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005 リンゴとオレンジの静物

 

 受付ロビーは落ち着いた空気を取り戻していた。


 〝紅い龍〟のリーダー龍彦はガタガタと震え、他のメンバーに支えられながら去った。

 惨めに尻尾を巻いて逃げていった。


 

「龍が尻尾を巻いたらカタツムリの殻みたいだよな、多分」


「もう。何言ってんのよ、フーちゃん。ちゃんと手加減してあげなさいって。あなた、Sランクなんだよ〜?」


「ちゃんと手加減したって。それに、上に立つ者としては後進の育成も……」


「育成か〜、それは確かに。あんなオタンコナスでも最近は祓魔士になれちゃうんだねぇ」


 

 魔導絵画から抽出された魔術を行使する資格と適性を持つ者――それが祓魔士。

 男の子の将来なりたい職業ランキングでは堂々の5年連続1位。女の子も3位くらい。


 そんな祓魔士になるには、魔力を解放するための開放訓練や適性検査、魔導ペンの扱い方や魔術の発動方法などを学んだ上で、祓魔士協会の認定試験に合格する必要がある。


 成り立ての祓魔士が扱えるのは、協会から支給される『複写魔術レプリカ』と呼ばれる中低級の魔術だけ。


 これは、魔導絵画から獲得した複雑で高等な魔術『原典魔術オリジナル』をベースに、扱いやすく軽量化・簡略化された魔術。


 使用者適正の範囲は広がるが、効果や規模が限定される。また、種類も少ない。


 

「まあ実際、半年で【GRD】の原典魔術を持ってるのは相当凄いよ。もっと頑張ればチームも個人もすぐにAランク昇格するだろうね!」


 

 腰に手を当てて、ふんぞり返る楓太。

 対して、萌々花は大きな溜め息を吐いた。


 

「めちゃくちゃセンパイ風、吹かせるじゃん。確かにそうなんだろうけど……」


「それにさ。この早さで第一等級の原典魔術を獲得しているのに、結界班を続けてくれてるんだよ? ちょっと嬉しいじゃないか。もっと頑張ってほしいよ」


「あ〜……そっかそっか。なるほどね。そういうとこあるよね、フーちゃん」


 

 祓魔士の中で花形は、市民の安全を守る討伐班。

 その活躍は、メディアで取り上げられることも多い。


 そういった背景から固有結界へ挑む祓魔士の大半は、強力な原典魔術を獲得して、討伐班として華々しく活躍したい! というモチベーションで動いている。


 祓魔士成り立ての頃はみんなどんどん結界に挑んでいくが……原典魔術を獲得できた途端、スッパリと討伐班へ移行し、結界班を日陰職なんて揶揄したりするのだ。


 

「でもなぁ……ちょっと早すぎるっちゃ早すぎる気もするか……」


「ん? なにが?」


「いや、なりたての祓魔士に最初、効果の小さい複写魔術しか与えられない理由って、それをどう洗練していくか・どう戦略戦術を練っていくか……みたいな実戦形式の訓練でもあるわけじゃん」


「そうだね、脅威度の低い結界をあてがわれてね」


「うん。〝紅い龍〟は、そこをすっ飛ばしているようなもんだ。頑張ってほしいとは言ったけど、実際のところ、キャパ的にはもうギリギリって感じじゃないかな」


「基礎練不足ね……あ、もしかしてそれで性格も悪くなっちゃってんの?」


 

 魔術は強大な力とともに、人を惑わし狂わせる麻薬のような毒性も併せ持つ。

 魔術の効果が、高度で複雑で大規模になればなるほど、毒性も強くなる。


 祓魔士の魔術適正の優劣は、この毒の許容量や耐性の高さとも言える。


 

「本部に報告した方がいいのかなぁ。ねえ、フーちゃん?」


「うーん。あのくらいなら、まだ大丈夫じゃん? 最近はギリギリ攻められる人も減っているから、ここを乗り越えれば、大化けするかも」


 

