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001 その駅で降りる


 人が本当に死ぬ時は、誰からも忘れられてしまった時だ。

 

 どこかで誰かが言っていた。

 

 誰かの記憶に残っている限り、人は死んでも死なない。

 

 

 いい言葉だ。

 

 

 しかし……逆に、生きているのにも関わらず、誰からも忘れられてしまったら――それは生きていると言えるのだろうか。

 

 

 音を立てない環状鉄道の車両の中で、九石さざらし楓太ふうたはそんなことを考えていた。

 

 ぼんやりと眺める車窓の外には、最新の立体映像広告が色鮮やかに映し出された高層ビル群が幾重にも連なっている。

 たまにその合間を飛ぶ車も見える。

 

 これらの魔力を動力源とした次世代技術は、ここ十数年で目覚ましい進歩を遂げた。

 この車両の主動力も当然、魔力だ。超電導でもないのに、少し浮きながら走っている。

 

 

「ほっ……! ん〜〜、や! …………あれ?」

 

 

 2つほど席を空けて座る少女が、指先に小さな光の玉を作っては消している。

 視界の端っこでチカチカしているが、さして気にはならない。

 

 こうやって鉄道の車両内でも普通にお目にかかれるほどに魔術は、ごく一般の人々の生活に浸透している。

 

 半世紀前に魔女との戦いに勝利した人類は、魔術の恩恵を受けつつも、脅威と隣り合わせの日々を過ごしていた。

 

 熾烈な戦闘が行われた地域には未だに強い残留魔力が残り、一般人は立ち入れない非居住区域とされている。

 

 

 甲高い軋む音と共に、車両が大きく傾いた。

 

 電車がカーブに差し掛かったのだ。

 居住区域の外縁を走るこの路線の名物的な、急カーブ。

 

 大きく揺れる車内で、楓太は何もなかったかのように涼しい顔で、ぼんやりと車窓の景色を眺めていた。

 

 もう何度も見た――いや……今日、何度も見た景色が車両の後方へ吹き飛んでは消えていく。

 

 立体映像広告も何回も観たし、急カーブも何度も走った。

 なにせ楓太はもう何周も、ぐるぐると同じ路線を回っている。同じ車両、同じシートで。

 

 そうしていればいつか、自分の居場所が見付かるような気がして……。

 

 

「ほら、電車の中で魔力操作の練習はやめなさい」

 

 

 窘められながら母親に手を引かれていく少女を目線だけで見送る。

 乗り換えにいい車両へ移動したのだろうか、きっとあと数駅したら降りるのかもしれない。

 

 そんな光景も、もう何度も見た。

 

 

「次の駅は、エレベーター少ないからなぁ。おっと、姿勢悪過ぎじゃねぇか、俺」

 

 

 他の乗客が少ないのを良いことに足も投げ出し過ぎていたのに気付き、姿勢を直す。

 行儀よくシートに深く腰掛けた瞬間、デニムのポケットの中でスマートフォンが震えだした。

 

 すぐにポケットをまさぐってスマートフォンを取って、画面を確認したが――通知は何もない。

 

 

「……はは、はははっ。幻覚か……だいぶ病んできたな、俺」

 

 

 最初から震えてなどいなかった。

 

 諦め悪くメッセージアプリを立ち上げて中を確認してみたが、やっぱり新しい通知はない。数日前に届いたメッセージが最上部に表示されているだけだった。

 

 見たくなくても目に入る、7日前に届いたグループチャット。

 そして、その翌日に届いた個別のメッセージ。

 

 

『お疲れ様。明日の集合場所は、変更なく中央公園の噴水前だ。時間も変更なし。明日潜入する予定の結界は危険度が高いって噂だから、しっかり準備してきてくれよ』

 

 

 ――魔術がいかに日常に溶け込んでいようと、個人が高度な魔術を扱うには才能や努力、あるいは資格が必要だ。

 

 そしてこの国では、その才能と資格を持った者のことを祓魔士と呼ぶ。

 楓太はその1人で、その中でも〝結界班〟と呼ばれる職種に就いている。

 

 今、楓太がぼんやりと眺めているメッセージは、所属する結界班のチームリーダーから送らてきたものだ。

 

 ……いや、正しくは 〝楓太が所属していた〟と表現するべきなのかもしれない。

 

 

 このメッセージはメンバー全員が見られるグループチャットに送られていた。

 いつも通りの定期連絡なので、楓太は特に返事もしなかったが、それは別段おかしなことではなかっただろう。

 

 しかし翌日、予定通りに公園に向かっても、そこに誰かが来ることはなかった。

 

 楓太は10分前行動のクセがあるが、予定通りの時間になっても1人としてチームメンバーは現れない。

 

 何か間違えたか、あるいは集合場所が変更されたのか――確認しようとした瞬間、個別のメッセージが届いた。

 

