083 王都セレニアとエルフの女王
朝、街を出て透明化し、王都『セレニア』へ向けて飛んだ。三十分ほどで到着した。
王都の街は、国境の街『エルディアン』と同じく魔法で建造されているようで、無駄な凹凸が一切ない。すべてが完璧に整った造形は、どこか機械的な精密さすら感じさせた。
そして道ゆく人々は、やはり女性のエルフばかりだった。服装はかなり大胆で、大事な部分がぎりぎり隠れる程度の衣をまとった者たちが、何事もないように歩いている。
「これは、男は来たくなるよね」
私は街中のエルフたちの大胆な服装にぽかんとした。
「アリス、商業ギルドに行くんだろ? さっさと行くぞ」
立ち止まっていた私の手を、エリュシアが引いて歩き始める。
私たちは商業ギルドで、ちょうどよさそうな屋敷を買い取り、転移魔法陣を設置すれば完了だと考えていた。
ところが――
「え? なに?」
大通りを歩いていた私たちを、突然衛兵が取り囲んだ。
(あれ? まだなにもしていないんだけど?)
この王都『セレニア』では、私たち以外の異種族を見かけていない。目立つのは承知していたが、だからといって衛兵に囲まれる理由はない。
すると隊長らしきエルフの女性が口を開いた。
「女王様がお呼びだ。謁見の間までついてくるように」
エルフの女王が、私たちに会いたいと言っているらしい。
なぜだ。女王と面識などない。
だが、拒否権はなさそうだった。この場で騒ぎを起こすわけにもいかず、私たちはおとなしく謁見の間へ向かうことを了承した。
◇
王城は、王都『セレニア』の中央に静かに、しかし圧倒的な威厳をもってそびえていた。外観は重厚な石造り――だが、その石は人間の王国で見るような無骨さとは違う。魔法で精製されたらしく、薄い翡翠色の光を帯び、まるで石そのものが呼吸しているかのようだった。
壁面には古代エルフの紋様が、長い蔦のように刻まれている。触れれば柔らかく光を返し、その輝きは城を守護する結界と連動しているのか、魔力が満ちるほど紋様は美しく浮かび上がった。
重厚さと神秘性が共存する、不思議な静謐をたたえる城だ。
城門をくぐると、空気はわずかにひんやりとする。石造りゆえの冷たさではなく、整えられた魔力が肌を撫でるような感覚だった。廊下の床には青白い滑らかな石が敷かれ、歩けば淡い光が足跡のように残ってすぐに消える。天井は高く、石柱が樹木の幹のように伸びていた。
奥へ進むにつれ、魔力はさらに濃くなり、やがて謁見の間に辿り着いた。
謁見の間の床には雪のように白い石が敷き詰められ、その上には巨大な魔法陣が幾重にも描かれている。踏み出すたび淡い光が波紋となり、天井近くまでそびえる柱が光を吸い込みながら輝きを増していく。
玉座は高台の上にあり、淡い金色の魔力が集束してつくられた重厚な石の椅子だった。しかし無骨さはなく、根のような文様が自然に絡み合い、まるで森の“王樹”がそのまま姿を変えたかのような荘厳さがあった。
そして玉座の前で膝をつく私たち。
しばらく待つと、布ずれの音とともに、巨大な魔力の気配が満ちた。
「面をあげよ」
凛とした声に従い顔を上げると、目の前の玉座に座すエルフの女王は、まさに“エルフの頂点”と呼ぶにふさわしい存在感を放っていた。
陽光を溶かしたような金髪が背中まで流れ、一本一本が淡い光を帯びて揺れるたび、風に舞う光の糸のようにきらめく。その髪の上には、繊細な細工が施された王冠が静かに輝き、真なる支配者の証として彼女の気品をさらに強めていた。
瞳は深い湖のような碧。吸い込まれそうな透明さと、永い時を生きる者だけが持つ静謐な力が宿っていた。視線を向けられただけで、胸の奥を掴まれるような圧倒的な威圧と威厳があった。
身にまとう白いドレスは、胸元が大胆にざっくりと開かれているが、不思議と下品さは一切ない。魔力を編んだ薄紗のような布が揺れるたび、淡い光がふわりと浮いた。
凛とした気品と妖精のような美しさが同居し、そこにいるだけで空気が澄み渡るようだった。
誰もがひれ伏すのも当然だ――そう思わせる威厳を纏っている。
女王は一つ息を吐き、静かに言葉を紡いだ。
「ふむ、やはりか。そなたら――ステータスを改竄しておるのであろう?」
いきなり核心を突いてきた。なぜだ?
