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019 空があれば

 

 甲高い、断末魔のような悲鳴が響き渡った。


 ジズは、ボロボロになった翼を地面にだらりと落とし、上体が大きく傾ぐ。

 前足が翼であるため、羽ばたいていなければ体を支えられないようだ。




 二条院の攻撃を受けた翼からは、魔力が煙のように漏れ出している。

 巨大な体にも、いくつものひび割れが走っていた。


「――攻め時!」


 ジズに向かって楓太が駆け出す。

 二条院に負けず劣らずの速さ。

 光る剣が夜空に軌跡を描いた。


「首が……ガラ空きだぞ!」


 ジズに致命傷を与えるには首を斬り落とすしかない。

 既視感が、そう教えてくれていた。




 首以外は、どんなに攻撃しても無駄なのだ。

 たとえ翼を破壊しても、すぐに再生してしまうだろう。




 ジズは苦しげに、かろうじて首を持ち上げている。

 その懐に飛び込んだ楓太は「喰らえ……」と叫び、勢いそのまま垂直に飛び上がった。



 虚空に描かれる光芒も、直角に折れて跳ね上がる。


 右手に握った銀の剣を左腰に回し、脇構えのようにセットする。

 ジズの首横を通り過ぎる瞬間、腰を捻って剣を振り抜いた。


 切っ先は空気を切り裂き、鋭い風切り音を立てる。


 まるでコマ落ちしたフィルムのように、楓太の動きは一瞬で終わっていた。

 もう切っ先は、右腰の後方にある。




 数瞬の静寂の後、甲高い金属音が響いた。




「……チッ! ガラ空きなんてこたぁねぇか! 流石に物理的にも魔術的にも、補強してやがる」


「うそ! フーちゃんが一撃で斬り落とせないなんて……」


 楓太の上昇する勢いが失われ、空中で静止したところへ、二条院が横から飛んできた。


「九石クン! もう一度行けるか?」


「……お。なるほど! 行けます!」


「よし! じゃあ、〝加速〟するぞ……【鳳凰図】、付与!」


 二条院が楓太の背中を軽く叩く。


「……ッ!」


 声にならない声を残し、楓太の体が再びジズに向かって飛んだ。


 いや、飛んだというより――撃ち出された、という表現が正しい。




 風圧に表情筋を弄ばれながら、楓太は絶叫する。




「……〜〜ッ! うっそぉお……はぇ、はえええええ! うわあああああ!」


 その叫び声すら、遥か後方へ置き去りにしていく。


 目を開けるのも辛いほどの速度の中、楓太は剣を構え直す。

 そして先程と寸分違わぬ場所に、剣を突き立てた。



 しかし、ジズは苦悶の咆哮を上げただけだった。



 それはまたしても、致命傷を与えられなかったという事実を示す。


 楓太と二条院が歯噛みしている間にも、ズタボロだった翼は再生を始め、ひびの入った体表も修復されていく。


「バ、バカな……アレだけやったのにもう自己再生が……」


 落下の最中、二条院の額に脂汗が滲みだす。


「フーちゃんさん! ジズを倒すには、首を完全に斬り落とすしかないの! 時間を与えちゃダメなの、すぐ再生しちゃうの」


「私とメリューヌで、再生を遅らせる! その間に…!」




 萌々花の言葉に、楓太は思わず笑みを浮かべた。




 仲間から忘れられてしまうくらいなら、一人でやっていこう――。


 そう思っていた楓太。

 簡単ではなかったはずの決意を、容易く覆してしまうほどに、背中を預けられる感覚というのは特別なものなのだろう。


「ならばオレは、翼をぶっ壊しまくっていれば良いな!」




 楓太を起点に、萌々花、メリューヌ、二条院が歯車を噛み合わせる。

 一つのチームとして、動き出した。


「まるで潤滑油みたいだよね。はぁ……キミのそういうところ、ホント羨ましい」




 それまでずっと蚊帳の外のように振る舞っていた太良木が、もやくやと羨涎せんせんを垂らす。



 そしてジズを見上げ、冷たく煽った。


「ほらほら。そろそろ本気出さないとヤバいんじゃないの、ジズ?」


 楓太が再び斬り付ける構えを取り、二条院が床に戻って加速の準備をする。


 萌々花とメリューヌが呪文の詠唱を開始した――まさに、その時。




 空間を震わせる、凄まじい咆哮が響き渡った。




「……いよいよか!」


 楓太の顔が険しくなる。

 ジズの周囲の空間が、ぐにゃりと歪み、捻れだした。


「マズイの。めちゃくちゃマズイの! ジズが、切り札を……!」


 肺の中の空気を絞り出すように、メリューヌが叫ぶ。


「メリュ、知っているって言ってたよね? 切り札ってどんなものなの?」


「ジズは……海のレヴィアタン、陸のベヒモスと並ぶ、大空の支配者なの。だから、空の下でこそ、その真価を発揮するの」


「つまり、今はジズにとって不利な戦場ってことなんだ」


「そうなの……だから、ジズは自分にとって有利な戦場――潜在能力の全てを発揮できる空間を、強制的に作り出すの」


「え? それって、つまり……」


 萌々花の言葉を遮り、世界が砕けるような鋭い音が響いた。


「……は、はぁ?」


 思わず身を竦ませた楓太たち。

