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022 空飛ぶ車の中で

 

 クロウ・クルワッハ。


 かつて、魔女でさえも恐れたという、最悪の魔獣。




 神話では〝魔眼〟の魔神バロールによって生み出され、神々を殺した邪龍とされている……。




「二条院さん。この車なら、どのくらいで上埜美術館に着きますか?」


 楓太が、焦燥感を隠せない様子で尋ねる。


「通常なら30分、高速なら15分……だが……」



 そう言いながら、二条院は浮遊車のアクセルをぐうっと踏み込んだ。


 魔力を原動力とするエンジンの、回転数が静かに早まっていく。


 速度メーターも上がる。



「10分もかからず着くだろう。一般車両に邪魔をされない特別車両専用帯を使うからな!」



 黒く輝く流線形のボディはさながら弾丸のようだ。



「よし、行くぞ。今更だが、シートベルトはOKか? 上埜美術館まで、一直線で飛ぶぞ」


 車体が水平になると、二条院は魔導ナビゲーションシステムを操作する。


「走行帯は特別車両専用帯に設定。高度600メートル。最短ルートで行けぃ!」



 すると、ナビゲーションシステムが反応し、半透明のディスプレイに走行ルートが表示された。



 とはいえ、ただ真っ直ぐなルートが表示されているだけだが。

 



『走行許可を受信。一時的に、他の緊急走行は拒絶されました』




 ナビゲーションシステムから、無機質な声が響く。



「独壇場っ!!」



 二条院は、保持する魔術と同じく根っからのスピード狂らしかった。


「もうこんな高い……街が、おもちゃみたい」


「ホントだね」



 車内では楓太と萌々花、メリューヌが、緊張した面持ちで座席に座っている。


 楓太は助手席、萌々花とメリューヌは後部座席。




 窓の外には、黒い煙が立ち上っている。

 上埜の街が、燃えているのだ。




 時間は残酷なほどゆっくりと流れていく。



「そ、それで……メリュ。クロウ・クルワッハはどんなドラゴンか、知っている情報を教えてくれるかい?」


「……は、はいなの。でも私も、〝邪龍〟〝神殺し〟くらいしか知らないの。もしかしたら忘れているだけかもしれないなのだけど……ただ、『ハズレ結界』から生まれたってことくらい」




 メリューヌのその言葉に、二条院は思わずアクセルを踏み込んでしまった。


 背中をシートに吸い寄せられる楓太たち。




「ハズレ結界……か…………」


 二条院が震える声で言う。


「そうなの。ハズレ結界っていうのは、通常の結界とは違うの。守護者を倒しても、魔術情報は手に入らない。代わりに……強力な魔獣が、解き放たれてしまう」


 ダン! と二条院がハンドルを叩いた。


「ク、クソっ……やはりそうなのか。自分たちが、あのジズを倒してしまったから、あのドラゴン……クロウ・クルワッハが現れてしまったということか!」


「そういうことになりますね」



 もし通常の魔術だったら、こんなに早く太良木の侵攻は始まらなかっただろう。



 楓太の記憶では、太良木は暗号解読のスキルはない。他に暗号班的な仲間がいれば話は違うが……。



 しかし今回はハズレ結界。



 結界が消えた瞬間に、天災級の魔獣が出現する。

 そしてその瞬間に絵画を持っていた者が、半自動的に魔獣を使役できてしまう。



「知ってはいたが……何で、こんな仕組みの結界が存在するんだ!」


「古の魔女は、絵画に魔獣を封じて、それが再び解き放たれる時に、使役する者が魔獣をきちんとコントロールできるかどうかを、測ろうとしたらしいです」



 萌々花が窓の外を見たまま、小さく呟いた。



「守護者の強度を、封じた魔獣と肉薄させることで、このレベルの守護者を倒せるなら、魔獣も使役できるだろ……ってね。だから魔女側からしてみれば、ハズレでもトラップでもなんでもなくて、ただ単に使用者を選別してるだけに過ぎないんですよ」



