073 偽装と新生
夕方。剣術指導も終わり、全員でリビングでくつろいでいると、王城に調査に行っていたエルマが戻ってきた。
彼女は「昔の知り合いに会う」という口実で王城へ向かったのだが、実際に知人と再会したところ若返ったことに驚かれ、その話題ばかりになってしまい、なかなか騎士団長の件を聞き出せなかったらしい。
それでもなんとか情報を掴んできたようで、エルマは深刻な顔をして口を開いた。
「騎士団長と一緒にいた二人の騎士、禁止薬物の使用と所持で捕まったって。常習してたらしいよ……どういうことなの、アレス?」
「ああ、それはね――」
――昨晩、騎士団長の執務室で。
「これは……だいぶ脳がやられてるな」
床に倒れていた騎士団長と二人の男を調べながら、俺は呟いた。
〈スキル複製(性)〉はレベル8でも脳に負荷がかかるが、ヒカルは例の指輪を使っていたはずだ。レベル8は〈脳状態復元〉で修復されているはずなので、この損傷はレベル9の複製によるものだろう。
ヒカルはレベル10のスキルを得たと言っていた。つまり最低でも、レベル9で得られる“8万640倍の快楽”を九回分受けている計算になる。三人とも同じ症状で、ヒカルが得たレベル10のスキルが三つということは、それぞれからスキルを得たのだろう。
俺はメディアに〈念話〉を飛ばした。
『メディア、今話せるか?』
『あ、アレス様……! お久しぶりです。私は毎晩さみしく――次こそは子種を――』
『あー、すまん。急ぎの用件だ。そういう話はまた今度な。メディア、“脳にダメージを与えるけど気持ちよくなる麻薬”みたいなもの、作れるか?』
メディアは今でこそ〈土魔法〉を応用して建築の研究をしているが、本来は〈薬調合[10]〉を持つ世界屈指の薬師だ。
『ええ、可能ですけど……禁止薬物扱いになりますよ? 所持だけでも逮捕される類の薬です』
『構わない。今すぐ作れるか? できればストックも含めて複数ほしい』
『手持ちの材料なら……二十本ほど作れそうです』
『助かる。それをセレナ経由で俺に送ってくれ』
『了解しました。少々お待ちくださいね。……ご褒美、期待してます』
ご褒美って、子種のことじゃないよな。俺はまだ子どもを作る気はないぞ。
その後、セレナにも〈念話〉を送っておいたら、十分ほどで薬が届いた。
一回の使用で一本使い、それだけでも脳に軽いダメージが出るが、一本だけならさほど支障はないとのこと。ただし常習すれば脳が壊れ、生活に支障をきたすレベルになるらしい。
「エリュシア、これを一本ずつそいつらに握らせて飲ませてくれ。空瓶は床に置いておくんだ。ただし、エリュシアは瓶に直接触るなよ」
「わかった」
俺は執務室の壁に埋め込まれた金庫を〈罠解除〉で開け、十一本の薬を中に入れた。
残り六本は中身を別の容器に移し、内容物を亜空間で元素分解。六本の空き瓶が残った。
それを見ていたエリュシアが首をかしげる。
「その空き瓶、どうすんの?」
「ああ、人目につきにくくて、本気で調べれば見つかる――そんな場所に隠す」
「どこだよ、それ」
「さて、どこにするかな」
部屋を見回していると、エリュシアが何かを発見した。
「アレス! 壁の中に何か隠してある!」
……騎士団長、すでに何か隠してたのか。
「なんだ、これ?」
取り出して確認すると、犯罪の証拠書類らしい。なぜ壁の中に?
