071 萎れ花の決意
「今日はちょっと裏技使うよ」
そう言って俺は〈バッチ処理〉を起動した。
「これで地下二十階までは魔物が出ないはずだ」
「へ? そんなことあるの?」
エルマは信じられない、といった声をあげた。
「まあ、百聞は一見にしかず、走るよ」
俺たちは地下二十階まで走った。
ただ、ヒカルだけが〈身体強化〉を持たないため、全力では走れない。ヒカルに合わせたペースで進むことになる。
地下二十階のボスも〈バッチ処理〉で瞬殺したので、何もしないまま地下二十一階へ到着した。
地下二十一階からはフォーメーションを組んで、普通に倒していく。
前衛 ミリア ヒカル リンファ
中衛 エリュシア
後衛 エルマ アレス
本来なら俺とエリュシアも前衛だが、そうしてしまうとヒカルが何もできなくなる。
このエリアでは、俺とエリュシアはあくまでサポートに徹することに決めた。
緊張気味のミリアに、俺は声をかけた。
「ミリア、タンク頑張って」
「が、頑張ります!」
ミリアはタンク初挑戦で、最初はぎこちなかった。
だが騎士団で鍛えられてきた彼女は、攻撃よりも防御に向いているらしく、すぐに要領を掴んだ。〈挑発〉も上手く使い、魔物の攻撃を捌けるようになっていく。
ミリアが敵を引き付けてくれるおかげで、ヒカルも安心して剣を振れているようだった。
途中、ヒカルの〈剣術〉がレベル3に上がる。順調にスキルを上げたいところだが、まだメンバー間の実力差は大きい。もしかすると、ヒカル以外を強化しすぎたのかもしれない。
――地下三十階。
その日のうちに、俺たちは地下三十階のボス部屋前に辿り着いた。
ここのボスは黒鉄の装甲を纏う巨獣、アイアンボアだ。
前回は俺がタンクを務めたが、〈黎花の翼〉の誰もアイアンボアを倒せず、結局エリュシアが決着を付けている。今回はミリアにタンクを任せることにした。
「ミリア。アイアンボアは体重が重く、突進も速い。受け止めるのではなく、受け流す感じで」
「わかりました!」
初めて剣術を教えたときは自信なさげだったミリアだが、今は自信に満ちていた。
「じゃ、行こうか」
ボス部屋の扉を開けると、前回と同じように中央で咆哮するアイアンボアがいた。
「作戦通り、バルチャーはエリュシアに任せる」
「任せとけ!」
エリュシアはそう叫ぶと一直線にバルチャーへ飛び込んでいった。
「じゃあ、他の雑魚はあたしに任せといて」
エルマは範囲魔法でトレントたちとロックリザードを瞬く間に殲滅した。
「はいはい、猪さん! こっちこっち! 〈挑発〉!」
ミリアは楽しげにアイアンボアを受け流しつつ誘導している。余裕すら感じられた。
ミリアはヒカルが攻撃しやすいように立ち回っているが、ヒカルはその速さに追いつけず、剣を空振りしている。命中さえすれば、〈剣術〉のレベルが低くても『聖剣エルグレイア』の性能で十分ダメージは出るはずなのだが……このままでは当たりそうにない。
「リンファ、頼む」
「承知しました」
リンファはアイアンボアの目前へ〈空間転移〉し、床すれすれの位置から顎めがけてアッパーカットを叩き込む。巨体が空中で一回転して床に叩きつけられた。
すぐに飛び上がったリンファは、叩きつけられたアイアンボアの眉間に正拳突きを入れ、残心を取る。アイアンボアは既に動かなかった。
やはり、この階層なら楽勝だ。大いに褒めようとしたそのとき、ヒカルの暗い表情に気づいた。
このレベル帯になると、今のヒカルにはできることが少ない。そろそろスキルを渡すべきだろう。
いつもより少し早めに今日のダンジョンアタックは切り上げ、地上へ戻ってギルドに討伐報告をした。
地下三十階をクリアしたことで、ミリアは一日でBランクに昇格した。彼女の二つ名は《蒼花の騎士》に決まった。
屋敷に戻り、ミリアのパーティ加入とBランク昇格を祝おうと思っていたら、ミリアが言った。
「あ、ごめんなさい。今日、親に呼ばれてて。このあと両親に会ってきます」
どうやら今日はそのまま実家の王都の屋敷に泊まるらしい。そういえば、ミリアは貴族だった。
「そっか。じゃあ、お祝いはまた今度にしよう」
「はい! ありがとうございます!」
ミリアは風呂に入ってから実家へ向かうという。ヒカルも一緒に風呂に入るらしい。
夕飯までは三時間ほどある。俺とエリュシア、リンファ、エルマはリビングでくつろぐことにした。
――三時間後。
一度自室に戻っていた俺は、エルマに食事の準備ができたと呼ばれてリビングへ向かった。
「あれ? ヒカルは?」
普段は全員で夕食をとる。ミリアはいないが、ヒカルの姿も見えない。
「ヒカルは先に食事を済ませました」
リンファは何事もなかったように答えたが、エルマの挙動はどこかおかしい。視線があちこちを泳ぎ、落ち着きがない。
「どうした、エルマ。何かあったのか?」
「い、いや! なにもないよ! 本当に何もないからね!」
どう考えても何かあるだろう。何があったんだ?
