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059 竜のねぐらと幻想の蝶

 エルセリオン地下迷宮――別名《竜のねぐら》。


 そのダンジョンは、王都の南西部に位置していた。

 入口は石造りの建物の中にあり、地下鉄の入口のような階段と、その隣に設置されたワープポータルがある。

 以前、アストラニア王国グラナフェルムで潜った『石喰いの巣』によく似ていた。


 ここは地下二十階までは罠がなく、それ以降は罠が出る代わりに宝箱が現れるらしい。こんな浅い階層から罠があるのは珍しい。さっそく、潜ってみることにした。



 ――地下一階。


 壁も床も天井もすべて石造りで、床と天井が淡く光っているため、迷路の突き当たりまで見通せる。

 見た目はアストラニア王国の王城地下迷宮とまったく同じで、出現する魔物もスライム。

 採取エリアではエルン草が採れるのも同じだった。

 そして、リポップ待ちの冒険者たちで埋め尽くされているのも――やはり同じだ。


 このリポップ待ちの場所は代々受け継がれる“持ち場”のようなもので、勝手に入ると力ずくで追い出されるらしい。そうした文化まで、アストラニア王国の迷宮とそっくりだった。


 俺とエリュシアは、探索よりも踏破が目的だ。余計な寄り道はせず、どんどん進む。



 ――地下六階。


 通路の先に一匹の魔物が現れた。

 灰色の毛並み、犬のような顔をした――コボルトだ。


 背丈は子どもほどで、やや猫背。

 だが、その瞳は驚くほど澄んでおり、洞窟の光を反射してきらりと輝いた。

 耳をぴくりと動かして周囲を探り、鼻先をひくつかせて匂いを嗅ぐ。どうやら俺たちに気づいたらしい。


 小さく吠える声には怯えが混じっていたが、それでも逃げずに踏みとどまる。


 強さはゴブリンと同程度。俺たちにとっては敵ではない。

 ドロップ品は〈コボルトの牙〉で、矢じりなどに使える素材らしい。

 特有スキルはなく、食べても意味がないと伝えると、エリュシアは少し残念そうにしていた。


 この階層から、学生を引率した冒険者の姿が目立つようになった。

 学校の実習だろうか。他では見ない光景だ。


 地下七階では短剣を持つコボルトファイター、八階では各種第一階梯魔法を撃ってくるコボルトソーサラーが登場。

 そして九階には〈呪魔法〉というデバフ特化魔法を操るコボルトシャーマンがいた。

 この世界では“呪い”は呪術ではなく、れっきとした魔法扱いらしい。もちろん、俺も習得しておく。今晩、エリュシアに頼んでスキルレベルを上げてもらおう。


 十階のボスは鎧を着たコボルトナイト。

 強敵というほどでもなく、あっさり撃破して先へ進む。



 ――地下十一階。


 通路の奥から、かすかな擦れる音が聞こえた。

 それはやがて、節と節が擦れ合うようなざらざらとした音に変わる。


 闇の中から現れたのは――巨大なムカデだった。

 黒く光る体は艶やかで、うねるように動く。

 無数の脚が地面をかくたび、規則正しい音が洞窟に反響した。


 ここから先は虫エリア。出てきたのは体長五メートルの大ムカデ。


「まだ地下十一階なのに、こんなデカいのが出てくるのか」


 頭部には長い触角と鋭い大顎。噛みつかれると弱い毒を受けるらしい。

 Dランク冒険者には手強い相手だが、Sランク上位相当のスキルを持つ俺たちには雑魚も同然。


 瞬殺して素材を亜空間に収納。得られたスキルは〈毒(牙)[2]〉と〈壁面歩行〉。

 〈壁面歩行〉はすでにあるし、〈毒(牙)〉は使わないかな。


 地下十二階ではジャイアントスパイダーが登場。昨日、森で狩った個体よりかなり小さく、体長一・五メートルほど。

 スキルも〈魔糸操術[2]〉と〈壁面歩行〉のみ。

 ここはDランク帯のエリアなので、弱体化していて当然だろう。これもあっさり撃破。


 地下十三階ではジャイアントビートルが追加。

 体長一・五メートルほどの巨大カブトムシのような魔物で、角を構えて突進してくる。

 しかし飛ぶ個体はおらず、持っていたスキルも〈突進(角)[2]〉と〈壁面歩行〉のみ。


 地下十四階では新たに現れたのが――二メートルを超える蟷螂(カマキリ)、マンティスウォリアー。

