表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/12

007 違和感


 楓太と萌々花は、2人で個有結界内へ潜入することになった。

 

「――いや、なってねぇ! 魔女の結界は何があるか分からないんだ。いくら萌々花でも危険過ぎる」

 

「だから私は大丈夫だってぇ〜。それはフーちゃんが一番分かってるじゃない」

 

 

 とかなんとか言いながらも、揃って地下の展示室にいた。



 ここには、結界の解除が未完了、あるいは結界解除後の暗号解読を待つ魔道絵画が保管されている。

 



 絵画は、どれも歴史的価値の高い逸品ばかりで、壁にかけられたり台の上に展示されたりして大切に扱われている。

 その様子は一般的な絵画とほぼ変わらない。

 



 勿論、魔導美術館ならではの大きな特徴が1つあって……絵画は、4〜5人の大人が余裕で入れるほどの大きなガラスケースで個々に囲われている。

 



 このガラスケースは魔術を通さない特殊な加工が施されている。

 このケースのお陰で、絵画に隠された魔術が、万が一暴走しても大事故にはならない。

 

 しかしこのままでは結界班も個有結界への潜入ができないので、このケースはタッチセンサーで開閉する。

 

 緑色のランプを灯すタッチセンサーにカードをかざし、チームメンバー全員が中に入ったら、ケースを閉じて呪文を唱え、個有結界内へと潜入していく。



 ケースの中は、いわば現実世界と個有結界をつなぐ〝中間地帯〟のような場所だ。

 

 



「――はい、はい、はい、はい……っと。この列は全部、ランプ緑色。フーちゃんの方は?」

 

「こっちの列も全部、緑でーす……ってなんで、俺手伝わされてんの!!」

 

「ランプの最終チェックは重要な業務なので、気を抜かずにやってくださいね〜」

 

「今日来たばかりの新人じゃないんですけど!?」

 

 

 タッチセンサーは、それぞれの絵画への入出管理をしている。

 緑色のランプなら誰も入っていない。青色なら誰かが入っている。




 不要なトラブルを避けるため、基本的に1つの個有結界に1つの結界班チームしか入れない……基本的には。

 

 

「赤色は少ないんだな、ここは」

 

 

 そして『赤色』のランプは、潜入した結界班チームが、長い時間戻ってきていない状態を表している。


 つまりその個有結界で『未帰還者』が発生しているということだ。

 


 赤色のランプの数は、魔導美術館の危険度を表すバロメーターで、一昔前であればそれを誇らしげに語っていたりしたが、今では魔導美術館の管理不足を露呈する要素として認識されるようになった。



 古い時代の考え方はもう通用しない。

 

 

「めんどくさいって好評の多段階認証のお陰だね、ウチは」

 

 

 上埜魔導美術館では『未帰還者』を減らす取り組みを積極的に行っている。


 受付を済ませないと地下室へ入れないし、ライセンスカードをかざさないとガラスケースが開かない。



 タッチセンサーは、ライセンスのランクに応じてケースを開けるか否かを判定するようになっていて、つまり実力に見合った個有結界にしか入れない仕組みだ。

 

 

「それに加えて、同時入館人数も制限……なるほど、ここまでやらないと未帰還者は減らせないか」 

 

「そうだね。管理しないから、把握もできない。把握できないものは、対策のしようもない」


 

 

 それでも完全になくならないのは、個有結界の脅威レベルが、あくまで推定しかできないからだ。

 

 有り体な言葉でいえば個有結界はダンジョンのようなもの。



 実際に潜入してみるまで、何があるか分からないし、何が起きるか分からない。


 だから誰彼構わず入れてしまうのは問題がある。

 



 そこで仕方なく、過去の同系統の絵画や発見場所などによる傾向と、滲み出る瘴気などから『だいたいこのくらいだろう』と脅威レベルを設定する方法が取られるようになった。

 

 最近では他にも色々な要素を複合的に反映し脅威レベルを設定するようになっていて、この考え方いうかやり方は、概ね正しい。

 しかしそれでも、外れることも多くある。


 そして外れた場合、だいたい上振れする――。


 

