079 紅の巨躯と共鳴の力
――三日後。
初日に八千個のミスリルインゴットを手に入れたが、今後のことも考え、その後三日間もミスリルゴーレム狩りを続けた。
そして最終日の今日、俺は悩んでいた。
「どうしたんだ、アレス」
地下三十九階のセーフルームでテーブルを出し、昼食後の紅茶を飲んでいた俺に、エリュシアが訊ねてきた。
「いや、な。この先のボスに挑戦するかどうか迷ってるんだ」
この先のボスはヒヒイロカネゴーレムだ。ミスリルゴーレムよりさらに硬い相手だ。
ミスリルゴーレムと同じく〈共鳴崩壊〉が効くかもしれないが、効かなかった場合――ボス部屋は一度入ったら、倒すか全滅するかのどちらかしかない。〈共鳴崩壊〉が効かなければ、ただの自殺行為になる。
「しかし、ヒヒイロカネは入手したい……」
ヒヒイロカネはヒカルが持つ『聖剣エルグレイア』の素材だ。この素材で武具を作れば、《万紫千紅》はさらに強化できる。そもそも俺も欲しいし、ヒカルにも剣を作ってやり、『聖剣エルグレイア』をエルセリオン王国に返すこともできる。あの国がヒカルにした仕打ちは許せないし、これ以上関わらせたくもない。
話を戻そう。さて、どうするか。〈共鳴崩壊〉が効かなかった場合――
① 独自魔法第二階梯の闇魔法〈物理防御低下〉で防御力を下げ、〈共鳴崩壊〉かハンマーで殴る――無理だろうな。この魔法でミスリルより脆くなるとは思えない。
② 〈空間魔法〉で拘束し、ヒヒイロカネゴーレムだけを〈火魔法〉で急激に熱し、〈氷魔法〉で急冷して脆くし、〈共鳴崩壊〉かハンマーで殴る。
③ 〈空間魔法〉で拘束し、ヒヒイロカネゴーレムを〈火魔法〉で溶かす。
②と③はいける可能性があるが、〈火魔法〉でボス部屋の酸素を消費してしまい、先に俺たちが倒れるかもしれない。
悩む俺を見て、エリュシアが呆れたように口を開いた。
「やってみればいいじゃん。ダメだったら透明化して逃げ回ろうぜ」
「いやいや、いつまで逃げるんだよ」
「〈念話〉はボス部屋からでもできるんだろ? 仲間の知恵も借りられるし、〈共有(空間)〉で外から物資ももらえる。有効策が見つかるまで気長にやってもいいじゃねーか」
確かに、倒せなくても殺されることは考えにくい。せいぜい地下四十階のボスだし。
「そうだな。一万回でも〈共鳴崩壊〉を当てれば、なんとかなるかもしれない。やってみるか」
俺たちはヒヒイロカネゴーレムに挑戦することに決めた。
――地下四十階、ボス部屋。
俺たちは躊躇なくボス部屋の扉を開け、中に踏み込んだ。
薄暗い石壁の間に、淡く赤く光る巨躯が立っていた。ヒヒイロカネゴーレム――その名の通り、体全体を覆う金属は炎のように赤く輝き、角度によって深紅から橙色に微妙に変化する。光沢は金のように重厚だが、同時にどこか軽やかさを感じさせ、生きた炎を閉じ込めたかのように煌めいていた。
その巨体は人間の二倍以上。腕には古代の魔導符号が刻まれ、拳の一撃で石柱を粉砕できる威力を秘めている。床を踏みしめるたび、淡く光る金属が微かに軋み、石造りの迷宮全体に低い振動が伝わる。
「あれか。これまでのゴーレムより一回り大きいな」
低く響く振動が石壁に反響する。ゴーレムの動作は重厚だが無駄がなく、振りかぶれば衝撃波が周囲に広がる。その周囲には、王を守護するかのようにミスリルゴーレム五体が警戒して構えていた。
「エリュシア、まずはミスリルゴーレムを殲滅する。ヒヒイロカネゴーレムの攻撃に気を付けろ」
「わかった、任せろ」
俺とエリュシアは〈空間転移〉で素早くミスリルゴーレムの背後に回り、〈共鳴崩壊〉を当てていった。
「うぉっ!」
突然、ヒヒイロカネゴーレムのパンチが飛んできた。
「エリュシア! こいつデカいくせに、ミスリルゴーレムより断然速いぞ!」
「りょーかい。でも避けれるね」
エリュシアは巧みに攻撃を避け、ヒヒイロカネゴーレムの懐に飛び込むと、
「一発目ー! 〈共鳴崩壊〉!」
空気が震え、ヒヒイロカネゴーレムの動きが止まった。
「あれ? ひび入らないね」
エリュシアがぺたぺたと触りながら調べていると、ヒヒイロカネゴーレムが急に動き出し、警戒していなかったエリュシアはパンチをまともに受け吹き飛ばされた。
