025 不死の呪いをかけられたのは、どちらか
クロウ・クルワッハから立ち上る瘴気がまた、空を赤く染める。
血のように、真っ赤だ。
自身の最強魔術【星月夜】を、袖笠雨のようにあしらわれて楓太の心は暗闇の淵に沈もうとしていた。
絶望の影が、心を侵食してくる。
「ごめん、フーちゃん……決めきれなかった……うぐっ」
楓太とクロウ・クルワッハの攻防の隙を突いて、太良木を直接攻撃した萌々花も、魔弾を防がれ、息も絶え絶えだ。
楓太のもとへ、駆け寄りたいが体が重い。
『カハハハハ! 2人ともツラそうだねぇ! さっきの弾丸は、掠っただけでも相手を殺せる〝魔弾〟でしよ!? 禁忌魔術【銃兵処刑の朝】をキミが持っていたとは。どうりでいくら探しても見付からなかったわけだ……なんでキミが持っているの??』
「家に……代々…………」
『ふーん? ……ってか、不発なら〝必殺〟の反動が来るはずなんだけどなぁ? ツラそうなんて次元じゃないと思うんだけど?』
当たれば必殺……それ程までに強力な魔術に、反動は付き物。
【銃兵処刑の朝】の魔弾は、もし不発に終わると、さながら呪い返しのように術者が死ぬとされているのだが……。
「く……うぐっ」
苦しみながらも、また銃口を太良木に向ける萌々花。
しかし照準はガタガタと定まらない。
「も、萌々花……! それ以上はよせ! いくら【ドリアン・グレイの肖像】があるからって――」
『【ドリアン・グレイの肖像】……!?』
その言葉を聞くや否や、太良木は凜冽な笑みを浮かべ、クロウ・クルワッハの肩から飛び降りてきた。
銀髪を揺らしながら悠然と楓太と萌々花へ歩み寄るさまは正に、銀色の死神。
『なるほど……そういうことか。完全体のベヒモスを召喚した時も、どういう契約なのか不思議に思ったが……命を対価にしていたのか! さっきの〝魔弾〟の反動も受けているんだな? 受けているが、それでも死なない……』
『【ドリアン・グレイの肖像】の魔術効果で、不老不死の不死身だから!』
「……っ!!」
描かれた本人の代わりに肖像画が年をとり、醜く変わっていく呪われた絵画の伝説から生まれた不老不死・不死身の魔術――それが、【ドリアン・グレイの肖像】。
今の萌々花に宿る呪いにして、彼女が生き続けられている誘因である魔術。
そして楓太が、萌々花に対して抱き続ける後悔の原因。
かつて、とある固有結界で萌々花は致死性の呪いにかかった。
楓太はその呪いを解除できず、萌々花はじわじわと死に近付いていった。
楓太は彼女を救いたい一心で、【ドリアン・グレイの肖像】という魔道絵画の情報を入手した。
すぐさま、あちこち駆けずり回って絵画を探し出すと、脅威レベル0相当の結界を単身踏破してみせた。
そうして手に入れた〝不死の魔術〟を、萌々花の魔導ペンに装填し、強制的に発動させたのだ。
結果、呪いは相殺状態になり、萌々花は死なずに済んでいるが……代わりに不死身という途方もない呪いを背負わせてしまったのではないか、と楓太は自分の選択を後悔し続けてきた。
――この魔術は、楓太と萌々花、2人に呪いをかけたのだ。
『不死を贄にして、禁忌魔術を使うとは……。凄いな。思い付いても、普通はできない。躊躇いのない銃撃といい……キミ、気に入ったよ』
ニタリと太良木が笑う。
「は、はぁ?」
『……っていうか、受付で見た時から思っていたんだけど、キミって魔女だよね?』
楓太の心に仄暗い絶望と恐怖が鎌首を擡げた。
ずっとひた隠しにしてきた秘密が、今ここで暴かれるなんて想像してもいなかった。
