ここはどこ00
東京の葛飾区の下町の生まれで高校を卒業し、近所のホームセンターでアルバイトをする主人公は、休憩時間にコンビニによってから公園のベンチで休憩していたら寝てしまった。起きた時にはベンチはベンチでも意匠を凝らしたものに変わっていて、周囲を見渡すと違う場所だった。
「ここは、どこだろうか」
はてはて。
コンビニエンスストアの帰り道に、公園のベンチで座って休憩していた。それが疲れて、いつの間にかうたたねしていたようだ。
起きたら、寝る前のところとは違うところだったとは、これいかに。
視線を下に向けると砂地だったはずの地面は芝生が生えそろっていて綺麗だ。
いや違う。そうじゃない。
変わるはずがない。
座り始めて寝てしまった木の椅子には、いつのまにか立派な彫刻が施されている。これでは調度品のようだ。
いい仕事をする。
いや、それどころじゃない。
前を見ても、左を見ても、右を見ても、後ろを見ても芝生と草花や木が青々と生い茂っている。整備されたそれらは庭師の手にかかって施された庭園のよう。
いやいや、どこの施設のお庭なの。
さっきいた公園はこんなに広大ではなかった。
向いに集合住宅があったはずなのに、見えない。道路が見えない公園ではないはずなのに。
木の向こうは広い空間とまた木々がそびえ立っている。
「どうしよう……いや、歩くしかないか」
移動していくと、壁のようにそびえていた少し蔓っぽい木は通り抜けできるようになっているところがあった。その場所を目指す。
ひょっこりのぞくと、後ろから声がした。
「どちらさまでしょうか」
「わっ」
覗いていた方へ身体を移動させて隠して、今度は反対側をひょっこり覗く。黒いエプロンを付けたおじいさんと鎧を着た大きな男の人がいた。本物の鎧のようで腕を上げるとガチャリという金属音もした。腰には幅の広い剣がぶら下がっていた。
「誰なのか名乗れ」
鎧の人は言った。
ひと呼吸整える。
「えっと、はい。私は、松本さわ子と、申します」
お客様対応モードオン。
「マ、マ……なんだって」
「マツモト・サワコ」
「マツモート・サワコウ」
「あ、い、いいえ。サワコです。最後のコウは音程上げないでください」
「それで、お嬢さんはどちらからお越しですか」
おじいさんは無難に名前を発音せずに質問してきた。
「えーっと、そ、それなんですが、じつは……」
かくかくしかじか事情を説明すると、黒いエプロンのおじいさんは髭をひと撫でしてこういった。
「それは困りましたなぁ」
「はい。そうなんです。私帰れますかね、家に。」
人と普通に話せている。幸運だ、幸運に違いない。少し楽しくなってきました。この状況。おじいさんの髪シルバーで、鎧の人の髪は黒っぽい茶色で、鎧の人の肌は髪よりは明るい茶色。
東京のアニメのオタクによるイベントでも近くであったのだろうか?
