私が悪役令嬢? 『まだ』無罪なので好都合ですわ! ~痛い目を見せてやろうと思ったら実行する前に断罪イベントが始まりました~
幼い頃。後の王太子であるベルント殿下の婚約者となった私は王宮で開かれる夜会に参加した。
少々お転婆だった私は、好奇心からパーティー会場周辺を散歩している内に会場までの戻り方が分からなくなってしまった。
そうして庭園まで迷い込んだ時、中のベンチに腰をかける小さな男の子を見つけた。
身なりからして、相当高い地位の家の者である事は明白。
そんな子が何故一人でこんな場所に……と、当時の私は自分を差し置いて思った。
相手が同年代の子供であった事もあり、私は彼の傍へ歩み寄る。
足音と近づいて来る人影に警戒した様子を見せた男の子はしかし、私の姿を見ると警戒を緩めた代わりに目を丸くした。
私は彼の前で恭しくお辞儀をする。
「初めまして。ヘルミーナ・レーヴェレンツと申します。お外の空気を感じようと歩いていたところ、お見かけしましたのでご挨拶でもと」
私につられるようにして彼が口籠りながらも名乗る。しかし家名は名乗らなかった。
随分驚いていたようだし、彼が纏う暗い雰囲気から話す事が得意な方ではないのだろうと察したので、敢えてもう一度問おうとは思わなかった。
「こちらでは何をなされていましたの?」
「……何も」
「パーティーには戻られませんの? 苦手ですか?」
返事はない。私はそれを肯定と受け取った。
「私も初めは苦手でしたわ。周りには同年代の方がほとんどいられませんでしたから。けれど、お勉強を積んで、皆様のお話が分かってくるようになると、自然と自信がついて堂々としていられるようになりました」
「……それなのに夜会から抜け出し、結果迷子になってしまったと?」
「うっ、これはその、王宮の中が珍しくてつい……と言いますか、そちらだって似たようなものではありませんの!?」
彼は溜息を吐くとそっぽを向く。
暗にお前とは違うと言われているようで、私は悔しい気持ちになった。
しかしすぐに、彼の横顔に浮かぶ憂いに気付き、私は怒りを胸の奥へと押し込めた。
「何か悩んでいらっしゃることでも?」
「え?」
逸らされた瞳が再び私へと戻される。
ルビーのように鮮やかな赤が私を映した。
話を促すように、私が見つめていると、彼は慌てて手で目元を隠す。
この時の私は知る由もなかったが、当時、赤目は不吉の象徴と囁く者が一部の貴族の中にいたらしい。彼はそれを気にしていたのだろう。
それから彼は小さく呟く。
「各地では貧困に苦しむ民がいると聞く。王都にだって、親を失った孤児や捨て子がいる。……にも拘らず、こうした贅沢を許容される場がよりによって、国の中枢にある。……それに、思う事があるだけだ」
同年代とは思えない程、しっかりとした返答があり、私は感心してしまった。
外見から予測される何倍もの教養を彼は積んでいるようだった。
「素敵ですわ」
「は?」
「貴方は家の力や財に左右される事なく民を思いやることが出来る、素敵なお方です! 貴族というのは本来、そう在るべきだと私は思います」
私は相手の両手をとった。
きっと私の目はキラキラと輝いていた事だろう。
「私達貴族は確かに、恵まれた生活が出来ている者が殆どです。そしてそれは民の存在あっての事。私達はそれを忘れず、彼らに報いられるよう在らねばなりません」
体を仰け反らせて困惑する彼をよそに私は早口で捲し立て、それから胸を張った。
「お任せください! 私は未来で王族となる者です。必ずや陛下やベルント殿下をお支えし、貴方の憂いが晴れるような世へ導きましょう!」
「ッ、ベルント……? レーヴェレンツ……」
彼はこの時になって漸く、私の正体に気付いたのだろう。
