085 ハイエルフの子孫と理不尽な面談
辿り着いた女王の部屋。てっきりソファとテーブルがあると思っていたが、そこは普通に寝室だった。俺、ここに入って大丈夫なんだろうか……?
ベッドの端に静かに腰かけた女王が言う。
「アレスよ。貴族に捕われておるエルフたちを解放する件、覚えておるか?」
「もちろんです」
「エルフを探すなら〈魔力感知〉が役に立つのじゃ」
魔女のように極端に大きい魔力なら肌で感じることもできるが、〈魔力感知〉ならもっと小さい魔力でも正確に探知できるらしい。一般的なヒューマンより魔力が高ければ、まずエルフと見ていいという。だからそのスキルを使え、というわけだ。
「それで、そのスキルはどうやって入手すればいいのでしょうか?」
「そなたは、わらわから複製できるであろう?」
「え!?」
女王フィオレルは〈鑑定〉で俺のスキルを見ているらしい。その上で複製しろと言ってきた。
「え? 本気ですか?」
「いいから早く複製するのじゃ!」
そう言うなり服を脱ぎ捨て、全裸になってベッドに横たわるフィオレル。
「アレス、なにをしておるのじゃ。早く来ぬか」
あ、これ、もしかして。
「女王様……もしかして、発情してませんか?」
「な、なにを言っておる。これはスキルを渡すのに必要なのじゃ。焦らすでない、早く来るのじゃ」
ハイエルフは発情しないのかと思っていたが、そうでもないらしい。通常のエルフほどではないが、影響は受けるようだ。
俺は言われるまま複製したが、女王の〈魔力感知〉はレベル8だったので〈強制終了〉と〈脳状態復元〉で一瞬で終わらせた。
「複製終わりました」と伝えたが、〈脳状態復元〉のせいで記憶がないフィオレルは息を整えると、「まだ終わっておらん」と言って止まらない。仕方なく途中でフィオレルに〈念話〉を渡しておいた。助けたエルフをいきなり送りつけるわけにもいかないからだ。助けたら〈念話〉で連絡すると伝えた。結局、その後6回でようやく満足してくれた。エルフってみんな強いな……。
翌朝。
俺が目を覚ますと、裸で抱きついたまま眠っていた女王フィオレルがすぐに目を開けた。
「アレスよ、耳を貸すがよい」
起きたばかりとは思えないほど、女王の意識ははっきりしている。裸で抱きついたままではあるが、声色は真剣だった。
「《悲しみの魔女》ヴァネッサがな、魔女化の原因を探るため、魔女化したエルフの女性たちの先祖を調べたのじゃ。何人かは幾世代も遡って調べられたらしく……すべてがハイエルフに繋がっておったのじゃ」
「ハイエルフの子孫は、魔女化する可能性がある……ということですか?」
「そうじゃ。隔世遺伝というものじゃろうと、ヴァネッサは言っておった。エルフの身体にハイエルフの魔力量を宿すと、身体が耐えきれず、魔女化してしまうのだと」
ハイエルフが原因……いや、むしろ天空人が原因と言えるのでは?
天空人が天空人の子孫を残せないと知っていて、エルフと子供を作った理由って……天空人側には何の得にもならない。単に性欲を満たしただけじゃないのか?
フィオレルが続ける。
「そのため、わらわはこれまで子を作らなかった。子や子孫を魔女化させたくないからの。しかし――」
そう言うとフィオレルは俺の上に跨がり、キスをしてきた。
「ハイエルフは必ず天空人の子であるがゆえ、これまでは他の天空人に避けられておった。ハイエルフと天空人が結ばれた例はなかったのじゃ。しかし、アレスよ。そなたとなら、わらわの子は魔女化せぬ! エルフと天空人の子がハイエルフならば、わらわとアレスの子はハイエルフより上位のエルフとして生まれるかもしれぬ!」
あ、これ、メディアの「子種! 子種!」と同じやつでは?
確かに子供は魔女化しないだろうが、その子孫は魔女化する可能性がある。子孫を残すかどうかはその子供の判断……ってことか?
