086 ドラゴンと二人の魔女
透明化して飛翔する。
もうエルセリオン王国には用事はないので、そのまま真っ直ぐアストラニア王国との国境を目指す。最近のエリュシアのスピードなら、一時間ほどで王国を横断できるはずだ。
順調に飛行していた俺たちだったが、三十分ほどして王都エルドラスに近づくと、多くの人々が王都から出てきているのが見えた。
「なんだ? あれは避難しているのか?」
さらに近づくと、誰もが慌てた様子で、逃げるように王都から出てきている。
「エリュシア、王都で何かあったようだ。このまま空中から王都に降りてくれ」
「りょーかい」
透明化したまま王都の建物の屋根に着陸すると、騎士と思われる男性が大声で叫んでいた。
「さきほどのドラゴンは偽物だ! 今、我々は元凶である《驚きの魔女》を包囲している! 討伐されるのも時間の問題だ! 避難する必要はない!」
騎士たちは民衆に避難の必要はないと伝えているようだ。
街の人たちの話に耳を傾けると、今日はエルドラスで祭りがある日だったようで、そこに《驚きの魔女》が民衆を驚かそうと、ドラゴンの姿で街の中心部に現れたらしい。街は大パニックとなり、民衆は我先に街の外へ逃げた。そのせいで負傷者も多数出たようだ。俺とエリュシアは王都の中心部へ急いだ。
「どうする気だ、アレス」
「このまま魔女を討伐されると、別の場所で《驚きの魔女》が発生してしまう。今の魔女はまだ人に危害を与えようとまではしていないからマシなはずなんだ。次の魔女がどうなるかわからない以上、今の魔女を生け捕って治療したほうがいい」
「しかしアレス、このままでは助けに入れないぞ」
「大丈夫だ、考えがある。エリュシアはこのまま透明化したまま見物していてくれ」
俺とエリュシアが王都の中心部に到着すると、そこには騎士団に囲まれ、これまで目にした魔女たちと同じ装束の者が立っていた。ただ、仮面だけが“驚き”を象徴している――《驚きの魔女》だ。
ターリア エルフ 百三十歳
魔女 《驚きの魔女》
所持スキル:
生活魔法[8]
変身魔法[10]
身体強化[8]
裁縫[10]
意匠[10]
無詠唱
ステータス情報改竄
「やはり変身できる手段があったか」
サイクロプス騒ぎのときに会った少女の名前と同じだ。
そして《驚きの魔女》は攻撃手段らしきものを持っていなかった。
俺はいつもと違う〈バッチ処理〉で“アリス”になり、透明化を解除する。
それは以前《嫌悪の魔女》が装備していた魔女のローブ、空歩のブーツを装着し、暇なときに作った白い仮面を付けた姿だ。仮面には元の世界の不○家のペ○ちゃんを模した、舌をペロンと出した顔を描いてある。
私はこの格好で、騎士団に囲まれた中心、《驚きの魔女》のそばに颯爽と現れた。
「な!? 新たな魔女が増えたぞ!」
「そんなバカな! 魔女同士が協力するなんて聞いたことがないぞ!」
「なんだあの魔女! なんの魔女なんだ!?」
「……なんの表情なんだ、あれ?」
「食いしん坊?」
「そんな表情あったか?」
「よい、この場では《食いしん坊の魔女》と命名する。《驚きの魔女》と共に討伐する!」
どうやら私は《食いしん坊の魔女》と命名されたようだ。表情縛りで顔を描くのを忘れていたけど、まあいいか。
『ターリア、助けてあげる。これを着けて』
私は〈念話〉で《驚きの魔女》に話しかけ、腕輪を渡した。
「なんで私の名前を」
といいながら、素直に〈魔封じの腕輪〉を装着するターリア。
「え? 魔力が抑え込まれる……!」
そう言ったターリアを〈部分収納〉で拘束し、抱き上げた。
自分とターリアを透明化し、エリュシアに〈念話〉する。
『エリュシア、屋敷に行くよ』
『りょーかい』
私はターリアを抱えたまま屋敷へ駆け抜けた。
騎士団は急に消えた魔女たちを探したが、空歩のブーツで空中を走る私たちを見つけることはできなかったようだ。
◇
〈黎花の翼〉はすでにアストラニア王国に向かっていたため、屋敷は無人だ。荷物もすべて馬車に積んであり、ベッドすらない。
私は“アレス”に戻り、亜空間からダブルベッド、ソファ、ローテーブルを一つずつ部屋に出して、ターリアをベッドに横たえた。
「さて、今から治療するが、エリュシアはどうする? 見ててもつまらないと思うけど」
「他にやることもないし、このソファで見学しておくよ」
「そうか。飲み物とつまめるものは……共有空間にエルマがたくさん入れているようだから、適当に出してくれ」
「りょーかい」
ターリアはほぼ騙す形で〈魔封じの腕輪〉を装着させ、〈部分収納〉で拘束しているにもかかわらず、全く抵抗せず、文句も言わずにおとなしく俺の話を待っているようだった。
「ターリア、待たせたね。今から魔女の姿から元に戻してあげるね」
「あれ? お兄さん、フォルデンで会った人?」
「そうだよ。これから治療するからおとなしくしててね」
「うん」
え? 魔女だよな……? 呪われていてこんなに素直なのか? 仮面によって性格が違うのか……?
