069 復讐の果てと新たな夜明け
急いで部屋に入ると、リンファは呆然と立ち尽くし、キヨシは空中で拘束されたまま、眠っていた。
「なんとか殺さずに済んだか」
安堵の息を吐きながら、俺は二人に〈洗浄〉をかけ、〈性別変更〉でリンファを女性に、キヨシを男性に戻した。リンファの身体には、大きな白い布をかけてやった。
「アレス様、ありがとうございます……」
「部屋に戻って着替えたら、リビングで紅茶でも飲んで落ち着くといい。あとの処理は俺がやっておく」
「アレス様、今晩……付き合っていただけませんか?」
「ああ、元々ローテーションでリンファの番だったからね。問題ないよ」
リンファは「それでは失礼します」と丁寧に一礼し、部屋を去った。
身に染みついたメイドの所作なのだろうが、どこか悲しげな雰囲気があった。妹のことを思えば、これでも心は満たされなかったのだろう。
俺はキヨシに〈鑑定〉をかけてみた。――〈全言語理解〉以外のスキルはすべて没収されている。
続けて、キヨシの脳を調べる。ダメージ自体は治療されているようだが……一部の記憶が欠落しているようだった。激しい損傷を修復した際に、脳の構造が変質したのかもしれない。レベル10で死にはしないが、記憶の一部が消えてしまうのか。
「いや、これは転生者だからってことも考えられるか」
キヨシは転生者だ。彼が死ななかったからといって、この世界のヒューマン全てに当てはまるとは限らない。
念のため、彼の身体も調べてみる。
「あれ? 魔力器官がある……」
考えてみれば、魔法を使えるのだから当然だ。だが、元の世界には存在しない臓器だ。この身体――元の世界のものではないのかもしれない。
調査を終えた俺は、キヨシに〈熟睡〉をかけてさらに深く眠らせ、ロープで拘束した。
その後、衛兵を呼びに行き、キヨシを引き渡した。
夜も遅いことから、事情聴取は明日行うことになった。
リビングに戻ると、エルマがまだそこにいた。他の者たちはそれぞれの部屋に戻ったようだ。
「おつかれ、アレス。紅茶を淹れたから、一息つくといいよ」
エルマが淹れる紅茶は、やっぱり美味い。
ふぅ、と息を吐き、ソファの背にもたれて腰を下ろした。
エルマも自分のカップを手に、俺の対面に腰を下ろした。
「うまくいってよかったが……リンファのケアが必要だな」
「そうだね。リンファもキヨシに復讐したところで、妹が戻ってくるわけじゃない。満たされないままだろうね」
それもそうだ。だが、どうにかするにも俺にできることは限られている。
「このあとリンファに付き合うことになってるから、なんとか頑張ってみるよ」
そう言って紅茶を飲み干し、「ごちそうさま」と言って部屋に戻った。
部屋に戻り、ベッドの端に座る。
「これでよかったのだろうか」
キヨシが二度と女性を襲わないようにするには、〈催淫〉スキルの没収は必須だった。
そして、キヨシを生かしておくのなら、あの方法しかなかった。
俺がやるべきだっただろうか? いや、むしろ殺すべきだっただろうか?