しかし――
「あ、あの女王様。俺はまだ子供を作る気は――」
「気にせずともよい! そなたがおらずとも、わらわが立派に育てるゆえ! さあ、さっそく作ろうぞ!」
これ、朝から発情してるな……。
昨晩こっそり〈排卵調整〉を二十四時間効くようにかけておいたから意味はないんだけど……。
結局、朝からフィオレルが満足するまで付き合うことになった。
落ち着いたフィオレルを部屋に残し、俺は一度、俺たちの部屋に戻った。エリュシアはすでに起きていた。
「ずいぶん付き合わされたみたいだな」
なぜわかる? 〈洗浄〉しているんだが。
ソファに座ってふぅと息を吐くと、対面に座ったエリュシアが口を開いた。
「口を挟むと邪魔そうだったから、昨日は何も聞かなかったけどさ……『天空人』って何だ?」
そういえばエリュシアには何も説明してなかった。天空人について話したのはメディアだけだ。
「これはメディアにしか言ってない話なんだ。だから他の皆には黙っていてほしいんだが――俺の身体は、この世界の“天空人”の身体なんだ。《悲しみの魔女》が、その身体に異世界の俺の魂を融合させた。そのせいで、エルフは俺が近づくと発情する」
エリュシアはようやく合点がいったという表情になる。
「なるほどね。なんでエルフがアレスが近づくとソワソワするのか気になってたんだよ。メディアなんて発情抑制の指輪まで着けてるだろ? あれ、皆、メディアが変態なだけだと思ってるぞ?」
メディアには悪いが、変態ではないと否定もできない。
「じゃあ、女王も?」
「ああ、やっぱり発情してた。ここにいるときは“アリス”じゃないとダメそうだ」
そう言って俺は“アリス”に変身した。
朝食後、城内の談話室で、私とエリュシアは女王フィオレルと向かい合っていた。部屋の隅には近衛兵たちが整列している。
「アリスよ。また遊びに来るのじゃぞ。なんなら〈念話〉で呼び出すからの」
いや、そんな目的で〈念話〉を渡したわけじゃないんだけど。
「貴族に囚われているエルフを救出した際には、〈念話〉でご報告します」
「その場合は必ずアリスが同行するのじゃぞ」
「し、承知しました……」
毎回ここに来ることになりそうだ。できればまとめて済ませたいところだ。
最後に“アリス”の正体がアレスであることと天空人のことは一部の人以外には内密にしてもらうようお願いし、退出の許しを得て部屋を後にした。
◇
王都『セレニア』を出て、いつものように透明化して飛び、三十分ほどでエルセリオン王国との国境に着いた。
「ここでアレスに戻りたくはないけど……入国時がアレスだったしなあ」
本当ならリーファリア王国への入国を“アリス”にしておけば、周囲を発情させずに済んだ。しかしそうすると、エルセリオン王国で活動するときも“アリス”でいる必要があった。もっと言えば――エリュシアと出会ってすぐの、あのときのエルセリオン王国の入国時点で“アリス”であるべきだったのだ。あの時点ではそこまで考えが及ばなかった。
私は“アレス”に戻り、リーファリア王国側の国境検問所へ向かう。
途端にざわつくエルフの国境警備隊員たち。今回は出国だから、さっさと手続きを済ませたい。足早に手続きカウンターへ向かい、書類を書いて提出しようとした瞬間、後ろから書類を奪われた。
振り返ると、薄青くほとんど白に見える髪を一本に束ねたエルフの女性が立っていた。
「アレス。特別に面談がある。私の部屋に来い」
肩と胸と膝だけを覆う最低限の金属鎧。腰元まで切り込まれた布地からあらわになる脚線。
入国時に職権を乱用してきた、あの国境警備隊隊長――レイサだった。
(〈気配察知〉でバレたか……しかし出国で面談はさすがに職権乱用がすぎるだろ)
エリュシアに〈念話〉で『さっさと済ませろ』とあきれた声で言われ、おとなしくついていく。
部屋に入ると、レイサは慌てて服を脱ぎ出した。
「わかっていると思うが、出国したければ私を満足させてからだ」
「いや、書類提出だけのはずなんですけど……」
「つべこべ言うな! さっさと来い!」
はあ、とため息をついた俺は、〈空間規制〉で部屋を防音する。
「レイサ、調子に乗りすぎだ。罰を受けろ」
「は? ヒューマンごときが何を――」
「〈感度調整〉1440倍。〈強制終了〉」
瞬間、レイサの身体が跳ね上がり、絶叫とともに崩れ落ちる。キヨシはこれでダウンしたが――
「やっぱりエルフはこの手に強いのか。まだ元気ありそうだな」
「ま、まて! これ以上は――」
「〈強制終了〉。〈強制終了〉。〈強制終了〉」
三発追加しておいた。もはや声も出まい。痙攣が止まらないレイサを放置し、部屋を出る。
書類を提出していると、エリュシアが歩み寄ってきた。
「お? もう終わったのか? 十分も経ってないぞ?」
「ああいうのは、まともに相手しないことにしたんだ」
無事手続きを済ませ、俺たちはエルセリオン王国に入国した。




