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024 神殺しの邪龍


魔術言語が消えると空が揺れた。

軋み、歪み、凝縮していく。



まるで、高圧で抽出されたエスプレッソのように空が滴り落ちる。


凝縮された空は、落下しながら冷えて固まり、巨大な剣をかたちどっていく。



「【星月夜】……初手から全開だ!!」



神秘的な紋様が刻まれた大剣は、クロウ・クルワッハ目掛けて、加速しながら落ちていく。


正確な落下点を見定めようとクロウ・クルワッハの方を見遣ると、神殺しの邪龍は既に空を向いていた。


「なに……!?」



思わず驚嘆を零す楓太。



クロウ・クルワッハは、12本の角を生やした頭を上げ、大顎を開けた。



『グロロロォオ…!』



地獄の門が開く音のような唸り声が大地を振るわす。



「ま、まさか」




――神獣より格上なの? と言い切れぬままに、萌々花は魔導ペンを止めてしまう。



ジズは、頭上に大剣が現れたことすら全く気付いていなかったのだ。


それなのに。




楓太と萌々花の逡巡を一切無視し――クロウ・クルワッハは、唸るのを止めて……そして吠えた。



『グルァアアア!』



刹那、大地は悲鳴を上げ、空は叫喚する。

衝撃波が街を飲み込んでいく。



「う……くあ……ああああ……!!」



破滅の波が上埜の街を蹂躙しながら伝播する。



ここまで辛うじて残っていた窓ガラスも呆気なく砕け散り、街路樹や看板は紙屑のように吹き飛んで消えていく。


ビルも建物も見る見るうちに亀裂まみれになり……傾いて崩れ出すものもあれば、根こそぎ巻き上げられていくものもあった。




「きゃ……きゃあああ!」


「ふぬ、ぬ……ぬぬ…………! 自分の魔術を……九石クンたちにも――」


ジズの羽ばたきを数十倍増しにしたような、純然たる暴力の奔流。




寸でのところで二条院が【戦争礼拝】を、楓太と萌々花に展開してくれていたお陰で致命的なダメージを受けることははなかった。



「うぐっ……」

「きゃっ」


何度も地面に体を叩き付けながら、何メートルも転がされて、建物か何かの壁に激突した。



「くそ……なんてヤツだ……萌々花、二条院さん! 無事か!?」



地面に這いつくばって、顔だけ上げて周囲を見渡す。



「無事ぃ〜……でも二条院さんの魔術なきゃヤバかったなぁ」


少し離れた瓦礫の山の上で膝を着く萌々花。



「自分も無事だ! 【戦争礼拝】の付与だけでも間に合って良かった……」



二条院も叫んで応える。



「……フ、フーちゃん! 【星月夜】、どうした?」


「……!?」



どうしたとはどういう意味か。


萌々花の視線の先には、クロウ・クルワッハが居る。

土煙の中で、悠然と佇んでいる。



その視線を追って楓太も気付く……というか、思い出す。


――もうとっくに壊滅状態だった街へトドメを刺すようなその衝撃波は、ただの余波でしかなかったのだと。



クロウ・クルワッハは無傷。

対照的に、【星月夜】 は跡形もなく消えている。



「まさか……掻き消されたのか!?」


焦燥感に駆られる楓太。


『そ〜だよ〜? まさか今ので終わるつもりだったのか!? カハハハハ』



クロウ・クルワッハの肩に腰掛け、高笑いをする太良木。



ジズとの一戦を経ているとはいえ、本物の空の下、全力に近い状態で発動された【星月夜】。


これまで気取られたことすらない、まさに一撃必殺の魔術だ。



それなのに射出を察知され、迎撃され……挙句、力負けして掻き消された。



「これが……神殺しのブレス……」


街を過剰蹂躙した衝撃波の、何倍もの破壊力を内包したエネルギーの塊――ブレス。



「チッ……そんなんで決まるとは、思ってねよ!」



楓太は、再び【星月夜】を放つ。


二の太刀、参の太刀――無数の剣が、クロウ・クルワッハに降り注ぐ。



空が銀に染るほどの、剣の星雨。




『お、おお……綺麗なもんだなぁ、九石ぃ!!』


「ああ?! さっきから、なんだその喋り方。キマッてんのか? 一振、マグレで防いだからって調子に乗るな!」


『くふふふ……マグレでどうにかなる魔術じゃないって、お前がよく分かっているはずだろぅが!』



無数の、光芒がクロウ・クルワッハの赤黒く、あるいは金銀に輝く鱗目掛けて降り注ぐ。



一太刀目より小ぶりとはいっても、それぞれがビル1棟くらいのサイズ。



上埜駅前で遭遇したアンタイオス程度ならば、この一太刀の切っ先で真っ二つだろう。



しかし――クロウ・クルワッハは最早、ブレスすら撃とうとしない。


ただ赤と黒、金と銀の鱗の生えた背中でそれらを全て受けている。



「効いていないのか?」


「わからない……でも、あれは〝受け切っている〟じゃなく、〝無効化している〟ように見える……」


「無効化!?」



楓太のサポートに入れる隙を探す萌々花と二条院を、太良木がチラリと見た。


次の瞬間、クロウ・クルワッハの巨大な尾が轟然と振り下ろされた。




巨大な尾の影が2人を覆い尽くす。

逃げられない――。



刹那、肩をポンと叩かれ、萌々花の体は急加速した。


「……きゃっ……」




わけも分からぬまま、一瞬のうちに周囲の瓦礫や建物を貫通して、最短距離で、巨大な尾の影の下から離脱していた。




「…………ま、まさか! 【鳳凰図】と【戦争礼拝】の同時掛け……」



萌々花が可能性の1つを言葉にした頃には、さっき立っていた場所は、クロウ・クルワッハの尾の下敷きになっていた。


「に……二条院さん!!!」



また襲ってくる豪風と砂埃の中で、自分が助かったのは二条院の2つの魔術によるものだということと、その二条院がクロウ・クルワッハの尾の下敷きになったことを理解する。




「二条院さん! 萌々花! 大丈夫か!?」


「う、うん……でも二条院さんが……!」


〝じ、自分は大丈夫だ! 瓦礫に押さえつけられているが、なんとか【戦争礼拝】が間に合った……しっかし、重くて動けん…………このドラゴンには【鳳凰図】も効かんのかい!〟


