092 オルドリン商会と剣鬼
――王都、オルドリン商会。
俺たちは透明化したまま入口へ近づき、そこに立つ屈強な警備員二人を〈部分収納〉で拘束しつつ、〈空間規制〉で防音と透明化を施した。他の人の邪魔にならないよう、人の身長より高い位置に拘束しておく。
そのまま入口のドアを開けて侵入する。ここからの会話はすべて〈念話〉だ。
〈魔力感知〉を使うと、地下に二十人分のエルフの反応がある。まだこんなにいるのか。ほかに十人ほど、エルフ以外の反応もある。救出対象かどうかは、現場を見ないと判断できない。
『イレーヌ、リディア、地下は任せた』
『了解』
『承知しました』
今回、地下のエルフ救出はイレーヌとリディアが担当し、俺とエリュシアは商会長バルタザール・オルドリンの捕縛を受け持つ。
二手に分かれ、俺たちは三階の商会長室を目指した。透明化しているため、誰にも気づかれないが、途中で遭遇した従業員や用心棒は全員眠らせておく。
順調に進んでいたが、商会長室まであと少しというところで――突如、四人の剣士が俺に襲いかかってきた。
(透明化していても気づいたということは、〈魔力感知〉持ちか。だが襲ってくるまでの間合いが速い。連携も取れているな)
襲いかかる剣をすべて捌き、相手を確認する。全員、首に奴隷の印である黒いチョーカーをつけている。しかし――
「なぜ、あなたたちが奴隷に」
そこにいたのは、以前ともにオークキングを倒した〈蒼薔薇の刃〉の四人だった。
俺は透明化を解除する。
「あ、アレス君!? 逃げて! 私たち、奴隷契約でここに近づく相手を殺すよう命令されてるの! 自分で止められないの! お願い、逃げて!」
叫びながらも、赤いボブカットの美人剣士カミラが二本のブロードソードで俺に斬りかかってくる。俺はその〈二刀流〉の剣を躱しつつ、第七階梯隷属魔法〈上書契約〉で、カミラに施された“命令部分だけ”を白紙にした。
「え?」
急に体の自由を取り戻したカミラは動きを止める。
同時にエリュシアも、白いショートヘアでボーイッシュな美人ヴァレリアと、小柄で金髪ロングのイザベルに〈上書契約〉を施し、命令を解除する。
最後に俺が、金髪ロングで真面目そうな僧侶――しかしロングソードを振るうリシェルの命令も解除し終えた。
「これで皆さんの命令部分は白紙です。自由に動けるはずです。急いで地下のイレーヌとリディアと合流してください。助けます」
俺がそう告げると、〈蒼薔薇の刃〉のリーダーであるカミラが代表して答える。
「あ、ありがとうアレス君! このお礼は必ず!」
四人は地下へ駆けていった。
それを見送ってから、俺とエリュシアは商会長室と思われる豪華な扉の前に辿り着いた。
「さて、ボスだけど……すんなり捕まってくれるかな」
「アレス、まだ誰かいるみたいだぞ」
〈気配察知〉では、部屋の中に二人の反応。
「気を抜くなよ、エリュシア。一応警戒だ」
「りょーかい」
エリュシアはドラゴンの爪だけを顕現させて構える。
俺たちはアイコンタクトし、同時に扉を押し開けた――その瞬間、空気が裂けた。
反射的に身を引かなければ、青銀白の軌跡――ミスリル製のロングソードが喉を断ち切っていた。
刃を振り抜いたのは、一目で“場慣れした戦士”とわかる黒髪の男。
鋼製の金属鎧を全身にまとい、鋭い黒い瞳がこちらを射抜く。顎には無造作に伸びた黒い髭。近づくだけで肌が粟立つほどの威圧感を放っている。
年の頃は三十後半。だが“中年”という言葉では到底足りない。
積み重ねた修羅場が、肉体は岩のように鍛え上げられていた。剣を握る腕には縄のような筋が浮き、振り下ろされた一撃の重さだけで机を真っ二つにできるだろう。
冒険者然とした風貌だが、普通の冒険者ではない。放たれる殺気は、熟練の傭兵か暗殺者のもの。俺たちが言葉を発するより早く、再びミスリルの刃がわずかに動いた。
問答無用。
この男は最初から“殺しにきている”。
「レオン! さっさとそいつらを片付けろ!」