ハッとした彼は驚きから何度も瞬きをした。
そしてそれから――ほんの少しだけ、小さな口に笑みを浮かべる。
風に揺れる艶やかな黒髪と、美しい赤目。
顔の大半や名を思い出せなくなった今も、その二つだけは鮮明に覚えていた。
***
十五の歳。私は王立魔法学園へ入学した。
ベルント殿下は私の二歳上なので、三年目。彼は入学したばかりの私に学園を案内してくれたり、休み時間を共に過ごしたりと婚約者として目に掛けてくれた。
しかしそれも半年後にはなくなってしまう。
それだけではなく、これまで築いてきた親しい関係性にも変化が現れた。
彼は私と距離を置くようになり、代わりに私の同級生のフィリッパ・ツー・シュール子爵令嬢と接するようになった。
フィリッパ様はベルント殿下以外にも何名かの異性と親しい関係を築いていた。
彼女は事あるごとに彼らと腕を組んだり、触れ合ったりしていた。
しかもその殆どが婚約者持ちな上に伯爵以上の家の者達。
場も身分も弁えないフィリッパ様に批判的な意見が集まるのは勿論の事、彼らの疑念や否定的な声はフィリッパ様を甘やかす殿方にも向けられた。
勿論、王太子であるベルント殿下にも。
このままではいけない。
未来の国王が民の信頼を落とすような事になれば、自然と国の治安は乱れるものだ。
今はまだ学園や、社交界の一部だけで囁かれている話も、大きくなれば悪意ある嘘や誇張表現の材料とされ利用され、王太子としての地位が危ぶまれる可能性がある。
「ベルント殿下」
すっかり共に過ごさなくなった昼休憩の時間。私はベルント殿下の教室を訪れる。
そして彼を裏庭に呼び出し、フィリッパ様との関わり方について忠告する。
しかしそれを聞いた彼は深い溜息を吐いて私を睨んだ。
「君がフィリッパを良く思っていない事は充分わかった。けど彼女は、家計で苦しんでいる子爵令嬢だから同級生たちからよく思われていないと嘆いているんだ。君達が初めから彼女を気に掛けてあげていればこんな事にはならなかったはずだ」
フィリッパ様が良く思われなくなったのは異性への距離の詰め方が顕著になってからだ。
勿論私を含めた同級生たちは彼女を孤立させようと動いていた訳でもない。
そう告げようとした私はしかし、向き合っているベルント殿下の目を見て悪寒を覚える。
彼の目は酷く虚ろだった。
私を見ているはずなのに、まるで興味のない絵画を見ているかのように焦点の定まらない目。
見ているこちらが不安になってしまいそうな視線だった。
私は生唾を飲み、彼を見つめながら言う。
「改めるつもりはありませんか? フィリッパ様を特別視する事で……王太子としての地位が揺らぐとしても?」
「ああ」
寒気が増し、眩暈を覚える。
こんな事を言う人ではなかった。
互いに恋愛感情を抱いてはおらずとも、よりよい国の未来を求める戦友のような立場であった私達はよく治世について互いの意見で議論したものだ。
あの頃の――半年前までのベルント殿下であれば、例え望まぬことを強いられようとも、何よりも王太子としての立場を優先して判断を下せたはずだ。
(殿下の様子がおかしい。何か……よくないことが起こっている様な気がしてならないわ)
「いいか、フィリッパに何かしてみろ。私から父上に掛け合い――君との婚約を破棄させてもいいんだ。……頼むから、大人しくしていてくれ」
ベルント殿下はそのような事を言って去って行った。
一人取り残された私は深く息を吐く。
すると……
「やぁやぁ。そちらにいらっしゃる……麗しきお方?」
そんな声が後方から聞こえる。
振り返った私は深く息を吐いた。
「何か御用ですか、イグナーツ殿下」
「お困りかと思ってな」
