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063 黒鉄の猪と宝石の小箱

 ――地下三十階。


 二時間ほどで、地下三十階のボス部屋前までたどり着いた。

 ここのボスは、全身を黒鉄の装甲で覆った巨大な猪――アイアンボアだ。オークキングのように女性だけで挑めば全滅必至ということはないが、トレント四匹、マナトレント四匹、ロックリザード四匹、バルチャー四匹、そしてアイアンボア一匹という編成のため、相手としてはオークキング戦よりも厳しい。


 ボス部屋前の安全地帯で、テーブルセットと紅茶とクッキーを出して休憩がてらボス戦の作戦を話す。


「バルチャーはエリュシアに任せて大丈夫です。残りの敵は俺が先ほどと同じように避けタンクしますので、倒すのは〈黎花(れいか)の翼〉の皆さんにお願いしてもいいですか?」


 リンファが口を開く。


「わかりました。それでいきましょう」


 本来なら〈黎花(れいか)の翼〉のリーダーであるヒカルが返事すべきだが、ヒカルは自分が役に立てていないことを自覚しているのだろう。こういう時はおとなしくなる。


「では、行きますか」


 俺はテーブルを片付け、全員の目を見て準備が整っていることを確認し、ボス部屋の扉を開けた。


 石造りの広間は、古代の闘技場のように円形を成していた。天井の高さは二十メートル以上、壁には無数のひびと焦げ跡が刻まれている。

 その中央、重苦しい鉄の気配をまといながら、それはいた。


 黒鉄の装甲をまとった巨獣――アイアンボア。

 体高二メートルを超えるその猪は、全身が金属化しており、石造りの床を踏み砕くたび「ガンッ」と鈍い音が響く。

 長く湾曲した白銀の牙は剣のように鋭く、鼻息ひとつで砂埃が渦を巻いた。

 赤熱した目が揺らめき、視線を向けられた瞬間、まるで巨大な鍛冶炉の炎に睨まれたような圧力を感じる。


「……あれが、アイアンボアか」


 俺が呟くと同時に、アイアンボアが咆哮した。

 それは音ではなく衝撃――胸骨に響くほどの地鳴りだった。


「よし、戦闘開始だ」


 俺は全ての魔物が俺に向かうように魔力を全力で解放した。あとは避けるだけの簡単なお仕事だ。

 バルチャーは予定通り、エリュシアがグリフォンの爪で切り裂いていく。


 トレントたちとロックリザードは問題ない。しかしアイアンボアは轟音を響かせながら突進してくる。

 俺が避けるだけなら問題はないが、〈黎花(れいか)の翼〉にとっては厳しいかもしれない。


 俺は〈空間転移(テレポート)〉と〈挑発〉を駆使し、〈黎花(れいか)の翼〉がいない方向に突進させるよう努めた。その都度トレントたちとロックリザードが俺を追い、戦闘場所がころころ変わるため〈黎花(れいか)の翼〉には大変だろうが、頑張ってもらう。


 十分ほどで、アイアンボア以外の取り巻きは排除完了。あとはアイアンボアを倒すだけだが――


「アレス様! 申し訳ありません。我々では全くダメージを与えられません!」


 リンファの拳や蹴り、エルマの〈水魔法〉では全く歯が立たないようだった。ヒカルの腰の剣なら確実にダメージを与えられるだろうが……仕方ない。


『エリュシア、やってみるか?』


『お? いいの? ちょっとやってくる!』


 空中にいたエリュシアは、アイアンボアの十メートルほど前に着地すると、ジャイアントビートルを食べて得た、全身が黒い甲殻の鎧で覆われ、頭部の兜には角がついている姿に変わった。


「え、もしかして」


 俺がそう呟くと同時に、エリュシアは突進してくるアイアンボアに〈突進(角)〉でぶつかっていった。素材的にはアイアンボアの方が強そうだが、吹き飛んだのはアイアンボアの方だった。スキルレベルの差で勝ったらしい。思いのほか高く吹き飛んだアイアンボアは、地響きとともに石造りの床に叩きつけられた。


「スキルレベルを上げていたら、他にも試したい技があったんだけどなー」


 そう言いながらエリュシアは、アイアンボアをグリフォンの爪で両断した。


 アイアンボアはドロップすれば宝箱が出ることはわかっていたが、この階層は大したものが出ないため、亜空間へ収納する。


「さて、この後どうします?」


 まだ昼前だが、〈黎花(れいか)の翼〉にとっては現時点でもかなり無理をして戦っている状況だ。この先はさらに厳しいだろう。


「この先を少しだけ進んでみてもいいでしょうか」


 リンファが言うのは、次のフロアから宝箱に宝石が出るということ。高値で売れるため、それを狙いたいとのことだった。俺たちは地下三十一階以降も覗くことにした。



 ――地下三十一階。


 この階に出てくる魔物はインプ。

 身長はせいぜい一メートルにも満たない。細身の身体に蝙蝠(こうもり)のような黒い翼、尻尾の先には鋭い棘がついており、皮膚は赤黒く、笑うと黄色い牙がのぞく。常に人を小馬鹿にしたようなにやにやした笑みを浮かべている。

