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027 既視感と✕✕✕


魔術には、進化していく方向が2種類ある。



一つは、同じ方向へ高く……あるいは深く、突き詰めていくパターン。




大概の魔術はコチラだ。




そしてもう一つは、事例としては少ないが、それまでと真逆の方向の力が開花するパターン。



この場合、進化というよりも〝より正しく扱えるようになった〟と表現する方が、正解に近い。



ある巨大な力の、一側面だけを切り取り、勝手に「○○という効果がある魔術」としていた……そういう解釈違いが是正されただけのこと。




もしくは、高い次元の魔術に、ようやく理解が到達したのか――。


『そもそも【リンゴとオレンジの静物】とは、どんな絵画だった?』


「え……いや、その…………絵?」


『――ふん。魔術は以外はからっきしか? サザラシ・フウタ。今は時間がないからシンキングタイムはなしだ…………あの絵画は〝多視点〟なんだよ』


◆◆◆◆◆◆


『…………さぁ、不死身の禁忌使い! 僕と一緒に、人間を滅ぼそう! 魔女として虐げられた、積年の恨みを晴らす時がきたんだ!!』


「嫌よ!」


差し出された手を、払い除けようとした萌々花だったが「痛っ……!!」逆に手を弾かれた。




『ん〜、あんま無闇に僕に、自発的に触ろうとしない方がいいよ? こう見えてもう、9割くらいクロウ・クルワッハと融合し終えているから。人サイズの神殺しと思ってもらった方がいい』


「……そ、そんな」


萌々花に【ドリアン・グレイの肖像】が無かったら、払い除けた右腕が消し飛んでいただろう。



いや、消し飛んだままになっていただろう。



払い除けようとして、逆に肘から先が消し飛ばされて、再生して、なんとか事なきを得た。




『しかし……その再生スピード。この状態の僕でも、ほとんど見えなかった。さしずめ〝不死身の申し子〟……もしかすると、キミの祖先が生み出した魔術だったりしてねぇ〜』



萌々花の応答など、端から聞く気などないように太良木は一人でケラケラと笑っている。



しかしひとしきり笑い終えて、呼吸が途切れると、ガラリと機嫌が悪そうに大きな溜め息を吐いた。



『はぁ……ねぇ、いい加減、返事してよ? クロウ・クルワッハも眠ってしまったじゃないか。それとも……九石みたいに、痛い目に遭う?』


コロコロと変わる太良木の様子に戦慄しながらも、萌々花は楓太が居るはずの方を向いた。


しかしそこには、ただただ瓦礫の山があるだけだった。




そしてその奥で神殺しの邪龍が、まるで地に落ちた星のような巨体を上手にくるんと丸めていた。



台風と地震が合わさったような寝息が、長い周期で吹き荒れている。



眠っているようだが、実は疲れて休んでいるようにも見える――。



「フ、フーちゃん……」


『ああ〜もう、諦めなよ。アイツは死んだんだ。あの攻撃をまともに食らって、生きているわけがない。内臓も骨もぐちゃぐちゃだろう』


太良木は、冷酷な笑みを浮かべる。


「そ、そんなことない! ……フーちゃん、なら……」


『キミさぁ。そうやってアイツのこと信じて待っているフリしてるけど、実は自分じゃ正面切って戦えないだけでしょ? めちゃくちゃ魔力も魔術のスキルも高いけど、戦闘経験は乏しいんだね? 九石の後ろに付いていくだけなのかな?』