と逡巡するも、いや質量から与えられる重厚感がそれら推測を否定している。全部金属で出来てるようにしか見えない。
鎧や腰にぶら下げてあるとか謂われる類の物をジッと見ていたのが相手に伝わったようで、相手が質問してきた。
「どうしたんだい。そんなにこの男が珍しいかい」
「いえ、いや、あの。その鎧も剣も鉄で出来ているんですか?」
2人とも時が止まったように動かなくなったかと思ったら、見つめ合ってから笑った。
なんだ、いったい。
「どうしてそう思ったんだい」
「鎧を見るのが初めてだったのか?」
「はい。本物に近づけるために鉄で作製されたんですか?」
「は?」
「……」
笑っていた顔が険しい表情になってきた。
どういうことだ。
「あ、あの。あなたはパレードなどの参加者でそういう恰好をしているんじゃないんですか?」
ますます空気が張りつめていく。
息を吐いたおじいさんが、質問を変えてきた。
「そちらは何ですか。手にお持ちの」
「こ、これは……こちらに来る前に買った、あっ、アイス。あっ、やばいとけちゃってるかも」
袋の中を急いで見るとアイスの紙のカップは随分と汗をかいたようで袋の中が塗れている。そっとカップを掴む。容易くへこむ紙カップ。ふたの淵から見える白いバニラ味の液体。
と、溶けてる。
「あちゃー。アイス溶けちゃった」
「新たなお困りごとですかな」
「いえ、いやお困りごとに変わりありませんが、いたしかたありません」
「というと」
「溶けやすいアイスを買っておいたのに、寝ていた私が悪いんです」
「それで溶けてしまったと」
「そうです。これじゃ、アイスのおいしさ半減だ。すくいとって食べるのが美味しいのに」
「これはこれは……溶けたということは、もう一度凍らせれば食べられますかな」
「はぁ、まぁ、食べられます。冷凍庫使わせていただけるのであれば」
「いえ、冷凍、庫はありません」
「そんなぁって、そうですよね図々しいことをもうしわけありません」
「なに、大したことではありません。どうぞ、こちらへ」
「はい」
「……」
おじいさんを先頭に、次に私、後ろに鎧の男性が続いた。
おじいさんの質問に答えながら歩く。年齢、住所、親の名前、職業。18才、葛飾区、父・克己と母・夏生、アルバイトをしながらの夜間学校生。アルバイトはホームセンターだ。園芸コーナーが主に任されている。
「アルバイトとはどんなお仕事ですか」
「えぇっと、ホームセンターの店員をしています。いや、していました?」
「どうしました」
おじいさんの質問に答えながら、目にするここの様子から得られた情報を元に情報の整理とこの場所を推測しようと働きだす脳。
後ろを向いて聞く。
「それは……本物、なんですね……」
「あぁ」
そんな。
彼らオタクの盛り上がったノリで冗談ですよとこない。静かになる空気。真剣な時のあの空気感が漂っていた。
本物の装具。
手入れされている公園よりも広いところ、そう、まるでそれは。どこかのメディアで見た海外の昔のお金持ちの庭園のよう。
「……私、自分の世界に帰れますかね?」
「……ワシには、分かりかねます。」
「ありがとうございます。答えていただき。」
「いえ。トトお主は知っておるか」
「いえ。全く。」
「……こちらは有名な方のお屋敷ですか国の庭園ですか」
笑みを浮かべた老人は言った。
「これは失礼、申し遅れました。ワシは、いえ、私はバイスと申します。ここはシーグラント国のランドル侯爵家所有の別邸です。国の北部に位置するこちらは、旦那様ご一家が夏の暑さを凌ぐため、避暑地としてお使いになられています。私は、主にこちらの屋敷の庭の管理を任されておるのです。それから後ろの騎士は、護衛や警備担当のトトと申し、ランドル侯爵家に使えるビルデガルド伯爵家の出の者にございます。」
「……丁寧な挨拶、痛み入ります。私は先ほど申し上げた松本さわ子と申します。東京の葛飾区生まれでございます。出身国は日本国と申します。日本以外への地へ赴いたことは無いので、今回が初めてとなります。宜しくお願い申し上げます。」
頭を下げる。