 楓太は、受付カウンターの中に入れてもらい椅子に腰掛けている。

 萌々花の受付業務を手伝っているようにも見えるが、実際はただの話し相手。


 

「ふう……〝紅い龍〟が30分そこそこで帰ってきて、さっきもう1チーム出てきたから……あと1チーム。多分、今日帰ってくるかな」


「それさ、受付時間外に帰還したらどうなるの?」


「宿直が居るのよ。私はまだやったことないけど」


 

 未帰還者の対策で負担が増えている部分もあるのか――と思いながら、楓太は静かに頷く。


 

「さっき外で魔獣出たからかなぁ、今日は来館少なめだったね。時間も時間だし、今日はこのまま閉館かなー」


「いや、俺入る話は?」


「まあまあ。落ち着きたまえよ」


 

 それは力関係というほどのものじゃないが、楓太は萌々花の言葉に反発できないし、逆らえない。


 正しくは〝反発するつもりも、逆らうつもりもない〟だが……そうなってしまうのは、2年の空白があったからではない。

 2人は昔からずっと、こんな感じだ。


 萌々花がコーヒーマシンで淹れてくれた珈琲を啜りながら、二人は世間話に花を咲かせる……久闊を叙する必要などないと言わんばかりだ。


 

「ねぇねぇ、フーちゃん。最近、お隣さんとの関係が気にならない?」


「お隣さん? 萌々花のこと?」


「違うよ! いや、違うと否定するのも、なんかアレだけど……そうじゃなくて、北新羅きたしんらよ」


「北新羅……ああ、あの噂ね。魔女の末裔を世界中から集めているとか、その魔女たちに禁忌魔術を大量に作らせているとか」


 

 楓太の言葉に、萌々花は眉をひそめて頷く。

 海を隔てての隣国『北新羅』――その魔女や魔術に関する動向は常々、国際的に問題視されている。


 当然、楓太たちの住むこの国『桜城おうじょう』でも大きな懸念事項となっていた。


 

「集めているというか……強制的に拉致して、魔術も拷問や虐待によって搾取しているんじゃないかってね」


「……でもまあ、あくまで噂でしょ」


「うん。もし本当だとしたら、大変なことになるかもしれない。姉貴もそんなこと言ってたよ」


「お姉さんが? 国防の最前線に居る月下げっかさんが言うなら、ガチじゃん」


「うん……まぁ、どうだろうね。クソ姉貴が言うことは…………いちいち大袈裟だから」


 

 楓太は言葉を濁すように、珈琲を啜る。

 万が一、隣国が本当に魔女の末裔を拉致し、禁忌魔術を生み出しさているとしたら、それは戦争の引鉄にも成り得る。


 これまでも様々な問題行動をし、その度に国際社会から制裁を加えられてきた北新羅。

 しかし魔女の末裔関連の疑惑が事実ならば、これまでの問題行動の比ではない。


 ただちに軍事制裁があってもおかしくない。

 そうなった場合、前線はここ、桜城だろう。


 桜城は北新羅と比較して、戦力的には優位に立っているが……あくまで一般市民的な視点からすれば、戦争は避けたいものだ。


 

「私たちができることは、今は自分の仕事に集中することだけど……世界の動きから目を離すわけにはいかないと思うんだよ」


 

 萌々花の言葉には、深く秘めたるものがあることに、楓太は気づいていた。


 

「確かに……いつ、何が起きても、おかしくはない」


 

 楓太は、口をすぼめて細い息を珈琲に向かって吹き掛ける。


 もうだいぶ冷めているのは知っていたが、吹き掛けたその息で、この重苦しい空気も吹き飛ばしたかった。



 遠くから、重い足取りで――しかし確かに、戦争の足音が近付いてくる……そんな気がする。


 

「そういや、萌々花。第一等級以外は解読させてもらえないとか言ってたけど…………こんな大きな美術館なら第一等級の魔導絵画だって、そこそこ回ってくるでしょ?」


「そんなことないんだよ〜。上埜区でもここ最近は名前も付かない第三等級以下ばっかりよ」


 