 そこでようやく楓太は何が起きているのかを理解した。

 送り主はチームの別のメンバー……そしてそこにはこう書かれていたのだ。

 

 

『すみません、他の者がチームメンバーと間違えてグループチャットに招待してしまったみたいです。この後、グループから削除します。メッセージなどは忘れてください』

 

 

 それは楓太を何度目かの絶望に叩き落とした。

 

 グループから削除されたら、新たにメッセージは送れないし、削除後に始まった会話は楓太には通知も表示もされない。

 仕様で過去のメッセージを見返せるのは、不幸中の幸いのようだが……いくら見返したところで、何かが変わることはない。

 

 

「また、ダメだった」

 

 

 楓太の実力は、チーム内でもトップクラス。

 むしろ、その実力や有する魔術などが目に留まり、チームの方から声を掛けてきたのだ。

 

 しかし皮肉なことに、その特殊な魔術の副作用で、楓太は時間が経つと仲間から忘れられてしまうのだ。

 

 存在価値も功績も。

 

 果てには、存在そのものも忘れられてしまう。

 

 

「もしかしたら今回は……アイツらなら、大丈夫なのかと、期待していたんだけどな」

 

 

 でもダメだった。やっぱり忘れられてしまった。

 

『無能』と罵られるわけでもなく、『お荷物』と蔑まれるわけでもなく……完全に楓太のことを忘れてしまった。

 彼らの記憶の中に、九石楓太はもういない。

 

 いつもより長く近くに居たせいか、いつもより酷く忘れ去られてしまったということか。

 

 

「面と向かって『お前みたいな役立ず、追放だ!』って言われる方が、まだ気持ちが切り替えやすいなんて……初めて知ったぜ」

 

 

 自嘲気味に呟く楓太の耳に、ふと車内アナウンスが飛び込んできた。

 

 

『次は、上埜かみの、上埜駅です。お出口は右側です』

 



 耳に飛び込んできた駅名に、楓太は顔を上げた。

 その駅名も、何度となく聞いていたはずなのに、今は特別な意味を持っているかのように言葉の1つ1つが粒だっている。



 上埜駅。そこには、歴史ある魔導美術館があったはずだ。

 祓魔士になるよりずっと昔に、幼馴染みと一緒によく来ていた。

 

 

(……ん? 発車しないな)

 

 

 どういうわけか、いつもより長くドアが開いている。まるで閉まる気配がない。

 

 何だか、ここで降りろと言われているような気がして「…………降りてみるか……」と、ついに重い腰を上げた。

 

 膝や腰が固まっていて、ゆっくりとしか動けなかったが、ドアは全く閉まろうとはせず、余裕で降りられた。

 

 

『……〜が入りました。つきましては、この列車は当駅でしばらく停車いたします。ご利用のお客様におかれましては、お急ぎのところご迷惑を………………』

 

 

 ホームを歩いていると、緊迫した駅員のアナウンスが響く。

 どうやら事故か何かで停車しているようだ。

 

 降りられたのは果たしてラッキーかアンラッキーか――。

 

 

 

 

 階段を下り、人の流れに逆らいながら改札を抜け、そのまま駅の西口方面へ進む。

 すぐ魔導美術館が見えるはずだ。

 

 のんびり歩いたって30秒もかからない……そんな短い時間と距離の中で――楓太の視界に突然、大きな魔獣が現れた。

 

 

 地面を揺らして降り立ったのは、二階建ての駅舎を凌ぐ上背を有する髑髏面の巨人だった。

 

 

『グカァアアアア!!』

 

 

 天を割るような咆哮が、鳴り出した防災無線すらもかき消してしまう。

 

 

「ん? なんだ、コイツ……ああ、なるほど。さっきのホームアナウンスは、コイツの接近が原因だったのか」

 

 

 楓太が人の流れに逆らっているように感じたのも同じ原因だろう。

 駅舎は構造的に強く造られている場合が多いからそこへ避難のために逃げ込んでいたのだ。あるいは構内を通り抜けて、駅の反対側へ逃げようとしていた人もいたかもしれない。

 

 逆光でよく見えないので、手をかぜして見上げる楓太。

 明るい影の中で、髑髏面の奥から禍々しい視線が向けられていた。



「……アンタイオスか。何でこんな所に?」

 

 

 そう悠長に構えているのは楓太だけで、周りにいる他の人たちは恐怖に腰を抜かしたり、逃げ惑ったりしている。

 

 

「どこかのチームが『ハズレ結界』を引いちゃったのか……。そんでもって少しダメージを負ってるってことは、討伐班が動くには動いたけど、仕留め損なったってわけね」

 

 

 ブツブツ言いながら、アンタイオスにゆっくりと近付いていく。

 

 

