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020 空があれば-Ⅱ

 


 ジズは、再びブレスを吐き出す。


 しかし、その標的は、楓太たちではなかった。





『グルゥゥ……グルヴゥゥン!!』





 大地の身震いのような低い唸り声が聞こえた時にはもう、ジズのブレスはどこにも見当たらなかった。


「目には目を、ブレスにはブレスを。神獣には神獣を……ってね!」



 ジズは何かに慄いている。

 突如、目の前に現れた何かに。



 急ごしらえで中途半半端なブレスを吐き出さずにはいられないほどに、恐れ慄いている。



「……大地を司る神獣」

「まさか……3分の2が、ここに?」



 楓太と二条院がシンクロする。


 ジズの目の前には、大地を司る神獣・ベヒモスが君臨していた。




 大河のように長い鼻、天を衝くほどの太く大きな牙。

 そして、本気のジズすらも凌ぐ山のような巨体……。




 二人の頭上で、空の支配者と大地の支配者が相見えている。


「さあ、思う存分、暴れてらっしゃい! モスちゃん」



 萌々花が豊かな胸をより一層そびやかしていた。



「――ふふ、ふふふ。ブレスを相殺するために、同じ規模の何かをぶつけたら周囲には2倍の破壊エネルギーが爆散するってことだからね」


「も、萌々花……!」


「その点、ベヒモスのブレスは超重力の塊……! 相殺っていうよりも、吸収に近いかな」



 飄々と話す萌々花だったが、口元を拭った右手は赤く染まっている。


 呼吸も荒い。



「……な、なんで! そんな無茶を!!」


 楓太は戦況そっちのけで取り乱す。


「フーちゃん。だ、大丈夫だから、私は。痛た……」


「モーちゃんさんと私で、ジズのブレスと他の攻撃は抑えるの……! だから」


「だから、サクッと……決めてくれぃ。隊長ぉ」




 ニカッと笑って白い歯を見せる萌々花と、その覚悟を知っているのか悲壮の色濃い表情を浮かべるメリューヌ。



 ジズをもう一度見ると、その左足には枷が付いていた。


 枷には無数の鎖が繋がり、その逆端には草原を大きく凹ませるほどの鉄球が繋がっている。




 楓太は言葉が出ない。



 萌々花たちが、命を削って作ったこのチャンス……。

 無駄にはできない。



「もう手を打っているのか……凄いな、キミのお友達は」


「はい……!」


 ――だから、やるしかない。


「信頼されているな。きっとキミならこの巨大怪獣を倒す術を持っていると、心底信じているんだろうな」


「あります。だから、あとは任せてください……!」




 ベヒモスに気圧され、足枷で自由に動けないジズを見上げ、楓太は笑言する。


「見た目は大きくなっても、中身はやっぱ子供なんだな」と。




 その言葉に同調するように、ベヒモスが長い鼻をジズに叩き付けた。


 天地が割れるような打撃音が響き、ジズは朦朧と項垂れる。




「今なの、フーちゃんさん!」


 楓太は頷いて、右腕を天に向かってゆるりとかざす。


「残念だったな、ジズ。空が大きくなると力が増すのは、お前だけじゃないんだ」



 楓太は既視感で知っていた。


 ジズの切り札が『空』を作り出すものだと。そうすることで自身の持つ力の全てを解放するのだと。



 だがそれは楓太の【星月夜】にとっても、渡りに船。

 この状況を引き出せさえすれば、こちらも最強の手札が揃う。




 そうなれば、負けない。



「見ててごらん、メリュ。私が知っている中で、1番キレイな魔術が見られるよ」


「超希少な天体魔術の1つ【星月夜】……その全力が……楽しみなの!」




 ベヒモスを使役しながら……あるいは巨大な鎖でジズを抑え付けながら、萌々花とメリューヌは、これから起きる魔術の天体ショーに胸を躍らせていた。



【星月夜】――それは、天空から流星のごとく降り注ぐ剣が、敵を殲滅するSランクの魔術だ。



 天体魔術というと屋外専用のように聞こえるが、そこは解釈というか認識の問題。



 たとえ屋内でも、楓太が天井などを〝空〟と捉えてしまえば発動可能なのだ。



 そして天井だろうが何だろうが、大きければ大きいほど威力は上がる。

 つまり何をどう解釈したところで最大規模・最大出力となるのは、結局ホンモノの空の下――。



「お前の切り札は、俺にとっての上がり札だったのさ……」


「見せてやるよ、【星月夜】の本領!」




 魔法陣の光り輝く右腕を、今度は大仰に振り下ろす――。




 楓太の右腕が指す方を追って、空を見上げていた萌々花、メリューヌ、二条院は遥か上方に煌めく何かを見た。



 眩く輝きを放ちながらこちらへ向かってくるのは、一振りの大剣だった。



 刀身は、まるで数多の星の光を束ねたかのように美しく輝き、その表面には複雑な紋様が刻まれている。



 星々の軌跡を描いたのか、はたまた宇宙の神秘を抽象して描いたのか……。


 いずれにしてもその紋様は、見た者の心を揺さぶって止まない。


「綺麗……」


 まだ物理的な視力で捉えられる距離にはないはずの大剣とその紋様を、萌々花たちは何故かハッキリと認識できていた。



 アレは剣だ。

 凄まじく巨大な剣。

 神秘的な紋様が刻まれた大剣だ。



 そしてこの大剣は、今からジズの首を斬り落とすのだ――と全てを理解できていた。



 白昼夢のように不思議な感覚を『もしかしたらコレも既視感か?』と、めいめいに思い始めた頃にはもう、大剣がジズの頭と胴体を切断していた。


 微かな太刀音も鳴らさず飛来した荘厳な大剣は、一厘の迷いもなくジズのうなじ辺りを正確に捉え終えた。


 後はただ、さながら十字架の墓標のように大地に突き立っている。


「お……おお」


 感嘆に溺れたメリューヌだったが、彼女の瞳にその剣は、一体どれ程の大きさで映っているのだろうか。



 それは、隣で満足気に微笑む萌々花にもきっと分からない。



「はぁ……はぁ、はぁ…………」


「……斬った、のか」


 墓標の麓で膝を付く楓太に、二条院がぼんやりと言葉を投げ掛ける。


 思った以上の魔力を持っていかれて、凱歌を奏することはおろか、二条院に応えることもままならない楓太。


「フ、フーちゃん……上! 上!!」



 ヒリついた萌々花の声に反応して墓標を見上げると、ジズの首が剣の背からズルりと剥がれ、滑り落ち始めている。


「まずい! 九石クン、掴まれ!」


「す、すみませ……ッ!」


 楓太が【鳳凰図】の超加速に息を詰まらせた次の瞬間、ジズの頭はその大きさと質量を誇示するように、轟然たる音を鳴らして草原に深々とめり込んだ。


「うぉおお……!!」

「きゃあっ!」



 頭に続いてジズの翼と胴体が地に伏すと、何の余韻もなく『空』が消失し――




 元の応接間が現れた。



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