 

「……なあ、萌々花」

 

 

 しゃがんでガラスケースを磨きながら語り掛ける楓太。 

 

 

「ん? どした」

 

「萌々花は〝紅い龍〟って、どんなチームか知ってる?」

 

 

 他のチームのことなどにあまり関心を示さない楓太からそんなことを聞かれて、萌々花は意外そうに眉を上げた。

 

 

「うーん、私もそこまで詳しくはないけど……結構有名なチームだよ。素行はともかく、実力は確かだと思うよ」

 

「ふーん。Bランクチームが、第一等級の原典魔術を持っていること自体異例だもんな。逆はまあまああるけど」

 

 

 怪訝な顔の楓太を、萌々花は覗き込んだ。

 

 

「どうしたの? 何か気になる?」

 

 

楓太はゆったりと間を置いてから、躊躇いがちに口を開く。

 

 

「いや……さっきは、ちょっと俺もハイになってたのか……彼らに期待してる感出しちゃったけどさぁ。よくよく考えてみたら、違和感があるというか」


「ほう? そうなんだ? ああ、でも確かにフーちゃん、前に言ってね。既視感で知った情報でも、複雑なものは自分の頭の中で整理する必要があるんだ〜って」

 

 

【リンゴとオレンジの静物】によって楓太は、龍彦と視線を交し、彼にまつわる情報を垣間見た。

 


 龍彦が睨み付けてくれたお陰で、目が合った時間はかなり長く、大量の情報が一気に頭の中に流れ込んできていたのだ。




 その全部を理解する必要は、あの瞬間にはなかったので、一先ずは龍彦を煽れるポイントだけを優先的に処理することにした。

 

 

「彼の中で、【GRD】に関する情報は特別な感じがあって……だからそこに絞って、情報をまとめてみたんだ」

 

「チーム名のために、頑張ったんだもんね」

 


 ランプのチェックを続けながら2人は言葉を交わす。

 

 

「そう。ただ、気になるのが……あの魔術を、どこの美術館で獲得して、それには何時間かかったのか――とか、そういう情報があるにはあるんだけど、その周辺情報が乏しかった」

 

 

 楓太曰く『情報ハイ』の状態だと、そういう細かいところを見落としがちなのだとか。

 時間が経って落ち着いたので、情報も整理され違和感が際立ってきた。

 

 

「周辺情報……それってつまり、どういうこと?」

 

「知識として知っているけど、体験していないような……」

 

 

 そこまで言うと、萌々花も「え、まさか」と何かを察する。

 

 

「――うん。本当に〝紅い龍〟が、自力であの魔術を獲得したのか、ちょっと怪しくなってきた」

 

「守護者について何も話さなかったのは……つまり、そういうことか」

 

 

 原典魔術は基本、その個有結界を最初に踏破したチームのメンバーに獲得する権利がある。


 結界班でも、討伐班でもそこに違いはない。



 ただ、想定より等級が低かったり、同系統の魔術を既に保有していたり、効果が限定的で有用性が見い出せなかったりして、獲得権を放棄することもある。

 

 こうした原典魔術は一旦、祓魔士協会で預かられ、その後、様々な条件のもと別の希望者・適格者に譲渡される。


 これはオフィシャルな取り決めだが、これとは別に一度獲得した魔術を自分の意思で、誰かに譲渡するということも可能だ。



 ただし、ここには明確なルールがなく、個人間で高額な取引が行われることもしばしばだ。

 

 

「中には、無償で魔術を提供するかわりに、後出しで絶対服従を強いるような奴もいるらしいし……そういう手段で、〝紅い龍〟が【GRD】を獲得していたとしたら――」

 

 

 楓太はブツブツ呟きながら、何かを探すように地下展示室をウロウロしている。

 


 萌々花は『場所、教えようか?』と言おうとしたが、楓太には要らぬお節介だとすぐに気付いて言い留まった。



「Bランクながら、強力な魔術を持ち、自己顕示欲も強そうな〝紅い龍〟。彼らが今日入ったのは……これか」

 