「……っ!」



萌々花は言葉を返せない。


実際、その通りだと感じてしまったから。




昔から、楓太はいつも萌々花の前に立っていてくれた。



自分の手を引いてくれた。




それが嬉しかったし、心地よかった。

そして、それで良いとさえ思っていた。




私は、フーちゃんの後ろを付いていきたい――。




この背中に守られていたい。



そしてこの背中を守っていたい――――。




だから萌々花は諦めなかった。


楓太は、絶対に生きている。


そう信じていた。




思いや信頼が強く揺蕩って輝く双眸に、太良木はあからさまな嫌悪感を滲ませる。



『…………そう希望に満ちた瞳は……無性にぐちゃぐちゃにしたくなるなぁ』


まさに邪龍のごとく、禍々しい圧を放って、顔を歪ませた。


「――きゃ…………んぐっ」


へたりこんでいたはずの萌々花の体が、一弾指の間に宙吊りになる。



雪を欺くような白く細い首筋を、邪龍と化した腕が鷲掴みにしている。



「んぁ! ……ぐ、うう」


またガラリと雰囲気を変えて、憤怒と怨嗟に塗れた太良木。


ギチギチ、ミシミシと締め上げる音が響く。



『どうして、いつも、お前たち人間ばかり……希望を語れるんだ。未来を夢見ていられるんだ。父さんや! 母さんは! 安寧な幸せを奪われたのに!! 澄香は未来と尊厳を壊されたのにぃいい!!』


