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006 迷宮の薔薇と宿の未亡人

 地下十階のボスを倒してワープポータルで戻った方が早いのは分かっていたが、今日は初日だ。ボスには、もう少し慣れてから挑むことにして、おとなしく来た道を走って戻った。無駄にエンカウント率の高いゴブリンやスライムを倒しつつ、ようやく地上に辿り着く。


 ワープポータルの前には、冒険者でもギルド職員でもなさそうな普段着の男性が二人立っていた。誰かを待っているのだろうか。軽く会釈して横を通り過ぎ、冒険者ギルドへ向かう。素材を買い取ってもらうためだ。


 ギルドに着くと、二十五の窓口すべてが開いており、それぞれに三十人ほどの列ができていた。こんなに冒険者がいるのか……。

 何気なく並んだ列は、たまたまサフィラさんの受付だった。


「まあ、アレスさん! もうダンジョンに行かれたんですね。魔石や薬草のような小物なら、こちらでも納品できますよ」


 すでに俺の名前を覚えているとは、さすが受付嬢だ。スライムゼリーもここで可能だというので、今日の成果をすべて出したところ、後ろから声をかけられた。


「わっ、アイテムボックス持ち!? すごい数!」


 振り向くと、戦士・魔術師・僧侶風の女性三人組が立っていた。先頭の褐色肌の美少女は、胸だけ覆ったトップスにショートパンツ姿。バトルアックスを肩に担ぎ、眩しいほどの笑顔を見せている。俺と同年代に見える。身長は俺より少し高い百七十五センチくらいか……推定Eカップ、というのはもう癖だな。


「あたしはCランクパーティ〈迷宮の薔薇〉のリーダー、ジーナ。よろしくね!」


「俺はEランク冒険者のアレスです。はじめまして」


 握手を交わしながら、あのおへそ丸見えの服装で防御力は大丈夫なのかと思ったが、〈身体強化〉があれば必要ないのかもしれない。


「まだEランクかあ。Dランクに上がったらさ、うちのポーター(荷物持ち)を一週間くらいお願いしてもいい?」


「ええ、構いませんよ。Dランクになったら声をかけます」


「え? ほんとに!? やったあー!」


 ジーナさんは子供のように喜び、仲間に(たしな)められていた。


 俺が納品したのは、エルン草百束、ゴブリンの魔石百二十三個、スライムの魔石百三個、スライムゼリー九十五個。

 合計三万六千九百五十G。エンカウント率とドロップ率のおかげでかなり稼げた。ちなみに十Gは鉄貨だった。


 報酬を受け取り、ジーナさんと別れると「またねー!」と大声で手を振られた。……目立つ子だ。ついでに周囲の視線まで俺に集まる。

 ふとテーブル席を見ると、女性冒険者に声をかけている男性冒険者が数人。ここは一日中ナンパスポットなのか?



 『翠風亭』に戻ると、ちょうど夕食の時間。オーク肉の生姜焼き定食――これは旨い。

 部屋に戻り、自分自身に〈洗浄(クリーン)〉をかける。ベッドに腰を下ろし、今日獲得したスキルを確認した。


◆新しく獲得したスキル

 火魔法[2]

 水魔法[2]

 土魔法[2]

 風魔法[2]

 短剣術[4]

 弓術[4]

 技巧(性)[5]


 ゴブリンマジシャンから得られる魔法スキルは属性ごとに分散されるため、レベルはあまり伸びなかった。だが〈短剣術〉と〈弓術〉は順調だ。俺が使っているショートソードは短剣術扱いなので助かる。

 そして〈技巧(性)〉は一気にレベル5へ。どうやら〈技巧(性)[1]〉を四十八個集めるとレベル5になるらしい。今日は九十個入手。あと百五十個でレベル6だ。朝から潜れば一日で届きそうだ。


 ただ、鉄のショートソードは一日でボロボロに。ほとんど鉄の棒として酷使したせいもある。明日ドルガンさんに修理を頼もう。

 それに、ゴブリンを元素に還元した結果、炭素がかなり貯まった。人間の体は酸素六五%、炭素一八%、水素一〇%、窒素三%だというし、ゴブリンも似た構成なのだろう。

 ならば――高炭素鋼インゴットを作る! 鉄に炭素を〇・六%ほど加えて〈合成(空間)〉するだけだが。

 ささっと高炭素鋼インゴット八十四個完成。これでドルガンさんに新しい武器を作ってもらおう。


 あとは眠くなるまで読書だ。


 ◇


 ふむ。この世界では「魔術師」と「魔法使い」は別物らしい。

 「魔法使い」とは、無詠唱スキルと魔法スキルを持つ者――つまり俺のことだ。昔は魔法使いにしか魔法は扱えないとされていた。無詠唱スキルがなければ、魔法スキルを持っていても使えなかったからだ。

