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023 分水嶺

 

 楓太たちは、宮久保駅に降り立った。


 しかし、そこは、かつての活気溢れる宮久保駅の面影はなかった。



 まるで地獄絵図。



 高層ビルは崩れ落ち、ショーウィンドウのガラス片が散乱し、楽器もめちゃくちゃに壊れている。


 煙と灰が立ち込め、昼間なのに空は暗い。


「うっ……」


 ゴムやプラスチックの焼ける臭いが、鼻をつく。


 アスファルトはめくれ上がり、車はひっくり返っている。

 電線は切れて垂れ下がり、火花を散らしていた。



「2駅も離れてるのに……」

「たった十数分で、この有り様か……」



 萌々花と二条院は、言葉を失う。

 まるで、戦場だ。



 恐怖に怯え、逃げ惑う人々。

 怪我をして、倒れ込んでいる人々。


「くそっ……!」


 楓太たちは、足を止め、救助活動を開始する。


「皆さん、避難してください! 駅の地下にシェルターがあります!」



 萌々花が素早く指示を出す。


 ――学芸員として声を張っていたのが、こんな風に役に立つとは彼女も思わなかっただろう。



 メリューヌも「コチラです、なの! 急いで〜なの〜!!」と声を振り絞る。

 浮いているメリューヌは小さいがよく目立った。



 楓太は瓦礫の中に一人の女性を見付けた。

 彼女の足はコンクリートの塊に挟まれていて、意識も朦朧としている。


 ただ引くだけでは無理そうだったが、「任せろ!」と二条院が【鳳凰図】で瓦礫に軽い加速度を与えて軽くしてくれたので、その隙に女性を引きずり出せた。


「大丈夫ですか?」


「は、はい……ありがとうございます……」


 近くの男性たちに、女性をシェルターへ運ぶように頼んだ。


「捕縛班! 上埜に現れたドラゴンの名はクロウ・クルワッハという未知の戦力だ。応戦する必要はない! 負傷者の救助を優先するんだ! 安全な場所まで移動し、回復魔術で応急処置を!」