殺すのなら、こんなことやる必要もなかったのだが……。
しばらくして、部屋のドアがノックされる。
「アレス様、リンファです」
無言でドアを開け、リンファを招き入れる。
彼女は前と同じ、布越しに体のラインがわかるパジャマ姿だったが、表情は暗い。
「リンファ、少し落ち着いたか?」
無言でうなづくリンファ。
そして、ぽつりぽつりと語り出した。
「本当は……殺そうと思っていました。生かしておけないと……でも、そんなことをしても妹は生き返らない。ヒカルを支えると決めたのに、キヨシを殺せばそれもできなくなる……でも! でも、これで仇を討てたなんてとても思えないのです! これで終わりだなんて言われても! 私は……私はどうすれば……」
リンファの瞳から涙がこぼれ落ちる。
俺は何も言わず、ただ彼女を抱きしめることしかできなかった。気の済むまで泣かせること――それしか、俺にできることはなかった。
やがて、涙がおさまったリンファは、かすかに息を整えながら言った。
「アレス様、お願いです。まだ気持ちの整理がつかない私を……なにもかも忘れてしまえるくらいに。お願いします」
「わかった。全力を尽くすよ」
俺はリンファに〈絶倫〉を渡し、不要だと言われた〈催淫〉を没収し、〈強制終了〉を使わずに全力で応えた。
朝を迎えるころ、リンファの魔力保有量は倍になっていた。
翌朝。
睡眠は一時間ほどだが、いつもの時間に目が覚める。
隣では、裸のリンファが俺に抱きついたまま眠っていた。
かなり激しい夜になったが、普通に応じていた彼女は――リディア並みに強い。正直、意外だった。
「少しでもリンファを楽にできてたらいいんだが」
髪をそっと撫でながらそう呟くと、リンファが目を開けた。
「あ、ごめん、起こしちゃったかな」
目が合う。そのまま、彼女は静かにキスをしてきた。
「アレス様、愛しています。また次の機会も……甘えさせてください」
真っ赤になりながら早口でそう言うと、素早く服を着て、「それでは失礼します」とメイドの所作で一礼し、逃げるように部屋を出ていった。
俺は何も言えず、ただ呆然と見送った。
「寝ぼけてた? いや、違うな……少しは楽になったのかもな」
思いがけない形ではあったが、少しでも彼女が救われたのなら、それでいい。
しばらくして、リビングに行くと、すでにエルマとリンファがいた。
俺がソファに腰を下ろすと、エルマから〈念話〉が飛んでくる。
『どうやったら、一晩でリンファを復活させられるのさ?』
すでに、リンファはいつもどおりの様子だという。俺と目が合うと少し顔を赤らめるが、それだけだ。
『いや、いつもと……いつもよりちょっと激しめだった、かな?』
『たいしたもんだよ、アレス』
感心された。まあ、俺にできることなんて、これくらいだ。
念話を終えたところで、ヒカルがミリアを連れてリビングに入ってきた。
ミリアは俺を見るなり、顔を真っ赤にしてヒカルの背に隠れたが、押されるようにして俺の前まで来る。
「あ、あの、昨晩は私の〈催淫〉を解消していただき、ありがとうございました……」
そこまで言うと、さらに顔を真っ赤にした。
「ああ、問題ないよ。ついでにミリアのスキルもかなり強化しておいたから、確認してみて」
「え!? そうなの!?」
慌てて自身のステータスを確認し始めるミリア。
「す、すごい……一気に強くなってる……」
「身体が慣れるまで少しかかるかもしれないけど、頑張ってね」
「あ、ありがとうございます!」
これでミリアの騎士団での立場も良くなればいいが。
朝食前に、以前エルマに渡したインキュバスの〈催淫〉を封じる指輪を、エリュシアとリンファにも配った。
すると、なぜかミリアまで欲しいと言い出したので、急いで作って渡す。
ヒカルは俺と同じ〈全状態異常無効〉持ちだから必要ないが、ひとりだけ何もないのも不公平だ。欲しいスキルがあればあとで付与する約束をして、同じ指輪を渡した。
朝食を終えると、ミリアは騎士団の訓練所へ出勤。
俺たちは衛兵の詰所へ向かい、事情聴取を受けることになった。どうやら全員、別室で個別に行うらしい。ただし、エリュシアは俺の奴隷なので、事情聴取は俺と一緒だ。
「今朝からキヨシの事情聴取をしているのだが、支離滅裂なことしか言わなくてね……何か知っているかね?」
一部の記憶喪失だけだと思っていたが、どうやら他にも脳が損傷しているようだ。やはりレベル10のスキル奪取は、ダメージが大きい。
「襲ってきた際、頭にかなり強い蹴りを入れてしまいまして。その影響かもしれません。一応、拘束後すぐに〈高治癒〉はかけたのですが」
今回は、俺がキヨシを倒したことにしている。
リンファやエルマも強化されてはいるが、それは最近のことだ。Aランク冒険者である俺が倒した、というほうが通りがいい。全員にもそう証言するよう伝えてある。
こちらは被害者で、脱獄犯のキヨシも捕まえているため、聴取はすぐに終わった。
「思ったより早く終わったな。このあと、ヒカルたちはどうする?」
まだ午前中。昨日は騒がしかったし、休んでもいいが――
「私たちは、このままダンジョンに行こうと思う」
ヒカルも〈剣術〉を覚えたばかりだ。
「そういうことなら、俺たちも同行しよう」
こうして、俺たちはこのままダンジョンへ向かうことにした。