「アレス、こっちにもあるぞ」
別の場所を調べると、今度は帳簿が出てきた。
「ああ、なるほど。賄賂を受け取って犯罪をもみ消してたんだな。……いや、それだけじゃない、脅迫までしてるな」
思った以上に腐ってるな、この騎士団長。
空き瓶はこの壁の中に一緒に隠しておこう。壁の蓋はわずかにずらしておく――誰か、気づけよ。
男たちの服を着せ直し、倒れた位置を整えて、
「あとはこれだな。第九階梯隷属魔法〈記憶改竄〉」
ほんの一部しか改竄できないが、“ヒカルはここに訪れたがすぐに帰り、その後三人で薬を使用した”記憶を植え付ける。
すでにだいぶ脳がやられている三人には、やらなくてよかったかもしれないが、念のためだ。
「アレス、それ、えげつない魔法だな……」
「そうだな。第九階梯と第十階梯の魔法はほとんどが禁呪だし、これもそうだろうな」
まあ、使える人がほぼいない魔法だから、バレないだろう。
あとは俺とエリュシア、ヒカルの痕跡を完全に消して部屋を出た。ドアは開けたままだ。
以後は二人とも透明化し、会話は〈念話〉で。
『エリュシア、可愛い悲鳴とか出せる?』
『は? 無理に決まってんだろ!? そんな恥ずかしいことできるか!』
全力で拒否された。仕方ない、俺がやるか。
〈バッチ処理〉で“アリス”に変わり――
「きゃー! 騎士団長が! 騎士団長が倒れてるー!」
と叫んでから、“アレス”に戻る。
『アレス……よく恥ずかしくないな』
『こういうのは思いっきりやれば、案外平気なもんだぞ?』
その後、王城の門番の部屋にある帳簿に“ヒカルがすぐに帰った”ように退城記録を追記して、俺たちは屋敷へ戻った。
――そして、現在。
「……ということを、エリュシアと一緒にやってきたんだ。うまくいったみたいだな。その日ヒカルが入城するところを門番に見られているから、もしかしたら事情聴取はあるかもしれないが、このままいけば、ヒカルは無関係で処理されるはずだ」
「ありがとう、アレス!」
ヒカルは勢いよく抱きつき、唇を重ねてきた。……この子、案外大胆だな。
そこへミリアが割り込む。
「こらー、ヒカルー! 今日は私の番でしょ! とらないで!」
「いいじゃない、キスくらい。けちー」
これがヒカルの素の姿なのだろう。ようやく笑顔が戻ってきてくれて、本当に良かった。
――そしてそのあと。
俺が持つ〈技巧(性)〉スキルの存在をヒカルとエリュシアに暴露され、さらに〈絶倫〉スキルの存在までリンファとエルマからバラされた。
結果、全員にそれを分け与えることを約束させられた。
その夜。
「あれ? ミリアもローテーションに入ったのか?」
「えへへ。よろしくお願いします、アレスさん」
……“私の番”って、そういう意味だったのか。
そして……リンファやエルマと同じように、魔力量を倍にしてほしいと言われた。
「んー、リンファは平気だったけど、エルマは途中でギブアップしたぞ。その後、無理やり倍にしたら、朝からめちゃくちゃ怒られた」
「私は大丈夫です! 最後まで絶対ギブアップしません! もし無理そうなら〈強制終了〉でお願いします!」
約束どおり〈絶倫〉と〈技巧(性)〉を渡し、〈強制終了〉なしで進めたのだが――
「あ、アレスさん……こ、これ以上は、無理かも……」
「じゃあ残りは〈強制終了〉で」
「あ、いや、待って……もう少し……」
翌朝。ミリアの魔力量は見事に倍になっていた。
そして彼女は満面の笑みで「またお願いします」と言ってきた。……なんか、変な方向に目覚めさせた気がする。
翌日。
俺たちは全員でエルセリオン地下迷宮の地下三十一階にいた。
〈黎花の翼〉のメンバーは全員が強化済み。
今回の目的は、途中の野営を挟みつつ迷宮の完全踏破だ。
ヒカル以外の女性陣には、一定範囲内にインキュバスが出現した際、自動で〈催淫〉スキルだけを封印する第五階梯呪魔法〈禁能呪〉を組み込んだ“銀の指輪”を配布済み。状態異常対策は万全だ。ちなみに、地下三十四階から、男性に〈魅了〉を使うサキュバスが登場するが、〈全状態異常無効〉を持つ俺には効果がない。
全員がSランク上位のスキルを揃えており、この階層の魔物はもはや雑魚同然。
特にヒカルの成長は著しく、放っておくと一人で全部片付けてしまう。
「ヒカル、そんなに頑張らなくていいぞ。この辺の魔物なら、全員余裕で倒せる」
「なんだか、みんなの役に立てるのが嬉しくて……もう少しだけやってもいい?」
上目遣いでそう言われたら、断れるわけがない。
「アレス、ちょっとヒカルに甘いんじゃないの?」
エリュシアに突っ込まれる。否定はできなかった。
そして地下四十階、ボス――バルログ。
炎と闇の化身と呼ばれるが、実際は物理戦闘が主体。右手の大剣と左手の鞭で巧みに攻撃し、高速移動に加えて〈火魔法〉を織り交ぜてくる、本来なら厄介な相手だ。
前回はエルマの第六階梯魔法で瞬殺されたが、今回は――
「アタシが相手だー!」
と飛び出したエリュシアが、そのまま瞬殺していた。あっけなさすぎる。
今回はバルログをドロップに変えず、亜空間に収納。新たに〈鞭術〉と〈咆哮(魔)〉のスキルを入手した。
さらに地下三十一階から三十九階までの宝箱から、宝石類のほかにローブが三着も出た。
この階層で手に入るローブは「魔法使いのローブ」「強化魔導ローブ」「エレメンタルローブ」の三種だが、入手したのはすべて最上位のエレメンタルローブ。
すでにエルマが着ているため、残りはアストラニア王国のセレナたちへ送っておいた。




