056 王都帰還と黒豹姫
王都を旅立ってから、まだ六日しか経っていないというのに、俺は再び王都へ戻ってきた。
「アレス、すごい……。こんなに大きな街、初めて見る」
街の規模も人の多さも、すべてが初めてのエリュシアは、目を丸くして辺りを見渡していた。
「ちゃんと前を見て歩けよ」
あまりにも視線をあちこちに向けるので、このままでは普通に人にぶつかってしまいそうだ。俺は肩に手を回し、前を向いて歩くように促す。
「アレス……恥ずかしいから、くっつくな」
「じゃあ、真っすぐ歩いてくれ」
ようやく落ち着きを取り戻し、エリュシアは前を見て歩くようになった。
冒険者は、各地の冒険者ギルドで異動届を提出する必要がある。俺は現在、国境の街リュオルド所属になっている。エリュシアもリュオルドで冒険者登録を済ませたので、同様だ。
今回はダンジョンに潜る予定があるため、まずは冒険者ギルドへ向かうことにした。
商業区のギルドに入ると、受付嬢のサフィラさんが声をかけてきた。
「あれ? アレスさん、エルセリオン王国に行くって聞いてましたけど」
ちょうどよかった。異動届も処理してもらおう。
「ああ、ちょっと用事があってね。一度戻ってきたんだ。明日にはまた旅立つ予定だ」
「そうですか。それでは異動届を処理しておきますね」
「お願いします」
手早く用事を済ませ、俺たちはギルドを出て、王城地下迷宮へと急いだ。
「なー、アレス。そんなに急ぐ必要あるのか?」
「ああ。今日中に地下三十階のオークキングまで踏破したい。そうしないと、絶対に邪魔が入る」
《万紫千紅》のメンバーは俺がオークキングを狙うなら、必ずついてくるだろう。そして、オークキングに〈誘引(性)〉を使わせるため、俺の邪魔をするに違いない。
エリュシアはダンジョンも初めてなので、「へえ、これがダンジョンか」とキョロキョロし始める。しかし、「走るぞ」と言って俺は彼女を強引に引っ張った。
〈バッチ処理〉を駆使し、二人で駆け抜ける。オークは走りながらでも倒せるため、四時間で地下三十階に到達した。おそらく最短記録だ。
ボス戦の前に、エリュシアにアドバイスをしておく。
「オークキングの背後に〈空間転移〉して、首をグリフォンの爪で切り落とせば終わる。エリュシアなら楽勝だろう?」
「なんだ、その程度か。任せろ」
ボス部屋前に常駐しているギルド職員が「“誘引無効の指輪”を使用しますか?」と尋ねてきたが、今回は不要だ。すぐ終わる。
ボス部屋の扉を開けると、もう見飽きた玉座に座るオークキングが見える。
エリュシアは指と首をぽきぽき鳴らしながら体をほぐす。
「じゃあ、アレス。ちょっと倒してくるよ」
そう言って〈空間転移〉した彼女は――なぜかオークキングの目の前にいた。
「え? 背後って言っただろ!?」
想定と違う場所に〈空間転移〉してしまったエリュシアは、攻撃が雑になり、ラージシールドで防がれて、オークキングの頭部を少し削ったに過ぎなかった。
「まずい!」
慌てて俺も〈空間転移〉するが、すでにオークキングの全身からピンク色の煙のようなものが立ちのぼり、部屋中に広がっていた。
オークキングの背後から首を落とすと取り巻きのオークも消えたが――
「あ、アレス……ごめん……失敗した」
エリュシアは〈誘引(性)〉をまともにくらっていた。
「はあ、仕方ないな」
俺はエリュシアをお姫様抱っこでセーフルームへ急ぐ。もうほぼ使われなくなったであろう元の世界のラブホのような部屋が、まだ残っていてよかった。
〈強制終了〉でもよかったが、今日はこれで終わりだし普通に2倍ですることにした。
***
〈誘引(性)〉が解けたが、まだ動けないエリュシアのそばで、俺はセレナに〈念話〉を送る。
『セレナ、今、少し話せるか?』
『あら、こんな時間に珍しいわね、アレス。ちょうど休憩しようかと思っていたところだから大丈夫よ』
『実は今、王都に帰ってきてるんだ。全員に紹介したい人がいるから、後で屋敷に行くよ』
『え!? エルセリオン王国に向かってたんじゃないの!? どうして?』
『その辺は会ったときに説明する。全員に連絡しておいて』
これで問題ないだろう。あとは冒険者ギルドで討伐報告を済ませればいい。
◇
「あのう……Eランク冒険者が一日で地下三十階まで行って、オークキングを討伐したのは初めての記録なんですけど……」
冒険者ギルドの受付嬢のサフィラさんは呆れていた。普通は一日で地下一階から地下三十階まで辿り着けないのだ。そりゃそうなるよな。
そして恒例のギルド長ガルドによる二つ名の命名。エリュシアの二つ名は《黒豹姫》に決まった。なぜ他の人の二つ名はまともなんだ、ガルド!