声の主――我が国の第二王子、イグナーツ・エーデルトラウト・カースクタ殿下は私の前まで進み出ると仰々しい振る舞いでお辞儀をした。
真面目な印象を与える四角い眼鏡の先で黄緑色の瞳が三日月形に細められる。
彼と出会ったのは十歳の頃。
第一王子のベルント殿下とは違い、王宮から出る事を嫌っていたらしい彼は社交界へ姿を見せる時期も兄より遅かった。
とはいえ学園に入るまでは王宮ですれ違ったり、夜会で挨拶を交わす程度の関係だった。
彼が私を見かける度に声をかけるようになったのは、互いに学園へ入学してからの事である。
同級生である彼は、容姿から受け取る真面目なイメージから反したような軽薄な振る舞いが目立つ人物だ。
文武両道。魔法や座学の成績も、剣術の腕も確かではあるが、ベルント殿下の婚約者である私によく絡んで来るところから鑑みるに、女好きな性格なのだろうと踏んでいる。
(フィリッパ様の男性版かしら。……いいえ、体を寄せたり、付き纏うような事がない分マシなのかしら)
「……何か失礼な事を考えていないか?」
「いいえ。それと、イグナーツ様のお手を煩わせるような困りごともございませんから、どうぞお気になさらず」
私は差し出された手に触れることなく、彼の横をすり抜けた。
すれ違う時、つまらなさそうな顔が見えたが知った事ではない。
それよりも、考えなけれなならないことがあったのだ。
その日の放課後。
帰宅した私はお父様とお母様を呼び、事情を説明した。
「婚約破棄をちらつかせた……? あのベルント殿下が?」
「私も耳を疑いましたが、残念ながら」
両親の顔が曇る。
私は二人へ深く頭を下げた。
「しかし、このままでは殿下や王族の信頼に罅が入りかねません。どうか、私がフィリッパ様の行いを止めに入る事を、許していただきたいのです」
「婚約の破棄だなどと……流石にただの脅しだとは思いたいが、そうか」
気の迷いやただの脅し文句ならばそれに越したことはない。
だが万が一、婚約を破棄された場合。これまで私を目に掛け、王太子妃となるべく大切に育ててくれた両親の苦労を無駄にしてしまう。
その為、私は事前に二人へ許しを請うたのだった。
「私はこの国の未来を支える覚悟で生きてきました。この国の未来の為にも、ベルント殿下には正しい道を歩んでいただきたいのです。例え、王族との繋がりを断たれようとも」
母は涙ぐみ、父は強く目を閉じて耳を傾けてくれていた。
それから父は、私に手を伸ばし、その頭を撫でてくれる。
「立派になったな、ヘルミーナ。それでこそ我がレーヴェレンツ公爵家の者だ。……お前の思うように動いてみなさい」
「何かあったら、すぐに相談するのよ」
「ありがとうございます。お父様、お母様」
両親からの許可を得た私は、こうしてフィリッパ様を止めるべく動き出したのだった。
***
ベルント殿下を言葉だけで説得できるのならばいくらでも言葉を尽くすのだが、どうにも、彼のあの濁った瞳や前触れなく変わってしまった態度が気になった。
魔法や魔法の効果を秘めた道具、魔導具などが存在する世の中だ。人を洗脳する手段が潜んでいてもおかしくはない。
そこで私は学園の図書館で本を読み漁ることにした。
しかしあまりに雑多に本を集めてしまったせいで、目ぼしい情報がなかなか見つけられない。
無からコーヒーを生み出す魔法、幻覚を見せる魔法、
放課後から本を読みふけり、日が暮れ始めた頃。
「教会に保管されていた魔導具が盗まれたらしいぞ」
読書用のスペースに座り、本に没頭していた私は前から飛んできた声に驚き、顔を上げる。
正面にはテーブルに肘を突いて座るイグナーツ殿下の姿があった。
「イッ、イグナーツ殿下……!? いつから……」
「二時間くらい前か?」
「暇なんですの!?」
