067 青の徒花と黒き執着
ミリアが目を丸くして驚いていた。
「リ、リンファさんって〈体術〉使ってましたよね? どうしてこんなに剣を扱えるのですか!?」
目の前では、エリュシアと凄まじい速さで模擬戦を繰り広げるリンファの姿があった。
もう〈短剣術〉は完全にマスターしたと見ていいだろう。
「リンファには、秘密の特訓をしたので」
俺の声が聞こえたのか、リンファの動きがぴたりと止まる。
「あ、アレス様! 急に変なこと言わないでください!」
真っ赤になって抗議してくるリンファ。……気をつけよう。
ミリアにも素振りや型を教えるか迷ったが、騎士団には騎士団の剣術があるだろうと判断し、打ち込み稽古をすることにした。
俺が相手を務め、ヒカルにも同時に指導を行う形だ。
その日のうちに、ヒカルに〈剣術[1]〉が生えた。
「明日もやれば〈剣術[2]〉になると思うぞ。その後、二日くらいやればレベル3までいけるはずだ」
「うん! 私、頑張ってみる!」
どうしても手に入らなかった〈剣術〉が、たとえレベル1とはいえ手に入ったのが嬉しいのだろう。
ここ最近沈んでいたヒカルの表情が、久々に満面の笑顔へと変わっていた。
その後、ヒカルとミリアがこそこそ話していたが、内容までは聞き取れなかった。
二人に〈洗浄〉をかけてやると、礼を言ってそのままヒカルの部屋に向かっていった。
どうやらおしゃべりを楽しむつもりらしい。
俺も自分に〈洗浄〉をかけ、リビングに戻ると、エルマが近づいてきた。
「ミリアもね、騎士団で不遇な扱いを受けている子なのよ。だからヒカルのことを、自分のことのように心配してくれているの」
ミリア・アズール――名前からもわかるように、貴族の出身だ。
アズール男爵家の三女として生まれたが、何一つスキルを持たずに生まれた。
この世界では〈無印〉と蔑まれる存在である。
実家からは「結婚相手を見つけるまで帰ってくるな」と言われ、運よく王城で働く機会を得たものの、当時のスキルは〈生活魔法〉の初級程度だったらしい。
本来はメイドになるはずだったが、アズール家が属する王権派と対立していた貴族派の騎士団長が、書類を改ざん。
ミリアを無理やり王国騎士団所属にしたという。
当然、低レベルの〈生活魔法〉しか持たないミリアは騎士団では最弱、侮蔑をこめて《青の徒花》と呼ばれていた。
それでも努力を重ね、騎士としての訓練の中で少しずつスキルを増やし、スキルレベルを上げていったのだという。
《萎れ花》と呼ばれるヒカルに同情しているのも、自分の境遇を重ねているからだろう。
ヒカルを助けたいと願いながらも、力が及ばず悔しい思いをしている――そう、エルマは言った。
「騎士団長、問題ありすぎなんじゃないですかね……」
俺は会ったこともないその男に、すでに怒りが込み上げていた。
できることならミリアも救ってやりたい。だが、俺にできるのは“アレ”しかない。初対面の子に使うのは難しいだろう。
その後、ミリアも一緒に夕食を取り、
「また〈剣術〉を教えてください!」
と満面の笑みで言い残し、騎士団の宿舎へと帰っていった。
ミリアが帰ったあと、俺はソファの対面にヒカルを呼び寄せた。
「ああ、ヒカル。ちょっといいか。現時点でも、ヒカルが戦える方法を教えておこうと思って」
「え? 私、戦闘スキルなんて持ってないわよ」
「魔物には試したことはないけど、人相手なら確実に倒せる方法があるんだ」
俺は第四階梯性魔法〈感度調整〉で感度を上げ、第八階梯性魔法〈強制終了〉を連発することで相手を無力化できると説明した。
エロい方法なので、ヒカルは顔を真っ赤にしていたが、今の彼女のスキル構成ではそれが最も効果的な戦い方だった。
実際、〈全状態異常無効〉を持つ魔女にも通用した実績がある。
「相手を殺す気なら、レベル10相当の72万5760倍まで上げればいい。ただ、実際に殺せるかは試したことがない。殺さずに止めたいなら、レベル7相当の1440倍で十分だ。脳にダメージも入らないし、それでも魔女は動けなくなったから」
「で、でも……男の人にそれをやるのは、ちょっと抵抗あるんだけど……」
「それなら、第十階梯性魔法〈性別変更〉で、先に相手を女性にしてしまえばいい」
「ああ、そうか! なるほどね!」
ヒカルは少し安心したように頷いた。
