049 天空人とエンドリング
――《万紫千紅》クランの屋敷・主寝室。
十人は余裕で寝られる巨大なベッドに《嫌悪の魔女》を横たえ、戦闘中にできなかった称号の〈鑑定〉を行った。
《嫌悪の魔女》
・人々に嫌悪の感情を抱かせる行為を行わなければならない呪いにかかる
・魔女化の症状を抑える皮膚に変化する
・所有魔力が倍になる
・ダメージ耐性(大)
・全スキル経験値アップ一万倍
・不老になる
やはり呪い系の称号か。しかし他の効果が桁違いだ。“不老”ということは、永遠に生きられるのかもしれない。もし全ての魔女が“不老”なら、討伐記録のない《悲しみの魔女》は一万年以上生きている可能性すらある。
“ダメージ耐性(大)”持ちなら、称号《嫌悪の魔女》の奪取は最後にすべきだろう。今回スキルレベル10の奪取および複製を行う予定だが、72万5760倍など、即死しかねない倍率だ。本の記述が本当なら、殺してしまえば別の場所で新たな《嫌悪の魔女》が誕生してしまう。これは本当にギャンブルだ。
起きてはいるが動けない《嫌悪の魔女》を横目に、彼女のローブ、ブーツ、手袋、仮面を亜空間へ収納する。
「うわ……これは確かにミイラだな」
討伐記録にも“ミイラのよう”とあったが、実物は濃いオレンジがかった茶色の皮膚に、骨に薄く皮が張りついただけのような痩せ方だ。これが“魔女化の症状を抑える皮膚”なのか。
「わ、私を見るな! 見るなああ!」
女性なら、こんな姿を見られたくないのは当然か。呪われていても感情は残るのだろう。まずはこの皮膚を元に戻そう。
「――独自魔法――第八階梯回復魔法〈完治2〉」
これはリディアの治療時に使った〈部分修復〉を基に、足りない素材を亜空間内の元素で合成しながら回復する“エクストラヒール”版だ。非常時に時間をかけられないので新たに作った魔法で、高レベルの回復魔法・空間魔法・元素素材大量所持の三条件を満たす俺専用魔法でもある。
「……それでもやっぱり時間はかかるか」
元素から皮膚・筋肉・骨と再構成するには工程が多い。五分ほど魔法を照射し続けると白い肌が現れ、十分後には『翠風亭』のヘレナさんをしのぐほど妖艶なエルフが横たわっていた。
「またすごい美人だな、これは」
「き、貴様……私をどうする気だ。このまま進めば命はないと思え!」
鋭い視線を向けてくる。しかし、スキルと称号を没収しなければ解放できない。〈完治2〉で回復しても、いずれ“魔女化の症状を抑える皮膚”に戻るだろうと見込んでいた。
十分後、予想どおり皮膚が再び“魔女化の症状を抑える皮膚”に変わり始めた。これに対応するため〈完治〉を十分ごとに自動起動するよう、〈バッチ処理〉を〈タスクスケジューラ〉でセットしておく。
「では、すぐに終わりますので。そんなに睨まないで」
「この無礼者! 触るでない! 絶対に許さんぞ!」
***
「《嫌悪の魔女》という称号は没収したので、今後は“メディア”と呼ぶことにする」
リュシエルの誕生日パーティーから全員と鍛冶修行のルビナが戻ってきたので、メディアの状況を説明した。称号《嫌悪の魔女》とスキル〈細菌使い[10]〉、〈遺伝子操作〉は没収済み。称号はストックに残り、仮面・ローブ・空歩のブーツも亜空間にあるため、新たな《嫌悪の魔女》は発生していないはずだ。
「ただ一つ想定外なことがあってね」
最後に称号を没収したあと、〈完治〉をかけず放置してみた。俺の予想では“魔女化”するはずが、なぜか“魔女化の症状を抑える皮膚”に戻ろうとする。これは遺伝子レベルで変質しているのかもしれない。
一通り説明し終えると、セレナが口を開いた。
「今後、メディアはどうするの? あの人、エルフなんでしょ?」
そうだ。“身元不明のエルフ”を所持するのは非常にまずい。以前奴隷商館で聞いた通り、「エルフの奴隷や身元不明のエルフを所持していれば罰せられる」のだ。メディアの所持品には身分証らしきものはなかった。メディアの〈アイテムボックスS〉に入っていればいいが、期待は薄い。
「今はメディアは眠っている。明日の朝確認するけど、身元証明はたぶん無いだろう。ただそれより今は十分ごとに〈完治〉をかける必要があるんだ。リディア、悪いが明日、何も付与されていない腕輪を買ってきてくれ」
「承知しました、ご主人様」
「メディアの今後は、明日話を聞き、治療が終わってから考えるよ。今のままでは外に出せないな」
「まあ、そうなるわよね。私のほうでも何か方法がないか調べておくわ」
「ありがとう、セレナ」
――翌朝。