「おっと、有益な情報を持ってきてやった相手に何て言い草だ」
有益な情報、と言われ、先程耳に入った声を脳内で反芻する。
古から存在した魔導具の中で危険性が高いものは権力などの影響を受けない場所――王都の大教会の地下に厳重に保管される。
イグナーツ殿下が言っているのはこれの事だろう。
「授業の範囲でもない魔法や魔導具の本ばっかり目を通していただろう。どうせ兄上とあの女の事でも気にしてるんだと思ってな」
図星だろうと、黄緑の瞳が私を映す。
「盗まれた魔導具というのは」
「魅了の効果がある指輪だ。因みに盗まれたのは半年前」
「……ドンピシャですわね」
あっさり、真相がわかってしまった。
私は本を閉じ、溜息を吐く。
どうせならばもっと早く教えてくれればいいものを、と思っていると
「因みに何度も声は掛けていたからな。君が没頭し過ぎていただけだ」
と、心の内を読んだかのように言われた。
「……そうですか」
「何か言う事は?」
にっこりと笑顔で彼が言うので、私は素直に頭を下げた。
「ありがとうございます。非常に助かりました」
「ああ」
なんだかご満悦そうな第二王子殿下。
不思議な人だと私は思った。
「兄上がおかしくなったのは明らかだ。俺としても、一生あんな阿呆のままでは困る」
「タネはわかりましたから、あとはフィリッパ様に接触してみますわ」
「大丈夫か? 失敗すればあの女周りの男共から反感を買うし、講じる手段によっては「下位貴族に暴力を振るう公爵令嬢」としてスキャンダル化してもおかしくないぞ」
馬車が止めてある学園のロータリーまでイグナーツ殿下に送って頂きながら私達は話をする。
「失敗しなければいいのでしょう。たかだか一人の令嬢がリスクを負う事で解決する問題があるのならば、そうしない理由もありませんわ。私とて自身の立場を守った上で解決したいとは思っていますが。もしもの時は、後のことはよろしくお願いしますわね?」
「そんな事させる訳ないだろう」
いつもヘラヘラとしているイグナーツ殿下には珍しく、真面目な顔付きで彼は言った。
「ま、俺は今日みたく、勝手に首を突っ込ませてもらおう。君は君の思うように動けばいいさ」
「それはどうも、ありがとうございます」
「因みにどうやって指輪を奪うつもりだ?」
「どうって普通に……こう、掴み掛って、こうですわ」
身振りで説明をすればイグナーツ殿下が絶句する。
私とて体を張りたくはないが、それが一番手っ取り早く、相手の隙を突きやすい方法なのだ。
「……いつでも手を貸せる準備はしておこう」
イグナーツ殿下は眼鏡を押し上げ、呆れ混じりに息を吐いた。
***
翌日の事だ。
「ヘルミーナ・レーヴェレンツ! 君に婚約破棄を言い渡す!」
ベルント殿下の阿呆さが暴走した。
大勢の生徒が集うエントランスの真ん中。
フィリッパ様や、彼女が篭絡した殿方が彼の傍にはいる。
そしてフィリッパ様の右手の薬指には指輪がついていた。
「君はフィリッパに心ない言葉を浴びせ、ここの階段から彼女を突き飛ばし、彼女のものを盗んだ! こんな陰湿で身の危険を覚えるような虐め、とても看過できるものではない! 何より自身よりも弱い立場の者を虐げるなど、未来の王太子妃として、相応しくない!」
私は驚いていた。
何故ならそれら全ては確かに未来で私が言われる可能性のあるものだったからだ。
私はまず、フィリッパ様に最後の慈悲として彼女の行いを指摘し、注意し、暗に魅了の魔導具を用いる事をやめるよう忠告しようとしていた。
これを行うべく、彼女を呼び出そうとしたのは、エントランスの階段を上がった傍の、物置のスペースだ。
また、話し合いで解決しなかった場合には、昨日イグナーツ殿下へ伝えた通り、私は強硬手段で指輪を盗もうと思っていた。