 

 楓太は【踊り手の褒美】の前で立ち止まる。

 それは脅威レベルⅡで、ついさっきまで龍彦ら〝紅い龍〟が潜入していた魔導絵画。

 



 黒い衣装を纏った女性と、台の上に置かれた男の生首。


 台から滴り落ちる血は、その生首が切り落とされてから間もないことを物語っている。

 

 

「上手に踊った褒美に、自分の愛を拒んだ男の命を望んだ……ぶっとんだ狂気だ」

 

「殺したいんじゃなくて、その唇に口付けをしたいから生首にして手に入れるって発想もなかなか」

 

 

 生々しく悍ましい狂気を、細い黒インクで描き上げているころが、淡々としていて恐怖を煽る。

 



 しばらく無言で眺めていたが、楓太は「はぁ……」と小さく息を吐いて、サコッシュから徐ろにライセンスカードを取り出した。


「え……? え、フーちゃん、ここ入るの? でも、さっき〝紅い龍〟が……」

 

「だからこそだよ。なんか、違和感が消えなくて」

 

「違和感?」

 

「うん。だって、変だろ。〝紅い龍〟は、Aランク相当の魔術を持っているんだよ? チームランクがBだとしても、【踊り手の褒美】くらいに手こずるとは思えない」

 

 

 龍彦は『15階層まで』と言った。


 そして『脅威レベルⅡにしては簡単過ぎる』とも――。



「脅威レベルⅡなら、15階層は3分の1くらい。簡単だと言うわりに、踏破しなかったのは何故だ?」

 

「確かに。そう言われてみれば」

 

 

 胸の前でポンと手を打つ萌々花。

 

 

「もしかしたら、脅威レベルが推定より高かったって可能性もあるにはあるけど……」


 その場合、プライドの高そうな彼らだったら、思いの外手こずった腹いseで、あんな風に悪態をつくかもしれない。

 

 

「でも、あの手のタイプだと『設定あってねぇだろーがー! お陰でキケンな目にあっただろーがー! おおん?』って怒りそうじゃない?」


「そう。そうなんだよ。俺もそう思う」


「あ、やっぱり? なるほど、そこがフーちゃん的には、違和感なのか」

 

 

 静かに頷いた楓太の脳裏には、ある可能性が去来していた。


「――多分だけど、〝紅い龍〟はワザと踏破しなかったんだと思う。というか今回は、最初から結界踏破が目的じゃなかったのかもしれない」


「え……それって」


 龍彦らにあった、結界踏破以外の目的――。

 

 

「予想では、渚龍彦は【GRD】を自力で獲得していない。獲得したのは別の誰かで、何かの条件と引き換えに譲り受けたんだろう」


「結界班が、結界踏破以上に優先することなんて……本来、ありえちゃダメだけど、ありえるとしたら…………」



 結界班としての矜恃を忘れさせるほどの強い支配か。



 結界踏破で得られる以上の報酬が提示されたか。

 あるいは、その両方か。


 楓太と萌々花は自ずと1つの答えに行き着く――。

 

 

「裏バイト……何か、捨てたな」

 

「じゃあ、簡単だったとか喚いていたのは『ちゃんと探索してきたぜ! おらぁ!』ってアピールだったのね」


 そう言って萌々花は『はぁ、やれやれ。仕方ないな』といった様子で、手首を伸ばしたり、首を回したり……ストレッチし始めた。

S

「だから、なんで行く気満々なんだよ!」

 

「え? この状況で、私を置いていく選択肢がまだあるの? フーちゃん、いつからそんな薄情に」

 

「は、薄情とかの問題じゃ……」

 

「えーん、えーん、えーん」

 

「ちょ……え!? な。えぇ!? もうわかったから、わかったから! 俺が悪かったよ……一緒に行こう!」


「うい! そうこなくっちゃ!」

 

 

 ……やっぱり結局。

 楓太と萌々花は、2人で個有結界内へ潜入することになった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