 魔術の、使用者の選定。


 これはなにも、ハズレ結界に限ったことではない。

 通常の結界――つまり魔導絵画も理屈は同じ。



 潜入した者を拒むような、気が狂いそうに長い廊下に無数にあるドアも……どれを選んで進めばいいか分からないのは祓魔士だけなのだ。



 魔女は、一切迷わないらしい。




 魔術が手に入らないのなら、入る必要が見いだせない個有結界だが、魔女にとっては違う。



 根本的な考え方が全く違う。




 魔導絵画は、魔術情報の隠匿の意味もあるが……外敵から守れた次の段階として、魔術の継承の意味合いが強い。



 次世代の担い手が現れるのを待つためのタイムカプセルでもあるのだ。




 高位の魔女に至っては、結界内の最短ルートを容易く見極められるし、トラップだって全てお見通し。



 更には、階層主や守護者と戦わずに屈服させられる。




「祓魔士からしてみたら危険な魔境でも、魔女からしたら甘辛くお膳立てされた、花道なのか」


「そうですね。強いて言うなら適性検査くらいかな。そこへ祓魔士……人間が、勝手に首を突っ込んでるんだもの。そりゃ難しい」


 真に迫る萌々花の言葉は、車内の空気を鉛のように重くした。




 ……上埜から立ち上る煙が一向に近付いてこない。

 10分とはこんなにも長かったか。



「ハズレ結界か……そ、そういえば――」


 年長者の二条院が気を利かせたように話題を振る。


「先日も、上埜付近でハズレ結界から巨人の魔獣が出ていたっけな」


「あ。アンタイオスですね」「フーちゃんが斬りました」


「……! アレもキミだったのか。誰が倒したか不明のままクローズされていて違和感あったんだ」


 楓太は乾いた笑いを返したが、車内の空気はずっと張り詰めている。


『お知らせします。目的地へ近付いて参りましたが、周辺の大気温度が規定値を超えており、これ以上近付くことができません』


「く……ここまでか。下降してくれ」


『承知しました』


 言うや否や、ぐぐぐっと下降を始めた浮遊車。

 楓太は内臓が浮くのを感じた。


「……もう気付いているかもだけど、結界にあった転送トラップを作ったのは私なの。作ったというか、考案したというか。実際に、設置したのは太良木だけど」


 前傾する車内でメリューヌが再び口を開いた。



 メリューヌの口から出る『太良木』という言葉は、どこかぎこちなく、無理をしているように思えた。



 もしかすると、かつては『様』などを付けろと強要されていたのかもしれない。




「他にも……魔法陣でマーキングした物を手元に強制的に呼び寄せる転送魔術も作らされたの。とにかく軽量化・隠密化を重視して作らされたの。試行錯誤して最終的には、指先で触れる程度でマーキングできるくらいにはなったの」


「マーキングした物を呼び寄せる!? そんな魔術聞いたことないぞ!」


「ああ、なるほど……それか。俺のライセンスは、それで盗られたのか。ようやく合点がいった」



 流石は最高クラスの精霊、『魔術の宝庫』人魚――といったところか。



 しかし小さな唇から零れ落ちる弱々しい言葉からは、気高さを感じることは難しい。



 メリューヌの独白は、見方によっては自身の無罪を主張するだけのようにも見える。



「太良木とは私の魔力と魔術を利用して、色々な結界に悪さをしていたの。でも、途中から、私は反発するようになって……それで太良木は、私を疎ましく思って処分することにしたの。魔力も、考案した魔術情報もほとんど奪われてしまったの」