「そ、それから、大変申し上げにくいのですが、名前を直ぐに覚えられなくて……また訊ねると思いますのでそのときはご容赦ください。」
「ははは。いやいや、何。そうですか。構いません。分からなければ何度でもお聞きください。」
「ありがとうございます。大変助かります。」
会釈をして、お礼を言う。
「バイスは優しいんだ。なんでも教えてもらうといい。」
トトさん、トト様。ここは初対面なので様というか。
「トト様。」
「トトで構わない。ただ正式な場や旦那様の前では様で宜しく頼む。」
「分かりました。」
「ホーム・センターという場所で……御働きされていたようですが、どのような仕事内容でしたか?」
「そうですね。園芸用の土や肥料、苗などの補充や棚卸、販売をしておりました。どの商品を取り扱うかは、チーフが店長と相談して決めます。私たち下の者は、どれに客の関心が集まっているのかなどの報告をします。」
「なるほど。園芸とやらは庭師とどう違いますかな?」
「そうですね。庭師は、庭の増設や手入れ、扱うアイテムの管理や販売も行っている場合もあるでしょう。しかし園芸の意味は幅広く。正しく庭師という専門的な職業だけを指し示すのではなく、農家のそれも幅広い意味で言えば園芸と言えますし、家庭で消費する分だけ栽培する場合でも園芸と言えます。まぁ、俗に家庭菜園と言われたりしますけれど。って色々言いましたが、教えてもらったわけではなく、なので、正直、これで確かに100%正解かと言われると不安です。」
「ふぉほほ。結構、結構。」
ほほ笑みながら、前に向き直り進むバイス氏。
後ろにいたトトは隣に来て声を掛けてきた。
「園芸とやらは得意なのか?」
「実際、自分で育てたことがあるのかという意味でしたら、ほとんど経験ありません。」
「何故その仕事をしようと思ったんだ」
「家から近いし、日常的に通っていた店ですし、時給もまぁ、悪くはなかったので。」
「園芸、好きじゃないのか?」
「別段、好きでも嫌いでもないです。普通に好きくらいですかね。」
「なお、結構。」
すごく嬉しそうにしてバイス氏は笑っているが、なんだろうか。
「大変申し上げにくい、手前勝手のことで、その、大変恐縮なのですが、私もここで働かせていただけませんでしょうか。」
「それについてはここを取り仕切っている執事の許可がいる。」
「その方にお会いすることは……」
「心配することはない。それはもともとするつもりじゃ。」
「改めて宜しくお願いします。」
「さぁ、行こう。もう少しだ。」
トトの声に皆、また歩み出す。
結構歩いている気がするのだが、どれだけ広いんだ。侯爵家の別邸って言っていたけれど。
「ワンワン」
犬?
前方を見ると、5頭の大型犬が駆け寄ってきていた。
すごい迫力。
こ、怖いんですけど。
心持ち、トトの傍による。
ジャーマンシェパードに感じが似ているか。
ただ、もう一回りはありそうだ。
「な、何て名前の犬種ですか?」
「あぁ、これか。これは、ジョルジュダンストだ。」
「な、なるほど。」
そういえば、聞いたことないの当たり前のことだった。
匂いを嗅いでくる。とびかかっては来ないようで安心した。2人は楽しそうに犬を撫でて「どうした?」など会話をしている。
「よ、よろしく。わんちゃんたち。私は松本さわ子だよ。」
「ははははは。屋敷に着いた。さぁ、中に入ろう。」
バイス氏の向こうには、……いや、もう少し向こうの方には、石のレンガのようなもので出来た屋敷が建っていた。壁は白っぽく、縦長の窓がいくつもあってやところどころ横長の四角い窓があった。
左右には、塔もある。そこの横に納屋だろうか二階建ての建物があり、その横にも大きな建物があった。と、とにかく広い。
ここ、避暑地で年に一度来るか来ないかだよね。
それが、こんなに広いって。庭も広いし。……広すぎやしないか。
「すごいですね。」
「ふふふ。そう言ってもらえて嬉しい限りです。」
「そうだろう。」
「トトは伯爵家なのですよね。」
「えぇ、有名な家柄でいらっしゃいますよ。」
「おお。」
つまり、そんな有名な伯爵家の別邸よりも立派な侯爵家の別邸ということですか。もー、「へー。」ですよ。