 そこで編み出されたのが「呪文」。プリセットの魔法名と女神の名を組み合わせ、膨大な試行錯誤の末、現在ではほとんどのプリセット魔法を呪文で発現できる。これを操る者が「魔術師」であり、今では魔法を扱う人間の大半が魔術師だという。

 さらに、無詠唱持ちは想像で独自魔法を生み出せるが、この「呪文」でも独自魔法を作れるらしい。お隣のエルセリオン王国では、その研究が盛んで、毎年新たな独自魔法が発表されるとか。各国の魔法ギルドで巻物(スクロール)も売っているらしいし、今度見に行ってみるか。


 ――そろそろ寝ようと思ったとき、廊下で物音がした。


「ヘレナさん、まだ起きてるのかな?」


 ドアを開けて廊下を覗いてみると、ヘレナさんの部屋のドアが開いていた。あれ? 開けっ放しなんだろうか。

 気になったのでヘレナさんの部屋まで行ってみると、開いたドアから見えたヘレナさんは一人でワインを飲んでいるようだった。ただ随分薄い生地のネグリジェを着ていて……透けているよね、あれ。やばい、逃げよう。


「あ、アレス君。起こしちゃった?」


 見つかってしまった。


「すみません、気になって。夜分に女性の部屋なんて……」


「いいのよ。こんなおばさん、誰も気にしないわ」


 いや、二十八歳は全然おばさんじゃないと思います! なんだかかなり透けてるし……あれ? 下着付けてない!? だめだ、見てはいけない。

 これはおやすみの挨拶してさっさと離れようと思ったら


「そうだわ。アレス君に頼みたいことがあるの。……マッサージしてくれる?」


 な、なんだって!? 少し酔っているのか、色っぽい表情で頼まれてしまった。


「え、ええ……できると思います」


 ああ! 何故俺は受けてしまうのだ! なにかこう抗えない何かが!


「じゃあ、私のベッドにいきましょう」


 流されるままヘレナさんのベッドルームに入る俺。おい! アレス! これでいいのか! これでいいだろ! ここはそういうゲームの世界だ! たぶんな!


 ベッドにうつ伏せになるヘレナさん。やはり下着は――。


「せ、背中から始めますね」


 ここは冷静に理性を保つのだアレス。指先の感触など考えてはいけない……なんだか柔らかい……だめだ! だめだぞ、アレス!

 なんとか理性を保っていると次の攻撃が。


「もう少し下のほうもお願い」


 腰の辺りかな? マッサージしながら少しずつ手を下の方にずらしていく。時々ぴくっとするヘレナさん。やめてくれ……。


「もうちょっと下の方も」


 え。この下ってお山があるんですが。本当に?

 いや、一気に通り過ぎて太ももまでいけばいいのでは? よし、そうしよう。俺は一気に太ももまでマッサージしたが、かえって逆効果だったらしい。息が荒くなったヘレナさんは、急に仰向けになると――


「じゃあ、次は胸のマッサージを……」


 顔を赤らめて(うつむ)くヘレナさん。……アレス、よく頑張った。もう無理だ。



 ――料理[1]×4回複製。アレスは料理[3]になった。覚えたばかりの〈技巧(性)〉が活躍した。



 ちなみに、料理[5]ではなく料理[1]を複製しているのは、〈スキル複製(性)〉の狂った仕様のせいだ。

 このスキルは「始める前」に、複製するスキルとレベルを指定しなければならない。


 そして指定を終えてからフィニッシュに至るまで、相手はそのスキルレベルに応じた倍率の快楽を受け続けることになる。さらにフィニッシュは二人ほぼ同時でないとスキルが発動しないという……初心者には非常にハードルの高い仕様だ。一応、救済策のような魔法を勇者は持っていたが、それは置いておいて。


 スキルレベルごとの倍率は以下の通りだ。


 レベル1:等倍(問題なし)

 レベル2:2倍

 レベル3:4倍

 レベル4:12倍

 レベル5:48倍

 レベル6:240倍

 レベル7:1440倍

 レベル8:1万80倍

 レベル9:8万640倍

 レベル10:72万5760倍


 ……途中から完全に常軌を逸している。レベル10なんて、下手をすれば即死だろう。

 たとえレベル2であっても「こんなの知らない。こんなの知ったらもう戻れない」案件になるのではないかと危惧している。

 だからヘレナさんに試すわけにはいかない。

 そもそも、人間はどのレベルまで耐えられるのか。……死んでも構わないと思える相手にしか試せないだろう。



 ――翌朝。

 温かく柔らかいものに包まれて目を覚ますと、ヘレナさんが宿の準備のために起き上がるところだった。


「あ、アレス君。起こしちゃった? まだ寝てていいのよ」


 柔らかな笑顔に、ほんのり艶っぽさが混じっている。自室に戻ると告げると、「また、お願いね」と微笑まれた。

 ……そうだな。料理スキルも欲しいし、ここはそういう世界……のはずだ。


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