080 認証の壁と新しい通信
ダンジョンから地上に戻ると、外は明るく、まだ十五時前だった。
『石喰いの巣』の地下四十階を攻略できた者は、これまで誰もいなかった。
俺とエリュシアが初の達成者だから、本来なら冒険者ギルドに報告すべきだが、今回は控えておく。
報告すれば、俺たちがミスリルインゴットを所持していることが確実に知られてしまう。この鍛冶の街でそれが公になれば、ドワーフたちが押し寄せてくるのは目に見えていた。
すべてのミスリルはルビナに渡すつもりだから、ここでは大人しくしておくのが得策だ。
「エリュシア、今晩は宿にするか?」
しばらく野営していたし、宿にしようかと誘ってみたが、
「うーん。でもご飯はエルマの作り置きのほうが美味しいんだよなー」
以前は宿屋の食事に感動していたエリュシアも、今ではエルマの料理に慣れてしまい、すっかり舌が肥えてしまっていた。
「そしたら、ルビナの家に泊まるか。もう一度ルビナに〈念話〉してみるよ」
さっきダンジョンの中で〈念話〉したばかりだが、もう一度連絡を取る。
『ルビナ、たびたびすまない。今話せるか?』
『ああ、ちょっとなら大丈夫よ。何?』
俺はルビナに『ジャスパーブレスト武器工房』に泊まる許可をもらった。自宅兼工房の中身はルビナが持ち出しているため家の中は空っぽだが、俺が家具一式を亜空間に収納してあるから、泊まる分には問題はない。
『ああ、それと地下室追加していいか?』
『別にいいけど、何に使うの?』
『転移魔法陣を設置しようと思って』
ここにも転移魔法陣を設置しておけば、いつでもグラナフェルムと行き来できる。インゴットが足りなくなったら、この街に転移して『石喰いの巣』でゴーレムを倒す──そんな運用が可能になるのだ。
『おお! あたしもいつでも帰れるようになるのね! お願いするわ!』
ルビナも大賛成だったので、〈土魔法〉で地下室を作ることにした。
***
「ここがルビナの家、『ジャスパーブレスト武器工房』だ。今日はここに泊まるぞ」
「あ、アレス。これから地下室作るんだよな? アタシその間、この街見てまわってもいいか?」
エリュシアが一人で街を見て回りたいと言い出した。珍しいことだ。
「ああ、いいぞ。暗くなる前には戻ってこいよ」
「アタシ、子供じゃねーし!」
そう言うと、エリュシアは軽やかにグラナフェルムの通りに消えていった。鍛冶屋とアクセサリーの店が並ぶこの街は、彼女にとってそれほど面白い場所ではないと思うが。
俺は『ジャスパーブレスト武器工房』に張ってあった〈空架障壁〉を解き、中に入り、〈土魔法〉で地下室の造成を始めた。
***
「アレス―、帰ったぞー」
エリュシアが戻るまでに、地下室と転移魔法陣の設置は終わっていた。テーブルとベッドだけ出して、俺は新しい“壁”の研究をしていた。
「アレス、何してんだ?」
「ああ、特定の人だけ通れる壁を作れないかと考えててね」
ここを〈空架障壁〉で囲っておくと、俺が解くまで他人は入れないが、今後ほかの誰かが転移で来ることがあるなら、その人物だけは通れるようにしたい。今俺が持っているスキルや魔法の組み合わせでどうにかならないか試していたのだ。
「で、出来そうなのか、アレス」
「たぶんな。明日の朝にでも試してみるさ」
その夜はエルマの作り置きで満足し、エリュシアの〈身体強化〉をレベル9にした。リーファリア王国に着くまでは、エリュシアと二人で行動することが多いから、どうしても彼女のスキルばかりがレベル9になっていく。後でみんなに文句を言われそうだが仕方ない。
――翌朝。
「よし、建物に〈魔法陣付与〉したぞ。エリュシア、中に入れるか試してくれ」
今回、新しい〈バッチ処理〉を〈魔法陣生成(バッチ)〉で魔法陣にし、建物内に付与してある。
「お? お? 入れないぞ、アレス!」
「で、俺は通れるんだな」
玄関先でもがくエリュシアを横目に、俺は建物から出て、再び入る。
「え? なんで? なんでアタシだけ通れないのさ!」
「ああ、共有空間に指輪を入れてあるから、それをつけてみて」
「銀の指輪? わかった、つけてみる」
指輪をはめると、エリュシアも中に入れるようになった。
「おー! 入れた! この指輪つければ誰でも入れるのか?」
「いや、それはエリュシア専用だ」
正確に言えば、『エリュシア』という名前の女性だけにしか機能しないが、その仕組みは誰にも明かさない。
今回は認証コード方式にしてみた。