「その影響で、記憶も……」


「多分……。そこからは記憶がないの。それで、気が付いたら、フーちゃんさん家で」


 悔しそうに小さな拳を握りしめる。


「……なるほど。だとすると、〝紅い龍〟に裏バイトを持ちかけたのも、太良木だったってことか」


 楓太が、今までのことを思い返しながら言う。


「でも、ここまでする太良木の目的は……?」


「人類への、復讐なの」


 メリューヌが悲愴の面持ちで言葉を継いでいく。

 二条院は、その言葉を聞いてガタリとシートを揺らした。


「人類への復讐ってそりゃ、まさか……もし、本当にその言葉が示す通りの意味だとしたら、大変なことだぞ」


「そうなの……太良木は、魔女の末裔なの」


 俄にピリつく浮遊車の中で、たどたどしく紡がれていく言葉――。


「みんな心のどこかで知ってはいるはずなの。日常の至るところに……魔女の末裔が紛れていることを。でもその事実に触れないようにしているだけなの」


「その通りだね」


 車内の誰にも届かないように呟いた萌々花は、肩肘をついて窓ガラスを曇らせた。



 もしかすると、過去の自分のことを思い出しているのかもしれない――彼女もまた、魔女としての力を隠しながら生きてきた。



 魔女であることを知られたら、周囲の人間たちは恐れ、敬遠し、場合によっては攻撃すらしてくる。

 だからこそ、彼女は常に警戒し、真の自分を隠し続けていた。


「触れないのは、魔女の末裔も同じなの。今更、蒸し返しても何も変わらないの」


「……」


 楓太は、黙って聞いている。


「でも太良木は違うの。人類との戦いに敗れたこと……そしてそれ以降もずっと生き残りが迫害され続けてきたことに対して、強い恨みを持っているの。直接的に、ご親族が虐待や拷問を受けた、とか……そんなことを言っていたの」


「そう……なのか」


 真っ直ぐ前を向いたまま零れ漏らす楓太。


 メリューヌにとって太良木は、もう敵であることは間違いにない。



 しかし、どんな形であれ、かつての主だった者の情報を詳らかにすることを、心良く思わないタイプの人も居るかもしれない。



 言えば言うほど、心証が悪くなるかもしれない。

 先刻、首を切り落とされて死んだ清坂と同類と思われるかもしれない。



『ただ〝自分は悪くない〟と言い張っているだけ』と言われてしまえば、それまでだ。




 それでも、そんな言葉を敢えて連ねたのには……メリューヌなりの贖罪と、楓太たちの仲間でありたいという強い思いがあったからだろう。


「…………メリュ。それはちょっとズルい」


「――え」


 言葉を挟んだのは楓太。


「全部聞いてから言う俺も大概だけど……自分の知っていることを全部教えるから、それでも仲間だと思って貰えるか……そんなことを今から聞こうとしているのかい?」


「……あ、いや……その」


「全部さらけ出されたら、ちょっとくらい印象悪い相手でも許そうかって気の迷いがあるもんさ。間違って許したりする」


「うん。私、印象……悪い……からなの」


「いいや、そんなことない!」

「何言ってんのよ、メリュ」


 二つの声が重なった。


 もしかしたらメリューヌは、自分を一連の主犯格だとでも思っているのだろう。



 だが、ここに居る全員は――恐らくだが、二条院も含め――――メリューヌを、そんな風に思っていない。




「太良木を倒すために、情報は欲しい。でも……それは、仲間として頼んでるんだ。罪滅ぼしのためじゃない」


「……っ!」


「メリューヌは俺たちの仲間だ。公園で、俺を助けてくれた。ジズを倒せたのも、結界から戻れたのも、メリュー-ヌのおかげだ。そんなメリューヌを、仲間だと思わないわけがないだろう」


 楓太は前を向いたままだが、声も魂も、メリューヌに強く向けられている。


【リンゴとオレンジの静物】の副作用で、周囲の人間から存在を忘れられてしまう楓太。



 だからこそ仲間に対する思い入れは人一倍あるのだ。




「悪いのは太良木だ。メリュじゃない。使役された精霊に、罪はない」


 瞬間、メリューヌの中で何かのプツンと線が切れた。

 小さな瞳から真珠のように美しい涙をボロボロと溢れさす。



 両手で顔を覆い、それでも涙は堰き止められず、ひたすらにしゃくり上げて声も出せない。




「もしかしたら、さっき、言い方が悪かったのかもしれない……」


「俺に、力を貸してほしい。メリューヌ・モシュナ」


「俺たちに! だって! フーちゃんったら」



 メリューヌは何度も何度も首を縦に振った。

 きらきらと美しい涙を散らしながら。



 そして――ささめくような慟哭を引き連れて浮遊車は、再び地上へ降り立った。



 上埜駅の2つ隣の宮久保駅……。

 ここから先は自分たちの足でしか近付けない。




 意志を持って、近付くしかない――。


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