「ちっ! 〈空間転移〉!」
俺は吹き飛んだエリュシアを〈空間転移〉で回り込んで受け止め、〈高治癒〉をかけた。
「大丈夫か、エリュシア! 気を抜きすぎだぞ!」
「ごめんごめん。これまで余裕の戦いしかしてなかったから、ちょっと油断した」
「〈共鳴崩壊〉が効いてないわけじゃなさそうだ。ただ、何回も当てる必要がありそうだな」
俺たちはヒヒイロカネゴーレムの懐に近づき、交互に〈共鳴崩壊〉を当て続けた。
***
「二十発目ー! 〈共鳴崩壊〉!」
エリュシアが二十回目を当てたが、一瞬動きが止まるだけで、ひびは入らなかった。
「どうするアレス? このまま続ける?」
「いや、ちょっと他の方法も試す」
俺はルビナ鋼のハンマーを取り出し、〈共鳴崩壊〉を魔法付与した。
「こいつで、どうだ!」
横殴りにハンマーをヒヒイロカネゴーレムの腹に叩きつける。〈共鳴崩壊〉にハンマーの攻撃力を足してみた。
叩きつけると同時に壊れるハンマーを亜空間に収納して〈修復(空間)〉で直す。
「お! アレス! わずかに、数ミリくらいのひびが入ったぞ!」
よし、これで行こう。エリュシアの魔鋼ハンマーは壊れたら修理素材がないので、俺のルビナ鋼ハンマーだけで攻める。
「じゃあ、アタシは拘束してみる。〈根の拘束〉!」
トレントの〈根の拘束〉。レベル8の堅い根で拘束するが、相手はヒヒイロカネ。木材では太刀打ちできず、バキバキ折られる。
その間に俺は再びハンマーを魔法付与し、横殴りで腹に叩きつけた。
「お! アレス! 一センチくらいのひびになったぞ! その調子だ!」
エリュシアは〈魔糸操術〉や〈部分収納〉で拘束を試したが失敗。最終的に、ジャイアントスパイダーの特徴を顕現した腕六本状態の阿修羅モードで、プロレス技のようにヒヒイロカネゴーレムの両手両足を四本の腕で掴み拘束した。
「すげーな、エリュシア。残り二本の腕で〈共鳴崩壊〉を当て続ければ終わるんじゃないか?」
「アレス、それ時間かかるからやだよ。拘束しとくから、さっさとハンマーで殴って」
「いや、そのままだとエリュシアにもダメージ行くから、そのまま地面に叩きつけて」
「はいよ」
すさまじい音とともに地面に叩きつけられるヒヒイロカネゴーレム。俺は倒れた腹にハンマーを叩きつける。
「また少しひびが広がったぞ! アレス、これで行こう!」
エリュシアが拘束して叩きつけ、俺がハンマーで殴る動作を七回繰り返し――
「おお! 割れたぞ! アレス!」
ついに倒した。
「ハンマー十回か。毎回ハンマー壊れるから結構面倒だな」
〈波動魔法〉と〈魔法付与〉をレベル8以上、ルビナ鋼ハンマーとルビナ鋼インゴット、それに〈修復(空間)〉を持っていなければ倒せない相手ということになる。これができる冒険者はほとんどいないだろう。普通は最低でもヒヒイロカネ製のハンマーを持参すべきだ。次回はそうしよう。
◇
ヒヒイロカネゴーレムを倒した俺たちは、ボス部屋先のセーフルームで休憩した。エリュシアは椅子に座り、紅茶を優雅に飲み、クッキーを摘まんでいる。
俺は手に入れたヒヒイロカネを〈分解(空間)〉と〈合成(空間)〉でインゴットにし、ルビナに〈念話〉で連絡した。
『ルビナ、ヒヒイロカネ入手したぞ』
『うそ!? ドルガンさんに報告してくる!』
しばらく沈黙したので、紅茶をもらっているとルビナから連絡がきた。
『あ、アレス! 王都の鍛冶屋だとミスリルまで扱える「高温溶融炉」しかないんだって! ヒヒイロカネを扱うなら、ヴァルグラント王国に二つしか残っていない「魔導溶融炉」でしか無理だって!』
マジか。せっかく手に入れたのに、今は作れないのか。
魔導溶融炉はロストテクノロジーで現在作れる人はおらず、原理も解明されていない。ルビナがもう少し成長したら、二百年ぶりにドワーフの国『ヴァルグラント王国』に行くとドルガンは言っていたそうだ。
『「とりあえず見せろ!」ってドルガンさんが言ってるよ!』
『わかった。共有に入れておくから、後で渡してくれ』
『りょーかい!』
俺はヒヒイロカネのインゴット百二十個を共有空間に入れた。
「じゃ、外に出るか」
俺たちはワープポータルから地上へ戻った。