女王は続けた。
「わらわは〈鑑定〉レベル10を有しておる。レベル10ともなれば、いかなる手段であれ――ステータスが改竄されておることくらいは見抜けるのじゃ。加えて〈魔力感知〉も使える。ゆえに、今日、王都へ“巨大な魔力を帯びた者”が二名入ったことにも気づいておる。そなたらほどの魔力を持ちながら……なぜ魔女化してはおらぬ? 答えよ」
外から見える魔力を抑えているのは、私もエリュシアも同じ理由だ。魔物が集中してしまうからだ。
しかし女王の〈魔力感知〉の前では隠せないらしい。観念して、私は口を開いた。
「女王様、発言することをお許しください」
「許す、申せ」
「まず、こちらの指輪を献上させていただきます」
「この指輪は何じゃ?」
「発情を鎮める指輪です。よろしければお試しください」
女王は〈鑑定〉で確認したのち、短く言った。
「着ける必要はない。話を続けよ」
指輪は着けてくれなかったが、鑑定結果に問題はなかったらしい。
私は話を続けた。
「では、正体を明かします」
そう言って私は“アレス”へ姿を戻した。
「な!? アレス様!?」
……え? 知っているのか?
ということは、この身体の本来の持ち主を知っていたのか?
女王は続けた。
「なるほど。ヴァネッサが『天空人を作った』と言っていたのは、そなたのことか」
ヴァネッサ……? 誰だっけ? その名前は――あ、《悲しみの魔女》だ!
「女王様は《悲しみの魔女》をご存じなのですか?」
「ああ。あやつはこの城の客人でもある。もっとも、ほとんどどこかへ出かけておってな。会うのは数年に一度じゃが」
魔女なのに、女王と普通に交流している……?
俺はエリュシアの過去も説明した。
彼女がヴァネッサに作られた人造魔人であること。
その後、奴隷商人にだまされ従魔契約を結ばれたこと。
「従魔契約か……難儀よのう。わらわも、解除できた話は聞いたことがない。力になれず済まぬな」
女王は申し訳なさそうに言うが、よく見ると、例の指輪はやはり着けていなかった。
大丈夫なエルフもいるのか?
周囲の近衛や魔術師は明らかにモジモジしている。発情効果は普通に出ているはずだが……。
「してアレスよ。この国には何をしに来たのじゃ」
俺は正直に、すべてを話した。
《嫌悪の魔女》を生け捕りにし、称号を奪い、元のエルフへ戻したこと。
彼女の身分証明のため、この国に密かに転移させるつもりであること。
「嫌悪……! 今、《嫌悪の魔女》と言ったか!? メディアは無事なのか?」
女王は、魔女化前のメディアと面識があるらしい。
「ええ、症状は抑えてあり、普通に生活できます。ただ、あの国で解放すると貴族に捕らわれる可能性が高いので、こちらへ秘密裏に送りたいのです」
「なるほどのう……」
一瞬思案した女王は、すぐに頷いた。
「そういうことであれば、この王城の部屋を一つ下賜する。そこを使うがよい」
「よろしいのですか? 今日会ったばかりで、信用してもらえるようなことは何も――」
「問題ない。裏切れば、それ相応の対応をするだけじゃ。わらわが負けることはない」
……すごい自信だ。
つまり“最悪は力尽くでどうにでもできる”ということか。
「では、お言葉に甘えて王城内に転移魔法陣を設置させていただきます」
「うむ。その代わり、各国の貴族に捕われているエルフを救い、この城へ連れてくることを、頼むぞ」
「承知しました」
なお、国際法では国境を越える転移は違法だが、今回は特例として通達を出すとのこと。アレスと仲間に限り、リーファリアと他国間の〈空間転移〉が公式に許可された。
……しかし、ここまで話をしていて、女王は大丈夫のようだが、周囲のエルフは明らかに発情していた。
「女王様、周囲への影響も大きいようですので、“アリス”に戻ってもよろしいでしょうか?」
「おお、たしかにそうじゃな。そうしてくれ」
許可が出たのでアリスの姿へ戻る。
「では、下がってよい。メディアが無事こちらへ転移できたなら、わらわにも知らせよ」
「承知しました」
***
謁見の間を出たあと、王城のメイドの案内で、下賜された部屋へ向かう。
「さっそく魔法陣を設置しよう」
私は部屋の端に、アストラニア王国との転移魔法陣と今後使用するであろうエルセリオン王国との転移魔法陣の二つを設置した。
すぐにメディアへ〈念話〉を送る。
『メディア、今話せる?』
『ああ、アリス様! はい、ちょうど屋敷に戻ったところで大丈夫です!』
『いま、リーファリア王城の部屋に転移魔法陣を設置したわ。屋敷の私の部屋に入って、左側の魔法陣に魔力を少し込めてみて。すぐ転移できるはずよ』
『わかりました! 転移してみます!』
しばらくすると、アストラニア王国との転移魔法陣の上に、プラチナゴールドの巻き髪と青い瞳をもつ、妖艶なエルフが現れた。
「アリス様ー!」
メディアは私の姿を見るなり抱きついてきた。いま私は女性化しているのだが……まあいいか。
「アリス様! ここはリーファリアなのですか?」
「そうだよ。さっきも言ったけど王城の中だよ」
「じゃ、フィオレルに挨拶してきます!」
フィオレル?
聞けば、それが女王の名らしい。メディアは魔女になる前、この王都で薬師をしており、女王と知り合いなのだとか。
「ああ、行ってくるといいよ」
積もる話もあるだろう。
私とエリュシアは、部屋でのんびりと待つことにした。




