089 エルフ救出と奴隷商の策略
セレナから一つ忠告があった。
「アレス、エルフ救出の件だけど、その場にエルフ以外に捕まっている人がいた場合、どうするか決めておいたほうがいいわよ。それと奴隷にされていた場合の対処もね」
たしかにそうだ。エルフの場合、奴隷だったら本来は『エルフの奴隷発見→国へ報告して主人を捕まえてもらう』という流れになる。しかしこれをやると、この国ではエルフが他の貴族に捕まる可能性が大きい。そうであるなら、そもそもエルフが奴隷になっていること自体が違法なので、エルフを連れ去り、〈隷属魔法〉で隷属状態を解除しても問題はないだろう。
さらにセレナが言った。
「問題はヒューマンが奴隷になって捕まっている場合ね。この場合、奴隷になっていることは違法じゃないから、そのまま連れてくるとアレスが窃盗したことになっちゃうわ」
なるほど。奴隷でないヒューマンが助けを求めた場合は連れ去っても救助と言えるが、奴隷だと窃盗になってしまうのか。
「そこで私の出番なのよ」
なんとセレナは、奴隷商の免許を取得したという。本来、奴隷商になるには最低二年かかるらしい。これは〈隷属魔法〉の第三階梯まで習得するのに必要な時間だ。しかしセレナはすでに〈隷属魔法〉を第八階梯まで使えるので、筆記試験だけで免許が取得できたのだ。
「私が奴隷の主人の変更手続きをしてあげるわ」
「そうしたら元の主人が黙っていないだろう? どうするんだ?」
「それはね……」
セレナの作戦は、俺的には結構引くものがあったが、捕まっている女性陣を救助するだけでは、悪人が野放しになってしまう。
俺はセレナの作戦で行くことを了承した。
◇
翌日。
朝から俺は“アリス”になった。
今回の救出作戦のため、イレーヌ、リディア、エリュシアには〈闇魔法〉、〈隷属魔法〉、〈気配察知〉、〈気配遮断〉、〈魔力感知〉、〈罠探知〉、〈罠解除〉を全員に持たせている。奴隷である三人が〈隷属魔法〉を扱えるのは変な話だが、救出対象が奴隷で、『その屋敷から出てはいけない』と主人に命じられていた場合、救出が困難になる。その場合は、第七階梯隷属魔法〈上書契約〉で命令部分を白紙に上書きしたうえで救出する。
***
アルトヴィアの貴族街は、王都の中でもひときわ静かで重厚な空気に包まれていた。石畳の道は手入れが行き届き、舗装の隙間からはほとんど雑草も生えていない。通り沿いには背の高い白亜の屋敷が連なり、それぞれに精巧な彫刻や美しい庭園が設えられていた。
通りを歩けば、優雅に装った執事や侍女が庭木の手入れをし、時折馬車が静かに行き交う。窓には繊細なステンドグラスがはめ込まれ、光を受けて七色に輝く。各屋敷の門には守衛が控え、訪問者の顔を確かめるたびに、街全体に格式の高さと秩序が感じられた。
貴族街の中心部には噴水のある広場があり、昼間でも人通りは少なく、石像や植栽が静寂の中で美を誇示している。遠くに見える城壁の塔や、石造りの高い屋根が連なる風景は、まるで時間の流れを緩やかにしたかのような、貴族のための世界そのものだった。
噴水のある広場に着いた私たちは貴族街を四つのエリアに分け、四人それぞれでエルフを救出することにした。私は南東のエリアを担当する。王城から一番遠いエリアで、爵位も低めの貴族の屋敷が立ち並ぶ。
「もしかして、このエリアが一番多くないかな」
エルフと思われる反応が二十以上ある。ただし普通に暮らしているエルフがいる可能性もあるため、確認してから救助する。一ヶ所に二人以上いる屋敷もあるようだ。
基本作戦は、救助対象と思われるエルフのところまで誰にも気づかれずに近づき、エルフに「女王から救助を依頼されてきたが、救助が必要か」と確認する。救助対象であれば、対象を透明化して抱きかかえ、《万紫千紅》の屋敷まで連れ去る。あとは留守番しているエルマに面倒を見てもらい、夕方にまとめてリーファリア王国に送る。
さて、一軒目のノクス子爵の屋敷だが、エルフと思われる反応が二つ、地下のようだ。ほぼ間違いなく捕らわれていると見てよい。ただ、それより魔力の低いヒューマンと思われる反応も二つある。もしかしたらノクス子爵かもしれない。
透明化、防音、気配遮断を用いて屋敷に侵入する。
地下室への扉の鍵をスキルで開け、そのまま地下へ。扉を開けると、エルフの女性二人とヒューマンの女性二人がいた。全員の手首と足首は拘束されていた。やはりヒューマンまで捕まっていたか。
私は比較的元気そうなエルフの女性に声をかけた。
「アリスといいます。リーファリアの女王フィオレル様に、貴族に捕らえられているエルフの女性を救助するよう依頼されてきました。救助、必要ですよね?」