ヒカルだけが食事を先に済ませ、リンファとエルマが何かを隠している。ヒカルだけがここにいない――
「まさか!」
いや、そんなはずは……だが、この状況から推測できることが一つある。
「まさか、ヒカルは……騎士団長のところに行ったのか?」
リンファとエルマは黙り込む。
「リンファ! ヒカルはどこに行ったんだ!?」
「……騎士団長のところです」
なぜだ? 騙されていたと分かったはずなのに、なぜ今さら行く必要がある?
騎士団長の相手をするのを嫌がっていたように見えたが……違ったのか? だとすれば、リンファたちが隠す理由が分からない。
「なぜ、隠していたんだ?」
「アレス様がヒカルを止めると思ったからです……」
たしかに、聞いていたら止めただろう。だがその前に、行く理由がわからない。
「俺はヒカルが騎士団長の相手をするのは嫌がっていると思っていたんだが――」
「そうです! ヒカルにとっては苦痛でしかありません!」
リンファが叫ぶように言った。
「じゃあ、なんで行く必要があるんだ! 騙されていたと分かっただろう!?」
観念したリンファが少しずつ話し始める。
今日が、二週間ごとに訪れるヒカルが騎士団長の相手をさせられる日だったらしい。先日の話で、ヒカルは〈強制終了〉について嘘を教えられており、騎士団長はあえてスキルを渡さずに何度もヒカルを相手にしていたことがわかった。最近は騎士団長のほかに男が二人追加され、三人同時に相手をさせられているという。
「報復したい」――ヒカルはそう言ったらしい。
そこで、ヒカルは先日のキヨシ対策で作った二つの指輪のうち『〈スキル複製(性)〉版』を持って行ったという。
あの指輪は〈スキル複製(性)〉以外にも〈脳状態保存〉、〈脳状態復元〉、〈精力回復〉の機能があり、単に〈スキル複製(性)〉だけを使うより便利ではあるが……。
――もしかして、騎士団長が死ぬまで、限界までレベルを上げるつもりなのか?
そう気づいた俺は、ヒカルを止めるために屋敷を飛び出そうとした。だがリンファとエルマにしがみつかれて止められる。
「どうして!? ヒカルが騎士団長を殺してしまうかもしれないんだぞ!」
「ヒカルは……あの子は突然召喚され、何もわからないときにいきなり騎士団長に襲われたのです。それから『これはこの世界を守るために必要な儀式だ』と何度も言われ、ヒカルは本当は嫌なのに騎士団長の相手を何度もしてきました。自分に言い聞かせ、『これが世界を守るためなら』と身体を捧げてきたのです。それが嘘だったなんて……許せるわけありません!」
リンファは涙を流していた。
「……ヒカルが騎士団長のところに行ってから、どれくらい経ってる?」
エルマが答える。
「二時間以上は経ってるはずだよ」
リンファが泣きながら言った。
「お願いします。ヒカルに報復させてやってください……」
二時間以上経っている。すでに間に合わないかもしれない。それでも俺はリンファとエルマを振り切り、ヒカルのいる場所へ向かった。
〈気配察知〉でヒカルの居場所は分かる。王城内の騎士団詰所だ。
俺は透明化して王城に侵入し、ヒカルのいる場所へ急いだ。