「ここに来たのは人間を喰って、回復するためか。でも魔力の少ない一般人なんかじゃ焼け石に水だぞ」

 

 

 余裕綽々で見上げてくるナメた視線に気付いたのか、アンタイオスが屈み気味になってまた叫んだ。

 最初より数段大きくなった咆哮は、それだけでアスファルトを砕き、駅舎のガラスを割り、人々を失神させていく。



「う〜〜るさいなっ! ……回復目当てなら俺を襲うのが正解かもね。魔力の量には自信があるし」

 

 

 だけどそれも実は不正解だけどな――と、ほくそ笑む楓太。

 その右手には、いつの間にか1本のペンが握られていた。

 

 ペン先から軸までガラスでてきた繊細で美しいガラスペンのようでもあるが――しかしひと目見て、それがただの筆記用具ではないことを、直感させられる。

 

 10本の細い溝が渦を巻いている細いペン先から、紫色の光塵が漂っている。

 

 ペン先から継ぎ目のない一体型の軸。

 そこには、古代建築の柱のような細い溝が刻まれていたり、螺旋を描いたりしている。

 

 そんな装飾の境い目には、クビレとビー玉のような球状の部位があった。

 球状部位の中では、神秘的な光の粒が煌めいている。

 

 

 楓太はおもむろにペンを空中に掲げ、スラスラと走らせていく。

 

 星屑のようなインクが古代文字を虚空に刻む。

 

 ――そして、須臾しゅゆの間に、溶けるように消えた。

 

 

「……細かく刻むか」

 

 

 渦状のペン先をアンタイオスに向ける。

 

 薄い風切り音が鳴り、空から何本か光の筋が降り注いだ。

 光の筋は、アンタイオスの周りを高速で飛び回り、眩い螺旋を描いた。

 

 渦中のアンタイオスが髑髏面をキョロキョロさせていると、遠くから叫ぶ声が聞こえてくる。

 

 

「危ない! 逃げるんだ、そこの人!! 僕たちに任せて、早く逃げろ!」

 

 

「もしや討伐班? ……いや、任せてと言われても……」

 

 

 言うが早いか、アンタイオスは145枚の輪切りになって、地面に崩れ落ちた。

 

 

「もうやってしまった」

 

 

「…………え、え!?」

 

 

 呆然とする討伐班のメンバーに、楓太は冷静に話し掛ける。

「すみません、勝手に手を出してしまいました。怪我はないですか?」

 

 

「え? あ、ああ……助かったよ。まさかアイツを一撃とは……キミは、一体?」

 

「俺も祓魔士です。これ、ライセンス」

 

「ああ、どうも。さっきの原典魔術も見たことない感じで……ここにはプライベートで? ――って、え? 結界班!?」

 

 

 ふうっと小さく溜め息を吐いてから、楓太は前髪を自分の手のひらで梳る。


 環状鉄道の中で日差しにさらされ続けて、ヘタレてしまったポンパドゥールをビシッと整えていく。



「そこの上埜魔導美術館に用があるんです。すみませんが、後処理はお願いしますね」

 

「あ、それと、アンタイオスはできるだけ一撃で仕留めないとダメっすよ。ダメージ負うと、すぐ逃げて、回復のために一般市民襲うので。しかも回復したら、同じ攻撃が効なくなる」



「え、そうなの? アンタイオスっていうんだ、これ……しかも前に倒したことあるのか?」

 

「いや、今日初めて見ましたけど……俺、そういう情報が〝視える〟ので。非居住区域から出てきたワケじゃなくて少し安心しました」

 

 

 そう告げ、そそくさとその場を離れようとする楓太。

 

 

「はぁ? ――え、ちょ。ま、待ってくれ! そんな実力があるなら、討伐班に移籍しないか? ぜひウチのチームに入ってくれよ。結界班なんて、日の当たらない仕事だろ……もったいないぞ」


 

 その言葉に楓太は、首を左右に振る。

 

 

「俺は結界班。魔女が隠した魔術を探して見つけて、管理して、危険因子を取り除くのが仕事です」

 

「ハズレ結界から逃げ出した魔獣の駆除とか……そういう市民の平和を守る仕事は、あなた方、討バ班に任せますから。お願いします」

 

 

 そう笑って背を向けると、美術館へと向かってまた歩き出した。

 

 

「そっか……居場所なんて探す必要がなかったんだな」

 

 

 全ては、自分の心の中にある。

 自分の居場所は自分で決める。

 

 たとえ仲間に忘れられようと、自分だけは、自分を忘れたくはない。忘れちゃダメだ。


「俺は、1人でもやっていける」

 

 

 左肩から斜めに掛けたサコッシュにライセンスカードとガラスペンをしっかりと収めて前を向く――その瞳には、確かに未来が映っていた。


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