「どうりで私歩いても歩いても建物に出会えなかったんだなぁ。」
「はははははははは。疲れたか。」
「えぇ、正直言うと。」
「では、こちらへ。あともう少しで椅子に座れます。」
「励みになります。」
「はははははは。」
「トト笑い過ぎ。」
「これを笑わなくてどうする。」
「笑わないでそっとしておいてくれると助かります。」
そんなことを話している内に、木の扉が迎え入れてくれて、入ったすぐの部屋にはテーブルがあった。
デカい。
「さ、こちらの椅子へ」
「あ、ありがとうございます。まじ神。」
「あはははは。大げさな。私が神と。ふふふふふ。」
「さぁ、先ほどのアイスとやらを」
「あぁ、そうですね。そうでした。」
袋をテーブルにおいて、中身を慎重に取り出す。
「蓋を開けてみます」
左手で支えながらカップの蓋を開ける。
すると、トロッとカップの中が揺れた。
「間違いない。もう完全に溶けてしまいました。」
「どれくらい固まると美味しいですか。」
「スプーンで掬えるほどで。削るほど硬いと食べられたもんじゃないので。そうなると削らなければならなくなる。」
「畏まりました。しばしお待ちを。」
そう言って、奥の部屋へと消えたバイス氏。
トトを見ると大きな壺から柄杓で水を汲んで飲んでいた。
「コップを使ってくださいよ」
思わず出てしまったセリフ。取り消せない。
「その通り。もっと言ってやってくれ。」
その声の方を見ると、赤毛の女性が立っていた。
恰幅のいい女性で白いエプロンをしている。
「我々にもコップに水を汲んではくれまいか。」
「是非」
「ははは。どれ。これかい、バイスが言っていたアイスとやらわ。」
「そうなんじゃ。」
「どれ。」
小指にすこし溶けた液を付けて、味見をする女性。
「彼女は、我々の食べ物を用意してくれるアルルだ。」
「さわ子です。」
「あぁ、甘いねぇ。よろしく。」
「溶けたままなら甘酸っぱい果物とも会いますよ。」
「いいねぇ。」
「すまんが、話しを聞いてたらお腹がすいてきた。」
「俺もだ。」
「アルル。これを冷やして固めるのに、どれくらいかかる。」
「いや、今回は、このままでいこう。」
「アイスを?」
「ソースにするのさ。これは肉にも会うよ。」
「えっ。デザートじゃないんですか?」
「ま、みてな。」
「よろしいかな。それでも。」
「はい、構いません。私も頂けるのであれば」
「よし、決まりだ。」
「出来上がるまでの間、部屋に案内しよう。」
「ビボルドのところへかい?」
「あぁ、そのつもりだ。」
「さっきマリーがお茶を淹れに行ったよ。書斎じゃないか。」
「ありがとう。さぁ、行こうサワコウ」
「はい。では失礼します。」
バイス氏の後に続いて、部屋を出る。
廊下は赤い絨毯が敷かれていてビックリした。遠く、向こうの方まである。ひとつにまとめて運ぶの重そう。「腰を気を付けろよ」とか「2人で必ず持つこと」とか注意してそうだ。
一階のエントランスと思しき部屋の手前にある扉に向き合うバイス氏。習って、後ろへ控える。
ーコンコン。
「バイスです。ご相談が、お時間よろしいでしょうか」
「入れ」
「失礼します」
ーガチャ。
バイス氏の後に続いて入室する。中も絨毯が敷いてある。今度は紺色だ。金糸の枠や飾りもある。立派だ。
扉のところに立っている私を、手招きするバイス氏。
「おいで。」
「はい、失礼します。」
急いで歩く。
「ごめんなさい。」
「うむ。さぁ、こちらが執事のビボルド氏だ。挨拶を。」
「はい。」
最敬礼、90度のお辞儀をして顔を上げた後に、自己紹介をする。
「初めまして、ビボルド様。私は松本さわ子と申します。」
「あぁ、初めまして。」
「御察しかと思うのじゃが……このお嬢さんをここで雇いたいのじゃが、ダメかのう」
「はぁ」
眉間にしわを寄せてため息をついた。これは……突然過ぎのかな。
「バイス。あまり私を買いかぶらないでいただきたい。もう少し詳しくお願いします。」
「違う世界から来た子のようじゃ。こちらの常識を分からないと通すのは容易いことだろうが、容貌もここまで変えて、身なりも見たことのない物を用意するにしてもと思っておって。」