「お願いしたいところなのだけど……私たちは全員〈隷属刻印〉が施されて、“屋敷から出てはいけない”命令がされているわ。出たくても出られないのよ」
「そこはお任せください」
私は第七階梯隷属魔法〈上書契約〉で、命令部分だけを白紙にした。
「あ、勝手にそっちの二人も解除しちゃったけどいいよね?」
「あ……あ……」
どうやらヒューマンの女性二人には、何らかのダメージがあるようだ。
四人を透明化し、〈念動〉で《万紫千紅》の屋敷まで運ぶ。
イレーヌ、リディア、エリュシアに、エルフ以外にも捕まっている種族がいる場合があることを〈念話〉で伝えると、イレーヌから〈念話〉で
『アタシのところにもヒューマンの女が一人いたわよ。かなり衰弱してて話もできなかったけど、屋敷に預けてあるわ。エルマに回復を頼んだけど、あとでアリスも見ておいて』
リディアとエリュシアは今のところ、エルフしか見ていないとのことだった。
◇
《万紫千紅》の屋敷に着くと、アリスが助けたエルフ二人とヒューマン二人を合わせ、屋敷にはすでにエルフ五人、ヒューマン三人がいた。
ヒューマン三人はダメージが大きいようで、治療方法をエルマに伝えながら治療する。どうやら三人とも脳にダメージがあるようだ。
「エルマ、この指輪を渡すわ。これは〈完治2〉が使える指輪よ。必要素材は私の亜空間から取り出せるようにしてあるし、魔力もメディアとターリアから回収したものを使えるので、この指輪でエルマも使えるはずよ」
エルマに指輪を渡し、〈完治2〉を使わせる。治療は終わったが、精神的なダメージは残る。エルフは強いのか、悲しんだり震えたりせず平常心を保っていた。エルフだけは奴隷契約も解除済みだ。精神的なケアは今の私はできないので、おいしいものでも食べさせてやってほしいとエルマに伝え、再びノクス子爵の屋敷に向かう。
◇
さて、再び戻ってきたノクス子爵の屋敷。何をするのかと言えば、奴隷契約の書類の奪取とノクス子爵を捕まえるためだ。とはいえ、この子爵家は潰すつもりで対処するので、屋敷にあるものをすべて亜空間へ収納して書類はあとで探す。
ノクス子爵は眠らせて拘束、透明化して《万紫千紅》の屋敷の地下室に作ったミスリル製の牢に入れるだけだ。建物ごと持って帰りたいところだが、他に働いている無実の人もいるだろうし、それはやめた。
***
夕方までに、貴族街の一つの屋敷を除き救助が完了した。
エルフ四十名、ヒューマン十名を救助し、捕まえた貴族は十五人。大丈夫なのか、この国。
リディアから報告があった。
「一ヶ所だけ警備が厳重な屋敷があり、潜入できませんでした」
聞くと、カーヴェル伯爵家の屋敷だけは、透明化・防音・気配遮断をしても守備兵が追いかけてくるのだという。おそらく魔力感知の魔道具でもあるのだろう。
そこにいると思われるエルフは三十名以上だという。
「一ヶ所にそんなにいるのね」
私がそういうと、近くにいたエルマが口を開いた。
「アリス、ちょっといいかい」
エルマは、捕まっていた被害者に話を聞いたところ、どこかの貴族がこのエルフ奴隷売買を仕切っているそうだ。名前までは知らないが「伯爵」と言っていたという。となるとカーヴェル伯爵が一番怪しい。貴族街はこの屋敷以外は救助できたが、今頃大騒ぎになっているだろう。ただ、今日の騒ぎでカーヴェル伯爵の警備が厳重になるのは確実だ。
「とりあえず、エルフのみんなをリーファリアに送ってくるね」
私は四十名のエルフを連れてリーファリアに転移し、女王フィオレルに預けた。
「今晩は泊まっていけ」というフィオレルに、「まだ助けないといけないエルフが残っているので、今日は帰る」と答え、戻ってきた。
今日送り届けたエルフが私たちと過ごしたいと言えば受け入れるつもりだが、エルマによるとヒューマンに対してかなり強い恨みを持っていたようで、ここには戻ってこないだろうとのことだった。
エルフがいなくなったので、ようやく“アレス”に戻る。
残ったヒューマンの奴隷は、エルマによると借金奴隷だったらしい。
しかしその借金も騙されたり、無理やり作られたもので、その女性を欲しいがために計画されたもののようだ。
「ふむ。借金さえ返せば奴隷から解放できるのか」
俺は軽くそう考えていたが、イレーヌが言うには、それだけではダメらしい。
「それ以前に心のダメージが深刻よ。リディアのときほどではないにしても、あの精神状態じゃ、このまま開放しても危ういわ」
とりあえずしばらく様子を見て、“治療”を受けるか女性陣に聞いてもらうことにした。ひとまずセレナに、救助したヒューマンの奴隷の主人を、俺に書き換えてもらった。




