051 指輪とリーファリアへの道
朝から全員で朝食をとった。作るのはやはり俺だ。俺以外は全員〈料理〉レベル8なのに、なぜいつも俺が担当なのか。
「あー、ちょっと聞いてほしい。メディアの治療はひととおり終わった。そこで確認なんだが、このままメディアを街に出したらどうなると思う?」
答えたのはイレーヌだ。
「ほぼ間違いなく、どこかの貴族に連れ去られて地下に閉じ込められ、一生奉仕させられるわ」
「え? 国際法で禁止されてるんじゃないのか?」
「そんなの、バレなきゃいいと思ってるのが貴族よ。今この王都でも、そうやって隔離されているエルフは何人もいるわ」
マジかよ……貴族、腐りすぎだろ。
「じゃあ俺が自首して、“森で拾った”って国にメディアを渡した場合は?」
これにもイレーヌが即答する。
「アレスが一年ほど捕まるわ。そして十中八九、メディアは貴族のおもちゃね」
「はあ!? リーファリア王国に送られるんじゃないの!?」
「“送ったことにした”扱いにされるだけよ。実際には途中で誘拐されるのがオチね」
……どう転んでも貴族の餌食になるじゃないか。
「となると、秘密裏にメディアをリーファリア王国へ連れて行くしかないな。方法を考えるよ。――ああ、それとルビナ。インゴット渡すから指輪を作ってきてほしい。ドルガンさんじゃなくても知り合いで構わない」
「いいけど、何に使うの?」
「発情抑制の魔法陣を付与して、メディアに着けてもらう」
その言葉に女性陣が一斉に騒ぎ出す。
「アレス、なんでメディアだけなのよ。おかしいでしょ」
「そうです、ご主人様。贔屓はよくありません」
「あたしも欲しいなー、指輪」
「アレス、一人にだけあげるのは軋轢を生むわよ」
「アレス君、私にはないの……?」
最後にルビナがとどめを刺す。
「アレス、諦めなよ。全員分作らないと収まらないから。当然、あたしの分もね!」
贔屓したつもりはなかったが、揉め事になるなら仕方がない。
金・銀・プラチナ、それぞれシンプルなものを十個ずつ=三十個、デザイン違いを十個ずつ=三十個、計六十個の指輪を注文することにした。サイズは後で俺が魔法で調整できるので標準でいい。
「ああ、それとルビナ、こういう箱型のものも頼みたい」
俺は設計図を描いた紙を見せる。
「いいけど、これ何?」
「魔道具だ。ま、俺が〈魔法陣付与〉して初めて完成するんだけどな」
こうして追加で魔道具用の箱も依頼した。
今日も俺はメディアをリーファリア王国に送る方法を検討するため、ダンジョンには行かない。ルビナはいつものように鍛冶修行。ティアはメディアに付き添っている。
「ん? もう付き添いはいらないと思うぞ?」
そう言うと、セレナが呆れ顔で返した。
「どちらかというと“監視”よ。アレスと二人きりにしたら、絶対襲いかかるでしょ、メディア」
メディア、全然信用されていなかった。ちなみにイレーヌも監視役に立候補したが、同じ理由で却下された。
というわけで、残りのメンバーはダンジョンへ。頑張ってきてくれ。
◇
自室の執務室で本を読む。すでに手持ちの本は読み尽くしているが、何か見落としがないかと再読してみた。……やはり、大して意味はなかった。
「『リーファリア王国』か。真っ直ぐ北上するのが最短なんだけど……」
リーファリア王国は、このアストラニア王国の北に位置する。しかし両国の間には、広大な魔の森《エルノウッドの森》が横たわっている。過去、この森を突破できた者はいない。奥地にはSランク冒険者ですら歯が立たない魔物が棲むという噂だ。ゆえに、この国からリーファリアへ行くには北西のエルセリオン王国を経由するのが常道となっている。
「馬車で移動すると……」
アストラニアとエルセリオンの国境まで十日。そこからリーファリア国境まで二十日。さらに首都セレニアまで十日。最短でも四十日の旅路になる。
「四十日か。今は無理だな」
現在は冒険者ギルドから指名依頼されている“誘引無効の指輪”集めがある。あと三十個――今のペースなら四十五日はかかる見込みだ。
さらに二か月後には、セレナたちの叙爵と領地拝領が予定されている。おそらく廃村エヴァルシアが与えられるだろう。復興の初期段階はせめて手伝いたい。そう考えると、当面は動けない。
「他に手はないか……」
俺の移動手段の一つに〈空間転移〉がある。しかし今は視認できる範囲でしか使えない。
「あ、そういえば――」
思い出した。“魔法行使規範法”にはこう記されていた。
――第123条(空間転移の制限)
1.国境を越える空間転移(以下「テレポート」という)は、原則として禁止する。
2.テレポートは、同一国内における地域間に限り許可されるものとする。
3.前項に定める国内地域間のテレポートにおいては、距離の長短を問わない。
「“距離の長短を問わない”。つまり、長距離〈空間転移〉する方法が存在する」
考えられる方法は、〈無詠唱〉で転移先を鮮明に思い描くか、あるいは“魔法陣化”だろう。まずは魔法陣化を研究してみるか。
――翌日。
注文していた指輪のうち、プラチナのものが仕上がったので受け取った。早速、その内部に魔法陣を付与する。
「よし、メディア。こっちのデザインの指輪が発情抑制用だ。で、こっちのシンプルな方が“透明化”の指輪だ」
「透明化……ですか?」
「ああ。万一貴族に見つかっても逃げられるように準備した。一度魔力を込めれば全身が透明化し、もう一度込めれば元に戻る。着けておいてくれ」
「ありがとうございます! 一生大事にします!」
いや、実用目的で作っただけなんだが……。
だが、他の女性陣の視線は冷たい。
「あー、その……他のみんなの指輪は、何を付与するか相談してからにしようと思ってたんだ。これからだから、ね?」
納得はいってないようだが、“もらえないわけではない”と理解して少し安心した顔を見せる。
「どんな効果でも付与できるわけじゃないし、今後相談して決めよう」
「じゃあ、アタシは〈触手生成〉が欲しい」
イレーヌ、まだ根に持ってるのか……?
「あんな制御不能の魔法、嫌がらせくらいしか使い道ないだろ。却下」
「ご主人様、私は魔法を防げるものが欲しいです」
魔法防御か。なら――
「俺、癖で空間魔法の〈空架障壁〉をよく使ってるけど、純粋な魔法防御なら第九階梯生活魔法の〈魔法障壁〉の方が優秀だ。これを付与するよ。シンプルかデザイン入りか、好きな指輪を選んでおいて」
「承知しました!」
他の面々は追々決めることにして、とりあえず全員が指輪だけ持っていった。魔法陣が付与されていなくても着けるらしい。
「そうだ、セレナ。騎士爵の馬車って作るの?」
「もう完成してるわ。厩舎にある。あとは家紋が決まったら、それを描いてもらうだけね」
「ちょっと改造していい? 乗り心地、抜群によくなるはずだから」
「そうなの? じゃあ、任せるわ」
よし、セレナの馬車を魔改造してやろう。
今日も俺は研究と開発でダンジョンには行かない。ティアとメディアは留守番、ルビナは鍛冶修行。
「じゃ、ダンジョンよろしくな」
ダンジョン班を見送り、俺は馬車の魔改造と、〈空間転移〉魔法陣の研究に取りかかった。




