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006 簡単なお仕事


 上埜魔導美術館から逃げ出した〝紅い龍〟は疲れ切った表情で、近くの公園にいた。

 

 本当ならすぐに駅へ向かって電車に乗って、上埜から離れたかった。

 しかし足が震えて言うことを聞かない。

 

 

「くそっ、まさかあんな化け物みたいなヤツがいるなんて……」

 

 

 龍彦が悔しそうに奥歯を噛む。

 楓太に斬られたのに斬られていない右腕は、まだ力が入らない。

 

 

「化け物って……そこまでだった? 傍からじゃそこまでとは……」

 

「そーだよ! あっちがテキトーこいてただけだろ?」

 

 

 仲間がどれだけフォローしようとも今の龍彦には1ミリも響くことはないのだ。

 楓太が発動した魔術の底知れなさは、直接相対した彼にしか、きっと分からない。

 

 

「……くそっ! Sランクだぁ? ありゃ都市伝説じゃねぇのかよ。ふざけんな」

 

 

 近くの石を掴んで、放り投げる龍彦。

 ブリーチ髪の女が龍彦の肩を叩く。

 

 

「単独で脅威レベルⅠ相当の個有結界を踏破できる……それがSランクって噂。その圧倒的な実力を評価され、結界の踏破以外の特務を任されているんだってさ」

 

「……美咲も、聞いたことあったのか」

 

「ええ、ちょっとだけね。特務の内容も、少し……だ、だから、そっちのがヤバい気もしてる」

 

 

 龍彦の代わりに場を保とうと、美咲は気丈に振る舞った。

 しかし、自分の言葉で現実を直視してしまい、両腕で自分を抱くように震え出してしまう。

 

 

「Sランクの特務の1つ……未帰還者の捜索」

 

 

 地を這わせるように龍彦が呟くと、美咲以外の3人もビクッと反応した。

 

 

「そ、そうなのか!?」

 

「マジだったら……俺たち、もう上埜に近付かない方がいいんじゃ」

 

 

 龍彦もそれに頷く。

 

 

「で、でも、結界内の全領域を隈無く捜索するわけじゃないでしょうし……」

 

「基本的には最深部への最短ルートと、そこからの派生ルートをちょろっと、って噂でス」

 

「そうなのか。じゃったら……今日のアレは大丈夫かもな。だが、最奥まで平然と捜索に行くんだとしたら、そりゃ尋常じゃない強さが求められるじゃろな」

 

 

 スキンヘッドの大男が弱々しく吐き捨てる。

 

 

雅玖がくくん。そう心配しなくても大丈夫だと思いますよ。置いてくるんじゃなく、ちゃんと隠しましたし」

 

「だがよ……逸希いつきぃ。相手はSランクの化け物じゃぜ? 俺たちの常識が通じるか」

 

「……いずれにしても、たとえ、アレが見付かったってオレたちに繋がる証拠は何もない。堂々としてれば怪しまれない」

 

「た、確かに」

 

 

 弱気になりつつあったチームを、一言で方向修正するあたり龍彦は、リーダーとしての素質もあるのだろう。

 しかしそんな彼にも、憔悴の色は消えない。

 

 一同が沈黙に落ちる中、美咲が小さな声を漏らす。

 

 

「……ねぇ、龍っちゃん。私たち、いつまでこんなこと続けるの?」

 

「――あ?」

 

「だ、だってもし……あの不法投棄が発見されちゃって、何か私たちに繋がる証拠がまで見付かってしまったら……」

 

 

 その言葉に、メンバー全員の表情が曇る。

 

 

「仕方ないだろ。〝あの人〟から直々の依頼だぜ? 断れるわけがない……」

 

 

 龍彦がギリリと歯噛みしながら呟く。

 彼にとって〝あの人〟とは直接的な恐怖や畏怖。得体の知れない楓太とはまた違う。

 

〝あの人〟の――銀髪の奥から覗く、仄暗いダウナーな瞳。

 その悍ましさを思い出すだけで、冷や汗が滲んでしまう。

 

 銃口を突き付けられた人間は、幽霊に怯えたりしない……現実的で直接的な恐怖を思い出した龍彦の心から、楓太の不気味さは薄れていく。 

 