一気に三階級特進したエリュシアは銀のカード、Bランク冒険者になった。
◇
冒険者ギルドを後にした俺たちは、《万紫千紅》の屋敷へ向かう。
「エリュシア、あの屋敷だ」
屋敷が見えたところでそう教えると、彼女は少し身構えた。
「なあ、アレス。なんか禍々しいというか、闘気というか……そういうのが屋敷の辺りから出てる気がするんだけど」
「そ、そうか……気のせいじゃないか?」
奇遇だな。俺も同じように感じていた。紹介するだけなのに、なぜこんな緊張感があるのか。
玄関に近づくと、全員が外で待機していた。整列して腕組みをしており、人を迎える態度ではない。
イレーヌが口を開く。
「おかえり、アレス。さっそく火遊びしたようね。で、その奴隷の女はどうするつもり?」
全員がエリュシアを取り囲む。
「ちょっと待て。話せばわかる。まずはリビングに行こう。みんな落ち着け」
全員を宥め、屋敷に入る。リビングでは、全員があちこちに座ったり立ったりしていたが、視線はすべて俺とエリュシアに向けられている。
「ああ、まず話を聞いてくれ。この人はエリュシア。《悲しみの魔女》によって人造魔人にされてしまった元ヒューマンだ」
「「「「「「「はあ!?」」」」」」」
誰も想定できる話ではない。全員が驚愕していた。
俺は説明を続けた。エリュシアが魔女化したこと、それを治療するため《悲しみの魔女》によって人造魔人にされたこと。そのせいで人と関わる生活ができず、森で百年以上一人で暮らしていたこと。ベリンダという奴隷商人に見つかり“従魔”にされたこと。ベリンダが俺を襲いに来たときにエリュシアと出会ったこと。そしてベリンダから〈隷属魔法〉を奪取し、従魔の解除を試みたが不可能だったこと。最終的に“従魔”の主人を俺に変え、〈ステータス情報改竄〉でステータスを改竄していることも説明した。
イレーヌは何故かエリュシアに抱きついて泣いていた。リディアのときもそうだったが、泣くのはいつもイレーヌのほうで、相手のほうが困惑する。エリュシアもどうしていいかわからず戸惑っていた。
「エリュシアの従魔を解除する方法が見つかるまでは、《百花繚乱》のメンバーとすることにした。すでに登録済みだ」
リディアが口を開く。
「でしたら、ご主人様、エリュシアの冒険者ランクを上げたほうがいいのでは?」
「ああ。今日、二人でオークキングを倒してきたから、すでにエリュシアはBランクだ」
「「「「「「「えー!?」」」」」」」
そのあと、「何で勝手に」とか「黙って行くなんて」とか「ひどい」とか散々言われたが聞き流す。オークキング戦のあとに全員を相手にするのは、さすがに時間がかかるからな。
「それと、今後エルセリオン王国経由でリーファリア王国に行く件だが、エリュシアと二人で行く。エリュシアは特殊なスキルがあって、空が飛べるんだ」
「「「「「「「はあ!?」」」」」」」
人造魔人の話をしたときよりも全員が驚いていた。飛べば、王都から国境まで一時間ほどで着くので、かなり時間を短縮できることも伝えた。エリュシアは実際に羽を生やして見せていた。
「そういうことだから、みんなエリュシアと仲良くしてやってくれ」
一触即発だった空気は消え、全員がエリュシアを仲間として受け入れてくれた。
その後、全員で夕食を共にし、翌日に国境へ戻ることを伝えると、皆「エリュシアにダンジョン踏破させたほうがいい」と言った。Aランクになれるし、称号やスキルも獲得できるからだ。確かにそうだな。
「わかった。じゃあ、明日はみんなでダンジョンに行こう」
こうして、ルビナとメディアを除いた《万紫千紅》のメンバーは、翌日ダンジョンへ向かうことになった。
そして夜。
「え? 全員なの?」
八人全員が俺の部屋に来た。六日も留守にしていたんだから相手をしろ、とのことらしい。エリュシアまで混ざっていたが……まあ、頑張るしかない。
セレナがこっそり〈念話〉で『〈複合魔法〉で試したいから、〈隷属魔法〉ちょうだい』と頼んできたので、渡しておいた。




