084 天空人と魔女
夕食後、女王フィオレルとの会談をすることになった。
「ああ、アリスよ。“アレス”に戻ってよいぞ」
部屋の中には私とエリュシア、メディア、そして女王しかいない。女王が発情しないのなら大丈夫なので、私は“アレス”に戻った。
「しかし、本当に《嫌悪の魔女》を元に戻しておるとはのう。半信半疑じゃったが、メディアを見て驚いたぞ」
女王とメディアは旧知の友人だったそうだ。友人の魔女化を止められず、ただ見舞いに行くだけだった女王が、ある日訪れた際、ベッドの上で仮面を手に取り、躊躇しているメディアを目にしたという。
止める間もなく、メディアは仮面を顔に当て、女王の目の前で《嫌悪の魔女》へと変身したらしい。あっけにとられた女王が最後に見たのは、掻き消えるように姿を消す《嫌悪の魔女》の姿だったそうだ。それ以来、《嫌悪の魔女》の消息は不明だった。
「してメディアよ。今後はどうするのじゃ?」
「私はアストラニアで、アレス様のクラン《万紫千紅》の一員として生きていこうと思うわ」
そうなのか。特に強制はしていなかったのだが、セレナの所領で〈建築〉スキルを使ってもらいたかったので、俺としては助かる。
「そうか。たまにはわらわに会いにくるのじゃぞ。《万紫千紅》の一員であれば、転移魔法陣で来れるのじゃから」
「わかったわ。今度来るときにはアストラニアのスイーツでも買ってくるわ」
メディアの身分証明書はすでに発行されているため、いつでもアストラニアに戻ることができる状態だ。
そもそもメディアは国境を越える手続きをせずにここに来ているので、このまま転移魔法陣で戻っても書類上の問題はないらしい。女王がそうしろと言うので、メディアはそのまま帰ることになった。
「あ、帰る前に。アレス様、ひとついいですか?」
帰ろうとしたメディアが俺に伝えたいことがあるらしい。
「アストラニアに帰ったら、冒険者をやりたいのですが、よろしいでしょうか?」
「ああ、別に構わないけど、どのパーティに入るんだ?」
今、《万紫千紅》には三つのパーティがある。
一つは俺のいる〈百花繚乱〉。アストラニア王国にはイレーヌ、リディアと今は鍛冶に専念しているルビナがいる。
もう一つはセレナの率いる〈迷宮の薔薇〉。ただし、このパーティはセレナの所領に着いたら、ほぼ冒険者活動はしないだろう。
最後に〈黎花の翼〉。今はアストラニアへ向けてエルセリオン国内を移動中で、アストラニア王国にはいない。
メディアが選んだのは――
「〈迷宮の薔薇〉に入ろうと思います」
てっきり俺のところに来るかと思っていたが、メディアはセレナの所領で城壁を作ったり、石畳の道を敷いたりする作業に率先して関わりたいらしく、〈迷宮の薔薇〉と共に所領を作っていきたいのだという。ある程度落ち着いたら、薬師としてそこに店を出すつもりらしい。
「まあ、たしかにメディアは元々生産職だもんな。わかった。セレナに伝えておくよ」
メディアはアストラニアに戻ったら、所領に行くまでにダンジョンを踏破し、称号と新たなスキルの取得を狙うそうだ。
「では、アストラニアに帰りますね。フィオレル、また遊びに来るわね」
「ああ、メディアもどうか、健やかであれ」
こうしてメディアはアストラニアへ戻っていった。
「さて、アレスよ。わらわがそなたにだけ伝えたいことがある。二人きりになれるかのう?」
とはいえ、この部屋にいるのは俺とエリュシアと女王だけだ。
「エリュシア、部屋に戻っておいてくれ」
「わかった」
エリュシアが席を立ち、女王フィオレルと二人きりになった。
「アレスよ、そなたは『天空人』について何も知らぬであろう。わらわもすべてを知っておるわけではないが、知っておることを教えてやろう」
「はい、ぜひお願いします」
五百年前に絶滅したことしかわからなかったので、ありがたい。
「まず、わらわが知っている天空人は七名じゃ。そして、それが天空人の全員じゃ」
「え!? 天空人って全部で七人しかいなかったんですか!?」
「そうじゃ。そして全員が“男性”じゃ。女性の天空人は存在しないと聞いておる。であるから、そなたの女性化した“アリス”は、ありえぬ存在なのじゃ」
マジか。想定していなかった話に一瞬言葉を失った。しかし男しかいない種族となると――
「天空人はどうやって天空人の子孫を残すのでしょう?」
「『天空人の子孫を残す必要はない』のだと、我が父“ヘリオス”は言っておった。天空人はおそらく寿命がない。我が父も、私が生まれたときにはすでに『二万年は生きている』と言っておったしな」
ん? フィオレルの父が天空人? ということは――
「もしかして女王様は“ハイエルフ”なのですか?」
「そうじゃ。わらわはハイエルフゆえ、すでに千年以上生きておる」
なるほど。他のエルフが発情していたのに女王だけが平気だったのは、そういうことか。
「少し話がそれたの。天空人はそれぞれ“担当する国”を持っておった。現在、この大陸には八つの国があることは知っておるか?」
俺が召喚されたアストラニア王国、ヒカルが召喚されたエルセリオン王国、今いるリーファリア王国。
それからリディアの国を滅ぼしたゼフィランテス帝国、ドワーフの国ヴァルグラント王国と獣人の国スヴァルシア王国は話だけは聞いたことがある。
俺が知っているのは六つだ。
「他に、宗教国家ルミナリア神聖国、龍人が住むと言われるドランヴァール王国がある。ドワーフの国ヴァルグラントは新興国ゆえ、一万年前、この大陸はそれを除く七つの国で成り立っておった。我が父はもちろんリーファリア王国を担当しておった。天空人は自らが担当した国を栄えさせるよう、その国の王に助言または指示をしていた。時には他国との戦争を指示された国もあった」
各国で摂政のようなことをして、天空人同士で争っていたのだろうか?