しかし……残念ながらまだ、行ってはいない。
フィリッパ様から聞いた話だと、フィリッパ様は私の罪を時系列順に丁寧にお話してくださった。
確かに、私が計画を実行すればそのような事が起き得たかもしれない。そう思った。
しかしこの計画はもう少し裏で調べ物を行ってから――正確には一週間後と決めていた。
つまり、私は何もしていない。
というか、ベルント殿下がおっしゃる時間帯は、イグナーツ殿下が私と共にいた為アリバイも存在する。
というのに何故か、ベルント殿下もフィリッパ様も自信満々に、私に罪を突き付けるのだ。
因みに周囲の生徒達も皆ぽかんとしている。
日頃の行いもあり、私がそんな事をする訳がないと皆わかっているようである。
「――と言う事で、君は最早婚約者として擁護できないだけの罪を負った! よって君は――」
「失礼、兄上」
ベルント殿下の声を遮って、野次馬の中から現れたのはイグナーツ殿下。
彼は私の隣に並ぶと口を開く。
「昨日の放課後、俺は彼女と共にいました」
「……何?」
「図書館にいたので、昨日いた司書にでも聞けばアリバイは証明できるかと」
「な……っ! 待て、そもそも何故イグナーツが俺の婚約者であるヘルミーナと……!」
急に立場が苦しくなったからか、ベルント殿下は私達の関係を疑いにかかる。
しかしその声をイグナーツは遮るように、鼻で笑った。
「勿論、話をしていただけですが。失礼ながら、男女の関係について今の兄上が口を挟める状態だとお思いですか?」
ベルント殿下が息をのむ。カッと顔が熱くなった。
「っ、よくも――」
「昨日話していたのは、彼女の罪についてです」
イグナーツ殿下がフィリッパ様を睨む。
「最近、王宮で回っている話ですが。兄上も大教会の魅了の指輪が盗まれた事はご存じでしょう」
「それがどうした」
イグナーツ殿下が淡々と話している中で私はまずいと思った。
先に真相を明かせば、フィリッパ様の警戒が強まる。
彼女が身に着けている指輪の影響力が分からない以上、彼女に何かをさせる隙を与えたくはなかった。
「彼女が着けているそのゆび――」
イグナーツ殿下が話を続け、フィリッパ様が顔を青くさせたその時。
私は突然、フィリッパ様の前まで飛び出すと、彼女の右手首を掴んだ。
「え、えっ!?」
驚くフィリッパ様をよそに、私は指輪を彼女の指から抜き取る。
「っ、ヘルミーナ――」
愛する人が突然掴み掛られ、ベルント殿下が激昂した。
しかし次の瞬間。
「…………え?」
ベルント殿下の声が小さなかすれ声に変わる。
彼は呆然と立ち尽くした。
そしてそれは周囲に立つ外の殿方とて同じ。
何とも言えない、居心地の悪い空気が流れた。
「…………その指輪が、件の魅了の指輪である、と…………訴えようと思ったのですが、もう必要なさそうですね」
物言いたげな鋭い視線が向けられる。
私はイグナーツ殿下から顔を背けたまま、フィリッパ様から数歩離れる。
「な……なんでっ、何でよ!」
フィリッパ様が私へ手を伸ばした。
しかしそれをイグナーツ殿下が掴み、捻り上げる。
「おかしいじゃない! 何で誰も私に惚れないワケ!? 何であいつを気に入ってるのよ! ヘルミーナは悪役令嬢なのに! ヒロインは私なのに! ちゃんとヒロイン補正があれば私だってあんなの使わなかったし……っていうか、なんで断罪イベントが成立しないの!? なんでイグナーツは魅了が効いてないのよぉぉぉおおっ!!」
悲鳴と共に捲し立てられる言葉に周囲は唖然とする。
ただ、顔を歪ませて怒り狂う彼女を擁護する者など最早いないという事だけが明白であった。
「兄上。どうやら彼女は悪魔にでも憑かれているようですから。一度捕らえて隔離した方が良いかと」