萌々花が魔女の末裔であることが明るみになれば、周りからの信頼を失い、仲間たちも遠ざかってしまうかもしれない。
もしや【精霊の涙】の効果、あるいは使い方を間違えたのだろうか、と胸が締め付けられる。
不完全なものを萌々花に渡していたとしたら、後悔してもし切れない。
『あ、あ。大丈夫、大丈夫! 魔女の気配が漏れているわけじゃない。そのネックレスは本物だよ。でもさ……そのネックレスを着けてたら、逆に魔女だって言ってるようなもんじゃない? あ、いや……そもそもこの石が、そういう効果あるって、普通は知らないかぁ〜』
矢継ぎ早に言葉を並べ、太良木は右手の人差し指にはめた指輪に視線を落とす。
――萌々花のネックレスと同じ、紫色に輝く宝石が嵌め込まれた指輪を、右手の人差し指から恭しく外した。
そして空に向かって大仰に翳して、光をチラつかせる。
「やっぱりそれも……【精霊の涙】……」
『そうそう、綺麗だよね! あの人魚から直接採取したんだ! あの頑固者の意地っ張りを泣かせるのは大変だったよ〜』
「え? 泣かせ……!?」
『ん……なに、驚いてるの? 名前の通りじゃん。【精霊の涙】は、人魚の涙が固まってできた宝石。まさか知らないで着けてた?』
「な、なんですって!?」
『人魚は確かに高位の精霊だけど、それ以上に現代で希少な理由は、【精霊の涙】のために、乱獲と拷問が繰り返された時代があったんだって。うっかり殺してしまったり、なんてこともザラに』
「ひどい……まさかメリュにも……!?」
『ははは、そんな怖い顔しないでよ。済んだことじゃな――』
――シャリン。
風切り音が太良木の言葉を遮った。
楓太の銀剣が空を切り割いている。
左の脇構えに握った銀剣で地面をへつりながら、這うように突き進む。
鼻からボタボタと血が流れ落ちても、瓦礫に足を取られても、止まらない。
ただひたすらに太良木の背を目指す。
「――ふっ!」
息を吐き、両手の握りに力を込めて、左腰から逆袈裟にするかのごとく、切っ先が三日月を描く。
鋭い剣閃を残し、刃先が黒いフライトジャケットに触れて、絶つ――そんな転瞬の内に『はぁ……キミにはもう興味なくなってんだよ』そんな呟きを楓太はハッキリと聞いた。
そして、銀剣は弾き飛ばされ、シュルシュル……と回転しながら遥か彼方へ消えていく。
「ぎ、ぐぁ……」
腕が180度真逆に弾かれ、肩が外れそうな激痛に叫喚する楓太。
『【星月夜】……希少な天体魔法。目にも留まらぬ高速で降り注ぐ大剣にばかり、注目がいきがちだが……その本質は〝剣ごとに別々の魔術を内包している〟ことなんだよね』
楓太の肩がまだ痛みを発信し続けている間に、太良木はまるで踊るように軽やかに体を翻す。
反時計回りに振り返ったその勢いのままに繰り出された右の中段蹴りが、楓太の左脇腹を深々と捉えた。
「……う……ぐあっ!」
とても同じ体格の相手に蹴られたとは思えない衝撃が、爪先から頭のてっぺんまで迸る。
それもそのはず、楓太を蹴り抜いた足にはゴツゴツとした鱗が隆起し、鋭いトゲが生えている。
足先は大爪が4本禍々しく伸びている。
内臓が破裂したかもしれない。骨が砕けたかもしれない……。
楓太の体は為す術なく宙を舞った。
しかし足の甲ではなく、爪の生えた足先で蹴られていたら、上半身と下半身が泣き別れになっていただろう。
なぜ、そうしなかったのか――。
(あの足。クロウ・クルワッハと……融合して……いる? だから【星月夜】のことも知っていて……なんらかの対処法も持ち合わせていたってことか。でも、融合した体の扱いにはまだ、慣れていない?)