 鋭い鎌の前脚を持ち、かなり好戦的。〈鎌鼬(かまいたち)〉という風刃攻撃も使ってくる。

 この街のDランク冒険者は本当に苦労していそうだ。


 得たスキルは〈二刀流〉と〈鎌鼬(かまいたち)〉。〈二刀流〉はすでに持っているし、〈風魔法〉の劣化版のような〈鎌鼬(かまいたち)〉も使うことはなさそうだ。


 出てくる魔物がどれも巨大で迫力があるが、危険度は高くない。

 そのまま問題なく地下二十階のボス部屋へ到達した。



 ――地下二十階、ボス部屋。


 そこにいたのは、大ムカデ四匹、ジャイアントスパイダー四匹、ジャイアントビートル四匹、マンティスウォリアー四匹――

 そして奥の薄闇に、ふわりと漂う影。


 それは、ジャイアントバタフライだった。


 羽を広げれば三メートル。淡い光を受け、虹色にきらめく。

 ダンジョンの光を映し込み、まるで小さなオーロラが舞うようだった。

 細くしなやかな体は空気に溶けるように浮かび、触角が静かに揺れて魔力の流れを探る。

 羽ばたきはほとんど音もなく、舞い上がる鱗粉が淡く輝く。

 その粉はわずかに甘い香りを帯び、魔法のように幻想的だった。


 暗がりにただ静かに存在し、光のように美しく輝く――それが、このダンジョンのボスだった。


「ほんと、この街のDランク冒険者は大変そうだな」


 取り巻きも一体一体が大きく、圧迫感がある。

 ジャイアントバタフライ自体は攻撃手段が少ないが、舞い上がる鱗粉には〈魅了〉効果があり、囲まれた状態で浴びると危険だ。


 だが、俺は〈全状態異常無効〉を持ち、エリュシアの称号《拳王》も状態異常を八割無効化する。

 まともに食らう前に倒せばいいだけの話だ。


 取り巻きを一掃し、ボスのジャイアントバタフライはエリュシアがグリフォンの爪で両断。

 得たスキルは〈飛翔(虫羽)[3]〉と〈魅了の鱗粉(虫羽)[3]〉だった。



 ボス戦を終えると、ちょうど昼頃。

 次のセーフルームで昼食を取ることにした。


「アレス、全部食うぞ」


 エリュシアが宣言する。虫エリアで倒した魔物を、全種類食べるつもりらしい。

 ジャイアントスパイダーは昨日食べたから、それ以外の魔物だな。


 可食部ってやっぱり足だろうか。それぞれの魔物の足を切り取って〈鑑定〉すると『食用可』と出る。


 足を小さく切り分け、網で焼く。香ばしい匂いが漂うが、ジャイアントスパイダーほどではない。

 味見をしてみたが、食べられなくはない――だが、うまくもない。非常食レベルだ。


 エリュシアに一つずつ食べさせ、変化を確認する。



 ◆大ムカデ――頭に黒く細い角のようなものが生えた。


「エリュシア、それ角じゃないの?」


「うーん、動かせるし……牙、みたい」


 確かに、大ムカデの頭部には毒牙があった。どうやらそれが再現されたらしい。


「使うことあるかな?」


「今の戦闘スタイルだと微妙だけど……一応スキルは欲しい」


 ということで、保留していた牙のスキルもすべて、今晩渡すことにした。



 ◆ジャイアントビートル――全身が黒い甲殻の鎧に覆われ、兜には立派な角が生えた。


 触ってみると、硬質な感触。


「悪くないけど、ルビナ鋼には劣るな」


「でもこの角、攻撃できるみたい!」


 角の硬さは鎧以上。攻撃はジャイアントビートルから手に入れたスキル〈突進(角)〉だろう。

 これも欲しいらしいので、後で渡す。



 ◆マンティスウォリアー――両腕が刃に変化。


「エリュシア、それ使わないだろ? グリフォンの爪のほうが強いし」


「だね。これは封印~」



 ◆ジャイアントバタフライ――背中に大きな蝶の羽が生えた。


 見た目は美しいが、飛翔能力は低そうだ。


「この羽、どうする?」


「あの鱗粉、使ってみたい!」


 なるほど。〈魅了の鱗粉(虫羽)〉か。

 戦闘中は使わせなかったから、どんな効果か気になるところだ。

 そうなると〈飛翔(虫羽)〉も一緒に渡しておくべきだな。



 今晩、エリュシアに渡すスキルはかなり多い。

 どれも初期スキルレベルが低く、レベル8まで上げるには時間がかかる。

 全部仕上げるには数日は必要になりそうだ。

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