「あ、ああ……そう、だな……」
こうしてあっさりとフィリッパ様は捕らえられ、投獄される事となった。
***
「すまなかった、ヘルミーナ」
「構いませんわ。殿下のせいではないという事は察していましたから」
落ち着いた頃。
私とベルント殿下は裏庭で話をする。
イグナーツ殿下は気を遣ってか、少し離れた場所で待っていた。
「その……先程の婚約破棄の件だが、撤回を」
「……殿下」
私は首を横に振る。
「魅了のせいとはいえ、一度皆の前で発してしまった言葉を即座に撤回するという事は避けるべきです。私は受け入れますわ」
「そ、そんな……っ!」
「前々からお話していた通り、私はこの国のよりよい未来を望んでいるのです。ですから、このような事で、殿下以外の要因のせいで、王太子の地位が揺らぐような事があってはいけません。どうか……わかっていただきたいのです」
ベルント殿下は苦しそうに顔を歪め、言葉を詰まらせた。
それから長い時間が過ぎ、やがて――
「………………わかった。君の気持ちは、受け取ろう。少なくとも俺よりも……君を幸せにするに相応しい人物は、いるだろうからな」
そう言ったベルント殿下は悲しそうに目を伏せてからイグナーツ殿下を見た。
何故彼の方を見るのかはわからなかったが、ベルント殿下にはベルント殿下なりに納得できる理由を見つけたのだろう。
「だが覚えていて欲しい。魅了の魔法に屈してしまった私だが――君を想う気持ちは確かにあったのだと」
彼は切なげに笑い、それから私の元を去って行った。
ベルント殿下の背を見送っていると、イグナーツ殿下が近づいて来る。
「ヘルミーナ」
「イグナーツ殿下、この度はありがとうございました」
「いや。俺はほとんどいらなかったようなものだろう。全く、好き勝手に動いて」
困ったように息を吐く彼を見て私は笑う。
それから――
「あの、私一人身になってしまったのですが、婚約していただけませんか」
「……ハァッ!?」
私のお願いに、イグナーツ殿下が素っ頓狂な声を上げる。
「王太子妃程の影響力がなくとも、イグナーツ殿下のお傍であれば国政のお手伝いに関われるかと、思いまして……殿下?」
普段のお喋りはどこへ行ったのやら。
黙ってしまったイグナーツ殿下の顔を覗き込んだわたしは彼の頬が林檎のようになっている事に気付き、彼の頬に手を伸ばす。
「顔が赤――」
「お、おい……っ!」
遅れて肩を跳ね上げるイグナーツ殿下。
彼が慌てて仰け反った拍子に、掛けていた眼鏡が私の手に引っ掛かり、落下した。
「――え」
私の視線の先にあったのはいつもの黄緑の瞳ではない。
頬以上に鮮やかな赤をした、美しい瞳だ。
「…………うそ」
記憶の中の男の子の姿がフラッシュバックする。
「何が嘘、だ。はぁ」
イグナーツ殿下はガシガシと頭を掻き、それから私の手を掴んで引き寄せた。
「俺は忘れた事なんてなかったけどな。どっかの誰かさんとは違って」
そう言って彼は私の頬に唇を寄せ――そっと口づけをした。
「言い寄って来たのは君の方だからな。今更――逃がしてなんてやるものか」
そう言ったニヤリと笑うイグナーツ殿下。
私は言葉を失い、呆ける事しかできなかった。
もしかしたら次の婚約は、ビジネスライクな関係では済まされないのかもしれない。
そんな未来の可能性を――私の顔に溜まる熱と高鳴る鼓動が告げていた。
最後までお読みいただきありがとうございました!
もし楽しんでいただけた場合には是非とも
リアクション、ブックマーク、評価、などなど頂けますと、大変励みになります!
また他にもたくさん短編をアップしているので、気に入って頂けた方は是非マイページまでお越しください!
それでは、またご縁がありましたらどこかで!