 カウンターに頬杖をつきながら、むくれる萌々花。


 その横で何かを思い出したように「協会でもなんか言ってたな」と楓太は頭の後ろで手を組む。


 最近、祓魔士は結界班も討伐班も〝中間層〟ばかり増えているらしい。


 その主たる原因は、様々な事情から、第二等級の原典魔術が供給過多になっているからだと……そんな話を聞いた気がした。


 

「ま、祓魔士界隈全体の底上げ的には、いい意味があるとは思うけどね〜」




「……でも、上の層とは力の差が開く一方だろ?」


「そうだね。高い等級の魔術を持っていても、そもそもの実力や経験が圧倒的に不足している子たちも多い」


「結界班なら、それがBランクやCランクの未帰還者増加に繋がってるんだってさ」


 

 結界内のトラップでやられたか、守護者を倒せなかったか……そういう何らかの事情で、結界に潜入したまま帰ってこれない者たちを未帰還者と呼ぶ。


 これは祓魔士協会が抱える大きな問題のひとつだ。


 

「適正以上の魔術を使わせまくった結果がこれだもんな。協会側から率先してやったわけじゃなく、低ランクの祓魔士たちが『余ってるなら使わせろ』って言い出したってのも、皮肉だよな」


 

 楓太のぼやきに萌々花が小刻みに頷いていると、地下室へ続く階段から複数人の足音が聞こえてきた。


 

「お。本日最後のチーム〝月の牙〟が帰ってきた! ……って、アレ? フーちゃん??」


 

 カウンター内から、いつの間にか楓太が消えていた。


 

「え? どこ行ったのよ……まあいっか。あ、お帰りなさい! Aランク結界班チーム、〝月の牙〟の皆さま! ご無事で何よりです」


「ありがとう! ……ちょっと今日は手こずってしまったけどね。ははは」


「あら。水呑みのみさまともあろうお方が……」


「まぁ、でも。しっかり倒してきたよ、【ミソロンギの廃墟に立つギリシャ】の守護者。抽出されるのが特級か第一等級とかの魔術だったら嬉しいけど……あとは宜しくね、暗号班」


「【ミソロンギの廃墟に立つギリシャ】……当館でも指折りの脅威レベルの結界を、こんな短時間で。ありがとうございます。あとは引き受けました。暗号の等級が判明したらすぐご連絡しますね!」



「いや、第二等級以下なら連絡してくれなくていいかな~。最近そんな連絡ばっかりでさ」


「そ、そうですよね。でも一応、義務付けられておりまして……」


「だよね。なら仕方ないか。じゃあ、連絡待ってるね」

「はい! では、リーダーの水呑惣一郎さまを含めた4名さま……確かに、お戻りを確認しました。お疲れ様でした!」


 

 ヒラヒラと手を振って颯爽と歩く水吞。

 本人は手こずったと言っていたが堂々とした歩調からは疲れを感じない。

 チームメンバーも会釈をしたり挨拶したりしながら、ドアから出ていった。


 

「爽やかだ。さすがは〝月の牙〟……実力もあって模範的。見た目も良いし、物腰も柔らかい」


 

 これがホンモノのAランク。

 どこかの超新星とは人となりから違う。


 

「その上、偉ぶることもない……って、褒め過ぎだろ。何も出ないぞ」


「うわ! ビックリした!! どこ行ってたのよ、フーちゃん…………というか? なに? 褒めてないけど、フーちゃんのことは」


 

 またしてもいつの間にか現れた楓太は、萌々花の言葉を聞き終えてから、多分今日1番の大きな溜め息を吐いた。


「はああああ……」と、まるで心の奥底のわだかまりを、全部吐き出そうとしているかのように。


 

「……ふ、 フーちゃん?」


「まさかここに、アイツらも来てるとは……」


「え、アイツらって、水呑さんたちのこと? 〝月の牙〟のこと?? え、じゃあそれってつまり――」


「そ。そういうこと。ついこの間までは、俺も月の牙の一員だった。水呑は今までの誰よりも凄いヤツだったから……もしかしたら、俺を忘れないんじゃないかって、期待したんだけどさ」