その後、ヒカルが風呂に向かうと、入れ替わるようにエリュシア、リンファ、エルマの三人がソファに並んで座った。
「え、なに? どうしたの?」
代表してリンファが答える。
「アレス様。今後のローテーションが決まりました」
……ろーてーしょん? まさか。
「いやいや、リンファとエルマにはもうスキルを渡しただろ? 必要ないだろ?」
そう言うと、エルマとリンファがほぼ同時に口を開いた。
「アレス、これはお礼だから。受け取ってちょうだい」
「アレス様、お願いいたします」
ここまで言われては断れない。俺は観念して了承した。
ただ――
「実はあえて言ってなかったんだけど……〈魔力増幅(性)〉をインキュバスから手に入れたんだ。性交するたびにリンファとエルマの魔力量を上げられる。今後は魔力保有量を増やしていこう」
一回で五パーセント上昇する。十五回で倍、三十三回で五倍――理論上はそうなる。
だが上げすぎれば“魔女化”のリスクもある。そこは注意が必要だ。
ローテーションはエリュシア→リンファ→エルマの順に決まった。
エリュシアのスキルレベルを上げた翌朝。
今日も剣術の稽古だが、リンファはすでに達人の域に達していた。
「リンファは体術と組み合わせて使うから、俺の教える剣術だと効率の悪い型もあるはずだ。もう、自分のスタイルが見えてきただろう?」
「はい。なんとなく、自分の剣術というものがわかってきました」
「じゃあ、あとはそれを極めていくといい」
昨日に続いて、エリュシアに実戦形式の稽古を頼む。
エリュシアは多種多様な魔物の技を使うため、リンファにとって良い修練になっている。
リンファは急激に自分の剣術を極めていった。
一方のヒカルは、まだ素振りと型、打ち込み稽古まで。
それでも夕方になる前には〈剣術[2]〉に上がった。
稽古を終えて全員で夕食を取っていると、王国騎士団のミリアが慌てて屋敷を訪ねてきた。
「ヒカル! 大変だ! キヨシが脱獄した!」
聞けば、ヒカルと同時に召喚された男――キヨシが、王城の地下牢から脱獄したという。
牢の鉄格子がねじ曲がっていたらしく、魔法を封じていても、彼の身体能力だけでいつでも脱出できたのだろう。
騎士団は、機をうかがっていたと見ているらしい。
ミリアによると、キヨシはヒカルに執着していた。
確実にここへ来ると考え、騎士団長に進言したがまったく聞き入れられず、彼女は独断でここへ来たという。
「〈催淫無効の指輪〉も備品庫から拝借してきたから大丈夫」と言い残し、すぐに周辺の捜索へ向かっていった。
俺はリンファとエルマに尋ねた。
「キヨシがここに来る可能性は高いのか?」
「おそらく高確率で来ると思います」
「あたしも来ると思う。あの執着の仕方は尋常じゃなかったから」
「そうか……。なら、迎え撃つ準備をしておこう」
俺は情報を確認した。
「キヨシが〈催淫〉を持っているのは知ってるが、他には?」
リンファの答えは重かった。
〈回復魔法[8]〉、〈空間魔法[8]〉、〈体術[10]〉、〈身体強化[8]〉、〈気配察知[8]〉、〈鑑定[8]〉、〈催淫[8]〉、〈無詠唱〉、〈全言語理解〉――。
「〈体術[10]〉に〈身体強化[8]〉、それに〈空間魔法[8]〉と〈無詠唱〉か。……かなり厄介だな」
近接戦闘スキルのレベル10など、俺も相手をしたことがない。
〈空間魔法[8]〉なら〈部分収納〉も〈空間転移〉も使えるはずだ。しかも簡易詠唱で。
――ミリアが遭遇したら、勝ち目はない。
「もしキヨシがここに来た場合だが――」
「私にやらせてもらえませんか」
リンファが真剣な目で俺を見つめる。
そうだった。彼女の妹は、キヨシのせいで亡くなったのだった。
「わかった。ただ、どこまでやるかで準備も変わる。そこを決めよう」
俺たちはキヨシ対策の作戦を練り、必要な腕輪をエルマに、新たに作った指輪二つをリンファに渡した。
「使い方はさっき教えた通りだ。あとはリンファの判断に任せる」
「承知しました」
作戦が固まり、一息つこうとしたそのとき――
俺の〈気配察知〉が、屋敷の外でミリアと誰かが接触したのを捉えた。接触した相手の動きが、あまりにも速すぎる。
「まずい! ミリアが誰かと接触した! 戦闘中かもしれない!」
相手がキヨシだった場合は〈催淫〉持ちだ。
エリュシアを屋敷に残し、俺は一人でミリアのもとへと向かった。