①〈鑑定〉で名前を取得、一文字ずつを数字に変換し、全部足す(ア=1、イ=2、等)。
②上記の数に、男性なら×2、女性なら×3する。
③そこに、指輪に〈魔法陣生成(バッチ)〉で登録した数値を足す。
この計算結果が認証コードになり、建物側の魔法陣の認証コードと一致すれば通行を許可する仕組みだ。
単純に見えるが魔法に頼るこの世界では、秘密にしておけば、この仕組みが判明する可能性は低いだろう。
魔法陣も建物内に付与しているので、外から魔法陣を確認することはできない。
ただ、名前が変われば使えなくなるが、そのときは新しい指輪を作ればいい。
本当は生体認証のような方式にしたかったが、うまく魔法を組み立てられなかった。どの属性魔法で作るべきか判断できなかったのも理由の一つだ。いずれ形式を改良したい。
「じゃあ、エリュシア、エルセリオン王国に行こう」
◇
俺たち二人はグラナフェルムの街を抜け、人の少ないところで透明化して飛び立った――が。
「ちょっと待て! エリュシア! 速度を落とせ!」
そういえばダンジョンで〈飛翔(羽)〉をレベル9にしていたのだった。
「どうした、アレス。目的地に早く着けるんだから問題ないだろ?」
「いや、これ音速超えてないか?」
一度地上に降ろしてもらい、エリュシアに全力で飛んでもらうと、途端に「ドンッ」という爆音とともに、衝撃波が俺の鼓膜に強烈な痛みを与えた。ソニックブームだ。
『エリュシア、その速度はまずい。爆音が発生するし、窓ガラスくらいなら割れそうだ。もう少しスピードを落とせ』
『え!? そうなの!? わかった、もうちょっと落とすよ……』
残念そうではあるが、それでも従来の倍ほどの速度には達していた。
◇
俺たちはこれまでの半分の時間で国境を越え、エルセリオン王国の王都エルドラスに着いた。
「まさか、こんなに早く着くとはな。まだ朝の九時だぞ」
グラナフェルムを出たのは朝八時。馬車なら二十日かかる距離を一時間で移動した。元の世界のジャンボジェット機より少し速く、時速千キロくらいか。
エルドラスの屋敷に着くと、〈黎花の翼〉は不在だった。おそらくダンジョンだろう。
「暇だぞ、アレス」
エリュシア、最近イレーヌに似てきてないか?
「これから魔道具を作る。エリュシア、テストを手伝ってくれないか」
「あー、いいけど何作るのさ?」
「それは出来てからのお楽しみだ」
同じ魔道具を二つ作り、エリュシアにテストを手伝ってもらうと、彼女はとても感動していた。
そのうちの一つは共有空間に入れて、アストラニア王国王都《万紫千紅》のリビングの壁に設置してもらうことにした。
――夕方。
〈黎花の翼〉がダンジョンから戻ると、ヒカルが飛びついてきた。
「落ち着け、ヒカル。今日はもうこの屋敷にいるんだから」
「だって、だって……」
だいぶ甘えん坊になったヒカルをなだめて落ち着かせた。
「面白い魔道具を作ったから、みんなに見せたいんだ。そこの壁にかけてある」
そこにはルビナ鋼で作られた横二メートル、縦一メートルほどの枠があった。
「枠だけ?」
ヒカルが不思議そうに言う。
『アレス、こちらセレナ。今屋敷に帰ったけど、枠みたいなのを壁に設置したわよ。起動すればいいの?』
『ああ、頼む』
ちょうどアストラニア側も設置を終えたようなので、こちらの魔道具を起動する。
「「「「おおー!」」」」
枠で囲った領域に映像を投影する空間を作り、光と音を俺の共有空間を通して相手側に送る。元の世界でいえば『ビデオ通話』のようなものだ。
枠の大きさは元の世界の八十インチのテレビくらい。アストラニア王国の〈百花繚乱〉と〈迷宮の薔薇〉、エルセリオン王国の〈黎花の翼〉が互いに自己紹介を始める。念話ではやり取りしていたメンバーだが、今日が初めて顔を合わせる機会だった。
画面の向こうからイレーヌが訊ねてきた。
『明日にはリーファリアに向かうの?』
「いや、明日から三日間、この王都で取り壊す予定の建物を回収して回るつもりだ」
すると画面の向こうのセレナが
『それ、こっちでもやってたけど、何に使うのかしら?』
そういえば目的を説明していなかった。
「セレナたちが治める村は建物がほとんど残っていないだろうから、新築に修理して、その村に移築するつもりだ」
『なるほど。それは助かるわ』
というわけで、明日から三日間、このエルドラスでも、取り壊す予定の建物を回収して回ることにした。