《嫌悪の魔女》のときと同じように、ローブと仮面、その他すべて亜空間に収納する。ブーツは何の効果もない普通のブーツだった。
見た目は濃いオレンジがかった茶色の皮膚で、骨に薄く皮が張りついただけの“ミイラ”のようだ。称号の効果も呪いの部分が違うだけで、《嫌悪の魔女》と同じ。やはり不老だった。
「――独自魔法――第八階梯回復魔法〈完治2〉」
〈完治2〉が効くと現れたのは、十三歳くらいに見えるエルフの少女だった。〈鑑定〉では百三十歳のはずだが……。
「なあ、エリュシア。エルフの成人って何歳なんだ?」
「そんなことアタシが知るわけないだろ」
身長は百六十センチ以上あり、体型も子供ではないが、顔があどけない。元の世界の中学生くらいに見えるため、成人かどうか判断が付かない。
しかし、称号は取り除く必要があるので、やるしかない。
「もしかして……お兄さん、私を襲おうとしてない?」
「いや、そうじゃないんだ。こうしないと魔女の称号が取り除けないんだ」
「う、うそじゃないの? 襲うためにうそついてるんじゃないの? こんなことで魔女が治るなんて聞いたことないよ! これ外して! こっちにこないで! だれかー! たすけてー!」
参った。これは非常にやりづらい。しかし称号は取り除かねばならない。むしろ、《嫌悪の魔女》のように敵対してくれたほうがやりやすいのだが……俺は心を鬼にして、とりあえず全身脱毛から始めた。
始めてみると、快楽の倍率がとんでもないので、抵抗できる余裕はない。すべて〈強制終了〉で終わらせたので、五分もかかっていない。俺は〈変身魔法[10]〉、〈裁縫[10]〉、〈意匠[10]〉を複製して、《驚きの魔女》を奪取した。
その後、眠ったターリアに、メディアと同じ魔法陣を魔力器官に施した。
***
後でメディアに〈念話〉で聞いたところ、エルフの成人は百歳だったので助かった。最初からメディアに確認していればよかったが、焦っていたせいか思いつかなかった。
今は寝ているターリアも、じきに起きるだろう。起きたら、またリーファリアに戻ることになる。今日旅立ったばかりなのに、また戻ることになるとは。
「んっ……」
しばらくするとターリアが目を覚ました。
「ターリア、治療は終わったよ。どこか調子悪いところはある?」
「え? すごい! 頭がすっきりしてるよ! ありがとう、お兄さん!」
そう言ってターリアは俺に抱きついてきた。ターリアはまだ裸なのだが……。
「とりあえず、これを着ておいてくれ」
俺は余っていたエレメンタルローブを、ターリアに渡した。
そしてリーファリア王国女王、フィオレルに〈念話〉した。
『女王様、アレスです。今お時間大丈夫でしょうか?』
『おお! アレス。もうわらわに会いたくなったか。すぐに来るがよいぞ』
『いえ、そうではなくて……』
俺は、エルセリオン王国で《驚きの魔女》を捕縛・治療したこと、治療を終えたターリアの身分証明書をもらうため、再びリーファリアに戻ることを伝えた。
『なんと、また魔女を治療したとな。よかろう。準備しておくゆえ、すぐに来るとよいぞ』
屋敷にリーファリア王国への転移魔法陣を設置し、
「あ、そうだった。“アリス”じゃないと女王を発情させてしまう」
“アリス”に変身し、ターリアを連れて再びリーファリアへ向かった。