「伝令魔術? 二条院さん!」


「……ごめんなさい、二条院さん。私がボーッとしてたから……」


〝いや、気にしないでくれ……地面側から脱出を試みる! しかし、しばらく戻れそうにない。済まないが、2人に任せた〟


「わ、わかりました」


〝踏ん張ってくれ!〟


『は〜い、1匹おしまい』




太良木の歪んだ声が、嘲り響いてくる。




『ほらほら、九石ぃ。今のはワザとキミを外したんだからさ? もっと頑張れよ〜! そんなもんじゃないんだろぉ?』


「ぐっ……」


瞳は血走り、冷汗は滴り、奥歯は砕けそうなほどに噛み締めている。




1秒――いや、刹那の隙も与えないように、銀剣の星雨は降り注ぎ続けている。


『カハ……カハハハハ……! そうか、そうか! もう頑張っているんだね? 全力で! カハハハ! だからもう分かったろ? そもそも無駄なんだよ。全部、無駄。クロウ・クルワッハはあらゆる魔術を知っているんだから。あの人魚から聞いていないのか?』




その情報は、確かに聞いていた。



浮遊車が降下していた最中、メリューヌが必死に記憶を呼び起こし、絞り出してくれたクロウ・クルワッハの情報。




神殺しとさえ呼ばれるクロウ・クルワッハ。

だが、かつては弱々しい龍の集団だった。




一個体としては素手の人間に負けるほどの戦闘力しかなかった……しかし、その圧倒的な数と、互いの感覚を常に共有し合う性質こそがこの龍の真価だった。


『記憶や体験……あらゆる知識を共有し、ついには痛みや苦しみ、そして死さえも、他の個体に共有していたのさ! 勿論、受けた魔術の情報もなぁ!』



【星月夜】の銀剣が、車軸を流すように降り注ぐ中、太良木とクロウ・クルワッハはゆっくりと楓太を向いた。



『何度も何度も魔術を受け、何度も何度も死んで……途方もない時間と回数をかけて、クロウ・クルワッハはこの世に存在するあらゆる魔術の情報を集約した!』


『だから、もう全部、知っているのさ!』


どんな魔術か、何系の魔術か、発動速度はどうか、受けたらどれ程のダメージを被るか、全部知っている。



回避方法も、弱点も、全て知っている。




『1発目のブレスは、別に撃つ必要はなかったけど……力の差を見せ付けておきたくてね』



太良木の言葉が、楓太の心を抉る――魔術と心の繋がりは大きい。



出だしから全力で【星月夜】を発動し続けてきた楓太。




さすがに未知のドラゴンを一撃で倒せるとは思っていなかった。


それでも銀剣を降らせ続ければ、少しずつでも削れるだろうと思っていた。




仕留め切れなくとも、消耗させられれば萌々花や二条院がトドメを刺してくれるかもしれない。




「かっ……はぁ…………それか、他のSランクの増援が来れば……」


両手をクロウ・クルワッハに向けて突き出し、踏ん張る。



鼻から生暖かくてドロッとした液体が出てくるのを感じた。


甘く錆び付いた臭いが肺に戻ってくる。



『はぁ〜あ。そんなんじゃダメだよ、九石ぃ〜? お前、気付いてないだろ……自分でちょっとずつ目標を下げているのを』


「なん……だ……と!?」


『本当は、一撃で終わるつもりだったろう? でも防がれちゃったから〝そんなんで決まるとは思っていない〟とか言い直したけど。後付けだろ? それに今も、自分じゃ決めきれないから、増援を待つって? ……ハハハハ! なんだよ、それ』


「状況に応じて判断を変えて何が悪い! 仲間を頼って何が……悪い!!」


『いやいや、そうやって目標を下げるごとに、魔術のキレも下がってるの、気付いてないの?』


「……!?」


『戦略的撤退? それは弱者、敗者の考え方さ。はああ、やっぱり前座にもならないか。キミら程度じゃ。』


「……くっ……そ」




ドォンと1発、号砲が劈いた。




萌々花の右手に握られた銅色の小型回転式拳銃。

銃口から一筋の煙が立ち上っている。


「……【銃兵処刑の朝】!」


『む……?』




真っ赤な弾丸は、螺旋を描きながら太良木に向かって飛んでいく。



「も、萌々花……!」


『魔獣を無視して術者を狙うなんて、見掛けのわりにえげつないねぇ……でも』


クロウ・クルワッハの肩周辺の鱗が変形し、ドーム状になって、太良木を覆い隠す。



そして赤と黒、金と銀の混じりあったドームは、事も無げに、弾丸を弾き落とした。


「……ああ! そんな……」


『残念だったねぇ〜』




頭上から、けたけたと太良木の高笑いが聞こえる。

銀色の雨が止み、青い空の下、絶望が渦巻く。



楓太は膝から崩れ落ちた。


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