 空を飛び、爪で攻撃してくるか〈闇魔法〉を使ってくる。


 この階層以降は〈黎花(れいか)の翼〉にとってお試し程度のフロアで、このまま地下四十階まで行くわけではない。

 なので、俺とエリュシアで見つけたそばから瞬殺していく。

 得られたスキルは〈飛翔(羽)[5]〉、〈爪[5]〉、〈闇魔法[5]〉。これはエリュシアが食べる必要もないだろう。


 しばらく進むと宝箱を発見。俺が〈罠探知〉して罠が無いことを確認すると、エルマが開けたがったので開けさせる。


「「「おお!」」」


 〈黎花(れいか)の翼〉の三人は、小さな宝箱にぎっしり入った宝石に興奮していた。すでに稼いでいる俺と、そもそも宝石に興味のないエリュシアは、冷静に眺める。


「よかったら、それ〈黎花(れいか)の翼〉のほうで受け取ってください」


「え? 報酬は半々じゃなかった?」


 ヒカルがそう聞いてきたので


「じゃあ、次の宝箱はうちってことにしましょう」


 次の宝箱も宝石とは限らない。出てくるものは各種宝石か、魔法使いのローブ、強化魔導ローブ、エレメンタルローブのいずれかだ。俺たちは別にどれでも構わない。



 ――地下三十二階。


 この階層から新しく出てくるのはリトルデーモン。身長は一メートルほどの小柄な悪魔だ。

 肌は深紅色、角は小さく尖って頭頂から伸び、背中には蝙蝠(こうもり)のような黒い翼、尻尾の先端には小さな棘がついている。

 笑うと尖った小牙が光り、瞳は黄金色に輝く。全体的に子どもっぽく見えるが、その目には悪戯と狡猾さが詰まっている。

 空を飛び、爪で攻撃してくるか〈火魔法〉を使ってくる。


 もちろんリトルデーモンも、俺とエリュシアが見つけ次第瞬殺していく。

 得られたスキルは〈飛翔(羽)[5]〉、〈爪[5]〉、〈火魔法[5]〉。これもエリュシアが食べる必要はないだろう。


 宝箱からはエレメンタルローブが出た。三つのローブの中で一番良いものらしい。一瞬エルマが欲しそうな目をしていたのを俺は見逃さなかった。あげてもいいんだけどね。一応うちのものとして預かっておく。



 ――地下三十三階。


「お、その突き当たりの部屋に宝箱がありますよ。道中も宝箱にも罠はありません」


 階層を降りてすぐ先の部屋に宝箱があるようだった。罠もないことを伝えると、〈黎花(れいか)の翼〉の三人は子どものように走って部屋に向かう。

 敵の気配はなく、問題ないだろうと俺とエリュシアはのんびりついていったが、〈黎花(れいか)の翼〉の三人が部屋に入った瞬間、その部屋に魔物がリポップしたことを〈気配察知〉が察知した。


「まずい!」


 急いで部屋に入ると、リポップした魔物はインキュバスだった。

 人間に近い姿を持ち、全身から妖しい気配が漂う。

 肌は青みがかった淡い灰色、黒髪に赤の瞳。大きな漆黒のコウモリ翼を背に持ち、長くしなやかな尻尾を持つ。その魔物は魅惑的な笑みを浮かべていた。


 リンファとエルマは何らかの攻撃を受けたのか跪いている。

 インキュバスをグリフォンの爪で両断したエリュシアに宝箱の回収を任せ、俺は亜空間に収納したインキュバスのスキルを調べる。


「〈飛翔(羽)[5]〉と〈爪[5]〉と〈魔力増幅(性)〉、そして……〈催淫[5]〉かよ……」



 〈催淫〉

 対象の異性を強制的に催淫状態にする。異性との性交で対象が満足すれば解消される。放置した場合、催淫状態は三時間続く。



 リンファとエルマは必死に理性を保ちながら言う。


「アレス様……お願いします……〈催淫〉を解消してもらえませんか……」

「ごめん、アレス……こんなおばちゃん嫌だろうけど……理性を保つのが……つらいわ……」


 ヒカルは《勇者》の〈全状態異常無効〉のおかげで〈催淫〉にかからなかったのだろう。


 俺は〈黎花(れいか)の翼〉三人を連れて、エリュシアと一緒にこの階層のセーフルームへ走った。

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