 彼らがその直後に見た光景は――





 見渡す限りの、大草原だった。






 艶々と輝いて揺れる草の大地と、雲ひとつない真っ青な空が、遥か視界の先で混ざり合っている。


「な、な、なんじゃこりゃあ〜」



 二条院の渾身の叫びも、全く反響しない。

 水平線か地平線の彼方へ飛んでいき、二度と帰ってはこない。



「魔女の固有結界の原型ともいわれる神獣の心象風景投影。ジズは自分に最も有利な戦場、大空を作り出す力があるの……!」


 楓太は無意識に掌の汗を拭い、銀剣を握り直す。




 青く澄み渡った大空が広がり、ジズはその中心で威風堂々たる存在感を放っている。




 まさに今、大空の支配者が、その玉座たる大空のもとに降り立ったのだ。




 これまで負わせた傷は一弾指の間に塞がり、もとより大きかった体躯も更にひと回り巨大化している。

 まさに〝空を覆う〟ように。




 楓太たちがジズの心象風景に取り込まれてまだ十数秒。

 しかし、刻一刻と状況が絶望に漸近していくのを、誰もが肌で感じていた。




「デッカ……って、あれ? 太良木さん、居なくない?」


「多分、彼がジズを使役しているからなの。効果対象に含まれなかったんだと思うの。それより、モーちゃんさん! なんか、ヤバいの!」



 メリューヌが何かを察して焦燥を吐き散らすと同時に、楓太と二条院も強烈なプレッシャーを感じ取った。



「二条院さん! ……ブレスが来ます! 最大級の防壁をっ」


「ブレスって、ドラゴンが吐くんじゃないのか――」



 ジズが、三度目の咆哮を放つ。



 だが、今度は単なる威嚇ではない。

 大きく開いたクチバシから、眩い光が迸り始めた。


「マズいな……」


 ジズのクチバシから漏れる光が、スっと収束した次の瞬間。


 小さな太陽が、そこに顔を覗かせた。


 多分、刹那より短い間に『こんなの戦略もクソもねぇ』と楓太は歪んだ笑みをこぼす。




 人は本当に絶望した時、笑ってしまう――どこかで誰かが、そんなことを言っていたような気がする。




「……たった3人の人間と人魚1人を相手に、いきなりブレスを放つなんて、神獣としての風格が足りないぞ!」


 旗色を変える妙案を楓太が思い付くよりずっと早く。

 隣にいたはずの二条院が既に、逆さ雷のごとく空に向かって加速していた。





「二条院さん! 何を!?」


「防げるかどうか分からん規模の攻撃なら、こちらに向かって撃たせなければいい! ……ということだろう!?」





 二条院の言葉を聞き、その意図を真っ先に理解したのは意外にもメリューヌだった。


「に、二条院さん!! ジズのブレスは、高熱の球体状のはずなの! だから……吐き出す直前というか直後というか……タイミングが肝心なの」


「理解した! ありがとう、小さな人魚のお嬢さん!」


 ジズがクチバシを最大限に開き、ブレスを吐き出そうと首を少し引いた、その瞬間。


 二条院もまた、ジズの頭の右横に到達した。



 首を突き出しながらブレスを吐き出し始めたのを肌で感じ取り、二条院は進む向きを変える。

【鳳凰図】と【戦争礼拝】を、同時に最大出力にした。


 そして、あらん限りの全霊を込めた一撃を、ジズの右こめかみへ叩き付ける。


 万雷が落ちたかのような轟音が、虚空を劈いた。




 凄まじい衝撃に、ジズの首が嫌な音を立ててあらぬ方向へと捻じ曲がる。


 小太陽のようなブレスも明後日の方向へ飛んでいき、遥か彼方で本物の太陽より太陽らしく、地に落ちた。



「ドンピシャです!!」


「吐き出すタイミングで顔の向きを無理やり変えさせたのか……それでも、この熱気か……」


 ジズから少し離れているが、萌々花の額と頬は一瞬のうちに汗を滲ませた。


 恐らく【戦争礼拝】がなければ、二条院もこの一連を成就させることなく、消し炭になっていただろう。


「ぐ、う…………【戦争礼拝】越しでも、肌が焼けそうだ……!」


「二条院さん! そのまま降りてきてなの! 私が治癒するの!!」


 二条院の落下予想地点に、メリューヌが治癒用の魔法陣を展開する。




 地面に到達する前から治療を開始し、二条院の周りを極光のような鮮やかな光の帯が舞った。

 赤くただれていた皮膚も、みるみるうちに綺麗なハリとツヤを取り戻していく。


「メリュ。そんなこともできるのか」


 神獣相手に、捕縛班の隊長という重要な戦力をここで欠くわけにはいかない。

 メリューヌの妙技に、楓太は感嘆を漏らした。


『ギィ……!』


 しかし、そんな楓太たちの思惑とは裏腹に、ジズの頭はもう再び正面を向いていた。





 それどころか、そのクチバシには次弾のブレスが充填されつつある。


 骨が砕けていたであろう首も、ひと鳴きする間に完治させ、次の攻撃を見据える。


 これが心象風景を展開した本気のジズ……神獣の本気。



「…………マジかよ」


 そして、2発目のブレスがあっさりと吐き出された。


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