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014 そのニュースを知らない

 

 散策を切り上げることにして3人は悩んでいた。


「家に帰るにしても……」


「うん。フーちゃん家は、まずいかもね。あの人も知ってるかもしれないし」


 

 萌々花は、腕を組んで考える。


 

「そしたら……私の家に行こうか」


「え? でも、モーちゃんさん家も、バレてるんじゃないの?」


 

 メリューヌがそう思うのも自然な流れ。

 なのだが……。


 

「協会に届け出ている住所ならね」


 

 いたずらっぽく萌々花は笑って、人差し指をピンと立てた。


「……どーゆーことなの? なの?」



 

 疑問符と一緒に浮かぶメリューヌが、楓太に説明を求めるような視線を向けた。


 

「ああー。萌々花はさ、なんというか、アレなんだよ」


「アレ?」


「お嬢様なんだ。実家の中庭は、広すぎて迷子になるし、別荘は国内に3つ、都内にも萌々花専用のマンションが5部屋ある」


 

 まるで、おとぎ話みたいな萌々花のバックグラウンドに、顎が外れそうなほどメリューヌは目を丸くする。


 そんな萌々花の〝第2の家〟があるのは二重玉ノふたえたまのい駅で、〝第1の家〟がある動橋駅からは乗り換え1回で30分くらいで行ける。


 

「お嬢様かぁ……」


 

 移動のために乗った電車の中で、萌々花のポシェットに収まったメリューヌがボソリと呟く。


 宙を漂うメリューヌはそのままだと、こういう乗り物の慣性が働かないので、何かに掴まっていないと大変なことになる。



「ん? なに?」


「い、いや。お嬢様っていうのも、いろんな種類があるんだなと思ったの。箱入り娘だけじゃないのね」


 

 それを聞いた楓太は苦笑する。


 

「いや、ご実家が送り出しているというよりは、萌々花が……半ば強引に……」


 

 そこまで言ったところで楓太は萌々花のナイフのような視線に気付いて、言葉を濁した。


 

「そ、それで……今から行くのは、どんなお家なの?」


 

 と、メリューヌがサラッと話題を変えてくれた。気が利く。


 

「他のお家とは違って、私が普段、受付とかをする魔導美術館の近くじゃないところを選んでみた」


「そんなにたくさんの家があるの?! 迷ったりしないの?」


 

 車窓の外で吹き飛んでいく景色に眼球を翻弄されているメリューヌが不思議そうに尋ねる。


 

「その日の気分で決めるんだよ。静かな場所で勉強したい時もあるし、友達と遊びたい時は、便利な場所のがいいし」


「へぇ〜すごい! 大人みたい!」


 

 メリューヌは、目を輝かせる。

 隣で楓太は、苦笑していた。


 二重玉ノ井駅に着くと、そこからは徒歩。

 5分もかからず高級タワーマンションが見えてきた。


 

「わぁあああ……」


「こんなんで驚いてたら心臓もたないぞ。とにかく全部、桁違いだからな」


「フーちゃんさん家も、すごかったけど……うわぁ! 対魔力式のオートロック! 最新型なの!」



 萌々花の高級マンションのおかげで、メリューヌの記憶もまた少し回復した。



「ここは、私のお家の中でも1番豪華かな」


 

 萌々花はいくつも持っている鍵の中から、手際よく〝当たり〟の鍵を選び、オートロックを解除する。


 電子音とともに滑らかにガラスドアが開いて、3人を招き入れてくれる。

 加速度をほぼ感じないエレベーターで15階まで登ったら、そのフロアの角部屋が萌々花の〝第2の家〟だ。



「お邪魔します」


「どーぞどーぞ」


 

 急な来客にも関わらず素晴らしく片付いていた。

 床はピカピカ、家具にはホコリひとつなく、空気も澄んでいる。


 

「これはもしや――なの」


「……そうだよ、メリュ。ルームキーパーさんがいるのさ。専属のね」


 

 メリューヌの目がいよいよ落ちそうだ。



「もう。大袈裟なんだから、フーちゃんったら」


 