痛みで鋭敏になった思考は走馬灯のように逡-巡する。
(あらゆる魔術を知っているなんて、それじゃまるで俺の既視感の、上位互換じゃないか……)
銀髪の奥から除くダウナーな瞳と、視線が交錯したような気がしたが、一瞬で視界は瓦礫と土埃に閉ざされた。
「フ、フーちゃん……!」
立ち上がろうとするも、ふらついて膝を着く萌々花。
ベヒモスの召喚、そして【銃兵処刑の朝】と連続して命を削れば、不老不死の不死身といえど満身創痍。
『あらら。ムリしない方がいいんじゃない? あんな奴のために』
「あんな奴……じゃない。私にとって命よりも大切な存在……」
『でも、キミは魔女なんだよ? 九石は人間。相容れないよ。それにアイツはもうすぐ死ぬ...........だから、こっちに付きなよ。不死身の禁忌使いなんて、超有能じゃん。美術館の受付なんか役不足も甚だしい』
狂気が萌々花に垂れ篭める。
顔を覗き込む太良木の背後でクロウ・クルワッハは眠たげに大顎を開いた。
『キミも知っているだろ? この国には8人の最大最強戦力【八つの女王】が居る。クロウ・クルワッハを解き放ったのも、ヤツらに対抗するためさ。だから既に僕が負ける可能性はない』
狂気と自信に肩を揺らす太良木。
『だが、僕は完璧が好きだ。万に一つ……いや、〝億に一つ〟の不安だって潰しておきたい。だから不死身の禁忌使い。僕と共に来い』
「……っ」
『悪いようにはしない。僕と同じ魔女の末裔なら、人間に対する恨みが理解できるはずだ! やっと、やっと復讐を果たす時が来たんだ!!』
高らかに言い放つと、クロウ・クルワッハも大きく吠えた。
また衝撃波が街を過剰蹂躙していく。
「ど……どうしよう…………フーちゃん! フーちゃんっ!!」
吹き飛ぶ涙もそぞろに、萌々花は楓太の名前を呼ぶしかできなかった。
◆◆◆◆◆◆
萌々花の口から零れ落ちた言葉は、楓太には一枚も届かず消えた。
瓦礫に埋もれた楓太の意識は、弱々しく明滅している。
現実に引き留めていた痛覚が弱まれば、自ずと意識は遠のく。
左脇の感覚がない。
(もう痛くない……いや……脳が、痛みを遮断しているんだ……)
口も鼻もすんでのところまで瓦礫が迫り、呼吸もままならない。
鼻に至っては、そもそも鼻血で埋め尽くされているから、瓦礫が有っても無くても、外気を取り入れる器官としての機能は損なわれている。
(指も動かせない……ああ、二条院さんは……抜け出せたかな)
この状況なら【星月夜】よりも【鳳凰図】の方が、億倍くらい有用だ。
楓太の空は閉ざされてしまったのだから。
目も開けぬ空間だと【リンゴとオレンジの静物】も使えない。
(いや、そもそも目を開けれたとして、視線を合わせる対象が居ないとね…………)
視線――楓太は、思い出す。
瓦礫に埋もれる直前、太良木と目が合った……。
この戦闘でもほとんど目が合うことはなかったが、2回だけ視線を交わした。
1回目は戦闘の最初期……クロウ・クルワッハの肩に居た太良木と。
そして2回目は、まさに数秒前――瓦礫に埋もれる直前。
ただ、この2回には大きな違いがあった。
たった2回なのに隔絶的に違う、重大な差があった。
(…………どうして……?)
蹴り飛ばされ、瓦礫と砂埃の山に突っ込む最中、楓太は太良木に既視感を発動させていた。
否、発動することができていた。
1回目に視線を交わした時には、太良木本人も『何も読み取れないよ』と自信を滲ませていた通り、既視感は不発だった。
でも今回は、太良木に既視感が効いた。
過去や記憶を知ることができたのだ。
あの一瞬だと全部読み取れはしなかったが、それでも感情が荒立った太良木の情報は読み取りやすかった。
記憶と感情の入り乱れる奈落へ落ちていく最中、『諦めるな……サザラシ・フウタ』と囁く誰かの声を、確かに聞いた――。