「つまりバイスは彼女の言葉に嘘はないと。」
「うむ。それにな、犬たちが吠えなんだ。」
「それは……」
「あれらは剣を振るっておったトトにすらはじめは吠えておった。それが吠えずに5頭とも、匂いを嗅いで大人しくしておった。」
た、確かに匂いはかがれたが、1頭は首をかしげるだけで、別段なにをされるわけでもなかった。
「でだ、彼女を雇うことで手元に置いて監視もできる。素性も調べれば分かることも出てくるだろう。お嬢さんの立場から言えば、衣食住ついて給金も得られる。情報も得られやすくなるだろう。本当にこの世界のことを知らないのならなおのこと、ここで生活しながら知って身につけていけばいい。また知らないところへ放り出されるよりも安全だ。なんといっても、旦那様にサプライズが出来る。どうだいい考えだと思わんか?」
「詳しく教えていただくが、よろしいか?」
「はい。もちろんです。」
「決まりだ。正式ではなくあくまで見習いから始めてもらうぞ。」
「サプライズして許可が出たら正式なメンバーになるのだな?」
「そうだ。」
「分かった。よかったのう、サワコウ。」
「ありがとうございます。」
「この紙に基本情報を書いてくれないか?」
「わ、分かりました。」
うわ、この紙いつもの白い紙じゃない。薄っすら茶色なぁ。表裏あるのか、片側がツルツルしている。
「書く物借りていいですか?」
「もちろんだ。」
ビボルド氏が立つと隣の部屋へ案内された。大き目な机と向かい合う位置に椅子が2つずつ置かれていた。
部屋のランプに明かりをともすと、明るい色合いの壁紙があらわになった。
今、ランプにマッチとか使わずに火を付けたような。いや、火でもなく、光りか。
な、何?
魔法?
LED?
「こちらへ」
「はい。失礼します。心細いので、バイス様隣に座ってください。」
「いいぞい」
「こちらを使うといい。」
差し出された木箱には、黒い色の瓶と羽が付いた物が入っていた。
羽の付いた筆記用具は先が金具の薄いので出来ているようで、まるで形が万年筆のそれに似ている。この部分に瓶の中のインクを付けて書くのだろう。おそらく、そういうタイプに違いない。
「ありがとうございます。」
「履歴書みたいに、名前から順に書けばいいかな。」
「それで構わない。」
「分かりました。」
ひー、初めての羽ペンだ!
た、試し書きがしたい。ダメか。
いざ、勝負。
「えーっと。見やすいサイズ。」
”松本さわ子”と書いて、上に平仮名でルビを振り、下に、アルファベットを書く。うん。履歴書ってさっき言ったけれど、これじゃ名刺だな。
いや、いいか。
「次は生年月日」
”2007年7月15日”と。
「女性・満(18)才」
それから……
「住所は、郵便番号なんだったっけ。たしか〇○〇‐〇〇〇〇で、日本国、東京都葛飾、区、えーっと番地は……」
これでよし。
「名前と生年月日と性別、年齢、住所……あとは……」
「親の名前と住所とそれぞれの仕事について書いてくれ。」
「分かりました。」
向いの席に座ったビボルド氏は他に用意しただろう羽ペンを用いて何か書いていた。
よ、読めない。
アルファベットとも違う。似てたらよかったのに。
難しいなぁ。英語みたいな文法くらいでありますように。
神様仏様お願いします。
「名前書いて、続柄にしよう。」
”克己・父・自営業。夏美・母・自営業。住所は同じ。”
「していた仕事について書いてはどうだ?」
「確かに」
”アルバイト・ホームセンター○〇店・主に園芸コーナー担当”
「できました。」
「頭から何を書いたのか説明を頼む。」
「分かりました。」
父親の年齢については何歳か忘れていて、困っていたら、2人から「父君を悲しませるな」と言われた。
ごめん、父さん。
日本の国がどんな形をしているか大まかに図にして書いておいた。東京の場所を知ってほしくなってそうした。
文字の種類の多さに驚いていた。どう見てもいろんな種類があるように見えるもんね。後はホームセンターとアルバイトについての説明と時給っていう制度があることにびっくりしていた。