奥の机に座る小太りの男――商会長バルタザール・オルドリンが怒鳴る。そして“レオン”と呼ばれた男は――
レオン ヒューマン 三十八歳
Aランク冒険者 《剣鬼》
所持スキル:
生活魔法[4]
剣術[8]
身体強化[5]
気配察知[5]
罠探知[4]
月牙乱舞
〈剣術〉スキルレベル8。天性の剣士か。
だが称号《剣鬼》とは――〈鑑定〉。
《剣鬼》
力・敏捷が上昇し、一部状態異常を無効化(毒・睡眠・混乱・魅了・催淫・誘引)。
相手の武器が剣の場合、相手の〈剣術〉スキルレベルを2下げる。
「うそだろ……スキルレベル下げてくる称号なんてあるのか」
レオン相手だと、俺の〈剣術[9]〉は〈剣術[7]〉扱いになる。レオンは〈剣術[8]〉。つまり――
「く、くそ! まったく太刀打ちできない!」
俺は防御するだけで精一杯だった。別の武器も練習しておくべきだったと痛感する。
「アレス! こいつ強いよ!」
とはいえエリュシアの〈爪〉はスキルレベル9。剣ではないので《剣鬼》の影響は受けない。ただしレオン自身の強化と経験の差があるため、互角に戦ぐのが精一杯らしい。
「何をもたもたしているレオン! さっさと殺れ!」
商会長が怒鳴る。しかしレオンは涼しい顔で、
「おとなしく待ってろ。こいつらは強い。まあ、素人にはわからんだろうが」
と言い放つ。再び鋭い剣撃が俺たちに迫り、俺とエリュシアは完全に防戦一方となった。
そこにイレーヌから〈念話〉が入る。報告を聞いた俺は、突如叫んだ。
「レオン、ちょっと待った!」
「はあ? 戦闘中に待ったとかあるか!」
呆れた声を返しつつも、レオンは剣を止めた。
「あ、ちょっとこれ見て。もしかして人質取られてない?」
俺はアストラニアとエルセリオンの屋敷を繋いだ“ビデオ通信”魔道具の小型版を取り出す。片方をイレーヌに渡していた。
映した地下の映像をレオンに見せる。
「これはこの屋敷の地下の状況。もう制圧済みだ。ここにいれば、保護されているはずだ」
「……妻と娘だ。地下にいたのか……どうりで見つからんわけだ……」
「なら、地下に行って会ってこいよ」
「ああ、そうさせてもらう」
レオンが出ていこうとすると、商会長が慌てて止める。
「待て! レオン! わしを守らんか!」
「妻と娘が保護されている以上、お前に従う理由はない! なんならこの剣の錆にしてやろうか!」
レオンに完全に見放された商会長バルタザール・オルドリンは抵抗を諦めたのかおとなしくなった。俺は〈熟睡〉をかけて拘束する。
『こちらアレス。商会長は確保した。そっちは?』
『こちらイレーヌ。エルフは全員屋敷に転移させたわよ。それと〈蒼薔薇の刃〉と、捕まってたヒューマンとレオンっていうおっさんも転移させていいのよね?』
『ああ、頼む。あとで屋敷で合流しよう』
〈念話〉が切れると、エリュシアが確認してくる。
「アレス、この商会の建物内にあるやつ、全部収納でいいの? 普通の商品もあるみたいだけど」
「ああ、全部収納でいい。元々この商会は潰すつもりで来ている」
エリュシアに全て収納させ、俺たちは透明化して商会を脱出し、屋敷へ戻った。
◇
屋敷へ戻ると女性だらけだった。今日はダンジョン班が休みなので、いつもよりさらに多い。
商会長を地下牢に入れ、レオンたちの対応はセレナに任せる。俺は“アリス”になり、二十人のエルフを連れてリーファリアへ転移した。
文官へエルフを引き渡すと、女王フィオレルが口を開いた。
「アリス、白虎族のシアと青龍族のリオナの件は、それぞれの国へ連絡しておいたぞ」
フィオレルによれば、各国の王と直接会話できる魔道具があるらしい。
シアの家族はスヴァルシア王国から、ドランヴァール王国を経由してリーファリアへ迎えに来る予定。しかし今来ると、リーファリアに着く頃には冬に入り、道が雪で覆われて春まで帰れなくなる可能性が高い。そのため、シアの家族は春までリーファリア滞在となるようだ。
さらにフィオレルに「泊まっていけ」と言われたが、後処理が残っているため断り、俺はアストラニアの屋敷へ戻った。