メディアが目覚めたと聞いたので、話しを聞くために部屋に入る。そこにはプラチナゴールドの髪は肩より少し長く、巻かれた毛先が光を受けて柔らかく揺れ、青い瞳は少し眠たげな光を残すエルフがいた。
ベッドの端に腰かけ、片手で髪を整えながら、ゆっくり伸びをする。胸元は自然に曲線を描き、Gカップの存在感は妖艶さと上品さを同時に感じさせるようだった。
彼女はティアより身長が三センチ高いだけなので、今はティアの服を着てもらっている。胸もティア級のメディア。
「メディア、気分はどう? 《嫌悪の魔女》は外したから呪いも抜けているはずなんだけど」
「あ、アレス様……ありがとうございます。こんなに頭がすっきりしたのは何百年ぶりでしょう。本当に感謝いたします」
昨日とは打って変わって丁寧な口調のメディア。だが、いきなり驚くことを言った。
「あの……もしかしてアレス様は『天空人』様ではありませんか?」
え!? メディアは〈鑑定〉スキルを持っていないはず。仮に持っていても改竄しているから“ヒューマン”と表示されるはずなのに……。
「実は私、魔女になって百年以上経っていますが、その間歳をとっていません。だから少なくとも五百八十年前、まだ天空人様が健在だった頃から生きています」
なるほど、生きていた天空人を知っているのか。
「それで、なぜ俺を天空人と?」
「エルフは……天空人様のそばに近づくと発情するのです」
……そうか。以前《悲しみの魔女》にも「今のあなた、エルフにモテモテだから気をつけて」と言われていた。こういうことか。
「え、でもなぜ天空人相手だと?」
「天空人様は“上位種”だからです。天空人様とエルフの子は“ハイエルフ”として生まれます。優秀な血を残す本能でしょう。まさか、まだ生きていらっしゃる天空人様がいたとは……」
そうか。『ローレリン魔道具店』のフィリシアさんが最初から積極的だったのも、そのせいか。
「あの……メディア。今から言うことは他言無用だ。まだ誰にも話していない内容だから」
俺はこの身体が《悲しみの魔女》によって天空人の遺伝子から作られ、魂は異世界から呼び寄せられて融合したもの、つまり俺自身は天空人のことを何も知らないことを伝えた。
「そのようなことが……しかし、アレス様がいれば今後もハイエルフが生まれますね」
どうだろう。ハイエルフはエルフの倍の寿命になるらしいが、それが良いことなのか。
そうなると、どうしても気になることが一つある。俺のもう一つの称号だ。戦闘に一切関係ない効果でしばらくはまったく意味が無いだろうと、今まで完全に無視していたが。
《エンドリング》
・生まれてくる子供の種族を、天空人、相手の種族、ハーフの中から選べる。
・自分の遺伝子を継がせることができるのはハーフだけ。
・相手の種族の場合は相手の遺伝子を基に、子供の性別に合うように遺伝子を変化させる。
・天空人の場合は相手の遺伝子を基に、天空人に合うように遺伝子を変化させる。
これはどう使い分けるのか。あえてハーフ以外を選ぶ意味は? “エンドリング”は「その種族最後の個体」という意味だ。この世界に天空人は俺一人ということだろう。増やせということなのか。
考え込んでいると、メディアが瞳を輝かせて言った。
「アレス様。私にも子種をいただけますでしょうか」
「こ、子種!? あ、ああ、まだ子供はちょっと早いかなと」
「いえ、子育ては私ひとりで大丈夫です! ぜひ子種を、お願いいたします!」
え、こういうキャラなのかメディアは。見た目は妖艶なエルフなのに。
「え、えーと。ちょっと屋敷のみんなと相談してみて。順番があるみたいだから」
「わかりました! 相談してみます!」
そう言うとメディアはリビングへ行ってしまった。周り全員初対面なのに構わないのか。すごいなメディア。屋敷内にいる限り、十分ごとに〈完治〉がかかるようにしてあるので問題はないが。
遅れてリビングに行くと――
「ちょっとアレス! なんなのこのエロフ! 朝っぱらから“子種、子種”って!」
イレーヌが怒っていた。
「あの、ご主人様。そういうことでしたら、私もご主人様の子種をいただきたいのですが」
リディアまで参戦するのか……。
「い、いやね。まだ子供は早いって言ってるんだけど……あー、事情はもうちょっと調べてから報告するよ」
天空人のことがわからない。絶滅の理由は? 人族にとって天空人はどういう扱い? 少なくともエルフにとっては本能的に“子種をもらう相手”らしいが、他種族は? 王城から持ってきた本には天空人の記述さえなかった。
調べて、俺が天空人だとカミングアウトしても問題ないと確信できるまで、まだ伝えられないな。