「……ついにAランクすらも!?」


「それが【リンゴとオレンジの静物】の副作用だから、仕方ない。多分、相手のランクとか関係ない」


「もういっそお姉さんに、相談してみたら? 何かヒントが……」


「それだけは絶対、イヤだ……負けたみたい」




 萌々花は事務処理のペンを急がせた。

 このペンは普通のどこにでも売っている油性ボールペンだ。


 たまに躓きそうになったりしながらペンを走らせ終えると、そのままの勢いで彼女は立ち上がる。




「でも、心配しないで。誰がフーちゃんを忘れても、私は忘れないから」


 

 そしてまた萌々花は、楓太の手を握った……今度は、両手を両手で包み込むようにして。



「私……この2年間、フーちゃんを忘れた時なんてなかったんだから。むしろ寂しかった。せっかく、フーちゃんのお陰でまた外出れるようになったのにさ」


「は、はあ? でも、そのせいで萌々花は――」


「〝呪い〟だなんて思ってないよ、私は。だってこうして生きてるんだし」


「でも……」


「じゃあ、フーちゃんはあの時、あのまま私が死んじゃった方が良かった?」


「い、いや……そんなことはない! でも、もしかしたら他に、もっといい方法が」


「タラレバばっか言っても仕方ないじゃん」

「……」


「ね? 過ぎたことなんかに、いつまでも囚われてたら勿体ないぞ、若者!」


「…………たまにする、その年長者ムーブなんなん。実質、萌々花のが歳下なのに」


「そうだったっけ? じゃあ、それは置いといて……」


「すぐ置いたな」


「私、どれだけ長く一緒にいたって、フーちゃんのことを忘れない貴重な存在なんだから。もっと重宝していいんだよ?」



 言われてハッとする楓太。

 確かにそうだ――萌々花は、楓太を忘れない。


【リンゴとオレンジの静物】は、別名「既視感の瞳」。




 視線を合わせることで、相手が過去に経験したことのある情報を読み取ることができる。


 この効果により、有する魔術やその効果、戦闘スタイルなどを知ることができるのだ。勿論、魔術以外の情報も読み取れる。


 視線を合わせる秒数などによって、情報の深度や精密さは変わってくるが……こと戦闘時においては、逆にわざわざ視線を外す方が難しく、非常に強力だ。


 しかしその強力な力と引き換えに、楓太は周囲の人から徐々に忘れられてしまうという〝業〟を背負っている。


 きっと「既視感の瞳」の副作用なのだろう……というところまでしか分かっておらず、魔術を発動していない時でも何故、副作用があるのか……などなど、とにかく原因不明。


 当然、対策のしようもない。


 この副作用の影響で楓太はこれまで、チームメイトから功績を忘れられることもあった。お荷物扱いされることもあった。追放の憂き目にもあった。


 それなのに、萌々花は――。


 

「実は私……もしかしたら、その理由が分かったかもしれないんだ」


「え!?」


 所有者の楓太すらも把握できていない【リンゴとオレンジの静物】の副作用。


 もし、萌々花がその解決の糸口を掴んだとするならば魔術の完全制御への大きな1歩と言える。


 

「……なんと! 世界じゃそれを愛と呼ぶんだってさ」


 

 指で銃のかたちをどって、撃つ真似をした。


 

「――――は? え、はぁ? どう、どうしましたたたたたぁあああ?」


 

 見えない弾丸を無意識に躱す楓太。

 でも本質的には何も躱せていない。


「まあ細かいことは気にせずにさ〜。今から結界行くんでしょ?」


「さ、さっき閉館と言ってませんでしたか?」


「本音と建前は違うのよ」


「まじでどうした。酔っ払ってんのか」


「チームメンバーに忘れられて悲しいなら、私が一緒に行ってあげよっか」


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