仕事ごとにいくらか言い渡されたりするのだそうだ。明細は、庭掃除で広さと時間をお互いが見積もってこれくらいだろうという値段を言い合う。そうして値段交渉がされるのだそう。
もちろん、金持ちだとか物が高い者を使用しているだとか腕前がこれだけあると認められている部分だとか加味される項目はある。
大雑把で表にこうあるべきと謳っているわけではないらしいが、それぞれにはそれぞれの業界の人々の相場というものがしっかりあるとかで、それによって確かに皆が納得いく金額というものが叩きだされるものだという。
よくわからないが、すごいな。
業界ごとに組でも組んで守り助け合っているのかな。
紙に書いた以上の質問が、1時間にも及ぶくらいにはあった。
挙手して言う。
「すみません。申し訳ありませんが、疲れました。」
「そうじゃのう。わしもお腹がすきましたぞい」
「む。昼時か」
ーコンコン。
「マリーです。」
隣の部屋の方へ足を向けたビボルド氏。
「入れ」
「失礼します。」
ーガチャ
「昼食の準備が整いました」
「分かった。皆で向かう。」
「バイス、これを持って行ってくれ。」
「こんなものどうするんじゃ。」
「続きを」
「馬鹿者。おいていけ。」
「しかし。」
「お主の仕事熱心さと知りたがりは承知していたが、近頃は鳴りを潜めていたから忘れておったわい。まったく。食事の時間は食事に集中せんか。アルルの雷が落ちるぞ。」
「あぁ、そうだった。分かった。降参だ。参った。そうする。」
ため息をついたビボルド氏は筆記具の箱を机に戻した。
「また、後で続きを聞かせてくれ。」
「まずは食事だ。さぁ、行こう。」
「はい。是非に。楽しみにしていたんです。」
「そうだろうそうだろう。アルルの用意する食事はどれも美味だぞ。」
「それはそれは。楽しみですね。行きましょう。」
「さぁ、ビボルド。行くぞ。」
話しの流れで、私はバイス氏と手をつなぎながら移動した。
この後。
皆で移動した先の部屋にはトトとアルルと犬5頭と見知らぬ女性2人と男性3人と子供たち3人がいた。
バイス氏、ビボルド氏、呼びに来てくれた女性入れて、これだけ。えっ、別邸とかってこれくらいの人数でこの屋敷の面倒を見ているの?
旦那様が来られるときは御付きのメイドやら侍従やら連れてくるのかなぁ。
「あぁ、来た来た。あんた、こっち来な。ここに席を用意したから。」
言われた通り移動する。椅子の前に来ると、アルルが大き目な声で言った。
「新しく入った娘だ。みんな宜しく頼むよ。」
「アルル」
「いいんだろう。」
「あぁ、仮見習いだがな。」
ーぱちぱちぱち
「よろしく。」
「松本さわ子です。」
「あぁ、サワコぅ。俺はルイボルトっていう名前でみんなにルーって呼ばれてる。サワコぅもルーでいいよ。」
橙にも見える髪の毛を揺らしながら、小首を傾けて握手を求めてきた。
「わかった。よろしく。」
それに応える。
「さぁ、座って。」
「はい。」
座ると、子供たちも犬たちも皆自分の位置についていた。
大人たちが皿をテーブルに並べていた。犬たちは大人しくお座りをしてそれを見守っていた。
先ほどのルーがカトラリーを並べていく。
アルルが、瓶をいくつか持ってやってきた。
「外はまだ明るいが、明るいうちに歓迎会としゃれこもうと思ってね。葡萄酒をいくつか持ってきたよ。」
拍手をしてブラボーみたいに言う面々。
「構わないだろう。」
「あぁ。いいぞ。俺も飲みたい。」
「まったく。さて、許可も出たことだし、飲むぞ。」
注がれていく葡萄酒。
「色は一緒だ。」
「ふふふ。」
「飲みにくかったら残しても構わないからな。サワコぅ。」
「わかりました。ありがとうございます。」
「では、ようこそ北の別邸”ホワイトブラウンへ”。乾杯」
「乾杯」
「かんぱい」
「かんばーい」
「乾杯」
「乾杯っ」
「ごちそうだ。」
「今日のソースはこの娘の持ってきたアイスってやつがはいっているよ。」
「「「「「「食べる前に言え!」」」」」」
いつの間にか犬たちも御馳走にありついていた。白いソースがかかっている。
出会った彼らはアットホームに包まれた場所だった。