「……す、すみ……か?」


『それなのに、なんで!! お前たち、人間は! のうのうと!!!』




萌々花は祓魔士で、人間サイドに居るとはいっても魔女の末裔だ。


太良木自身が指摘したのに、支離滅裂が加速していく。




首を締め上げる力が強まるのと呼応して、天と地も軋んでいく。


「…………フ、フーちゃん……!」


『――助けを、呼んだって、来ないんだよぉ! そういう苦しみをぉ!! お前たちにもぉ!!! 味合わせて……』



――シャリン――――



萌々花の心諸共、上埜の街を飲み込もうとした邪龍の咆哮が唐突に、切断された。



『……ヅィ……痛ぁあ"あ"……!』


「……!? きゃっ」



太良木の咆哮が悲鳴に変わり、首の拘束が解き放たれた萌々花は地面に落ちる。


そして太良木の右腕だけが宙を舞った。




クルクルと回転しながら、真っ赤な血を撒き散らす。




『いっ……ぎゃあああ………………あああああぉぉおええあああ!』



尻もちをついたまま固まる萌々花には、太良木の声しか聞こえない。


姿は見えない――2人の間には今、大きな銀の剣が突き立っていたのだから。



まるで数多の星の光を束ねたかのように美しく輝き、その表面には複雑な紋様が刻まれた神秘的な大剣。


「……え? コレ……【星月夜】……?」


そうだと思う。間違いないと思う。


その剣を、自分が見間違うはずがない。




だって、それは自分が一番好きな魔術――一番、大切な人が扱う魔術。


「で、でも……」


助かった安堵感以上に、疑問の方が勝る。


『……ああああ! なんでだ! な、なんで!! 斬られ"てんだぁあ"!?』


しかし、萌々花以上に強い驚きに打ちひしがれていたのは太良木だった。



――あらゆる魔術を知り、その対処法や攻略法、回避法までもを知るクロウ・クルワッハ。




最凶最悪たるその力を身に宿した自分が、何故攻撃を受けたのか。


何故、右腕が斬り落とされたのか……。


「萌々花……怖い思いをさせて、すまん。でも、もう大丈夫だ!」


残り僅かな力を振り絞り、瓦礫の山から這い出た楓太が、溌剌を装って声を張る。




揚々とした態度は、あからさまに虚勢だと誰にも分かる。



彼の体は傷だらけで、血塗れだった。片足を引きずるようにしている。


それでも楓太の瞳には、これまでにない程の、力強い光が宿っている。


「…………フ、フーちゃん! フーちゃあん!!」


『九石ぃいい! どうしてぇだぁ!』


上腕の真ん中辺りで斬り落とされた右腕から、更に血飛沫が舞う。




その問いに楓太は応えず、息も絶え絶えながら不敵な笑みを返した。



そして手を天に翳して振り下ろす――。




これで何度目だろうか……空が凝縮され、白銀の大剣が滴り落ちる。



音を置き去りにする加速度で、最大出力相当の【星月夜】が、クロウ・クルワッハに向かって降り注ぐ。




『無駄な……! 何度やったって同じさ! お前は結局、何も守れやしないんだ! 大人しく寝てればいいものを』


「……同じじゃない」


『同じだろうがぁ! 水呑のことだって、助けるどころか、自分でトドメを刺したようなもんだ!!』




――不可抗力とはいえ、【ドラゴンの死】を踏破してしまったから。


あの中に、取り残された人が居たとしたら……。


「だから……だから今度は! ちゃんと守るんだよ……俺が守るべきものは、俺が守る! 命に変えても!」


『――ハッ! 吠えていろ! どうせ、あの剣だって……』




言いながら太良木の表情は、曇っていく。


強烈な違和感にさいなまれる。


不安、焦燥、困惑――そういう感情が綯い交ぜになって、いよいよ口から溢れ落ちる。



『あの、剣? ……は? な、なんだ……その魔術は……』


まるで初めて見たとでも言いたげに、太良木は目を見開く。



神々しい光衣を纏った大剣は、今までの数千本の剣たちと見てくれは変わらない。



それなのに今度は掻き消されたり弾かれたりせず、あっさりとクロウ・クルワッハの鱗に突き立った。



――ザク! ザク!! ザク、ザク、ザク!!!



『グルァ……グガアアアア………………!』


刺され、斬られ、穿たれ、断たれ。

クロウ・クルワッハが、苦痛に悶えて喘ぐ。




あらゆる魔術を知り、神さえ殺すと謳われる最凶最悪の邪龍が、ダメージを受けている。



そして苦しんでいる。




太良木は信じられないという顔で、その光景を見つめていた。


自分の腕が斬り落とされたこと以上に、理解できないことが起きている。



『な……ぜ……!? どうして、魔術が効くんだ……!? クロウ・クルワッハは、魔術を、全て知っているんだぞ! それなのに……その魔術は、一体何なんだ!!!』



さっきまで通じなかった魔術を、どう変えたんだ――という趣旨ではない。



太良木は、本当に【星月夜】を初めて見たと主張している。




クロウ・クルワッハがあらゆる魔術を知っているかどうかを抜きにしても、【星月夜】はつい数分前にも披露されていた。



そもそも楓太と太良木は同じチームメンバーだったのだから、そこで何度となく見てきたはずだ。



それなのに――。



「ま、まさか……忘れているの……?」


萌々花が確信なんて1ミリもないまま呟く。


「やっと……ほんの少しだけど、理解できたんだ…………【リンゴとオレンジの静物】の、本当の姿を……」


ズリズリと左脚を引き摺りながら、楓太が萌々花の横に辿り着いた。


「……フーちゃん!!」


宝石のような涙を撒き散らして楓太を向く。



抱き着きたいのを、すんでのところで堪える萌々花。

こんな楓太を抱き締めてしまえば、思い溢れて致命傷になりかねない。


「フ……ちゃ…………」


真正面から、両手をそっと伸ばして、肩を支える。



楓太はその両手に、まあまあな体重を預けた。


「ごめん、萌々花」


「ううん、大丈夫……それよりも、フーちゃんのが……」


「俺は……大丈夫。痛いの、忘れちゃっているからさ……ははは」



忘れた。

その単語に、萌々花は体をビクつかせる。




時間が経つと周りの人から忘れられてしまう業を背負った楓太にとって、その単語は、言葉遊びや洒落では済まされない。



その重みを、誰よりも知っているはずたから。

だからその単語には意味がある。



「忘れ……錯覚…………」


忘れただけで、傷や痛みが消えているわけじゃない。



錯覚させているだけだ。



そして勿論、そんなことが可能なのは魔術しかない。




「も、もしかして……クロウ・クルワッハも、フーちゃんの【星月夜】を――」


「ああ、アイツはもう忘れている。【星月夜】がどんな魔術なのか……というか、そもそも俺がどんな魔術を使うのかすら忘れていただろうね」


満身創痍の楓太は、消え入るように、しかし勝ち名乗りを上げるように言葉を紡ぐ。




「クロウ・クルワッハも、太良木も……忘れてしまったんだよ。」


「俺の……〝未視感〟で」


それは既視感と対になる力――。


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