 二条院の、広域の伝令魔術だった。


 いつの間に魔導ペンを走らせたのか、楓太は気付かなかった。


「……さすがだ…………」


 楓太が感嘆を漏らしている間に、二条院にはどうやら隊員から、幾許かの応答があったらしい。


「――――ああ、大丈夫だ。心配するな。当然、野放しなどにはせん! 自分と……Sランク2人が行く」



 言いながら楓太を見遣る二条院。

 勿論、と言わんばかりに楓太も頷く。



「あ、ああ……萌々花女史は勝手に前線へ来てくれると思ってしまったが」


「あってますよぉ! 行きますよぉ!」


 ちょっと遠くから萌々花が叫んだ。

 メリューヌはその傍らで、必死に誘導を続けている。


「メリュ!」


「――はい、なの!」


「キミは、ここに残ってくれないか。避難誘導と、負傷者の回復を任せたい!」


「え、でも……」


「さっきの二条院さんに掛けてくれたような強力なやつじゃなくてもいい。応援がくるまで、ここを……ここの人たちを守っていてほしい!」



 自分にそんなことができるのか。


 自分ひとりでそんなことができるか――メリューヌは一瞬、戸惑った。



 しかし、楓太と萌々花、そして二条院から向けられた暖かく力強い視線で、その不安は一弾指も待たずに消え失せていく。


「分かったなの! ここは私に任せてなの!」


「うん、お願いね!」


「……祓魔士さんたちー! 怪我人は私に任せてほしいの! 回復用の魔法陣、作るの!」



 ――メリューヌを残し、楓太たちは一直線に上埜を目指した。

 その先々で、捕縛班の隊員たちが、人々を救助している。


「……ありがとうございます」


 走りながら楓太は、そんな言葉を何度も置いていった。


 クロウ・クルワッハを目指しているにしても、救助に加担しないことは少なからず後ろめたい気持ちを抱かせる。


「ここは他の隊員に任せて大丈夫だ。キミに比べたら力の劣る者たちかも知れん。しかし、信じてやってくれ。しっかり鍛えているからな!」


 仲間とは……別に、チームを組んだ結界班のメンバーだけを指すワケじゃない。


 どれ程、実力がある者でも、あらゆることを1人でこなすことは不可能だ。



「……そうですね! 俺は俺の、やるべきことをやります!」


「私たちは私たちの……Sランクとしての、仕事をしなくちゃね、フーちゃん!」


「ああ。太良木を、止める……!」


 逃げ惑う人の声、連携を取り合う祓魔士たちの声。

 そして小さいな爆発音やサイレン――……。



 しかし、あって然るべき何かが足りなくて、不気味に静かな街の中を3人は疾走する。



 そんな最中、楓太は見覚えのある男を見付けた。


「あれは……なぎさ龍彦たつひこ


「渚龍彦……? あの〝紅い龍〟のか?」




 二条院も同じ人物を捉えたが、どうにも情報が合致しない。

 何故なら彼は今、1人で逃げようとしていたからだ。




「……チッ」




 思わず大きな舌打ちをしてしまう。


 楓太たちから龍彦の方を向くと、同じ視野に、一人の子供がいる。



 きっと、親とはぐれてしまったのだろう。

 他にも周りには、まだ救助を必要としている人々の姿がある。



 それなのに――。


「おい、龍彦サン! アンタ、何やってんだ!!」


 楓太が叫ぶ。

 龍彦は、ビクリと身を竦ませた。


「お、お前は……あの時の、Sランク!? ぐぅうう……こういう時に限って! なんっ……なんだよ、てめぇはぁ……」



 消え入りそうな声を漏らす龍彦。

 恐らく彼にとっては最悪のパターンの再開。




 その胸中には、かつての屈辱や、やり場のない怒り、焦燥などの感情が一気に吹き荒れているのだろう。


 その重さに耐え切れず、膝をつく。



「なにをごちゃごちゃ言ってるんだ! アンタも、祓魔士の端くれだろ? なんで逃げているだよ!」


「端くれ!? ざ、さけんな! ……俺は、Bランクの――」


「俺は、アンタの罪を知っている」


「……!」


「このドラゴンを倒したら、アンタの忘れ物の件もあわせて報告する」


「わ、忘れ物……だと? な、なんのこと」


「【踊り手の褒美】、12階層の階層主……コカビエル。倒せなかったんだろ? もう、止めろよ。見苦しい」


「う、うるせぇ! お前には、関係ない……だろ!」


「龍彦サン! あそこを見ろ!」



 楓太は、泣きじゃくる子供を指差す。


「あの子をシェルターへの誘導を、アンタにお願いしたい」


「な……なんで。なんで、だよ? なんで俺なんだよ? 今、1人で逃げようとしていたんだぞ、俺。そんなこと、やるワケ…………」


「俺たちは、ドラゴンを倒しに行く!  頼む、龍彦サン! あの子をシェルターまで!!」



 龍彦は、逡巡した。


 怖気づいた表情で、逃げ出したい気持ちでいっぱいなのが手に取るように分かる。


 しかし、楓太は食い下がった。




「龍彦サン! アンタは今、選択をしなきゃいけないんだ!」


「せ、選択……?」


「使いっ走りの小悪党で終わるのか、それともここでやり直すチャンスを掴むのか……」


「今この瞬間が、アンタの分水嶺なんだ!」


「……く、くっそぉ…………ホントに、お前は……気持ちワリぃ奴だな………………分かった、分かったよ! あの子は、俺が助ける!」



 龍彦は、そう叫ぶと、泣きじゃくる子供の方へと走り出した。


 流れるような動きで、子供を抱き上げ、安全な地下シェルターのある方へと駆け出した。



 それを見送って楓太は、安堵の息を吐く。



「フーちゃん、やるじゃん!」


 萌々花が微笑む。


「ああ……ちょっと錆び付いていただけなんだ。彼の心は。俺は、ただそれに気付かせただけ……やってしまった罪は消えないが、ちゃんと償えば、またイチからやり直すことはできる。きっと!」


 たとえどんなに時間がかかったとしても、本人にその気さえあれば――と付け加えて、楓太はまた前を向いた。


「……捕縛班! 心強い助っ人だ! Bランク結界班〝紅い龍〟の渚龍彦氏が救助に加わった。連携して救助活動を進めてくれ!!」



 まだそう遠く離れてはいない龍彦本人に聞こえるように、必要以上に大きな声で二条院は伝令を飛ばす。



「……上手いなぁ、二条院サン」


「年の功だな」



 二条院は、ニカッと笑った。



「じゃあ、今度こそ俺たちの番!」


「ええ!」



 そして再び、上埜を目指した楓太たちは――


 いよいよ肉眼で、クロウ・クルワッハのシルエットを捉えた。


「え…………?」



 しかしすぐに胸の底から、堪え切れない吐き気のような違和感が込み上げてくる。


「ここはまだ……宮久保じゃ?」




 モニター越しには直感しきれなかった。

 現実に相対すると、明らかにデカすぎる。




 異常にデカすぎる。




 せめてもう1駅分くらい近付かなきゃ、全貌を把握出来ないかと思っていたが……まさここんなにも早く、捉えられてしまうとは。




「太良木……!」



 楓太が叫ぶ。


 太良木は、クロウ・クルワッハの頭上で胡座をかいていた。




 まるで高みの見物だ。


『――遅かったね。九石くん。あんまり遅いから、ちょっとウトウトしちゃってたよ』



 届くはずがない距離から、太良木の鬱屈な声が聞こえてくる。


 頭の中に直接響いているようで気持ち悪い。


『待ちくたびれたよ』



 膝に手を付き立ち上がる太良木。


 この数分間、何か足りないと感じた原因は、クロウ・クルワッハからの攻撃がなかったからだ。


 街は破壊されているのに、追撃が来る気配がなかった。



 それが逆に不気味であった。



 当のクロウ・クルワッハは巨大な頭を地面に下ろし、翼を折りたたみ、山のような巨躯を器用にくるんと丸めている。


(休んでいるのか? もしかして……太良木は…………)



 その瞬間、楓太と太良木の視線がぶつかった。


 火花を散らすように交錯し、重く張り詰めた空気が2人の間で渦巻いている。



「太良木、お前と目が合ったのは……もしかしたら初めてかもな」


『でも僕からは、何も読み取れないだろう?』


 口に手を当てて太良木は、くつくつと笑う。



 その指には紫色に輝く宝石が嵌め込まれた指輪が妖艶な存在感を放っていた。



 それは萌々花の胸に輝くネックレスと瓜二つの雰囲気……。


(あれは、【精霊の涙】……?)


 そんな疑問を抱いたまま――楓太は魔導ペンを取り出した。

 萌々花、二条院もそれに続く。


『さて。そろそろ本格的な第一幕といこうか。キミらじゃ役者不足だが……せめて肩慣らしくらいにはなってくれよ』


「いや……お前の野望は、ここで幕引きだ!」




 極光のように輝きを放つ魔導ペンが、虚空に魔術言語を刻んだ――。


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