思っていたよりも低く、硬かった。
「王太子殿下が、舞踏会の場にて婚約破棄を宣言なされました」
淡々とした口調。
だが、その内容は淡々と受け止めてよいものではない。
「公の場で、か」
「はい」
報告官は視線を伏せたまま答える。
それだけで十分だった。
(愚か者が)
内心で吐き捨てる。
だが、それは王太子に対してだけではない。
それを止められなかった宮廷全体に対してもだ。
そして。
(……いや)
自分自身に対しても、だ。
私は立ち上がる。
「馬を用意しろ。王宮へ向かう」
「はっ」
命じながら、すでに思考は先を走っている。
婚約破棄。
それ自体は、あり得る。
契約である以上、解消もまた制度の内だ。
だが。
(“公での宣言”は別だ)
これは単なる破棄ではない。
侮辱であり、契約の踏み荒らしであり――
(戦争の火種だ)
胸の奥で、冷たいものが広がる。
王宮に着いた時、すでに事態は“処理されつつ”あった。
王太子は別室へ連れ出され、舞踏会は再開。
そして。
私が呼ばれたのは、その別室ではなかった。
「……遅かったな、公爵」
宰相が、静かに告げる。
その表情を見て、すべてを悟る。
(もう、終わっている)
いや。
正確には――
(終わるところだった)
卓上に置かれた二つの杯。
その意味を理解するのに、時間はかからなかった。
「これは……」
「王妃殿下のご判断だ」
宰相の声は、いつも通り冷静だ。
だが、その奥にある緊張は隠しきれていない。
改めて王妃と王子、そしてエリシアのいる別室にはいる。
視線を向ける。
私の娘が、そこに立っていた。
背筋を伸ばし、乱れ一つなく。
まるで、何事もないかのように。
その所作に、揺らぎはない。
だが。
そこに置かれているものは。
明らかに、“日常のもの”ではなかった。
「婚約破棄に伴う、機密流出のリスクを排除するため」
言葉としては、理解できる。
理屈としても、通っている。
何かが、内側で軋んだ。
(父として)
叫びたかった。
ふざけるな、と。
それは私の娘だ、と。
そんな理由で、命を奪ってよいはずがない、と。
だが。
(公爵として)
その言葉を、飲み込む。
理解している。
この判断が、どれほど冷酷で、どれほど正しいかを。
娘は、知りすぎている。
王太子妃教育を終えた以上、国家の中枢に触れている。
それを外に出すことは。
(国の死に繋がる)
だから。
王妃は、もう一つの杯を手にしているのだ。
当然のように。
娘一人の死では、足りない。
公爵家が動く。
貴族が割れる。
内乱になる。
それを防ぐために。
王妃自身が死ぬ。
(ここまで考えているのか)
理解する。
そして同時に。
(ここまでやるのか)
戦慄する。
視線を、娘へ戻す。
エリシアは、静かにそこにいた。
恐怖も、動揺も、見えない。
いや、目には、微かに感情の動きが見える。
ああ。
そうだ。
この子は、そういう子だ。
幼い頃から。
理解が早く、判断が正確で。
そして――
(決断が、早すぎる)
もっと、泣けばいい。
もっと、縋ればいい。
父に助けを求めてもいい。
だが、この子は。
そうしない。
なぜなら。
それが、“正しくない”と知っているからだ。
だから、私が口を挟むことは、二人の覚悟に泥を塗ることになる。
何も、言えなかった。
エリシアが、こちらを見る。
ほんの一瞬だけ。
ほんのわずかだけ。
その瞳に、“娘”の色が宿る。
私は、理解した。
この場で、父であることを優先すれば。
この子の“覚悟”を、踏みにじることになる。
拳を、強く握る。
爪が食い込む。
血が滲む。
それでも。
私は。
何も言えなかった。
それは、父としての敗北であり。
公爵としての、選択だった。
その後のことは、語るまでもない。
王太子は崩れ、婚約破棄は撤回され、毒杯は下ろされた。
すべては、“未遂”に終わった。
だが。
あの瞬間、確かに。
私は、娘を失いかけた。
屋敷へ戻った夜。
私は、書斎に一人こもった。
机に向かい、何もせず。
ただ、じっと座っていた。
(私は、何をした)
問いが、繰り返される。
娘を守らなかった。
助けなかった。
止めなかった。
それでも。
(あれが、最善だった)
もう一つの声が、否定する。
どちらも、正しい。
どちらも、間違っている。
だからこそ。
苦しい。
ふと、扉がノックされる。
「お父様」
その声に、息が止まる。
「……入れ」
扉が開く。
そこに立っていたのは。
変わらぬ姿の、娘。
「お戻りでしたか」
何事もなかったかのように。
そう言って、微笑む。
その顔を見た瞬間。
胸の奥に溜まっていたものが、崩れそうになる。
だが。
私は、笑った。
「……ああ」
短く答える。
「戻った」
それ以上は、何も言わない。
言えない。
この子はもう。
ただの“娘”ではない。
国を背負う者だ。
だから私は。
父であることを、少しだけ脇に置く。
その代わりに。
「……よく、やった」
それだけを、告げた。
エリシアは、一瞬だけ目を見開き。
そして、静かに頭を下げた。
それでいい。
それしか、できない。
娘を差し出すということは。
きっと、こういうことなのだ。
そして私は。
その重さを。
これからも、背負い続ける。