 それでも美咲の表情は不安に曇ったままだ。

 不法投棄に手を染めていることは、そのくらい後ろめたいことなのだ。

 

 

「……最初は、楽な金稼ぎだと思っていたんだけどな。報酬で魔術譲ってもらってたりするし……今更、辞められねぇよ」

 

 

 美咲の表情を察したのか、龍彦の声音からも如何ともし難い歯痒さが滲んでいる。

 

 

「でも、捨ててるモノが……失敗した魔術実験の残骸や、呪詛魔術の残滓を含んだものとか……バレたら、俺たち…………結界班をクビになるどころじゃ済まないぞ」

 

 

 雅玖は声を震わせるが、龍彦は「そんなレベルじゃないガチでヤバい代物もあるらしいぜ?」と冷ややかに返す。

 




 個有結界内への不法投棄は、若い祓魔士の中に蔓延る闇バイトの1つだ。

 この闇バイトが横行する背景には、祓魔士――とりわけ結界班の階級構造に問題があった。

 

 かつては、実力と経験をしっかり見極め、それに応じて、EからAの5つのランクに振り分けられていた。


 しかし近年、中堅層であるB〜Cランクの結界班が急増し、彼らに与えられる仕事や財源が不足してしまったのだ。


 

 行き場を失ったB、Cランクの若い祓魔士たちは、活躍の場を求め民間の依頼にも手を出すようになったが……その中に闇バイトが紛れ込んでいた。



 魅力的な報酬や人脈、あるいはまだ見ぬ魔術知識が得られるのではないかと期待を抱かせる煽り文句も秀逸で、闇バイトは闇バイトと悟られないまま、祓魔士の間に根を下ろしていった。

 

 しかし実際に仕事をしてみれば、すぐに違法だと気付く。



 しかしもう抜け出せない。




 表向きは結界班の一員でありながら、裏では違法行為に手を染める――そんな二重生活を送る者が増えていた。

〝紅い龍〟のメンバーたちも、そうした状況に置かれた若い結界班。

 本来の在り方からは外れた、歪んだ現実の中で、もがき苦しんでいる。

 

 

「いずれにしても、Sランクは未帰還者の捜索がメインなんスよね? それ自体簡単なことじゃないだろうに……積極的に、不法投棄を探したりするんスかね?」

 

 

 さも他人事のように丸メガネの男が呟く。

 

 

「どうだろうな。大目的は未帰還者の捜索であることに違いはねぇだろうがふつふつと話題になってるらしいからな。不法投棄も、闇バイトも」

 

 

 言い終えて龍彦は、深く溜め息を吐いた。

 

 

「じゃあ……」

 

「だから! さっきも言ったろ。堂々としてりゃいいんだよ。警察を見てキョドる奴が職質されて、バレるんだ」

「あのゴミの存在を知ってるのは、私たちと〝あの人〟だけ。いくらSランクでも、あるかどうかも分からないものを見付け出すなんて……現実的じゃないわ」

 

「オレたちは依頼を受けて動いただけだ。中身がなんだかも知らない。オレらは結界探索中に、持っていたものを、たまたま落としちまっただけさ」


「……ど、どの結界内で、いつ落としたかも……残念だけど、分からない」



 龍彦と美咲、リーダー2人がそうまとめると、他のメンバーもぼんやりと頷いた。


 罪悪感と、そこから目を逸らそうとする自己欺瞞。

 そして、どこかに抜け道を見出そうとする諦めの悪い煮え切らなさ。



「Sランクなんかに、ビビったって意味ねぇ。オレらは早くAランクになって、入れる結界を増やすんだよ。そうすりゃ〝あの人〟からも、もっと信頼してもらえる。そんで、もっと大きい他の仕事も回してもらうんだ」



 明日には終わるかも知らない現実なら、明後日を夢見て今日をやり過ごす。


 そうして〝紅い龍〟は、それぞれ重たそうに腰を上げ、そしてやっぱり重たそうな足取りで、公園を後にするのだった。





 捏造した希望でも、偽物の希望でも、すがれるならそれでいい。

 そんな彼らの影は、重く闇を引きずっていた。


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