 足障りのいい木製床のリビングに通された楓太とメリューヌは所在無さげ立ち尽くす。


 萌々花はベッドのようひ大きなソファに腰掛けて「テキトーに座って〜」と言いながらテレビをつけた。




 ニュース番組が流れている。


 

『――――Aランク結界班チーム、〝月の牙〟が、未帰還となっている模様です』


 

 緊張感を多分に含んだアナウンサーの声が、一同の耳に飛び込んでくる。



 画面には〝月の牙〟のメンバーが映し出されていた。


 

「うわ……タイミング……」


「いや、ちょうどいいよ……俺らはこの話を知らなすぎる」


 

 楓太もソファに座る。


 

『〝月の牙〟は先日、東京都内の戸倉古集館に保管されている魔導絵画【ヴィーナスの化粧】の個有結界に潜入したまま、帰還しないということです』


 

 画面を見詰めて、楓太は息を呑む。



 最終的には存在を忘れられてしまったしまったとはいえ、何度となく個有結界を踏破した仲間の名前を、こんな形で聞くことになるとは思ってもみなかった。


 

『〝月の牙〟以外にも、Aランク結界班の未帰還が相次いでいるという情報もあります……そのあたりについて、解説員の中井さんに聞いてみます――中井さん』


『はい。祓馬士協会は毎月、未帰還となった結界班の情報を公開しています。このグラフが示す通り、Bランクだけでなく、Aランクの未帰還者も増加傾向にあります』


 

「え? ……Aランクの結界班が、次々と未帰還?」


「こんな話、俺は知らない」



 部屋の空気が重くなる。


 昨今の対策により、未帰還者が出ることはかなり少なくなった。


 それがAランクともなれば、尚更のこと。




 それが複数のチームで同時多発的に発生しているというのは、極めて異常な事態と言わざるを得ない。




 特務として未帰還者の捜索を依頼される立場にある楓太が、その実態を知らされていないのも理屈的にはおかしい。




 もしかしたら協会のホームページとかにひっそり公表されているのかもしれないが、そうだとしても実際に捜索をする者には直接伝えるべきだろう。


 

「それに、Aランクチームの捜索なんて依頼が来たこともない」


 

 冷たく這い寄る嫌な予感が、2人の心を侵食する。


 メリューヌは、萌々花の肩にとまる。

 空気が鉛のように重くて上手く泳げない。


 

「俺が疑われてるのは〝月の牙〟のこと……でも、同時に、Aランクの未帰還が増えてると公表された」


 

 楓太の脳裏に、これから起きるかもしれない最悪の事態が去来する。


 

「もし、あのまま協会に行っていたら……全ての事件の犯人に仕立て上げられてたかもしれない」


「確かにあの感じだと、やり兼ねない」


 

 反論に聞く耳持たない強行な雰囲気も、それを示していたのかもしれない。


 楓太は決意を固めるように、何度か深呼吸をする。


「どうするの? フーちゃん。……流石にこれは、お姉さんに相談した方が良くない?」


「いや。アイツはこんなことじゃ動かない」


「そっか……じゃあ、どうするの?」


「〝月の牙〟が消えた【ヴィーナスの化粧】……。戸倉古集館へ行く」


 

 楓太は、拳を握りしめた。



「なるほど。裏をかくって感じね」


「で、でもそれって捕まりにいくようなものじゃ……」


 

 顎に手をあててニヤリと笑う萌々花と、その肩の上でオドオドするメリューヌ。


「外で手掛かりを探しても多分、後手後手だ。それなら、水呑たちが未帰還になった個有結界に行って、この手で直接探した方が、早い」


【リンゴとオレンジの静物】の既視感を有する楓太ならば、闇雲に調べ回るより、狙いを定めていく方が戦略としては正しいだろう。


 

「当然だけど、私も一緒に行くからね。まさかだけど、また置いていこうとか思ってないよね??」


「……じゃ、じゃあ私にも協力させてほしいの! 早速、恩返しのチャンス到来なの」


 

 憂いの重力から少しだけ解放されたように、楓太は笑った。


「行くなら早い方がいい……明日、行くか」


 

 そう呟いた刹那、裏をかき先手必勝で動くスタイルは、水呑もよく使っていたな……と懐旧して、深く目を閉じた。


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