そうなると、気になるのことがひとつある。
「あ、えと、アレス……様は、どこの国を担当していたのですか?」
自分を“様”付きで呼ぶのは違和感満載だが、昔のアレスの話だし仕方ない。
「アレス様の担当は『ゼフィランテス帝国』じゃ」
うわ、よりによってその国かよ。いいイメージがまったくない。
女王が続けた。
「アレス様は苛烈な性格で『雷帝アレス』と呼ばれておった。天空人の中でも一番戦争をさせていたはずじゃ。だが、我が父とは友人であったため、ゼフィランテス帝国が我が国に攻めてくることはなかった。時折リーファリアに遊びに来られたので、わらわはそのときにアレス様をよく見ていたのじゃ」
なるほど。それで俺の姿を見て“アレス”だとわかったわけか。
しかし、元の俺は戦争を当たり前のように指示していたのか……。
「女王様、伺いたいことが二つあるのですが、よろしいでしょうか」
「よい、申せ」
「一つは……なぜ天空人は絶滅したのでしょう?」
少なくとも二万年も生きる種族が、簡単に絶滅するものだろうか?
「それについてはわらわも詳しく知らぬ。ただ、『ゼフィランテス帝国』が関係しているのは間違いないじゃろう。『天空人が絶滅した』と宣言したのは、あの国じゃからな」
最初は信じられなかったという“絶滅宣言”も、以降まったく天空人を見なくなったことで真実性を帯び、五百年たった今では絶滅と考えられているそうだ。俺の称号《エンドリング》が『その種族最後の個体』という意味である以上、絶滅はほぼ確定だろう。
ゼフィランテス帝国に行く機会があれば調べてみるか。
「では、もう一つなのですが――《悲しみの魔女》はなぜ呪われず、自分の意思で動けているのでしょう? もしかして今の行動が呪いの影響なのですか?」
《嫌悪の魔女》は人々に嫌悪を抱かせる行動をし、メディアは完全に呪われていた。先日見た推定《驚きの魔女》の少女も、人々を驚かせていた。しかし《悲しみの魔女》だけはその素振りがなかった。
「ふむ。これはわらわも古い言い伝え――大昔の学者の推論なのじゃが……我が国には『勇者を召喚してはならぬ』という言い伝えがあるのじゃ」
「勇者を、ですか?」
「そうじゃ。その学者によると、“魔女”は人々を怒らせたり、嫌悪させたり、驚かせたりと、仮面に描かれた感情を人々に抱かせることで、勇者召喚に必要なエネルギーを集めているとされておる。魔女の集めたエネルギーは各国の王城にある召喚魔法陣に蓄えられ、一定量が貯まれば召喚が可能になると」
「ということは、勇者を召喚していないこの国はエネルギーが満タンだから、《悲しみの魔女》は集める必要がない、ということですか?」
「そう考えられておる。この国は勇者召喚魔法陣が出来た一万年前から、一度も勇者を召喚したことがないゆえな。それとな、別にわざわざ魔女が行動しなくとも、この大陸でその感情を持つ者がおればエネルギーは貯まるようじゃ。一万年前のその時代は、“悲しい”思いをしているものが多かったのか、《悲しみの魔女》が魔女として成長したころには、すでに満タンだったと言われておる」
当時のエルフはヒューマンを“下位種”と見なす考えが主流で、勇者召喚で呼ばれるのがヒューマンだと知らされていたため、召喚する気がまったくなかったのも、召喚しなかった一つの理由だという。
「あ! そうなると魔女もそれぞれ担当の国があるってことですか?」
「そうじゃ。『悲しみ』はこの国、『嫌悪』はアストラニア王国、という具合になっておる」
なるほど。
『嫌悪』なんて、なかなか貯められないよな……。
『驚き』は貯めやすそうだ。『怒り』『喜び』『恐怖』も貯めやすいだろう。
しかし『無』はどうやって貯めるんだ?
天空人も魔女も担当する国があった。天空人と魔女は何か関係があるのだろうか?
「話はこれくらいでいいじゃろう。アレスよ、そなたにだけ渡すものがある。この後、わらわの部屋に来るのじゃ」
なんだろう。まあ貰えるものは貰っておこう。
「承知いたしました」
俺は女王フィオレルの後ろについて行き、女王の部屋へ向かった。




